第389話:八つ当たりじゃないよ
「ダメだ。決められない」
岩に腰掛けたまま、ユウは呟く。
ビャルネを帰らせたあと、ユウは4thジョブを特殊ジョブの中から決められずにいた。それもそうだろう。ジョブを決めようにも特殊ジョブの情報をユウはほとんど把握していないのだ。
「まだ拗ねてるのか?」
自分の頭に向かってユウは話しかける。
モモに相談してみたのだが『妖隷惨毘』を推すばかりで、参考にならないので無視したところ、拗ねて飛行帽の中に引っ込んでしまったのだ。
(本命は『螺賦羅磨』ってところか)
アイテムポーチより取り出した一つの指輪を眺めながら、ユウは心の中で呟く。指輪の名は『反転の指輪(運)』、3級の指輪で今装備している薄倖攻転の指輪と対になるセット装備――――不運の業セットである。指輪自身の能力は100から指輪を装備している者の運を引いた数値と置き換えられるというものだ。これだけだと薄倖攻転の指輪が持つ、運のステータスが低いほど攻撃力が上昇する効果を打ち消してしまうのだが、同時に装備することでセット効果として二つの指輪の効果が損なわれずに同時発動する。
つまりユウの運は1なのだが、それを99にまで上昇させたうえに、薄倖攻転の指輪の効果を運1として発動させることできるのだ。さらにセット効果発動中はMPが消費し続けるものの、攻撃力が別途上昇するおまけつきである。
これだけ聞くと良いこと尽くめのように思うだろう。なぜ、ユウはこの指輪をこれまで装備せずにいたのだろうかと。
強烈なデメリットがあるのだ。指輪を外すと同時に、セット効果発動時間と同じだけ凶悪なデバフがランダムで着用者に襲いかかるという。ならば、ずっとつけたままでいればいいと思うだろうが、それも許さないとばかりに24時間を経過すると同じくデバフが発動する。
(『螺賦羅磨』に就けば、デバフを選ぶことができるかもしれない)
襲いかかるデバフを操作できれば、ユウの持つ高い耐性で受け止めることができるかもしれない。それが可能であれば、不運の業セットのデメリットを限りなく0に近づけることができる。
(それに確率操作を好きにできれば、飛行帽捌式のスキル『龍絶界』の発動率を自由に操ることもできるはずだ。そうすればアリヨが相手でも十分に通用するんだよな)
『龍絶界』の効果は一定確率で害意のある魔法や攻撃を無効化するというとんでもないスキルなのだが、問題はそのスキルの発動率が非常に低いことにあった。百に一回でも発動すれば良いほうで、しかも任意で発動するわけではないから使い勝手は非常に悪いのだ。
ただし、ユウは『龍絶界』が発動した際の効果を確かめたところ、アリヨの斬撃でも無効化することができるだろうと思うほどに強力な効果――――古龍マグラナルスの素材を使っているのだから、それくらいの強いスキルがついて当たり前なのかもしれない。
(それに『螺賦羅磨』は戦闘面以外でも有用そうなんだよな)
迷宮のことをユウは考える。
数多の迷宮を攻略してきたユウは同時に数え切れないほどの宝箱を開けてきたのだが、驚くほど引きが悪い。
宝箱を開ける前に『異界の魔眼』で穴が空くほど観察したことも一度や二度ではない。これはユウに限った話ではないのだ。多くの冒険者や学者が高レベルの『鑑定』で、迷宮内の宝箱を開ける前に中身を確かめようとして玉砕している。つまり、誰も中身を見通すことができなかったのだ。
一説には迷宮で見つかる宝箱の中身はなにが入っているか決まっておらず、蓋を開けた際に品物が創造されるのではと言われるほどである。
だからなのか、今ではユウは宝箱を自分で開けることはない。では誰に開けさすのだというと、意外と思うかも知れないがモモである。なぜならナマリの運はユウと同じく1、クロも1なのだ。ナマリもクロもユウの手によって蘇ったアンデッドだからなのか、主であるユウの運と同じ数値であった。
ならばラスはどうかというと、悲しいことに数値は2――――ユウと比べても目くそ鼻くそである。その点、モモの運の数値は26もあるのだ。小さな身体であるモモに宝箱の蓋を開けさすのは少々酷というものだが、それでも自分の考えを立証するためには必要なことだと、ユウはモモに宝箱を開けさせ続けた。その結果――――明らかにユウが開けた際よりも、モモが開けたときのほうが良い品物が手に入っているのだ。同じ迷宮の同じ階層で宝箱を開けて、その際に手に入った品物をメモに残して検証しているので、ユウの思い込み――――できればそうあってほしかったという願いも虚しく、データがそれを証明していた。
(これで宝箱から良いアイテムを手に入れることができるかもな。待てよ……不運の業セットを発動させながら、さらに宝箱の中身を操作すればどうなるんだ?)
取らぬ狸の皮算用ではないが、ユウは次に迷宮に潜ることを考えると自然に口角が上がってしまう。
「そろそろ時間か」
このあと、クロたちを別の場所に呼び出しているので、移動をしようと立ち上がるユウであったのだが、ふと水晶に映るジョブ一覧に目が止まる――――その中でも。
『異々魂混者』『破亡瞞界』。この二つのジョブが特に目が――――いや、心が惹かれる。
(『異々魂混者』は俺が別の世界から来たから就けるジョブだろ。『破亡瞞界』はとんでもないことになる気がする)
二つのジョブは嫌な予感とともに、就けばユウに想像以上の力をもたらす可能性を臭わせる。
(あくまで本命は『螺賦羅磨』だ。どんな内容かもわからないジョブに就くなんて、博打みたいな真似するわけにはいかない)
自分の運の悪さを誰よりも理解している少年は、心の中で自分を納得させるように述べると移動するのであった。
※
「待たせ――――なんでお前がいるんだ?」
ネームレス王国のまだ手付かずの荒れ地に移動したユウは、その場所で待っていたナマリたち、さらにヒスイへ声を掛ける。
「ここを緑地にするんですよね?」
「そんな予定はないぞ」
「ないんだぞ!」
「ええっ!? な、なんでですか! そんなこと言わずに、わ、私に任せてください」
手をブンブン振り回しながら、ヒスイは抗議する。
「なんでもなにも、今日はここで戦うから荒れたままでいいんだよ」
元々はドライアードだったヒスイは、荒れ地だったネームレス王国を緑地化することで、いつの間にかハイ・ドライアードになっていたのだ。
これはユウが大地の奥深くに流れる龍脈や霊脈と呼ばれる魔力の流れに、ヒスイの根を繋げた影響なのかも知れない。その証拠に荒れ地であるこの場所に中継する木々がないにもかかわらず、ヒスイは姿を現しているのだ。
「私にもっと頼ってくれてもいいんですよ?」
「頼ってるだろうが。山に森に畑に、図書館の館長まで任せてる」
「ヒスイ館長なんだぞ」
ヒスイの周りを走り回るナマリが意味もなく騒ぐので、ユウは「静かにしろ」と口を手で覆う。
「まあ、ちょうどいいや。こいつ、預かってくれよ」
そういうと、ユウは飛行帽の中からモモを引き摺り出してヒスイへ預ける。
「モモちゃん……を?」
「なんか拗ねてるんだ」
ヒスイの両手に乗せられたモモは、ご立腹ですと言わんばかりに頬を膨らませていた。
「ヒスイ館長にしかできない仕事だ」
「こ、困ります! こんなときばかり……」
「頼りにしていいんだろ」
困り眉でユウを見つめるヒスイであったのだが、自分に背を向けて「頼んだぞ」と言われるとなにも言えなくなる。
「モモちゃん、どうしましょう? きゃっ、手の中で暴れないでっ。危ないよ」
手の中でジタバタと駄々をこねるモモを落とさないように、ヒスイはモモへ優しく声を掛ける。
「揃ってるな」
クロとラスに向けて、ユウは話しかける。
「我はともかく、この無能になにか御用があるのですか?」
ラスの窪んだ眼窩の中にある光が、横のクロを見下すように動く。対するクロは微動だにせずに、ユウの前で跪いたままである。
「不甲斐ないお前らを鍛え直してやろうかと思ってな」
クロとラス、両者の身体がわずかに動く。
「クロ、お前は覇王の城で好き勝手に殴られてたよな?」
覇王城の一室での出来事を言っているのだろうと、クロはすぐに理解する。あれはユウから「戻るまで大人しくしていろ」と言われたから耐えていたのだ。
「はっ!」
しかし、クロは言い訳もせずに返事をする。
クロの中での、ユウの死霊魔法で蘇った際に繋がったユウの記憶の中では、武士はたとえ苦しくてもそれを表に出してはいけないとあった。理不尽な状況でも主に忠義を尽す、それが武士の、クロが感銘を受けた武士道なのだ。
「相手が格上だからってビビるな」
「はっ!」
全くビビっていなかったのだが、これにもクロは異を唱えない。頭を下げたまま、ただただユウの言葉を受け入れる。
「今日は格上と戦ってもらう」
思わずクロは手に力を込めてしまう。
クロは戦うのが好きだ。それも自分より強い相手と戦えるならなおのこと。
「相手はナマリだ」
「俺なんだぞー!」
わかっているのか、わかっていないのか。ナマリは「うおおおーっ!」と叫んで走り回る。
「くく……。くははっ。マスター、本当にこの羽虫とナマリを戦わせるのですか?」
「そうだ」
「相手になるわけがない。お仕置きにしては些か過剰かと」
「お仕置きなわけないだろ。クロ、お前はどうだ? ナマリと戦うのは怖いか?」
ゆっくりと立ち上がると、クロはユウを真正面から見据える。
「望むところです」
「言っとくけど、ナマリはマジで強いぞ」
「そうだ! 俺は強いんだぞー!」
腕を組んだナマリが、クロを見上げながら声を上げる。
「たとえナマリのほうが強くても、某が勝つ」
「生意気ー!」
負けじと威圧してくるクロの姿に、ナマリの両角が蠢く。
「ナマリ、ナナ、一つまでだぞ」
「わかってる」
「オマカセクダサイ」
ナマリの角から溢れ出した黒いスライムが返事する。
「ナナは引っ込んでて!」
「ダメデス。マスターカラノ、ゴメイレイデス」
ナナと口喧嘩しながら、ナマリはクロとともに離れていく。
「ラス――――」
名を呼ばれると、ラスは内心で「来た」と呟く。
クロの相手がナマリなら、自分の相手はモモ――――はヒスイの手に預けているのでないかと判断する。ならば、自分に比肩する者など――――嫌な予感がしたそのとき。
「……あなたの相手は私」
「は?」
声は上から聞こえてきた。
ラスが見上げれば、そこには箒の上に立つレナの姿があった。
「……あなたはツイてる。この広い大陸で、私のような最強、無敵、偉大なる超天才大魔導師から直々に胸を貸してもらえる幸運――――」
どこぞのゴリラのような言葉をペラペラと喋りながら、レナは箒の上で器用にポーズを取る。呆れ果てているユウとラスをよそに、なぜかヒスイは感心して首を縦にブンブンと振る。
「どうでもいいけど、クソダサいパンツが丸見えだから早く降りてきたほうがいいぞ」
そっと……はためくローブを両足の間に挟むと、レナは頬を赤く染めながら降下する。
「レナ殿が、我の相手ですか」
心の中で馬鹿にしつつ、ラスは安堵する。相手がレナで良かったと。
「そんなわけねえだろ」
「で、では……」
「お前、今レナが相手で良かったとか舐めたこと考えてただろ」
「そのようなことは……」
動揺を隠しきれないラスの眼窩の光が激しく点滅する。一方、ラスに侮られていると知ったレナは怒り心頭である。帽子の中ではアホ毛が高速回転したり、ビンビンに尖ったりと忙しなく動いていた。
「いたいた~。もう~! レナ、自分だけ先に行くんだから~」
「ニーナさんの言うとおりです」
遅れて来たのはニーナとマリファである。
空を飛べるレナは二人を置いて来たのだ。
(三人がかりか? 二匹の従魔は厄介だが、それでもこの程度の相手ならば……)
まだラスは舐めた考えであった。ニーナたちを相手にすれば多少は手を焼くであろうが、最後に勝つのは自分だと信じて疑っていないのだ。
「マスター、いつでもどうぞ」
「まだ勘違いしてるだろ」
遠くで荒れ地に吹く風が土を巻き上げる。土煙が舞い上がる中、人影が現れる。一見、騎士のような見た目なのだが、その頭部を見ればすぐに気づく、人影の正体がアンデッドだと。生前に着込んでいた黄金甲冑を取り込んだスケルトンのアンデッド――――キンである。
(キンが相手かっ!?)
不味いと、ラスの中で警鐘が鳴り響く。
キンとギンは、普段はウッズの護衛をしているアンデッドなのだが、その実力はラスも認めるほどのものであった。
「ユウ~、キンさんだっけ? その人が私たちの相手なのかな?」
「そうだ。言っとくけど、キンは強いからな。もともと強いのに、俺が集めた装備で強化してるから、油断しなくても下手すれば死ぬぞ」
「……私は最強。一人で十分」
「あまり調子に乗らないように」
レナを窘めながらマリファはキンを観察する。
(アンデッドが相手では、毒は効きませんね)
マリファの攻撃手段の多くが対人を想定したものである。虫や植物などは毒を中心とした攻撃を組み立てており、キンのようなアンデッドが相手だと効果は激減するのだ。
(ご主人様、私のためにありがとうございます)
マリファだけでなく、強い前衛との戦闘経験が少ないレナのためでもあるのだが、マリファはユウに感謝を捧げる。
「マ、マスター……」
ラスの嫌な予感は確信へと変わっていた。
「もうわかってるだろ? お前の相手は俺だ」
「っ!?」
心の中で「馬鹿なっ!!」と叫ぶラスであったのだが、そんなものいくら叫ぼうと未来が変わることはない。
「な、なぜですか……」
「お前もクロとは違った意味で怯えてたからな」
「我は、我は怯えてなどいません」
「お前の境遇を考えれば、強者――――それも一度負けた相手にビビるのもわかるんだけどな。それでも情けない」
「マスター、お待ちくだ――――」
縋るラスを無視して、ユウは結界を利用して大地を試合会場のように区切っていく。その過程でヒスイに結界を張るのも忘れない。
「構えろよ」
普段の傲慢不遜な姿からは想像できないほど、ラスは怯えていた。
「行くぞ」
※
「痛たたっ……マリちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です」
片膝をつきながら、ニーナが声を掛ける。全身をキンに斬り刻まれたマリファは、立つのも苦しいのだろうが、それでも己が足で立っていた。近くではコロとランが激しい呼吸を繰り返しながら、戦意を漲らせた鋭い眼でキンを睨んでいる。
「レナは?」
「あそこです」
遠く離れた場所で座る力もないレナが、大地にひっくり返っている。
「生きてるよね?」
「それは……大丈夫でしょう」
「クロちゃんも派手にやられてるね」
「ナマリが強いとは聞いていましたが、あそこまでの力があるとは」
満身創痍のクロが、異形の姿と化したナマリに襲いかかっているのだが、そのたびに激しい反撃で吹き飛ばされていた。
「レナ~。意識はある?」
「……あ……る。よ、余裕」
指一本も動かすだけの余力はないくせに、レナは減らず口を叩く。
「ほら、おんぶしてあげるから」
「いっつぅ……」痛みに耐えながらニーナはレナを背負うと、周囲を見渡す。酷い有様であった。もともと荒れ地とはいえ、戦闘によって大地がめくれ上がり、大規模なクレーターがそこかしこにできているではないか。
「あっちも終わったみたいだよ」
「そのようですね」
ヒスイと談笑するユウの姿を見つつ、ニーナたちはクレーターの底へ向かう。
「お~い。ラスさん、生きてる?」
「もともと死人です」
「そっか。なんて言えばいいのかな?」
「ニーナさんが気遣う必要はありません」
「え~。マリちゃん、それは冷たいよ~」
「いいえ。そんなことはありません」
「……あれ」
指を差したかったのだろうがレナは身体が動かないので、ニーナにおぶられた状態で声と目線だけでそれへ誘導する。
「わっ。これって」
「手足ですね」
「……容赦ない」
そこにはラスの手足と思われる四肢が転がっていた。
「えっ……これは?」
最初はユウとの戦闘で折れたのだとマリファは思っていたのだが、散らばる手足は――――
「……取っ手がついてる」
前腕と思われる骨にはマジックハンドのような取っ手がついていた。また足の下腿部と思われる骨には草履のように履ける仕掛けが施されているではないか。
「これって、どういうこと?」
「……マリファが答えてあげて」
「わ、私ですか!? 私に聞かれても……」
答えを聞こうにも、当のラスは横たわったまま身動ぎ一つしなかった。




