第387話:目出度くない
「それは御目出度いことですな」
ネームレス王国の中心地を見下ろせる岩山の中腹で、堕苦族の長ビャルネはユウからの相談を聞くなり、顔を綻ばせながら祝いの言葉を述べるのだが。
「なにが目出度いんだよ」
顰めっ面でユウは言い放つ。
「少なくともネームレス王国にとっては、目出度きことかと。本来であれば堕苦族を――――いえ。国を上げて、お祝いをしたいところですな」
ビャルネは臆することなく、自分の考えや気持ちを述べる。
「畏れ入りますが、お世継ぎを設ける気はないのですか?」
「俺は一度も思ったことはないけど、ガキには親がいたほうがいいんだろ?」
自分の質問に答えずに新たな質問をするユウに、ビャルネは「さて、どう答えたものかと」頭を悩ませる。
「世間一般的には、いないよりかはいたほうが良いと言われていますな」
満足いく答えではなかったのか。ユウは「ふんっ」と鼻を鳴らして、腰掛けていた岩から立ち上がる。
「お前が俺に隠れてこそこそとやってることだけど、やめさせろ」
「ネームレス王国の、王様のためです。何卒、ご了承いただきたくお願い申し上げます」
下手な言い訳をせずに、ビャルネは承知してほしいと願う。
こそこそやっていることとは、人族であるユウを王として仰ぐことをよしとせずにネームレス王国を去った獣人たちと同じように、堕苦族も一部の者が国をあとにしていた。
この一部の堕苦族はユウを否定して去ったのではなく、ビャルネから密旨を受けていたのだ。
その内容はレーム大陸に散らばる堕苦族への勧誘と、人族国家の内情を探るという諜報活動である。
その結果、少数種族である堕苦族が、ネームレス王国では五千に迫るほど増えているのだ。
だが、一方で諜報活動をしている者たちの中には命を落とす者も出ていた。
人族国家で亜人が、それも堕苦族という目立つ種族が諜報活動をするのは、困難を極めていたからだ。
しかし、それでもビャルネはいいと思っていた。もとより犠牲は覚悟の上での使命である。死を厭わずにユウへ仕えることを、恩を返そうと考えてのことであった。
「いいからやめさせろ」
「我々の忠義は、ご迷惑でしたでしょうか」
「人族も馬鹿じゃない」
その言葉にビャルネは反応する。数ヶ月ほど前から人族国家の動きが、それも複数の国で慌ただしくなっていると報告を受けていたのだ。
「あと半年もしないうちに、ジャーダルクが主催で人族国家の話し合いがある。そこで連中がなにかするのは間違いないからな。逃げれるうちに逃がしとけ」
「なにか」とユウは言ったのだが、ビャルネはそのなにかをユウはすでに把握しているのではと確信する。
それは、これまでにユウが曖昧な考えで指示を出すことがなかったからだ。いつもなにかしらの根拠や理由を説明して、ビャルネたちを納得させていた。
「わかったら行け」
なぜ自分たちになにも言わないのか。
どうして独りで抱え込もうとするのか。
堕苦族ではお役に立てないのか。
ビャルネの頭の中では様々な考えが混ざり合い、感情も比例して大きく重く伸し掛かる。
(王様……なぜ儂らを…………儂を信じてくださらないのだ)
小さな背をさらに丸めて喉まで出かかった言葉を飲み込むと、ビャルネはユウの前から去っていく。ユウはその背を見ながら「しょうがない奴だな」と、小さなため息をついた。
「さて、俺も贅沢を言ってられないからな」
ユウはアイテムポーチより一つの水晶を取り出す。ラスが作成した転職用の水晶玉である。
現在のユウのレベルは69で『魔法戦士』『付与士』『剣聖』の三つのジョブに就いているのだ。つまり、あと一つ――――ジョブに就くことができる。これは今は就けなくとも、いつか目当てのジョブが表示される可能性に懸けて残しておいたものである。
水晶に手を翳すと、ユウが就くことのできるジョブが浮かび上がる。『守護騎士』『暗黒騎士』『聖騎士』『精霊騎士』『剣豪』『賢者』『號槌士』『大召喚士』『カーディナル』『高位付与士』――――以前、見たときと同じジョブが表示され、さらに――――『神聖騎士』『暗黒魔導師』『暗黒大魔導師』『大僧正』『聖法士』『大魔導書士』『クリエイター』『聖鍛冶師』『魔鋼鍛冶師』『壊滅師』『断絶師』『アークアサシン』『暗黒槍師』――――などの、3rdや4thなどで表示されれば、誰もが歓喜するような上位職が羅列される。
戦闘職、内政職、生産職など、以前は百を超えるジョブが表示されたのだが、今は優に千を超えるジョブが羅列され、ユウは見落としがないよう素早く目を動かす。
(王道にいくなら、上位のジョブを選ぶんだけどな)
近接や攻撃魔法、回復魔法、付与魔法、遠距離攻撃ができる弓職などの良いとこ取りをすれば、器用貧乏なビルド構成になる――――普通ならば。だが、ユウは固有スキル『強奪』により、器用貧乏ではなくオールマイティーで万遍なくスキルを強化することができるのだ。もちろんジョブによる補正がない分、生粋の近接職よりも劣るのだが、それを他の部分で補うことができる。
(アリヨのジョブ数は11、普通に上位ジョブを選んでもな……)
水晶を操作し、ユウはあるジョブだけを強調表示する。
『復讐者』『ジュエルマスター』『八地』『螺賦羅磨』『精統元帥』『冥闇獄殲騎』『精霊工』『夜陰刀紳』『白夜万葉』『マーダー』『殺戮外道』『喚肉軍人』『法皇』『異々魂混者』『破亡瞞界』『暁星』『燦々焔精』『御影纏生』『天地人』『妖隷惨毘』――――強調表示されたのは、ステータスやレベルを上げるだけでは就くことのできないジョブ――――いわゆる特殊ジョブである。
(アリヨの就いてた『ドミネーション』と『孤獣星天』も特殊ジョブっぽいんだよな)
ただの上位ジョブに就くだけでは真正面から勝てないと判断したユウは、特殊ジョブに就くことを検討するのだが。
(ただなぁ……特殊ジョブの情報がほとんどないんだよな。『マーダー』は殺人を犯した数で就けるジョブで、殺した種族の数に応じて戦う際にステータスが強化されるけど、デメリットで殺人衝動が抑えられなくなるだったか? 『マーダー』でこれなら上位の『殺戮外道』はどんなデメリットがあるかわかったもんじゃない。
『喚肉軍人』は、自分の肉体に魔物を召喚して戦えるけど、肉体や霊体どころか魂レベルで融合するから解除できないとか最悪だな)
特殊ジョブは一般的に通常のジョブとは違った強みがあるのだが、ピーキーなものが多いのだ。
このような変わったジョブの情報を持っている組織など、冒険者ギルドくらいのものであろう。
(『法皇』は皇帝が出家した際に就けるジョブだったか? 『冥闇獄殲騎』なんて、字面だけで嫌な予感がする。『螺賦羅磨』は確率を弄る系だったか? 『ジュエルマスター』は宝石の力を引き出す代わりに、使用後は宝石が砕ける。燃費が悪すぎるだろ。参ったな……他はほとんどわからないぞ)
ユウがジョブの選択で悩んでいると、周囲を様々な色の光体が浮遊する。
「あ? 考え中だから、近づいてくるな」
光体の正体は精霊であった。
ユウが手で追い払っても、光体はしつこく絡み続ける。
「しつこいって……あ?」
ピカピカと発光量を調節し、精霊たちがいくつかのジョブを指し示す。『エレメントマスター』や『精統元帥』などの精霊に特化したジョブである。中には土の精霊魔法に特化した『土精術士』を選べと左右に浮遊して、他の精霊から攻撃されてユウの身体の周りを逃げ回る精霊までいる。
「お前らの願望じゃないかっ。それに『精統元帥』って思い出したけど、エルフやダークエルフにドワーフなんかの、精霊と縁の深い種族しか就けないジョブじゃねえか! なんで俺のジョブ一覧に表示されてるんだよ」
「却下だ」と呟き、ユウが他の特殊ジョブを見ていると、光体同士が融合し始める。世界中のどこにでもいると言われる精霊は、見えなくとも人を始めとする生き物にとって身近な存在だ。故に勘違いする。その力は弱く、人に害を及ぼすことは通常ではあり得ないと。
「ああっ!?」
水晶に集中していたユウは、見る間に力を持ち始めた精霊に気づくなり、問答無用で魔力を込めた手刀で真っ二つにし、さらに全身の魔力を解放して周囲の精霊を一気に遠くへ弾き飛ばす。
精霊信仰のある者が見ていれば、なんと罰当たりなと叫んでいただろう。
「油断も隙もない」
宙に残り火のように雷や氷の結晶、輝く緑や赤に青などの残光が異音を立てながら滞空していた。それらに触れないように、ユウは慎重に躱しながら場所を移動する。
この力の残滓に触れれば、そこらの魔物など塵も残らないほどの威力があるのだ。
以前、ユウは外で精霊魔法を使用した際に、酷い目に遭ったことがあるので、それからは精霊魔法の使用を自ら禁じていた。
「お前はどう思う?」
いつの間にか昼寝から目を覚まして、ユウの飛行帽の中から顔を覗かせていたモモへ、ユウは語りかけるのであった。




