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奪う者 奪われる者  作者: mino


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405/415

第405話:やっかみ

『東から入場するのは、遠路遥々セット共和国バルム・ダー支部より来た――――パイヴォ・エロラ選手です』


 モフの言葉とともに姿を現したのは、一切の手入れがされていないくすんだ金髪に青い瞳、身長は約190センチほどで体重は112~113キロの巨体を誇る人族の男性であった。その巨体に相応しい巨大なメイスを肩に担いで登場する。


「強そうな奴だな」

「ああ、あの肉体は見掛け倒しじゃねえぞ」

「パイヴォって名前かぁ……なーんか聞いたことあるようなないような……」

「俺も知らねえな」

「わざわざセット共和国から来るくらいだ。それなりに自信があるんだろ」


 歓声に手を振って応えていたパイヴォは、一部の観客同士の会話が聞こえたのだろう。笑みを取り繕うも、眉間に皺が寄っていた。


『そのまま試合場へお進みください』


 試合場への階段を登ると、エッダの展開する結界の一部が扉のように開く。エッダはごく当たり前のように結界をコントロールしているのだが、この規模の結界で一部だけを開けたり閉じたりするのはかなりの難度を誇る技術だけに、普段から結界を使用する後衛職の者たちはほかの観客たちとは違い、顔を強張らせていた。


 そして、選手の入場は同時ではなく順番に行われるようで、パイヴォが試合場に上がると、彼の経歴がモフより説明される。曰く、バルム・ダー支部で現在もっとも期待されている冒険者で、新星ともてはやされていることや、その期待に応えるだけの実績を誇ることなど、モフからの紹介を聞くと、最初はパイヴォのことを侮っていた観客などは認識を改めて唸っていた。


「そこのエルフ」


 笑みを絶やさずに、パイヴォがエッダへ話しかける。


「親から言葉遣いを、教えられなかったのかしら」


 対するエッダも微笑のまま応える。


「俺がこの試合に勝ったら、サトウと戦わせろ」

「まあ、図々しい。Cランクのあなたが、Aランクのユウちゃんと戦えるわけがないでしょう」

「……るな。俺を舐めるなよっ」


 依然として笑みを浮かべたまま、パイヴォは声に殺気を乗せる。


「大きな口を叩きたいのなら、まずは試合に勝ってからするのね」


 常人であれば身動きできなくなるような殺気を浴びせられても、エッダは涼しい顔で受け流し、適当に対応を済ませる。



「パイヴォ・エロラ……セット共和国からとは。よくも間に合ったものよ」

「やっかみですね」


 老貴族が隣の顔見知りの貴族へ視線を向ける。


「ゴッファ領の中でもカマーは特に成長が著しい都市です。バルム・ダーの議員か冒険者ギルド長、どちらかなのか。それとも両方かもしれませんね。私が知るだけでも数人はこのような馬鹿な真似をしでかす者の顔が思い浮かびますから。

 それにしても、このパイヴォという男は飛竜を使ってまで来たとか」

「それはなんとも金のかかったことであろう」


 飛竜であれば、空の移動でもそこらの魔鳥などに襲われることはないのだが、人に飼いならされた貴重な魔物である飛竜を使うのにはそれ相応の金が必要となる。そこまでしてカマーの模擬戦に送り込んでくる意図が老貴族にはいまいち理解ができなかった。


「他国の商人たちがウードン王国に注目していることをご存知ですか?」

「ウードン王国は五大国の一つ、利に聡い商人であれば注目するのは当然であろう」

「これまで以上に――――いえ、異常なまでに加熱しているそうです。なんでも複数の大商人がウードン王国に拠点を、それも大規模なモノを造っているとか。他国としては自国の商人たちがウードン王国へ流れるのは、なんとしても阻止したいところでしょう」


 自国の商人が他国へ力を注ぐということは、必然的に自国での余力が減る――――ひいては、税収の減少に繋がるのですからと、他人事のように扇で口元を隠して語る。


「ここで自国の冒険者が勝つことで内外に力を示したいと?」

「そのような単純な思惑ではありませんが、力を示したいとは考えているでしょう。

 考えてもみてください。都市カマー(ここ)の戦力は異常です。ムッス侯爵が抱える『食客』だけで、その辺の小国を滅ぼすことなど容易いことでしょう。さらに冒険者の質も量も、ウードン王国広しといえど、飛び抜けているではありませんか。

 これまで私たちはムッス侯爵に上手く騙されていたのかもしれませんね。爵位に対して、常備兵がそこらの男爵領より少ないことを疑問に思いませんでしたか?」


 老貴族は「むぅ……」と唸る。

 今の今まで、バリュー一派からの嫌がらせによって、ムッスは領内が困窮しているため、(いたずら)に兵を増やして財政状況を圧迫させぬように立ち回っていたと考えていたのだ。


「ふふふっ。私たちが――――いえ、ウードン王国中の貴族が気づかぬうちに、ムッス侯爵はウードン王国でも屈指の戦力を所持しているではありませんか」


 「私の杞憂でしょうが、恐ろしい方ですよ」と、涼しげに語る顔見知りの貴族に、老貴族の顔がわずかに険しくなる。


「さて、少し話題を変えましょうか」


 重苦しい雰囲気を和らげようと、わざと明るい口調で顔見知りの貴族は話を変える。


「パイヴォ・エロラ、経歴に対してさほど名が知られていないとは思いませんか」

「ふむ。言われてみれば」

「歳は二十になったばかりで、近くBランクに昇格するのではと聞いております」


 なぜ他国の、それも一冒険者について、そこまで把握しているのだと、老貴族は思わず苦笑してしまう。そして、二人を護衛する者たちから剣呑な雰囲気が漏れ出していた。


 理由は単純である。

 周囲で聞き耳を立てていた貴族たちが、距離を詰めてきていたのだ。当然、その貴族たちを護衛する者たちも、必然的に近づいていた。これでは自分たちの主が包囲されているようなものである。護衛たちの身体に力が入るのも無理はない。


 だが、二人の貴族は心配する必要はないとでも言うように手で合図を送ると、護衛たちは自然な振る舞いで持ち場へ帰っていく。


「なにやらそちらの護衛にいらぬ誤解を生じさせてしまったようだ。このとおり謝罪するので、気にせず談笑を楽しんでいただきたい」


 一人の貴族が頭こそ下げぬものの、二人へ謝罪の言葉を告げる。他の貴族たちも、それぞれが似たような素振りで謝意を表す。


 貴族世界の常識からすれば、失礼な行いであるのだが、それだけ二人の会話が他の貴族たちの興味をそそらせたとも言えるだろう。


「困った方たちです」


 扇で口元を隠しながら、顔見知りの貴族は「ふふっ」と笑う。


「なんでもネームレス王をライバル視しているそうです」

「馬鹿なことを」


 笑うでもなく、真面目な顔で老貴族は自殺行為だとでも言うように顔を横に振る。


「二人は同世代の冒険者だそうで、なんともお可哀想に」


 可哀想などとは微塵も思っていない声音で語る。


「もし、本当に二十そこそこでBランクになれるとすれば、話題性は十分か……。惜しむらくは、同世代にネームレス王がおったことが不幸であったな」

「方やレーム大陸で知らぬ者はいないほどの冒険者、方やネームレス王の活躍に埋もれて、その名が轟くどころか自国内でも今ひとつの冒険者、常に比べられてきたそうですよ。そのせいで少々性根が歪んでしまったそうで」

「では、あそこで一見和やかに話しているようにみえるのは、勝てばネームレス王と戦わせろとでも言っておるのか?」

「その可能性は高いでしょうね。もっともバルム・ダー側はそんなことは許さないでしょう。あくまで、カマー所属の冒険者に勝つようにと、発破をかけているようですね」

「ふむ。見れば隙のない佇まい。初戦はカマー側の敗北もあり得るか……」

「それはないでしょう」


 老貴族の言葉を、顔見知りの貴族は即座に否定する。


「今回の模擬戦ですが、当初カマーだけで開催する予定だったのを、他領や他国の冒険者ギルドが横入りしてきました。当然、カマーの冒険者ギルドは面白くはないでしょう」


 先ほどの会話であったカマー所属の冒険者は、ウードン王国でも質、量ともに飛び抜けていると言ったことを老貴族は思い返しながら頷く。


「対戦表をご覧になりましたか?」

「うむ。見事にカマー対その他となっておるな」


 事前に配布された対戦表を取り出し眺めながら、老貴族は呟く。この対戦表を元に賭けの胴元たちは、複数の場所で賭場を開いていた。試合状況などは会場に送り込んだ手下から、中継しながら外へと実況する徹底ぶりだ。他にも修練場の外から中の様子を窺う者や、モフの実況を少しでも拾おうと耳を澄ませている者など、様々である。


「カマー側も本気ですよ。

 主催側なので対戦相手などいくらでも選べるのに、相性の良い相手ではなく同じ系統の者を選んでぶつけていますね」

「これでは負けた相手は、あとから言い訳もできぬと」

「はい。ほら、パイヴォの相手が入場するようですよ」



『続きまして、西から入場するのはカマー所属の冒険者――――ノア・パズズ選手です』


 再び暗闇となった修練場内の西側の扉が開くと、炎が周囲を照らす。ノアが手にする金棒――――火轟の金棒から炎が迸り、ノアのくすんだ銀色髪と赤い肌を強調していた。


「あ、あれが『狂人』ノア・パズズかっ」

「一本角の鬼人か。本当に噂ほど強えのかよ」

「ありゃヤバいわ」

「うちに欲しいな」

「Bランクらしいから、わざわざよそに来ないだろう」

「威圧感が半端ありませんわね」


 他領や他国の冒険者たちが口々にノアを評価する。

 そんな声など聞こえてないとばかりに、ノアは不機嫌そうな顔で悠然と歩を進め試合会場へ上がる。


「エッダ、こいつを殺せばいいのか?」

「バカね。殺せば面倒なことになるから半殺しにしておきなさい」

「めんどくせえな」


 対戦相手である自分を無視してエッダと会話するノアに、パイヴォの顔から笑みが消え去り、憤怒の表情を浮かべる。


「おい。そこのちっせえの」


 身長約190センチ、体重110キロを超えるパイヴォも、210センチ、体重190キロを超えるノアからすればチビ扱いである。


「殺しちゃいけねえらしいわ。

 ちっせえの、頼むから死ぬ前に降参しろよ。あとでギルドからゴチャゴチャ言われるのはめんどくせえからな」

「殺すぞっ!!」


 パイヴォが殺気を込めて睨みつけるも、ノアは目も合わせずに落ち着かない様子で周囲をチラチラと見渡していた。


「恥を晒せば、わかっているわね」

「ちっ。うっせーな」


 エッダからの言葉を、ノアはぞんざいに扱う。カマー所属の冒険者からすれば、信じられない自殺行為な態度である。


「あそこでナマリちゃんも応援してるわよ」


 エッダとも目を合わせずに不作法な態度であったノアの耳がピクリと動き、視線をユウたちのいるほうへ向ける。見れば、小さなナマリがピョンピョンと飛び跳ねながら「ノア、がんばれ~っ!!」と、一生懸命に応援しているではないか。


「へ、うへへっ」


 不機嫌な顔が一転してノアは笑みを浮かべる。もっとも鬼人の笑みなど、他種族からすれば恐怖でしかないだろう。


「よっしゃ!! エッダ、さっさと試合を始めろやっ!!」


 鬼人族は好き勝手振る舞う者が多いとはいえ、あまりにも傍若無人な振る舞いであった。

 さすがのエッダもこめかみがわずかにピクピクと動いていた。


「殺してやる。ぶっ殺してやるっ!!」


 ノアの舐め腐った態度に、パイヴォは当初の目的も忘れ怒り狂っていた。それほど頭に血が昇っていたのだ。


モフ()の話によりゃ、お前はCランクなんだってな。Bランクの俺と戦う羽目になるとはツイてねえな」

「ふんっ。Cランクなど――――いや、BランクもAランクも俺にとっては通過点にすぎん。Bランク如きに満足しているお前に、それを思い知らせてやる!」

「そこまでよ。試合のルールを改めて説明するわね。武器、あらゆるスキルの使用を――――」


 エッダが二人に注意して、試合のルールを説明する。改めて説明してもらう必要はないと、二人ともろくに話を聞いていない。


「――――はぁ、もういいわ。それじゃあ、開始線まで下がりなさい」


 真面目に説明しているのが馬鹿らしいと、エッダは早々に説明を切り上げる。


「それでは第一試合始めっ!」


 開始の合図と同時に動き出したのはパイヴォである。その巨体からは想像もできないほど素早い身のこなしで、ノアまでの距離を詰めていく。


「速ええっ」

「相手のでかさに全然ビビってねえな」

「当たり前だろ! あいつはバルム・ダーのパイヴォだぞっ! 鬼人が相手だからってビビるような奴じゃねえよ!!」


 あっという間にノアとの距離を詰めたパイヴォは、その勢いを殺すことなく巨大なメイスを縦に振るう。


「死ねえええっ!!」


 互いに全身に『闘技』を纏っての戦闘だ。巨体に相応しい膂力で振るわれた武器がもたらす結果は、いつもと同じ光景だろうと思っていたパイヴォの目が見開く。

 普段と違う手応えと音に、パイヴォは違和感を覚えたのだ。


(なんだこれはっ!?)


 メイスはノアの右の鎖骨を狙って振り下ろされたのだが、ノアは少しだけ前に出てそれを受け止めたのだ。肩と首の境目もわからぬほどに膨らんだ僧帽筋が、見事にパイヴォの放ったメイスを防いでいた。


 パイヴォが違和感を覚えたように、とてもメイスで肉体を叩いたとは思えない音が発生したのだ。それは巨大な岩か、もっと硬いモノにでもメイスを叩きつけたかのような感触に、パイヴォの背中を冷たい汗が流れ落ちる。


「なんだ。せっかく初手を譲ってやったのに、脳天を狙わねえのかよ」


 パイヴォは自分の危機察知に従い距離を取ろうとしたのだが、その前に紫電が身体を駆け巡った。


「があっ!」


 ノアの纏う雷虎のレザージャケットから滲み出すように雷が飛び出たのだ。


(ま、不味いっ)


 雷自体のダメージは大したことはない。ただ、わずかな時間だが身体が硬直してしまったのだ。


「ひゃはっ!!」


 エッダの結界がなければ、修練場内の観客たちも熱を感じていたと思うほどの炎がノアの金棒から迸り、逆再生するように金棒へ吸い込まれていく。


 ノアは真っ赤な灼熱の塊となった金棒を横薙ぎに力いっぱい振り抜く。


「ふ、ふざけるなっ!!」


 セット共和国から出向いて、わずか一合でやられるなど恥でしかない、と。パイヴォは無理やり自分の身体とノアの振るう金棒との間にメイスを挟み込む。


 重厚な金属同士を凄まじい速度でぶつけたために、耳をつんざくような音が結界内に響く。近くで審判をしているエッダは鼓膜が破れていてもおかしくないほどの轟音にもかかわらず、取り乱した様子は微塵もなく、両者の戦いを冷静に見つめているではないか。


「へえ……。少しはやるじゃねえか」


 床の上を滑るように吹き飛んでいったパイヴォを見ながら、ノアが感心したように呟く。対するパイヴォはへし曲がった自慢のメイスを見て、顔を歪めていた。へし曲がった箇所は高熱を帯び、また金属は真っ赤になっており、一部は融解して床に溶けた金属の雫がポタポタと落ちて煙を巻き上げている。


「こんなことがっ。クソっ!」


 バルム・ダーでも腕の良い鍛冶師に頼み込んで、ミスリルで造ってもらった特注の巨大なメイスが無惨な姿となったのだ。パイヴォが思わず悪態をつくのも無理はないだろう。このメイス一つにどれだけの金銭を支払ったことか。


 間抜けとしか言いようのない醜態であった。


 戦闘の最中にいくら高価な品だったとはいえ、一瞬とはいえ、敵のことを意識から忘却するなど。


「お、おのれっ! ゆる――――」

「馬鹿がよ」


 顔を上げたパイヴォの顔面に、顔よりも大きなノアの拳がめり込んだ。

 肉が潰れる音は一度ではなかった。パイヴォの頭部を反対側の手で鷲掴みしたまま、何度もノアは拳を叩き込む。



「うおっ。ありゃ死んだんじゃねえか?」

「えげつねえわ。やっぱ鬼人は敵に回したくねえな」

「あの状況で、まだ止めないのかしら」

「まだパイヴォが諦めてないからな」

「情けねえ野郎だぜ! せっかくパイヴォの野郎に賭けてやったのに大損だわ」

「倍率も確認せずに賭けるほうが悪いだろ」


 観客たちは好き勝手なことを宣う。


「そこまで!」


 エッダが終了を宣言すると、ノアの暴威がピタリと止まる。その姿は鬼人にあるまじき落ち着いた様子であった。顔の潰れたパイヴォは全身を小刻みに震わせながら、去っていくノアを掴もうと腕を伸ばすも手は空を切る。


 模擬戦の第一試合は五分も経たずに、ノアの勝利をもって終了となった。

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i901892
― 新着の感想 ―
 ノアの嫁と娘、まだ帰って来てないのかな。
ノアそんなに強かったのか、こういう活躍する場が出てくるのはいいな
見事なパイヴォぶりだったな、かませ犬
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