第392話:礼儀知らず
「あの野郎がランポゥを倒したのか?」
「血塗れの姿を見るところ、そうなんだろうな」
「見ろよ。あの野郎、無傷だぜ」
「傷なんて倒したあとに魔法やポーションで、いくらでも治せる。ここでハッタリかますために、わざわざ治してきた可能性だってあるぜ」
静まり返っていた冒険者ギルド一階のロビーであったが、そこは彼らも冒険者である。すぐさまに、フーゴを値踏みし始める。ランポゥの傷はどのような攻撃でつけられたものなのか、フーゴの所作から前衛なのか後衛なのかを分析する者までいる。中には『解析』スキルを使用して、案の定フーゴの『結界』に弾かれると、露骨に舌打ちをする者までいた。
「ブリット、どうした?」
「やっぱあいつ、どこかで見たような……聞いたことがあるような気がすんだよな」
「知り合いってわけじゃねんだろ」
「それはない」
「じゃあ、どうでもいいじゃねえか。それより今はどうやって、あの野郎をよそのクランより先に倒すかだ」
「倒すって、ランポゥを倒すほどの手練れだぞ?」
「だからこそいいんじゃねえか」
ブリットは血気盛んな仲間に呆れながら周囲を一瞥すると、他の冒険者たちも同様のことを考えているようで剣呑な空気を漂わせていた。
「おい、上から降りてきたぞ」
バボルが目線を階段へ向けると、ブリットも釣られてそちらへ目を向ける。
「こんだけの騒ぎだ。そら上にいる連中も気になるだろうさ」
上の連中――――即ち、Cランク以上の冒険者たちが降りてきたのだ。Dランク以下の冒険者たちは「おーおー。ぞろぞろと来やがって、どいつもこいつもお暇なこって」「ちっ。うぜえな」「偉そうによ」「見下してんじゃねえぞ」などと、あまり歓迎している様子はない。
「珍しいな」
「どうした?」
「先頭を見ろよ」
上から降りてきた冒険者の先頭に『赤き流星』の盟主トロピの姿があった。
「ふーん。君が噂の灰色マントくんかぁー」
「それがどうかしたか?」
ランポゥの襟を掴んでいた手を解放し、フーゴは油断なくトロピを見据える。
(派手なピンク色の髪に小さな丸耳――――ドワーフか)
種族を特定したフーゴは、次に装備を確認するのだが。
(武器が見当たらないな。ドワーフで後衛職はまずない。まず、どこかに隠し武器を忍ばせているな。待てっ。防具がない、だと!?)
ドワーフは頑強な種族で知られる。小柄な女性のドワーフもその見た目とは裏腹に人族を軽く凌駕するほど頑強なために、冒険者であるならば就くジョブは前衛がほとんどであるのだ。そのドワーフが冒険者ギルドにいるにもかかわらず、武器も防具も身につけていないことにフーゴは違和感を覚える。
「見境なく喧嘩を売るって聞いてたわりには、随分と慎重なんだね」
「相手から手を出してきたから、止むなく対応をしたまでだ」
「よく言うよ。手を出すように仕向けておいて」
対峙してフーゴは理解する。相対するドワーフは間違いなく冒険者――――それも油断ならぬ手練れであると。
(目立った装飾は鉄の指輪に石の腕輪、そうか『赤き流星』盟主の――――)
パンッ、と乾いた大きな音がロビーに鳴り響く。
「好戦的なのは副盟主と聞いていたが、なかなかどうして盟主も」
トロピのローキックを左脚で受けたフーゴが、冷や汗を流しながら減らず口を叩く。
「へー。挨拶代わりとはいえ、ボクの蹴りに耐えるなんて驚いたよ」
(ギルド内で仕掛けてくるなんて、とんだジャジャ馬だな)
一触即発かと思われた両者のやり取りであったのだが。
「トロピさん」
「はーい。ごめんなさーい」
ギルド職員の一言で終了となる。
「思い出した!!」
「うおっ!? いきなりでけえ声を出すなよっ」
フーゴとトロピのやり取りを見ていたブリットが突如、大きな声を出す。
「あんた、確かBランクのフーゴ――――フーゴ・ヒルシュベルガーだろ?」
その言葉に野次馬たちが一斉にざわつく。
「フーゴって『巌壁』のフーゴか!?」
「なんでそんな奴が低ランク狩りをするんだ?」
「知らねえよ」
「でも確かにおかしいよな。すでに名の知れた奴が、なんで今さら顔を売る必要があるんだ」
冒険者たちが騒ぎ立てるのも無理はないだろう。
なぜならフーゴ・ヒルシュベルガーと言えば、わずか半年でCランクにまで昇格し、冒険者ギルドからは麒麟児と持て囃されていたのだ。
また冒険スタイルが独特なのも特徴で、フーゴはどんなときでも単独での活動を主とする。それは険しい山や深い森から、たとえ迷宮であろうと一時的なパーティーすら組まずに単独で探索・攻略するのだ。
彼が攻略した迷宮の数は優に二十を超す。
いずれも単独での攻略で中小の迷宮だけではなく、中にはクラン単位で攻略するような大規模迷宮も含まれている。彼の単独攻略への拘りは美学と言うものまでいるほどだ。
もともと有名であったその名がさらに世に知らしめすことになったのは、二つ名である『巌壁』と呼ばれるようになった出来事が有名だろう。
あるとき、数々の村や町を燃やし尽くした『灰燼』の二つ名を持つ輝赫竜が、ある都市へ襲来したのだ。これを彼は単独で対処し、輝赫竜が幾度も放った息吹をわずかでも己が後ろへと通すことはなかったのだ。まさしく『巌壁』の二つ名に相応しい活躍であった。
「確かに俺はフーゴ・ヒルシュベルガーだが、一つ訂正しておく。俺はAランクだ。Bランク以下の雑魚なんかと一緒にしないでくれ」
その尊大な物言いに冒険者たちから一斉に殺気が放たれる。
「あ゛あ゛っ!!」
「誰が雑魚だ! このクソ野郎がっ!」
「ぶっ殺されてえのか!!」
「調子に乗ってんじゃねえぞ!! ソロ専が偉そうに!!」
「よそで通じたからって、ここでも同じようにできると思い上がってるんじゃねえぞっ!」
怒号が飛び交うも、フーゴはなんとも涼しい顔をして受け流している。
「こいつはここでも有名な手練と聞いていたが?」
床にうつ伏せに横たわるランポゥを指差しながら、フーゴが冒険者たちを一瞥する。
すると、冒険者たちの威勢は見るからに小さくなっていく。
「どうやら俺の力は、ここでも十分に通用するようで安心したよ」
満足したようにカウンターへ向かっていくフーゴに、トロピは道を譲るように横に移動する。
「あれどうするつもりなのかなー?」
トロピの視線は微動だにしないランポゥへ向けられていた。
「あれの役目はもう終えた。あとはここの職員が勝手にやってくれるだろうさ」
「ふーん。まさか、これで終わりとは思ってないよね? 赤き流星の子たちが世話になった分は、必ず返させてもらうから」
あどけない笑みを浮かべながら、トロピは物騒なことを言う。そんなトロピの前を、フーゴは鼻を鳴らして通り過ぎていく。
「ギルド長に会いたい」
不躾なフーゴの要求に、カウンターのレベッカは不満そうな顔を隠さない。
「あんたね。Aランクだか知らないけど、いきなり会いたいって言って会えるほど――――」
「ご案内します」
横から現れたコレットの言葉に、レベッカは驚いて口を開けたまま固まる。
「――――コレット!? あんた、なにを言ってるの」
「ギルド長からの命令です。こちらのフーゴさんをギルド長室までご案内するようにと」
これにはフーゴも意外であったのか、困惑した表情を一瞬だけ浮かべる。
「こちらへ」
コレットのあとをついて行くフーゴであったのだが、行先が階段ではないことに怪訝な表情になる。
「失礼だが、階段はこちらでは?」
「こちらの昇降機のほうが早いので」
あれほど冒険者ギルド内で大きな態度を取ったにもかかわらず、屈託のない笑顔で応対するコレットの姿に、フーゴは動揺する。
(参ったな。嫌ってもらわねば、困るのだが)
やり難いと思いつつも、フーゴはコレットの案内で昇降機に乗る。
(信じられないな。手動ではなく魔法で動く昇降機か。ウードン王国内でも屈指の冒険者ギルドとはいえ、一国の城でもなかなかお目にかかれない設備を当たり前に使っているとは恐れ入る)
ギルド長室へ通されたフーゴは新調されたばかりの部屋に、わざとらしく口笛を吹く。
「随分と儲かっているようだ」
机の上に置かれた書類の山と格闘しているモーフィスに聞こえるように、フーゴは呟く。
「おかげさまでな。コレット、案内ご苦労じゃった」
「いえ」
モーフィスは頭を下げて退出するコレットを見送ると、許可もなくソファーへ腰を下ろしたフーゴへ視線を向ける。
「来てそうそう、えらく暴れているそうだな」
「俺が悪いとでも? あちらから手を出してきたのを対処したまでだ」
「お主から挑発したとも聞くが」
「それが事実としても、冒険者たる者がやすやすと挑発に乗るのはどうかと思いますがね」
「最初からAランクであることを教えてやれば、無益な争いをすることもなかっただろうに」
背もたれに両腕をかけながら横柄な態度で、フーゴは声も出さずに笑みを浮かべる。
「なにが目的でカマーへ来た?」
「なに、大した目的ではありませんよ。ウードン王国内でもカマーの冒険者は随分と調子に乗ってるそうじゃないですか? あまりにも耳にするものなんで、どれほどのものかと来てみれば、くくくっ。これが噂ってのは当てにならないらしい。どいつもこいつも口ばっかり達者で大したことないんですからね」
「ほう。そうなのか」
軽快に羽ペンの音を鳴らしながら、モーフィスは書類へ記入し、ギルド長の印を押していく。
期待していた反応ではなかったのか。フーゴの動きが止まる。
「それだけで――――か?」
慌てて口調を戻し、問いかける。
「うむ。お主の言うとおり、カマーの冒険者たちは調子に乗っておったからの。ほれ、王都の――――ああ、お主は知らんか。少し前に王都の冒険者たちが大挙して押し寄せてきたことがあったんじゃ。まあ、内容は置いておくとして、カマーと王都の冒険者同士で手合わせすることになっての。結果的に勝ったもんじゃから、自分たちはウードン王国内で最強の冒険者と勘違いする者が多数でたんじゃ。だから今回のお主の行動は、儂からすれば願ったり叶ったりじゃな」
書類を整えると、モーフィスはフーゴの向かい側のソファーへ腰を下ろす。重量級の体重を誇るモーフィスの尻を、魔獣の革を加工して張ったソファーが柔らかく包み込む。
「紅茶です」
「なっ」
タイミングを計ったかのように、エッダが紅茶をテーブルへ置く。
これに驚いたのはフーゴである。室内にはモーフィスと自分しかいないと思っていたからだ。
(何者だっ)
心の動揺を顔に出さぬようにして、フーゴはエッダを見つめる。
(信じられん)
純粋な驚きであった。
実は一般人でも身体から魔力がわずかだが漏れ出ている。冒険者などになると量が増えて、手練れになると実力を隠蔽するために魔力量をコントロールして少なく見せるのだ。中には多く見せることで力を誇示したり、そうすることで無益な争いを避けようとする者もいるのだが、エッダの身体から漏れ出る魔力は頭から足の先まで、全てが均一であったのだ。
どれほどの達人だろうが、前衛職でも後衛職でも身体のどこかは魔力がブレる。しかし、エッダは見ている限り一切のブレがない。
(こんな見事な魔力の、精密な操作は見たことがない)
何事もないかのように、エッダは配膳を終える。
「あまり女性の顔を見つめるものではないぞ」
「こ、これは失礼をっ」
モーフィスの指摘で、フーゴは自分がエッダの顔を凝視していたことに気づく。また、思わず素の言葉遣いになってしまう。
一方のエッダは「まあっ、ヤキモチかしら」と意味のわからないことを宣っている。
「それで用はなんじゃ?」
「は?」
「儂に会いたかったんじゃろ?」
この言葉にフーゴは困ってしまう。
実はここまで暴れれば、ギルド長から警告なり罵声なりを浴びると思っていたのだ。それが、いざ話してみれば小言どころか推奨される始末。あまりにも予想していた対応とは違うので、次の言葉が上手く出てこない。だから、モーフィスとエッダの関係を邪推して、絡んでみることにする。
「こちらの女性はただのエルフでは――――じゃないな? 見た目ではわからないが、かなり高齢――――」
「これっ。女性の歳について話す奴があるか」
「手合わせしたい」
「ギルド職員と手合わせしたいとは笑わせよる」
「カマーの冒険者はどいつもこいつも大したことがないから、このエルフで我慢してやるって言ってるんだよ」
醜悪な笑みを浮かべ、威圧するフーゴであったのだが。
「やめとけ。恥をかくだけじゃ」
一般人であれば卒倒しそうな威圧を軽く受け流して、モーフィスはフーゴの心配をする。
「は、ははっ。なんだそりゃ。あんたが相手でもいいんだぜ」
「儂か? もうとっくに引退した冒険者を倒したところで、なんの自慢にもならんぞ」
「こいつは驚いた。カマーの冒険者ギルド長ともあろう者が、とんだ腰抜けだっ」
ピシリと、なにか音が聞こえた――――気がした。
「ふむ。特に用はないようじゃし、儂も忙しい身じゃ。そろそろ帰ってくれんか」
「追い返すつもりか? それはお勧めしないな。俺はしばらくカマーに滞在する予定だ。今後も好きなようにさせてもらう。これがどういう意味かくらいわかるだろう?」
「好きにせい」
なにを阿呆なことを言っているんだと、モーフィスはフーゴの相手をそこそこに打ち切った。
フーゴはあまりの手応えのなさに、すごすごとギルド長室から退出することになる。
※
「えっと……エッダさん、ボクになにか用かな?」
冒険者ギルド二階で『赤き流星』のメンバーと、これからの打ち合わせをしていたトロピの前にエッダが立っていた。
「トロピ。あなた、フーゴとかいう冒険者と揉めたそうね」
「えっ……。いや、あれは揉めたっていうほどのものじゃなくて、あの、その、ちょーと、そう! ちょーっとだけキックしただけなんだ」
ただならぬ雰囲気に、冒険者たちが部屋から退避していく。それは同じクランである『赤き流星』のメンバーたちもだ。
(う、裏切り者ー)
心の中で叫びながら、トロピは逃げていく仲間の背を睨みつける。
「どうして足の一本でもへし折らなかったのですか」
「ええ!? 折ってよかったの!? そんなー、そういうことは事前に言ってくれないと。ボク、わかんなーい。じゃあ、そういうことで」
煙に巻いて逃げようとしたトロピであったが、その前方を半透明な壁で塞がれる。エッダの展開した結界である。
「聞けば『赤き流星』の子たちも何人かやられているそうね」
「あのー」
「盟主が舐められているのかしら」
困ったわねと頬に手を当てながら、エッダはトロピを見下ろす。
「ちょうど良かったわね」
「なんのことかなー。ボク、わかん――――ひっ」
「鍛え直してあげるわ」
「だ、誰か助け――――」
助けを求めるトロピの声に応える者は誰もいなかった。皆がエッダの逆鱗に触れることを恐れたのだ。
※
「疲れた」
宿屋の一室に戻るなり、フーゴは大きなため息をつく。
この宿は、よそから来訪する貴族たちが宿泊する際に使用するほどの高級な宿で、その品質は折り紙つきである。もちろん、警備も厳重で並の泥棒や強盗では返り討ちに遭うだろう。
また貴族街の近くにあるために、冒険者たちも貴族との揉め事を避けてこの辺りには近寄ることもない。
「つっ……」
痛みから、フーゴは呻き声を漏らす。
ズボンを捲くると、トロピに蹴られたところが大きく腫れ上がっていた。アイテムポーチからポーションの小瓶を取り出すと、蓋を開けて遠慮なく腫れ上がった脚へかけていく。
あの場では多くの冒険者がいたので、弱みを見せるわけにはいかなかったのだ。
「それにしても」
トロピの何気なく放ったローキックの威力を思い返し、フーゴは怖気立つ。
あの蹴りを放たれた瞬間、フーゴは黒魔法第5位階『鉄身体』で、左脚を鉄と化したのだ。さらに固有スキル『倍々筋』で筋力を四倍、他にも小巨人の護符や巨人ミ・ヤ・ゾーンのピアスに備わるスキルで瞬間的に、継続的に肉体を強化してなお、この有り様である。
「さすがはウードン王国内でも屈指の精強さで知られるカマーだ。決して舐めていたわけじゃないが、わずかな油断が敗北へ繋がるか……」
ランポゥとの戦いも楽に勝てたわけではなかったのだ。
薬草と一緒に煮詰めた包帯を巻きながら、フーゴは気を引き締める。
「この調子で――――いや、もっと悪役を演じなければ」
ベッドの上に寝転がると、フーゴは天井を見上げる。
(事前にゴッファ侯爵に書簡を送っているので『食客』の件は大きな問題にはならないだろう。仮になるとしても、その頃には全てが終わっている)
なにが起ころうとも自分一人ならば、いくらでも逃げることはできると、フーゴは目を閉じる。
(それよりも、もっと嫌われないとな。嫌われれば嫌われるほどいい)




