第394話:卑怯者
「グシシ。この短い期間にレナもニーナも随分と腕を上げだな。もうオデだちを、超えでいるんだな」
「おいっ。エッカルト、たちをつけるなたちを! そりゃニーナちゃんもレナも強くなったのは認めるけどな。俺はまだまだ後塵を拝するつもりなんて、ねえんだからな!」
『腐界のエンリオ』から都市カマーへ戻ってきたエッカルトが、ニーナたちの成長を褒める。それに噛みついたのはラリットだ。これでも冒険者としてはニーナたちより一回りも先人である。先輩として、同じCランク冒険者として、簡単には負けを認めるわけにはいかないのだ。
「先輩どしでの矜持があるみだいだど?」
冒険者ギルドに繋がる通りを歩きながら、エッカルトがニーナたちに耳打ちする素振りで普通に話しかけると、しょんぼりしていたアガフォンたちは笑みを浮かべる。『腐界のエンリオ』で浅層では活躍できたものの、中層辺りから手こずり始め、下層ではニーナたちの足を引っ張っていたのだ。
ルーキーであるアガフォンたちが『腐界のエンリオ』の、それも下層で通用しなくてもなにも恥じることはないのだが、それでもアガフォンたちにはアガフォンたちなりのプライドがあった。
せっかく、自分たちが補助をして高難易度の迷宮を探索し、しかも冒険者ギルドの買い取りに出せば、間違いなく大金が手に入る成果を出したのだ。ここは曇った顔ではなく、明るい顔をしてほしいというエッカルトなりの気遣いであった。
「ところでエッカルト」
「どうかしだか?」
ラリットはさり気なくニーナの様子を窺う。先ほどからニーナは二の腕や腹部などをしきりに気にしているようであった。
「ありゃなにをしてんだ?」
「ニーナのこどか?」
「声がでけえよ!」
「グシッ。ラリッドのほうがでかいど」
「うっ……。それでニーナちゃんは、なにを気にしてるんだか知ってるか?」
「筋肉だど」
「はあ? き、筋肉?」
斥候職であるニーナは見事に絞られた肉体美を誇る。そこにアンバランスな胸の大きさがラリットを惹き付けてやまないのだが。
「そこまで気にするほど太くねえだろ?」
「逆だど」
「…………逆?」
「ニーナはもっど筋肉を太くしだいんだど。筋トレがどうこう言っでだ」
「ば、ば、ばっ、ばっか! なんで太く――――いや、不必要に筋肉をつける必要があるんだよ!!」
「オデに言われでも困る。なんでもユウが筋肉のある女性が好きかもしれないどうこうらしいど」
「い、意味がわからねえ」
再度ニーナの様子を窺うと、ニーナはシャツを捲り腹部を露わにしている。そこには見事なシックスパックならぬエイトパックの腹筋をアガフォンたちに見せて、感想を聞くニーナの姿があった。
「アガフォンくん、どう? これならユウも気にいるかな?」
「あの~、その~」
「どうかな?」
「アガフォンっ! なにデレデレしてるの!」
女性の腹部を見るのが恥ずかしいのか。アガフォンは俯いてもじもじしている。そんなアガフォンの情けない姿に、頭に座っていたアカネはなぜか顔を真っ赤にして怒っていた。
ろくに話すことのできないアガフォンに、ニーナは他の男性陣にアドバイスを求めるのだが、皆が困った様子で女性陣へ助けを求める。
もっとも、女性陣の反応は辛辣であった。
「男共は情けないにゃ」
「ホントだよっ」
「ぼ、僕は関係ないよ」
「本当かにゃ? ベイブも男だから信用できないにゃ」
「いい? ベイブはあんな男になっちゃダメだよ!」
「は、はひっ」
モニクに尻を叩かれると、ベイブはその場で飛び上がる。
「ねー。レナ、俺になんか言いたいことでもあるの?」
ニーナたちの会話に加わらずに前を歩くナマリは、ずっと背後から感じる視線にうんざりしていた。
「……私に足りないもの」
「モモ、レナがなにを言ってるのかわかる? 俺、なんだか怖くなってきたぞ」
困ったようにナマリは自分の肩に座るモモに話しかけるも、モモもわからないとばかりに首を傾げる。
「……おかしい」
Aランク迷宮『蠱蟲王国』第八十一層の階層主は双頭の大百足であった。双頭の大百足はランク7の魔物である五百年百足の亜種である。しかも、数十メートルを超える巨体に階層主であることを加味すればランク8は間違いなくあったはずである。
その双頭の大百足にトドメを刺したのは他ならぬレナである。なのに今回の探索では同ランクほどの巨人に、それもアンデッドで弱体化しているはずなのに敵わな――――手こずったのだ。
ユウに聞くところによると、キンは元々『腐界のエンリオ』の下層で何百年も徘徊していたアンデッドだという。そのランクは7、現在のランクをユウはレナに教えなかったのだが、それでも自分が負ける要素は皆無とレナは思っていたのだ。
自分にはなにが足りないのか。
レナは自問自答する。
装備はそこらの冒険者どころか、Aランクの冒険者にも見劣りしないはず。ならば、自分に問題が――――
(……私が弱い?)
しかし、それをレナは認められない。
(……そんなことない。私は強い。それだけの努力と経験を積んできた)
同年代で自分を脅かす存在になど出会ったことがなかった。
父アールネと母マナ、二人の敬愛する両親の間に生まれたレナは、幼きときより自分は他の子供たちとは違うことを理解していた。
同年代の子供より理解力が高く。
年上の子供よりも早く魔法を使うことができた。
身体こそ小さく身体能力は劣ってはいたのだが、魔法という一点に置いては他の追随を一度たりとも許したことがなかったのだ。
自ずと理解する。
自分は特別な存在なのだと。
父に代わって、そのことを証明する必要があることを。
証明することができなければ、レナのアイデンティティが崩壊してしまうのだ。
(……やはり火力)
ナマリと巨人との戦いを思い出し、レナは自分に足りないものは火力だと決めつける。
(……火力さえあれば、巨人の攻撃を防御する前に倒しきれていた)
「――――レナっ」
(……火力は全てを解決するっ!!)
「――――レナってば」
「……火力、火力は全てを解決するっ!!」
「レ~ナ?」
「……方針は決まった。これからは今までよりも、一層に火力――――呼んだ?」
「もう! 冒険者ギルドに着いたよ」
ニーナの言葉にレナが頭を上げると、そこには改装がまもなく終わる冒険者ギルドがあった。
「……いつの間に」
「考え事?」
ズレていたレナの帽子を被せ直しながら、ニーナが問いかける。
「……大丈夫。もう解決した」
「大丈夫かなぁ」
ズンズンと先頭を歩いていくレナの後ろ姿を見ながら、ニーナは心配そうに呟くのであった。
※
「あの野郎……今日もいやがるっ!」
冒険者ギルド一階のロビー、その中でも一番目立つ場所に陣取るフーゴの姿があった。
「なにが目的なんだ?」
「知らねえよ」
「ちっ、気に食わねえな」
「冒険者ギルド内で暴れんじゃねえぞ?」
「そうだぞ。『赤き流星』のトロピ、見てみろよ。今日もエッダさんに連れていかれてたぞ」
「お~怖っ」
都市カマーの冒険者の多くは一度エッダに痛い目に遭わされている。生意気だからという理由ではない。徐々に力をつけて、これまでよりも強い魔物を倒せるようになり、報酬の良いクスエトをこなせるようになった冒険者は調子に乗り、傲慢になる者が多いのだ。
結果、怪我をする。
それも引退をするほどの大怪我を。いや、大怪我ならまだいいだろう。探索中に魔物との戦闘で、採集中の不注意、あるいは魔物や動物に不意を突かれて、これまでなら十分に注意を払って防げていたことで命を落とす者のなんと多いことか。
他の職業に比べて、命を落とすことが多いのが冒険者や傭兵なのだが、それでも救える命は救いたいものである。
だからエッダが教えてあげるのだ。
自分など、まだまだ未熟者であることを。
不思議なことにエッダに教えてもらった冒険者たちは、のちに高位冒険者になっても仕返しを考える者は皆無であった。
だが、そんな冒険者たちを見て育つ新人たちは気づくのだ。否、気づかされるのだ、エッダに仕返しをしないのは未熟な自分に気付かさせてくれた感謝からなどではなく、只々エッダが恐ろしいのだということに。
「クエストも受けずに、なにが目的なんだが」
他の席でも同じように、フーゴへ忌々し気に視線を向ける冒険者が愚痴る。
「なにか目的があるのは間違いないんだがな」
「そのなにかが――――って、おいっ。ラリットたちだ」
「お? マジじゃん。あの様子だと、ニーナちゃんたちと合同の探索は無事に終わったみてえだな」
全身や鎧の至る所に汚れや癒やされたばかりの傷跡が窺えるが、アガフォンたちが欠けることなく姿を見せたことに、冒険者の男は「やるじゃねえか」と独り呟く。
「ラリットとエッカルトも、アガフォンたちみてえな新人引き連れて、ご苦労なこったぜ」
「嫉妬してんじゃねえよ。
上の者が若手のクランメンバー連れて育成するなんて、珍しくないどころかやってないほうがおかしいくらいだろうが」
「ラリットとエッカルトは『ネームレス』と関係ないだろうがっ」
拗ねた様子でブツクサと小言を呟く仲間の姿に、男は苦笑する。
「ユウが依頼したんじゃねえのか? ほら、あいつって新人の頃からラリットたちと仲が良かっただろ」
「それは……確かにそうだけどよ」
「お前だってマリファから同行を頼まれたら、尻尾を振って喜ぶだろうが」
「なに気安く呼び捨てにしてんだよ!」
「あ~あ~! めんどくせえ奴だな。わかった、わかったよ。マリファさまに頼まれたら、一も二もなく頷いていたのではないでしょうか? これでいいか」
「てめえっ!」
「やめろって。くだら――――おいっ!」
「お前が止めたってやめねえぞ! こいつは俺を侮辱しやがった!」
「おーおー、やってやらあ! 前からこいつの態度には思うところがあったんだ!!」
「待てって!」
「「止めんじゃ――――」」
「あいつ、フーゴの野郎っ。レナちゃんのほうに向かっていってるぞ」
「「はあっ!?」」
胸ぐらを掴んで、今にも殴り合いを始めそうであった男たちは、慌ててニーナたちのいるほうへ目を向ける。
見れば、周囲の冒険者も興味深そうにニーナたちへ視線を向けているではないか。
「これはこれは」
椅子から立ち上がったフーゴは、どこか芝居じみた大袈裟でわざとらしい振る舞いでニーナたちを出迎える。
「なんだこいつ? エッカルト、お前の知り合いか?」
「う~ん、知らない奴だど」
「レナ?」
親しげな様子で近づいてくるフーゴに困惑するニーナたちをよそに、俯くレナにニーナが声をかけるも反応がない。見れば、レナの手が震えているではないか。
「飛ぶ鳥も落とす勢いと、他国にまで名を知られるクラン『ネームレス』の皆さんじゃないか」
「俺たちに用でもあるのか?」
ニーナたちを護るようにラリットが前に出る。腰を掻きながら、なんとも面倒くさい様子を周囲へ窺わせるのだが、これはブラフである。ラリットは油断なく、腰を掻くフリをして鋼糸へ手を伸ばしていた。この距離でフーゴがなにか仕掛けてきても、斥候職である自分が遅れを取ることはないと、それでいて一切の慢心も油断もなかった。
「そう構えるなよ。別にあんたたちに襲いかかろうってわけじゃないんだ」
「へー。そりゃ良かった」
肩を竦めながらもフーゴからラリットは目線を外さない。ラリットのすぐ後ろにいるエッカルトも、なにかあれば巨人族が誇る膂力を直ぐ様に振るうだろうことは、周囲で野次馬をしている冒険者たちは良く理解していた。
「あんたはラリットだったか? 『お人好し』なんて二つ名があるんだろ? そっちは巨人族のエッカルトだろ。どうしてクランに所属もしない一匹狼のあんたたちみたいなのが、そこの卑怯者といるのか理解に苦しむな」
「「卑怯者?」」
訝しげにラリットとエッカルトは、フーゴの放った言葉を復唱する。『ネームレス』に所属する者たちの中に、卑怯者と罵られるような者など心当たりがないのだ。どちらかと言えば、大きなクランを相手に堂々と立ち向かっていくのが二人の知っている『ネームレス』であった。
「そうだ。卑怯者さ。そこで縮こまっているアールネ・フォーマの娘――――レナ・フォーマのことさ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、フーゴはレナを指差す。
不思議そうにフーゴを見つめるニーナたちをよそに、周囲の野次馬が騒ぎ出す。
「どういうことだ?」
「レナが卑怯者だとよ」」
「嘘ついてんじゃねえぞ!」
「フーゴの目的は『ネームレス』――――それもレナってことか?」
「わざわざカマーまで来てんだ。なにか理由があるんだろ。卑怯者って言うだけの理由がな」
「レナちゃんに喧嘩を売るとは、あいつ死んだな」
「どうかな。フーゴはAランクだぞ」
「Aランクならレナも倒しているそうじゃないか」
「それを実際に目撃した奴はいるのか?」
「そういや傭兵の、なんだっけ? 『銀狼団』のうんたらって奴が言ったって噂くらいしか聞かねえな」
「そんなこたあ、どうでもいいっ! あの野郎、レナちゃんのことを卑怯者だと!? ぶっ殺すぞ!!」
「やめとけよ。ここが冒険者ギルドってわかってんのか」
あまりに多くの冒険者が一斉に騒ぎ出したために、慌てて冒険者ギルド職員が静かにするよう制止をしてもほとんど効果がない。
そんな騒ぎを見ながら、嬉しそうにフーゴの口角が上がっていく。
「逃げんじゃねえぞ」
「……逃げる? 私が?」
レナは恐怖から震えていたわけではなかった。
「……お前を倒すのは私の役目――――違う。使命っ!」
怒りで身体の震えを押さえきれなかったのだ。
「ほう……。そりゃ良かった。俺に負けたアールネのように、今度は負けた言い訳をするんじゃねえぞ」
「……父は負けていない!!」
珍しく大声を出すレナの姿に、ニーナたちは驚く。ここまで感情を剥き出しにしたレナを、ニーナたちは見たことがなかったのだ。
「負けただろうが。それとも、勝ち負けすら捏造するのか?」
感情を露わにしたレナを上回るほど凶悪な顔で、フーゴはレナを威圧する。
「忘れたとは言わせねえぞ。お前ら親子のせいで、俺は散々な目に遭ったんだ」
血走った眼でレナを見下ろすフーゴは、有無を言わせず語り始めるのであった。




