第402話:間に合うかも
無数の閃光が、縦横無尽に動き回り光の軌跡を空へ描く。光の線の正体は神聖魔法第3位階『光線』である。まるで生物のように動く光線が追うのは、同じく空を白魔法第7位階『フライング』で逃げ回るレナである。
「……ぐっ」
後方から迫りくる光線を回転する結界でレナは幾つか弾くも、その度にどうしてもレナの飛行速度は削られていく。そもそも、通常は単発で使用される『光線』を連続で数十発も放つユウが異常なのだ。
「……しつ、こいっ!」
躱しきれないと判断したレナは結界を強化する。その瞬間を待っていたとばかりに光線が集中砲火する。多数の光線と結界の衝突により散乱する光の粒子が火花のように空へ大輪の花を咲かす。そして、受けきれなかったレナが墜落するように、地上へ降下していく。
「模擬戦の対策なのに空へ逃げるな」
「……はあ!!」
地上で待ち構えていたユウへ、レナは黒魔法第5位階『焦土』を発動――――大地をも焼き払う大炎がユウを襲う。
「……うっ」
『詠唱破棄』で発動した『焦土』を、ユウはわかっていたかのように、風魔法を纏わせた左腕を払っただけでやり過ごす。
「驚いている場合か」
「……驚いてないっ!」
ユウの右拳をレナは回転する結界で弾く。だが、ユウはそのまま流れるように身体を横回転させて左肘打ちを放つと、今度は結界が耐えきれずに砕ける。ここ最近の展開である。だから、レナも動揺せずに対処する。
「へえ」
砕けたはずの結界が、粘着性を付与したかのようにユウの左腕に絡んでいた。
「でも、この程度じゃ――――」
(……かかった!)
身体を絡め取られても、お構いなしで前に出てくるユウに対して、レナは前転する。その際、レナの背中から黒魔法第3位階『轟炎』が同時に三発も発動――――完全なる不意打ちで、これにはユウは驚くはずとレナは転がりながらもユウから視線を外さない。
「甘い」
『豪炎』が来るのをわかっていたかのように、ユウは氷系の魔法で相殺する。
(……間違いない)
先ほどの『轟炎』は事前に用意していたものではない。直前になって『詠唱破棄』で発動させた魔法であった。それを未来予知でもしたかのように、ユウは慌てる様子も見せずに対処したのだ。このことから、レナは理解する。
(……『詠唱破棄』を使用しても、なんらかの方法で相手が使用する魔法を知ることができる)
その場から急いで距離を取ろうとしたレナの襟を、逃さないとばかりにユウが掴む。今までのレナなら、そのまま腹部に膝蹴りを喰らって終わっていたのだが。
「……ふぐぅっ」
苦悶の声を漏らしながらもユウの膝と自分の腹部の間に杖をねじ込み、衝撃を軽減させていた。そこからさらに杖技LV3『転身投げ』へと繋げる。この技は相手の攻撃を受け止め、その力の流れを操ることで投げ技へと繋げる杖技なのだが、相手が常人であれば決まっていただろう。
今レナが戦っているのは常人ではなく、遥か格上のユウである。
「技が決まったわけでもないのに、気を抜くな」
『転身投げ』を仕掛けたレナであったのだが、ユウの体勢を崩すこともできずに、逆に杖を掴んだユウが『転身投げ』をレナに決める。
軽やかに宙へレナの身体が舞い上がる。
このまま地上へ落下するよりも先に、ユウの追撃が来ることはここ数日の稽古で嫌というほど身体に叩き込まれているレナは、宙で結界を足場とし飛び跳ねる。
「……できたっ」
「そりゃ良かったな」
着地と同時にレナの顔に、ユウの拳が叩き込まれる。鼻血を宙へ撒き散らしながら、レナが吹き飛んでいく。
一般的な常識であれば、後衛職の者が前衛職の者を相手に近接戦を挑むなど無謀以外の何者でもない。
だが、高位になればなるほど、前衛だろうと後衛だろうと遠距離や近距離で戦えるようにならなければ通用しないのだ。また、そういった者たちの多くは独自に必殺技と言えるような手札を隠し持っている。
「今日は終わりにするか?」
「……ま、まひゃ」
袖で鼻血を拭いながら、レナは立ち上がる。
脆弱な肉体でありながら、この粘り強さはユウをして感嘆するものがあった。
「……ごぶぅっ」
威勢よく立ち上がったものの、ユウとの間には如何ともし難い実力者差があった。これまでと同じように距離を詰められては、肉弾戦でレナの長所である遠距離特化を潰される。
鳩尾にユウの拳が突き刺さると、すでに食べた物を出し尽くしていたレナの口から胃液が漏れ出た。
「……っ!」
そんなレナに対して容赦なくユウは追撃の神聖魔法第3位階『光線』を発動させる。
この近距離で!? 私の身体能力で躱せる? 結界を展開――――は間に合わない。様々な思考がレナの頭の中を駆け巡る。
ユウはこれでトドメになるだろう――――と、思ったそのとき。
「おっ」
左右から迫る光線を、レナは自身の魔力を干渉させる。
(こいつ、俺の真似を――――)
初日にレナの黒魔法第2位階『サンダーランス』をユウが受け流したように、レナもユウの『光線』に対して、魔力で干渉して受け流すのかと思われたのだが。
「なにっ」
レナは二本の光線を受け流すのではなく、束ねてユウの顔目掛けて放ったのだ。予想に反する対応に、ユウの反応がわずかにだが遅れる。そして――――
「……っ」
杖でユウの鳩尾へ刺突を放とうとしたところでレナは意識を失う。
「これ」
「はいは~い」
ユウからレナを受け取ると、ニーナは慣れた手つきでレナを部屋へと運んでいく。初日こそ驚いたものの、何日も続けば驚きもなくなるというものだ。
「今日で何日目だ?」
そのやり取りを見ていたアガフォンが呟く。
「五日目だよ」
「マジか……」
ヤームの返答にアガフォンは信じられないように項垂れる。
当初、ネームレス王国ではユウに憧れて冒険者になりたいと言う者が、アガフォンたち以外にも何百人といたのだ。そんな者たちをユウは根性試しと称して、身体能力に応じて負荷がかかる負の付与魔法をかけた。結果、それに耐えきれたのがアガフォンたちだけなのだ。
現時点の強さではニーナたちに負けていようと、根性だけなら自分が勝っていると内心では思っていた。
だが、アガフォンたちが以前ユウに本気で鍛えてもらった際は三日ともたなかったのだ。それをレナは今日で五日目である。しかも、目が覚めるとユウに言われるまでもなく、すぐに続きを開始する常人では理解し難い気概なのだ。
「ご主人様、どこか行くんですか?」
「少し行くところがある。レナの目が覚める頃には戻る」
ティンからの問いかけを曖昧に答えて、ユウは出かける。そのあとをマリファが当然のようについて行くのであった。
※
「そこの馬車、止まれっ! 勝手に通行しようとするな!」
ここ数日、都市カマーへ訪れる人は増加の一途をたどっていた。
今も東門を担当する衛兵の一人が、見るからに豪華な馬車を止めて中にいる者を確かめようとしていたのだが――――
「いでっ!?」
先輩の衛兵が頭を叩くと。
「知らぬこととはいえ、この者がオロ・シー伯爵家の馬車を止めたことを平にご容赦願いたい」
その言葉に馬車の御者は満足そうに頷くと、再び馬車を走らせる。
「馬鹿者っ! あの馬車の家紋を見なかったのか? 都市カマーで門番を担当するからには自国の貴族家紋くらい覚えておけっ! しかも、よりにもよって相手は伯爵家だぞ!!」
「そ、そんな怒鳴らないでくださいよ。大体、貴族家の家紋なんて全部は覚えてられませんって――――いってえ!?」
「場合によってはお前の首が物理的に飛ぶことだってあるんだぞ」
「貴族家を騙ってる可能性も……」
「心配せずともすでに確認済みだ」
「えっ!?」
衛兵の男が驚くのも無理はない。ウードン王国の一般常識では、貴族家の家紋が入っている馬車に誰が乗っているかを無断で確認するのは重大なマナー違反であるからだ。
「後ろの馬車に乗っているのは当主と七女だそうだ」
「当主が自ら来たんですかっ!? それに七女?」
「オロ・シー伯爵家の子女でも一番優秀と言われている秘蔵の娘だそうだ。おそらくは……ムッス様に嫁がせたいのだろう」
「嫁がせるって……その七女はいくつなんですか?」
「十四と聞く」
「い、いくらなんでも無理がありますって! ムッス様は三十を超えているはずですよね?」
「本来であれば、ムッス様は子が、それも複数いてもおかしくないのだぞ。それがバリュー一派のせいで貴族社会では腫れ物扱いだったために、いまだに独り身だ。だが、今はどうだ? あの憎きバリューは消え、その派閥も壊滅状態でムッス様は侯爵に陞爵された。どこの貴族家も娘か親族を送り込みたいのも無理はないだろう」
感心しているのか。それとも反省しているのか。頻りに声を漏らす後輩を前に、先輩の衛兵は馬車の列を睨みつけるように見る。
明日以降はもっと遠方より都市カマーへ多くの貴族か、その関係者が訪れることが予想されるからだ。中には他国の大店の会長自らが乗り込んでくることもあった。これはムッスだけでなく、あの人物――――ユウが関係しているのは間違いないだろうと、衛兵の男はため息をつくように息をはくのであった。
※
都市カマーのスラム街の一角、そこにユウの姿があった。スラム街とはいえ、本来であれば人の行き交いがあってもおかしくないにもかかわらず、不自然なほど人の気配がなかった。
つまり、この状況は意図的に作られているのだ。
「俺になにか用か?」
最初に出会ったときと同じように、ユウは振り返りもせずに問いかけた。
「き――――お前の仕業だろうっ」
フーゴが語気を強めて話しかける。
ゆっくりと振り返ったユウは、フーゴの姿を見るなりバカにするように鼻で笑う。フーゴは顔を覆うように深々とフードを被っており、口元は布で覆っていた。
「いま俺たちが会うのは不味いんじゃないのか?」
「どの口が言うっ!」
感情的になっているフーゴが、ユウへ詰め寄ろうとするもその手前で足を止める。
「そこまでです」
ユウの傍に控えるマリファがフーゴに殺気を放つ。
(この少女はっ……手練れだ)
マリファから殺気が漏れ出ているのは未熟だからではない。あえて自分に気付かせるためだと、フーゴは理解する。
そして――――
(人を殺すのに躊躇がない)
同時にユウのためなら殺人も躊躇しないことも。
(私では……この少女に勝てないかもしれない)
覚悟の違いである。
これまでの冒険者生活で、重犯罪者や降伏せずに襲いかかってきた野盗などを殺したことならフーゴもある。しかし、意味もなく殺人をしたことも、しようと思ったこともないのだ。
だが、マリファは違うと。
殺人経験の多寡や躊躇のなさは、生死のかかった戦闘では見過ごせないほどの差となって現れてくる。
「その様子だと、お前も噂は知ってるんだろ? その噂の相手と会ってるなんて知られたらどうなるか」
困った奴だなと、ユウは苦笑交じりの笑みをフーゴへ向ける。
「どういうつもりなのかを聞きたい」
「レナを倒したいお前からすれば、ありがたい噂なんじゃないのか? それともなにか? お前はレナに負けるつもりだった、なんて言うつもりじゃないだろうな」
「そんなわけあるかっ!!」
身体を震わすような怒声であった。
ただ、ユウもマリファも何事もなかったかのように平然と受け流す。
「なら、問題はないだろ」
「理由を、理由を聞かせろっ! なにが目的で、こんなふざけた噂を流したのかをっ!!」
なんとかマリファを排除して、ユウと二人きりで話し合いができないものかとフーゴは距離を詰めようとするのだが、それをマリファが許さなかった。
「なに、八百長が嫌いなだけだ。今回の場合は片八百か」
「ヤオチョウ? カタヤオ? なにを言っているっ」
理解できない言葉で自分を煙に巻こうとしているのかと、フーゴはユウを睨みつける。
「あいつは本気でお前に勝つつもりだぞ」
「それはいい」
その言葉に、フーゴは嫌らしい笑みを浮かべる。
「大勢の観客が見ている前で、グシャグシャにしてやる!」
「なら問題はないな」
萎縮するように、フーゴの身体から発していた圧力が縮まっていく。
「今度の模擬戦だが、遠方から多くの客が訪れるそうだ。貴族や大店の会長によその都市から名のある冒険者や傭兵まで、中には目の肥えた連中もいるだろうから――――」
そこで言葉を切って、ユウはフーゴを見つめた。睨みつけたわけではない。ただ、純粋に見つめたのだ。
「――――もし、そんな場で手を抜くようなバカ野郎がいれば、勝ったほうも名誉を得るどころか汚名を被ることになるだろうな」
最初の勢いはどこへやら、フーゴは黙ったままユウの言葉に耳を傾けていた。
「それがさらに対戦相手と因縁があるとなれば、どうなるかなんて誰でも想像できるよな」
気付けばフーゴは血の気が抜けたような顔でユウを見つめている。その目はユウを見ているようで、別のなにかを見ているようでもあった。
「俺のほうは用が終わったから帰る」
フーゴの横をユウが素通りし、マリファが丁寧なお辞儀をしてユウのあとを追う。それをなにもできずにフーゴは見送ることしかできなかった。
そして――――模擬戦当日を迎えることとなる。




