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奪う者 奪われる者  作者: mino


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第384話:後始末と使者

 ユウと第二死徒アリヨとの戦いから、はや数日が経過していた。都市カマーの混乱もそろそろ治まっているかと思われたのだが。


「急げっ!」

「先に木々を倒して火の流れをコントロールするべきでは?」

「火災の規模を考えろ! それにここはすでに大森林の中層、時間をかければかけるほど、我々も危険なことを理解しているのか?」

「す、すみませんっ!」


 先輩に叱られた衛兵は慌てて頭を下げると作業に取りかかる。


「その炎には絶対に触れるんじゃないぞ!!」


 黒い炎を見る衛兵の目には怯えの色が見えた。

 広大な範囲に及ぶ火災にもかかわらず、驚くほど延焼速度が遅いのだ。反面、人や動物に火がつくと信じられないほど消火に時間がかかる。まるで対生物に特化させたかのような炎であった。


「わかって――――魔物だっ! 魔物が来るぞ!」

「ちっ、冒険者は?」

「すでに向かっております」

「よし。作業を続行だ」

「りょ……了解です」


 冒険者ギルドに依頼し、派遣してもらった冒険者たちに襲いかかってくる魔物の対処を任し、衛兵たちは消火作業を再開する。


「それにしても――――」


 一人の衛兵が何気なくした言葉に、黙々と作業をしていた衛兵たちが顔を上げる。


「どんな化け物なら、こんな真似ができるんだよ」


 大森林の地平線の果にまで、延々と続く巨大な破壊痕を見て、誰もが肌が粟立つのを抑えきれなかった。



「こっ、この被害状況に間違いはないのかっ?」


 都市カマーの文官たちが慌ただしく動き回る室内で、その文官を取りまとめる長は報告書に目を通すなり、そのまま倒れてしまいたい気分になる。


「現時点でわかっている範囲になります」


 否定の言葉を期待していた文官長は、無情な衛兵の発言に頭を掻きむしる。


「気軽に言ってくれるじゃないか。現在わかっているだけでも実に大森林の十分の一が焼失しているのだぞ? これがカマーにとって、どれだけの損失かわかっているのだろうな!」


 「これだから武官は駄目なんだ」と、文官長は損失を頭の中で計算し始める。

 大森林は天然資源の宝庫である。大森林固有の動植物や魔物から手に入る素材に魔玉は、他領どころか他国の商人たちまでいくらでも売ってくれと群がるほどだ。


 その都市カマーにとって迷宮に次ぐ重要な稼ぎ頭に大きな損害が出たのだ。文官長としては頭を悩ませるのも無理はないだろう。


「それで延焼は治まりそうなのか?」

「無理でしょうね」

「なっ!?」


 絶句する文官長をよそに衛兵は淡々と報告を続ける。


「そんなに驚かないでください。報告書に記載しているように、あの黒い炎はこちらが危惧していたほど木々に燃え移らない。それより動物などについて駆け回られるほうがよっぽど厄介ですね。

 それに文官長殿は現場を見られましたか?」

「私が現場に足を運ぶ必要はない。適材適所という言葉を知らないのかね?」


 馬鹿にしたような言い回しに、衛兵は肩を軽く竦める。


「被害は大森林の浅層や中層を越えて、深層にまで達しています。どれだけ衛兵(我ら)を、いや冒険者たちをかき集めようが、対処するのは無駄ですよ」

「無駄とは?」

「そのままの意味です。

 大森林の深層に生息するような魔物を相手しながら消火作業をするのは、あまりこういうことは言いたくはありませんが実質、死刑と同義ですよ。衛兵も冒険者も無駄死にするでしょうし、危機に敏感な冒険者はそんな指示を受け入れません」


 戦いに関する知識が皆無と言っていい文官長は反論することもできず、悔しそうに口を閉じることしかできない。


「大森林の魔物は街道ではなく森の奥深くへと移動しているのは、不幸中の幸いかと」


 それに関しては文官長も同意するように頷く。大森林から魔物が溢れ出す叛乱など、最悪の事態であるからだ。それを警戒して衛兵を各地へ配置はしてはいるものの、もし叛乱が起きようものなら時間稼ぎはできても撃退は不可能であると、武官と文官双方の見解は共通の認識であった。


「隊長の判断は間違っていたのでしょうか」


 衛兵隊の対応に不満を隠さない文官長の態度に、衛兵は臆さず尋ねる。自分たちは間違った対応はしていないと自負があるのだ。このあと文官長から厳しい叱責がこようとも、なんら恥じることはないと。

 だが、文官長の口にした言葉は衛兵の予想に反していた。


「いや、間違っていない。それどころか英断と言ってよいだろう」


 ユウの召喚した煌焔龍(こうえんりゅう)によって、都市カマー西門側の地区にいた住人を中心に数万人が体調不良を、数千人が今も寝込んでいる。


 しかし、都市カマー内の建築物にこれといった大きな被害はないのだ。一時は立ち上がれないほど怯えていた衛兵隊長は、戦技『ブレイブハート』で立ち上がると、直ぐ様に同じく膝をついていた衛兵たちを叩き起こし、西門城壁に結界を張り巡らせたのだ。


 ユウとアリヨとの戦いに一切関与せず、防衛に専念したことが功を奏していた。


「君はリューベッフォでの、あれ(・・)と死徒との戦いについて詳細を把握しているのか?」


 眼鏡の曇りを拭きながら、文官長は言葉を紡ぐ。


「詳細と言われると、自信がありません」


 “あれ”がユウのことを指しているのは衛兵も理解しているのだが、リューベッフォでユウとメリットがどのような戦闘を行ったのかは、衛兵隊にも詳しくは知らされていないのだ。


「一言で言えば、とんでもない被害をもたらしている。都市民に死者が出ていないのが、信じられないほどにね。

 もし…………もしだよ?」


 拭き終わった眼鏡をかけ直しながら、文官長は言葉を選ぶ。


「もしゴッファ侯爵様が抱える『十の食客』がいたとしたらゾッとしないか? 下手に手を出して、都市カマーの市街地であの規模の戦いを起こされてみなさい」


 ムッスの抱える食客がいなくて良かったと、文官長は言っているのだ。仕える主の否定にも繋がりかねないので、言葉を選ぶわけである。同時に衛兵もその考えに至ると、背中を冷たいものが走る。


「文官の私からすれば、考えるだけで頭が痛くなる。君とは別に派遣していた分析官たちの報告によると、黒い炎の正体は龍の息吹だそうだ。しかも、その息吹を放った龍のランクは最低でも11ときた。戦闘に疎い――――興味のない私でも龍の恐ろしさは知っている。荒事に携わる君ならばどうだ? 最低でもランク11の魔物が、カマーの市街地で暴れていたかもしれない可能性に戦慄しないか?

 そもそもランク11の龍など存在するのかね? 分析官たちを疑う訳では無いが、私が知っている大昔に小国を一つ、都市を五つ、村を二十七も滅ぼした碧氷龍でも、ランクは9だったと言うじゃないか」


 部署が違うとはいえ、上官を前にしても平然としていた衛兵の顔に玉のような汗が吹き出す。


「まあ、そういうことだから衛兵隊長の対応に間違いはない。私は文官という立場上から、君たちにあれこれと指図して嫌われ者を演じなくてはいけないがな。君も口にこそしないが、私に不満はあるだろう?」

「い、いえ……そのような」


 少しは意趣返しできたからか、文官長は肩から力を抜いて机の書類へ目を向ける。様々な要素が絡み合い、奇跡的に被害は軽微だったとはいえ、関連各所への報告書を作成しなければいけないのだ。さらには当たり前だが、平時での業務も滞りなく処理する責任がある。


「ところで、一つ尋ねたいことがある」

「なんでしょうか」

「先ほども言ったとおり、私は戦闘に関してはからっきしだ。だからこそ衛兵である君に確認したいのだが、集団で運用するような大規模な儀式魔法を使用せずに龍を使役し、空一面を紅蓮に染め上げるような魔法を、ううん……なんだ。俄には信じ難い真似を個で、できるのかね?」

「まさか……そんなこと」


 人ができる力量を越えて――――超越している。少なくとも、衛兵が知っている常識からは逸脱していた。


「では君、もしくは同僚の中には、数キロも離れたカマーの城壁へ、結界で覆われている堅固な壁に、余波だか衝撃波だかで傷をつけるような真似を――――」

「できません!」


 文官長の言葉が言い終わるよりも先に衛兵は口にする。

 衛兵自身も戦いに携わる職についているのだ。当然、常日頃から厳しい訓練を欠かしたことはない。『剣術』『槍術』『弓術』を中心に学んでおり、そのレベルと同程度の技を修めている。数メートル離れた敵に斬撃を飛ばす技くらいなら、自分でも容易いと豪語するだろう。


 だが、数キロ離れた場所にまで衝撃を、それも狙ったわけでもない戦いの余波で傷をつけるなど。


「そうか……参考になったよ。いや、ただの興味本位で聞いたんだ。気にしないでくれ」


 そういうと、文官長は軽快なリズムで書類に羽ペンを走らせた。



 覇王ドリムが治めるグリム城の玉座では、いつものようにドリムが座していた。


「もう怪我は問題ないようじゃな」


 ドリムの呟きに、配下たちが一斉に「はっ」と返事する。挽き肉と見紛うほどに押し潰したのはドリムなのだが。残念ながらそんなことを指摘できる者など、この場にはいないのだ。


「しっかし……無様じゃったのぅ」


 数日前の出来事を思い返して呟いているのだろう。ドリムの表情は明らかに楽しそうではない。


「相手は毛も生え揃っておらぬ童ぞ。仮にも妾に仕える者が束になって相手にならぬとはな」


 ここで「お言葉ですがっ」と言おうものなら、どのような目に遭わされるか。誰もが固唾を呑んでドリムの次の言葉を待つ。


「じゃが安心せよ」


 一斉に配下の顔が青くなる。

 過去にドリムがこのような発言をして安心できたためしなど、残念ながら一度たりともないのだ。


「妾自ら、其の方らを鍛えてやるでな」


 ゴールやシルンをはじめとする玉座の前に整列していた配下たちは、心の中で悲鳴を上げた。


「なに、気にするでない。妾も自己鍛錬(・・・・)には飽きておったところじゃ」


 常日頃から重力魔法で自身に高負荷をかけて鍛錬しているドリムであったのだが、先日のユウの暴れっぷりに思うところがあったのだろう。理由をつけて、久しぶりに配下たちを殴り――――可愛がりたくなったのだ。


「んん? どうしたのじゃ。嬉しくないのかえ?」


 眼に悲しみを宿しながら、ドリムの配下たちは無理やり笑みを浮かべた。


「さて――――」


 死刑台を前にした者たちはこのような心境なのだろうか。誰もが一番手は嫌だと、同僚を前へ前へと静かに、だが力強く押し出そうとする。そのような真似をしても、結局のところ順番は回ってくるのだ。早いか遅いかの違いでしかない。


「なにをしておる? 早う――――」


 そのとき――――救世主が現れる。


「覇王様っ」


 一匹のコボルトが玉座の間へ入ってくる。


「なんじゃ。いま妾は――――」

「その慌てよう、火急の用件とみた」

「ああ、そうに違いないっ」

「早く申せ!!」

「な、なんだ!? 私は覇王様にっ」


 これ幸いにと、配下たちがコボルトに群がる。


「ええい。お主ら離れぬかっ。これでは話も満足に聞けんわ」


 「ぐっ」と悔しそうな声を漏らしながら配下たちが整列すると、解放されたコボルトはドリムの前で跪く。


「余計な挨拶は不要。用件を手短に申せ」

「はっ。覇王様に面会を求める者が来訪しました」

「ほう……妾にのぅ」


 剣呑な雰囲気を漂わせながら、ドリムは玉座よりコボルトを見下ろす。


「まさか――――」

「先日の人族ではありません。来訪者は巨人です」

「巨人じゃと?」

「無礼にも名指しで覇王様に会いたいと申しております」

「ふむ。妾に巨人族の知り合いなぞおらぬ。名は申したのかえ?」

「はっ。自らをイモータリッティー教団第九死徒マルコヴナと申しておりました」


 この日、グリム城外壁を見張っている聖国ジャーダルクの監視員の一人が、本国へ向けて急報を送っている。

 よほど急ぎの報せだったのだろう。その内容は短かった。だが、同時に読んだ者に衝撃を与えたのだ。


 その一文にはこう記されていた。


“巨人が外壁を跨いだ(・・・)

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i901892
― 新着の感想 ―
いやほんと、メリットが言ってた通りゴーリアってマジで雑魚やったんやな、あまりにも次元が違いすぎる
アリヲはランク11の煌熖龍のブレスを単独で防いだって事なのか...ちょっと敵陣営強すぎてユウの仲間達だと戦力どころか弱点にしかならないね...
物騒すぎるw
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