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奪う者 奪われる者  作者: mino


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395/414

第395話:流言

 レナの父であるアールネ・フォーマは、レナにとって率直に言えば、主人公(ヒーロー)である。


 マナがレナを妊娠すると同時に、アールネは冒険者を辞めることを当時パーティーを組んでいた仲間へ伝える。


 急な脱退の申し出に対して、それも後衛として攻撃と回復を担当する二人が同時に抜けるのに、仲間たちは一つも嫌味を言うこともなく祝福とともに二人を送り出したのだ。


 五体満足で冒険者を辞められることが、どれほど幸福なことかを皆がよく理解していた。


 冒険者パーティー脱退後にアールネたちが世話になったのは、以前から声をかけてくれていたというマルヴェ子爵という貴族である。

 子爵はマナから見ても人柄も良く、温厚な性格で家臣からも領民からも慕われていることから、否定することもなく子爵領へと赴いた。


 子爵はアールネたちのために、屋敷の敷地内の一角に住居まで用意してくれていたのだ。

 貴族の敷地内に住まいを用意してくれたことから、マナも安心して子を――――レナを生むことができた。


 そんな安全な環境でレナはすくすくと育つ。

 そんなレナの楽しみの一つが、寝る前にマナが読み聞かせる様々な絵本であった。


 竜を倒す英雄の物語や、困っている人たちのために果敢に魔物へ立ち向かう主人公の姿と、父アールネの姿を重ねていたのだ。


 平民でありながら、マルヴェ子爵に仕える貴族や騎士よりも領民から慕われ。騎士や兵士では手に余る魔物が現れれば真っ先に向かって退治するアールネは、まさにマナの読み聞かせてくれた主人公(ヒーロー)であったのだ。


 あるとき、マルヴェ子爵とモルド子爵のお抱え冒険者とで模擬戦をする話が持ち上がる。

 同じ子爵同士ということで、なにかと張り合う二人はマルヴェ子爵がアールネを抱えたことを知ると、同じように若手の有望株を――――それもアールネと同じ攻撃型の後衛魔術師を捜し出し、声をかけていたのだ。


 モルド子爵は、ある晩餐会でマルヴェ子爵へ挑発するような言葉遣いで問いかける。「私とマルヴェ子爵、果たしてどちらの抱える魔術師が優れているだろうか?」と。よせばいいのにマルヴェ子爵は、それならば模擬戦をすればすぐにでもどちらが抱える魔術師が優れているのかがわかるだろうと、挑発に乗ってしまったのだ。


 模擬戦とはいえ、貴族同士の面子がかかった戦いである。負けは許されない。


 子供ながらにレナは屋敷内で働く大人たちが慌ただしく動く様子に、なにか重大なことがこれから起きるのだろうと察していた。そして、その重大な役目で中心となるのが、大人たちの言動から父アールネであることもまだ幼いレナはすでに理解していたのだ。


「……きっと父が勝つ」


 まだ5歳のレナはアールネが勝つと信じて疑っていない。

 アールネとマナの会話から、アールネがよその魔術師と腕を比べると知ったのだ。


 だが――――


「……父」


 血塗れのアールネが、青年の魔術師を前に膝を屈していた。

 それはまだ幼いレナにとって衝撃的な場面であったのだ。

 誰が相手だろうが――――否、魔物が相手でも負けたことのないアールネが苦痛に顔を歪めていた。


 ――――自分(・・)のせいで。


 レナは模擬戦の日程を知らなかった。

 だから、当日にアールネが家に用意していた装備を持ち出して、いつもの秘密の場所で魔法使いごっこをして遊んでいたのだ。


 ろくな装備もないままアールネが模擬戦をすることになった相手は、よりにもよって当時、冒険者ギルド内でもわずか半年でCランクにまで昇格していた麒麟児と謳われるほどの才気溢れる人物だったのだ。


 いや、よりにもよってではない。

 マルヴェ子爵と犬猿の仲のモルド子爵が、必勝を期するために用意した冒険者――――それがフーゴ・ヒルシュベルガーであったのだ。


 アールネは模擬戦に負けた責任を取ることになった。

 貴族同士の面子がかかった模擬戦は、単なる手合わせとはいかなかったのだ。マルヴェ子爵が慰留を努めるも、それを子爵の一門衆や一部の騎士たちが許さなかった。


 レナは知らなかったことなのだが、アールネは確かに領民や兵から慕われていた。だが、一方でそれを面白く思わない貴族や一部の騎士からは疎まれていたのだ。


 子供のレナが、マルヴェ子爵の敷地内からアールネの装備を持ち出しても誰も気づかなかった理由でもある。


 気づかなかったのではない。

 屋敷で働く者たちからの報告を上が握り潰していた。


 貴族の自分たちを差し置いて、平民ごときがマルヴェ子爵の護衛兼相談役という大役を担うことが許せなかったのだ。


 負けたのに晴れ晴れとした顔で故郷の村へ帰ると言うアールネに、マナは「仕方がないわね」と、こちらも吹っ切れた様子であった。


 ただ、このとき二人は気付かなかったのだが、幼いレナだけは全く納得していなかったのだ。


(……父は負けてないっ)


 何度も自分が装備を持ち出したからと、アールネが負けたのは自分のせいだと、レナは何度もマルヴェ子爵や周りの大人へ再戦を懇願したのだが、そのような要望が通るはずもなかった。


(……許せない)


 今までアールネを持て囃していた大人たちは、手のひらを返して口々にアールネを馬鹿にするような陰口を叩く場面をレナは何度も目撃する。それを聞く度にレナの心は深く傷ついていく。


 自分のせいで父が――――アールネ・フォーマは天才魔術師から大した事のない魔術師へと貶められてしまったのだ。


(……私が証明するしかない)


 どういうわけか。アールネは再起するつもりがないようであった。腐っているわけではない。どこかスッキリした様子で、故郷の村に帰ったあとも変わらぬ様子でレナに様々なことを教えるも、魔術師として復帰する気はないようであった。


(……マルヴェ子爵領内の者たちに、ウードン王国の者たちに――――全ての者に思い知らせる――――)


 5歳――――わずか5歳でレナは自分の将来を、生き方を決めたのだ。


(――――アールネ・フォーマが天才魔術師であることを)



「卑怯者の娘がっ」


 口汚くフーゴはレナを罵る。

 興奮しているのか。両の手を握り締め、肌の色が変わるほど力を込めているのが見て取れた。


「忘れたとは言わせねえぞっ。あの模擬戦――――マルヴェ子爵とモルド子爵との代理戦争のことをっ!」


 周囲の野次馬が「マルヴェ子爵?」「聞いたことがあるな」「モルド子爵ってのは確か……」「あそこはもう代替わりして――――」口々に騒ぐも、それを無視してフーゴはレナを指差す。


「俺が勝ったんだ。貴族同士の面子を護るって大役を、モルド子爵の要望通りに俺は果たしたんだぞっ。それをっ!! お前ら親子は汚え真似をしやがった!! 負けたアールネはあろうことかっ。俺がアールネの装備を盗んだから負けたなんて言いがかりをつけやがって!!」

「……っ!? 父はそんなことは言ってないっ!」


 突然の予期もしないフーゴの言葉に、黙って言い分を聞いていたレナは即座に否定するも、フーゴの言葉は止まらない。


「はんっ。惚けるんじゃねえぞ。言ったんだよ! 負けた側が言い訳するなんて話はよくあることさ。俺も最初は気にしていなかった。だがな!!」


 視線をレナから離しながら、フーゴは周囲の野次馬へ語りかけるように話を続ける。


「話がマルヴェ領内とモルド領内だけならよかった。どっちが嘘をついているかなんて当人たちはわかってるんだからな。

 だが、それが他領にまで伝わると話は変わってくる。嘘もつき続ければ真実になるってな! お前ら親子の嘘を信じる馬鹿が出始めたんだよ。それが徐々に広まっていくと、実はモルド子爵の指示で俺がアールネの装備を盗ませただの、娘のレナを唆して装備を隠したなんて言う奴までいたな。

 風聞が悪いってな。それとなくモルド子爵のもとを去るようにって促されたよ。この俺がっ、たった半年でCランク冒険者にまで昇格した天才の俺がだ!!」


 血走った眼で語るフーゴの鬼気迫る話に、最初はまさかと思っていた冒険者たちの中にも信じ始める者たちが出始める。


「まさかこんなことで、麒麟児とまで持て囃された俺が挫折するとは夢にも思わなかったよ。

 笑っちまうのが近隣の冒険者ギルドにまで流言(デマ)は広まってやがった。これまで請われることはあっても、請うことのなかった俺が頭を下げてパーティーに入れてくれって言ったのに、なんて言われたと思う? きひっ、卑怯者を加入させたらパーティーの格が落ちるとさ。

 貴族に解雇された俺とパーティーを組もうなんてお人好しの冒険者はどこにもいなかったぜ。たまに言い寄ってくる連中なんて、俺を使い倒そうとするろくでもねえ連中ばかりさ」


 過去を思い出しているのか。

 フーゴは涙ぐむと袖で目元を拭う。


「ソロの冒険者がどれだけ悲惨かわかるか? Cランクまでならまだいい。突出した個の力で辿り着くことができるんだからな。だが、Bランク以上になろうとすれば、個の力だけじゃ不可能さ。単独で迷宮を攻略できるか? 片道数週間もかかる森の奥深くでしか手に入らない希少な動植物やら鉱石を、単独で手に入れることができるか?」


 自嘲気味にフーゴは笑う。

 しかし、この話はあまり野次馬たちには共感されなかったようだ。なぜならジョゼフという単独でBランク迷宮『腐界のエンリオ』に潜っていた化け物がいたからだ。


「やってやったよ。独り(・・)でな。

 俺を馬鹿にした連中を見返すために、文字通り死に物狂いで冒険者ギルドの依頼をこなしたさ。血の小便なんて珍しくもないほど過酷な日々だったが、それでも俺はやり遂げたんだ。大手クランどころかパーティーにすら属さずに、誰の力も借りずに、なんの後ろ盾もない俺が――――独りの力でAランクになったんだ!!」


 それはお前ら温い(・・)冒険者たちとは違うんだぞと、言っているような叫びであった。


「ところがだ。くっく。やっと過去のトラウマから癒やされつつあった俺の耳に、信じられないような話が聞こえてきやがった。アールネの――――卑怯者の娘が冒険者として活躍しているってな。

 許せるか? 俺を不当に貶めた奴の娘が、冒険者として持て囃されているなんて話をっ。許せるわけがねえよなっ!」

「……父は卑怯者じゃない」


 魔力が――――レナの魔力が全身を駆け巡る。感情的になって魔力のコントロールができていないのだろう。


「まだ言うか。やはり卑怯者の子も卑怯者か。その見るからに高価な装備も、自分の力で手に入れたわけじゃないだろう。どうせ上手いこと取り入って、買わせたんだろう。自分には必要だのなんだの言ってな。薄汚いアールネの娘らしいぜ。じゃなきゃ、Cランクの冒険者如きが身につけるには分不相応の装備だもんな」

「……私を侮辱するのはいい。だけど、父を侮辱するのは許さない」


 ニタニタと笑みを浮かべながら、フーゴはレナを品定めするように見つめる。


「許さなかったらどうする? 俺と戦うつもりか? お前程度がっ、Aランクの俺とっ」

「……私はAランクの冒険者に勝ったこともある」

「ぶはぁっ!!」


 わざとらしくフーゴは噴き出す。


「Aランクに勝ったことがあるだ? それがどうした! まさか戦闘力だけならAランク並だって、自慢でもしてるつもりなのか? そんなものはな、冒険者としてなんの自慢にもならないんだよ。いいか? 冒険者は戦うのが専門じゃないんだぞ。冒険するのが専門なんだよ。戦うのが好きなら傭兵にでもなればいい。それをこの場で言うかね。戦いなら負けないなんて情けない負け惜しみを」


 フーゴとレナ――――両者の間を、殺気ならぬ魔力が行き交う。


「……負け惜しみかどうか。試してみるといい」

「ここなら冒険者ギルドや知り合いの冒険者が護ってくれるから強気だな」

「……私が他者に助けを請うとでも?」

「ふははっ。そらそうだろ。お前は卑怯者の娘なんだからなっ」

「……………………せっ」

「ああ? なんか言ったか? 卑怯者の娘は身体だけじゃなく声まで小さいのか?」

「………………言った」

「おい、卑怯者の薄汚い冒険者もどき。声が小さくてよく聞こ――――」

「……取り消せと言った!!」


 レナが大声を出すと同時に凄まじい魔力が解き放たれる。


「わっ!? レナ、落ち着いてっ」

「ちょっ。アガフォン、なんとかしなさいよ!」


 ニーナがレナの肩を揺するも、全く反応がない。完全に怒りで我を忘れているのだ。

 アガフォンの頭の上でドキドキしながら成り行きを見守っていたアカネは、レナの放つ魔力によって吹き飛ばされそうになる。それをアガフォンが面倒くさそうに手で魔力の流れから遮って護る。


 突風のような魔力の唸りが、冒険者ギルド内を駆け巡るかと思われたのだが。


「これはいったいなんの騒ぎですか」


 嵐のような突風が、突然の無風へと一変する。

 ロビーに現れたのはエッダであった。すぐ後ろにはなぜか『赤き流星』のトロピの姿まであるではないか。


「冒険者ギルド内での争いは禁止ですよ」


 凄まじい魔力の発動を、エッダは片手間に押さえ込んでいた。

 それでも魔力を放ち続けるレナを、エッダは困った子を見るように目を向ける。続けて――――


「おいおい。俺は被害者だぜ」


 ――――フーゴを見る。

 フーゴは両手をわざとらしく挙げて、自分は悪くないとアピールする。


「この不始末どうするつもりなんだ?」

「不始末、ですか?」

「都市カマーの冒険者ギルドに所属する冒険者が、よその冒険者に襲いかかってきたんだぞ。俺じゃなかったら、怪我をしているところだった」


 ヘラヘラと笑うフーゴの言葉はあながち嘘ではない。

 レナは前方に強く魔力を放っていたのだ。周囲にまで影響を及ぼすほどの魔力の奔流を至近距離で喰らっていれば、怪我をしていただろう――――フーゴでなければ。

 恐るべきことに、フーゴは平然と至近距離から放たれたレナの魔力を捌いてやり過ごしていたのだ。


「まあ。そうなの?」

「こ、この――――いいのか? このことをよその冒険者ギルドへ報告してもいいんだぞ」

「まあ、怖い」


 言葉とは裏腹に全く怖がる様子のないエッダの態度に、フーゴのこめかみに青筋が浮かび上がる。


「納得がいかないなら殺り合えばいい」

(誰だっ!?)


 気を張り巡らせていたフーゴは驚く。誰もいなかったはずの場所から声が聞こえてきたのだ。


「オドノ様だっ!」


 なんだか重苦しい雰囲気にうんざりしていたナマリとモモは、ユウの姿を見るなり顔を綻ばせる。

 そして、そんなナマリが駆け寄っていく姿に、フーゴは声の主の正体に気づく。


(いよいよ、お出ましのようだ)


 どうせ避けては通れない相手なのだと。

 フーゴは振り返る。


「き……おまっ」

「どうした? そんなに驚いて」


 ユウの姿を見るなりフーゴは言葉を失ったかのように、目を見開き口が開いたまま固まるのであった。

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i901892
― 新着の感想 ―
なんで毎話毎話こんな面白いの 最高
フーゴは大分拗らせてて幼稚だし、レナはレナで問題しかないイノシシ型だし… エッダさんはこえーし、ユウは全て見抜いてるだろうし
391話の、面汚しの時に スラムですれ違ったユウとフーゴさて、ここからどうなることやら
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