第371話:厳選
「妾、美しすぎるじゃろ」
ドリムが恍惚の表情で呟く。
まるでスポットライトを浴びるように――――いや、実際にドリムの配下たちが光魔法で複数の方向からライトを当てている。そして、そんな光を浴びながら、ドリムは決めポーズをとっているのだ。
(大馬鹿に格上げだな)
想像以上にフザけたドリムの姿に、ユウは馬鹿ランクを一つ上げる。
しかし――――
(実力は本物だ)
――――同時にユウはドリムの力を認める。
臆したわけではない。
だが、ユウの『異界の魔眼』を通して見るドリムがあまりにも化け物なのだ。
(驚いたな。レベル179――――大賢者に続いて二人目か)
人族を始めとする人種に分類される種族で、レベル100超え――――いわゆる“超越者”にユウが出会ったのはこれで二人目であった。大賢者は詳細なレベルは見れなかったものの、三桁なのは間違いない。
(当たり前のように1級の装備を身に着けてやがる)
蛮族皇の闘衣や覇者のマントを始め、ドリムが身に纏う装備は全てが1級品である。
(それにしても――――)
ドリムのステータスを見ていて、ユウは気になることがあった。
(どうしてジョブが4つなんだ)
レベル179という途方もない高レベルでありながら、ドリムのジョブは4つしかなかったのだ。
始めは転職の水晶がないからと思ったユウであったのだが、その考えをすぐに否定する。
(いくら転職の水晶がなくても、ここまでの高レベルなら自然とジョブに就いているはずだ。9個は無理だとしても6――――いや、7はジョブに就いていてもおかしくない)
そして、ある考えにたどり着く。
(こいつ――――俺と同じようにジョブを厳選してるのかっ)
ユウの現在のレベルは69で、ジョブは魔法戦士・付与士・剣聖の3つである。残り1枠は目当てのジョブもしくはより上位のジョブに就けるまで残しているのだ。
それをドリムは――――
(信じられないけど、こいつは5つも残してやがる。
いや、そもそも千三百年もかけてレベルが179は……そうか!!)
――――ユウはさらにもう一つの事実に気づくと、背筋が強張る。
(こいつはここから動けないはずだ。つまり自己鍛錬でレベルを179まで上げたのかっ)
相手を斃した際に力がわずかに手に入る。一般的に経験値と呼ばれるモノだ。この経験値は自分より明らかに格下を斃してもあまり意味はない。
そしてドリムは移動することができないので、自身に見合う相手と戦うどころか捜すことすらできないのだ。その結果、自己鍛錬のみでレベルを上げてきたのだろう。想像するだけで気が遠くなるような修練の日々を、どれほど強固な意思や意志があれば続けられるのか。
「妾に見惚れておるな? ぬふふっ、気持ちはわからんでもない」
ユウの思惑を見透かすように、ドリムが薄く微笑む。
(ちっ、なに笑ってやがる。大体、階段を降りるのにいつまで時間をかけてるんだ)
長い階段とはいえ、ドリムは随分と時間をかけて降りていた。
右腕を指先までピンッ、と伸ばし。次に反対側の左腕も同様に。腰や脚も随分とゆったりした動作である。
「これはあまりにも速い動きで、逆に遅く見えておるだけじゃぞ」
「?」
突然、なにを言い出すのかと。ユウだけでなく、ニーナたちも頭の上に疑問符が浮かぶように困惑する。
思っていた反応と違ったのだろう。
ドリムは「ちっ」と舌打ちをする。
「この高度なネタがわからんかぁ。サクラがおれば、大爆笑必至で転げ回っておるぞ」
ようやくドリムが長い階段を降りると、配下たちが一斉に跪く。
「なぜ跪かない」
ドリムの配下の中から、一体のオーガが怒気を込めた声を出す。
大勢の配下がドリムへ跪く中、ユウたちが立ったままなのが気に食わないのだろう。
「ドリムの配下であるお前らが跪くのはわかる。勝手にしろって話だ。でも、なんで俺が跪くんだよ」
ドリムの名前を呼び捨てにしたことが許せないのだろう。一斉に配下たちからユウへ殺気が向けられる。
だが、ユウは殺気を受けても微動だにせず、涼しい顔をして立っていた。
「貴様っ」
自ら発する殺気に呼応するかのように、オーガの全身の筋肉が膨張していく。
「良い」
「しかし、覇――――」
次の瞬間、オーガが消えた。
「……っ!?」
魔力を感知したレナが反応し、咄嗟に杖を構える。
床にオーガだった挽き肉がポコポコと音を立てて蠢いていた。
「客人の前で恥をかかすでない」
(これが世にも珍しい重力魔法か)
ちらりとユウが斜め後ろを見れば、そこには隠しきれない緊張感を漂わせるラスがいた。
(手も足も出なかった相手、緊張もするか)
恐ろしいことに挽き肉と化したオーガはただのオーガではない。オーガロードと呼ばれるランク7の魔物で、しかも名を持っていた。それほどの魔物が一瞬にして挽き肉である。
もっとも、この場にいる亜人種や魔獣は名持ちばかりである。
(床には損傷がない。上下から均等に重力をかけたのか?)
魔力操作が苦手な獣人が、精密な魔力操作をしたことにユウは着目する。
「明日には再生しておるじゃろ。身体が戻り次第、罰として正座三十分じゃ」
「ははっ!」
配下たちがオーガロードの挽き肉を片付けながら、ドリムの言葉に返事する。
信じられないことにオーガロードはこのような状態でも死んでいないようで、しかも明日には復活するという。
「……罰が正座って、どういうこと?」
「今は私に話しかけないでください」
罰が正座なら、目の前で挽き肉にした行為はなんだったのかと、レナは疑問に思ってマリファに話しかけたのだが、マリファはそれどころではなかった。
(あれほどの魔物を瞬殺するなんて)
その辺のゴブリンを斃すように軽々と処理したドリムであったが、マリファの見立てでは挽き肉にされたオーガロードの強さはランやコロよりも強い。
「さて、妾はクッキー&クリームを所望する!」
高らかにドリムが宣言する。
「――――どういうことじゃ?」
ユウたちから反応がないことに、ドリムが不安そうに尋ねる。
「こっちのセリフだろ」
「サクラが言っておった。部活帰りとやらにこっそりと食べるクッキー&クリームが最高じゃとな」
「うおおおーっ! 俺はバニラが好きなんだぞ! モモはストロベリーだ!」
ここまでずっとドリムの振る舞いに興奮していたナマリが、共通の話題が出たと、大きな声で会話に加わる。
するとナマリの頭の上で座っているモモも、両腕を振り回してストロベリーアイスが好きだと主張するのだ。
「バニラとはなんじゃ?」
「アイスクリームの話じゃないの?」
不安そうに尋ねるナマリに、ドリムは眼をカッ、と見開く。
「クッキー&クリームとは、アイスクリームの一種であったか!」
「そうだよ。おいしんだぞ!」
「そうであったか。
では、そのアイスクリームとやらを持って参れ!」
「ええっ」
いくつかのアイスクリームはナマリのオーバーオールに縫いつけられたアイテムポーチに入っているのだが、あいにくとクッキー&クリームはなかったのだ。
「どうしたのじゃ? ほれ、出さぬか」
「今は持ってないよ」
「なぬっ!? では、どうするのじゃ!」
今はないと言われると、ドリムは露骨にがっかりした顔でナマリに詰め寄る。
「オ、オドノ様、助けてっ」
慌ててユウの後ろへ、ナマリは隠れる。
「なんでナマリが、お前にアイスクリームをあげなきゃいけねんだよ」
ユウの後ろからナマリが「そーだ、そーだ!」と煽り、マリファに叱られる。
「では、お主が献上すれば良い」
「良くねえよ」
「妾のクッキー&クリームはどうなるのじゃ!」
「知らねえよ。そもそもここにはないって、言ってるだろうが」
「では、別のアイスクリームでも良しとする」
「良しじゃねえよ」
呆れるほどにドリムはワガママであった。
ナマリやモモも、たまにワガママを言うのだが、そんなレベルを超越した身勝手な振る舞いにナマリは逆に感心するほどだ。しかし、マリファから真似はしないように釘を刺される。
「ふむ。ツンデレというやつか」
なぜかドリムは「うんうん」と勝手に納得しだす。
「は?」
「サクラが言っておったわ。お主のような者をツンデレと言うんじゃろ。ほれ、そうツンツンせずにデレを見せぬか。妾は焦らされるのは好かん」
「困った奴じゃのう」と、やれやれ感を出しながらドリムは苦笑する。
「脳みそに花でも咲いてんのか?」
対するユウは、苛つきを隠せずにいた。色んな意味でドリムは相性の悪い相手であったのだ。
「脳に花なぞ生えるわけがなかろう。それともお主は見たことがあるのか? 花の生えた者を」
「嫌味で言ってるんだよ」
「脳に花が生えて、なぜ嫌味になるのじゃ?」
ドリムとその配下に囲まれた状況で、普段と変わらぬ態度でドリムに物申すユウの姿に、ラスは吐くこともできないのに吐き気を催す。
(マ、マスター、冷静に……)
いつでも戦闘を行えるよう気を張っているラスであったが。
(私でドリムを相手にどれほどお役に立てるか……)
普段のラスからは考えられぬほど弱気であった。
「まあ良い。久し振りの異世界人じゃ。話したいことも山程ある」
(いせかいじん? 異世界じん……異世界人っ――――ご主人様が!?)
顔にこそ出さないものの、マリファは怪訝な思いでドリムの言葉を心中で復唱する。
「城壁に火を放ったことについて、呼び出したんじゃないのか?」
「火? そんなつまらぬことなぞ興味はない」
「じゃあ北の山脈で聖獣を殺した件か?」
ユウの言葉にドリムの配下や魔獣が反応を示すのだが。
「んん? 聖獣を殺したのか? あれにはサデムの縄張りで天魔を殺すよう命じておったんじゃが」
「問答無用で襲いかかってきたから殺した」
「ならば問題はないじゃろ。弱き生き物が死ぬのは世の定めじゃ」
なんともあっけらかんとした死生観であった。特に気にした様子も見せずに、ドリムは会話を続ける。
「このまま立ったまま会話するのもなんじゃ」
ドリムが右手の人差し指をクイクイと曲げると、シルンが素早い動きでドリムの下まで来て跪く。
「客人を案内せよ」
「ははっ」
すっとシルンは立ち上がると、ニーナたちの前まで来る。
「応接室までご案内します」
明らかにユウと分断するつもりだと、マリファは「冗談ではない」と抗議しようとしたのだが。
「言う通りにせよ」
「なっ。正気ですか?」
ラスの言葉にマリファは敵でも見るかのような視線を向ける。
「ここで争うと?」
「それはっ……」
ラスの問いかけに、マリファは二の句が継げない。マリファ自身も理解しているのだ。ドリムやその配下の戦力が圧倒的に自分たちを上回っていることに。
「俺が戻るまで大人しくしとけよ」
「しとくんだぞ!」
「ナマリとモモ、お前らもあっちについていけ」
「ええっ!?」
ユウの言葉に、ナマリとモモは信じられないといった表情である。
「俺がいない間は頼んだぞ」
真剣な顔で喋るユウに、ナマリの顔が引き締まる。
「わかった!」
ナマリとモモが両腕を組んで力強く頷く。
「お主は妾について参れ」
「……」
無言でユウはドリムのあとをついて行く。
※
「妾の城はどうじゃ?」
亜人種が住むとは思えないほど城内は綺麗に管理されており、廊下に飾られている絵画や瓶などの調度品も高価な品で統一されていた。
「どうせ人族から奪い取った品々だろ」
「うむ! それのなにが悪いのじゃ?」
「……」
ユウ自身も本心では悪いと思っていないから無言でやり通す。なにしろ、ここにある品々は遥か昔に愚かにもドリムにちょっかいをかけてきた人族の王族や貴族から奪い取った戦利品であるからだ。
「ここじゃ」
重厚な扉を勢いよく開けると、ドリムは部屋の中へ入っていく。
「お主らはここまででよい」
配下に向かってドリムが手で下がるよう言い渡す。
ドリムとユウの後ろに続いていた配下たちは、その言葉に頭を下げることしかできなかった。
内心ではドリムとユウを二人っきりにするなど許せないのだが。
「遠慮せず座るがよい」
ドリムに言われるまでもなくユウは年代物のソファーに座り込む。
テーブルの上には様々な果物が皿に盛られている。
「食わぬのか?」
「食べるわけねえだろ」
「毒など入っておらぬぞ」
果物を一つ手にとって、ドリムが齧りつく。
「普通は切り分けて出すだろ。このまま食べて、手を果汁塗れにしろってのか?」
「なぬっ」
確かにユウの言う通り、果物を丸かじりしたドリムの手は果汁で汚れていた。
「人族は面倒じゃな。そのような些細なことなど気にせずともよいであろう」
「サクラは気にしなかったのか?」
「ぬー、確かにサクラもその辺はうるさかったような気がする」
素直に認めたドリムに、ユウは毒気が抜かれる。やり難い相手であるのは間違いないのだろう。
「ほら」
ユウはアイテムポーチからガラスの器を取り出す。器にはバニラのアイスクリームが盛られており、合わせて銀のスプーンも添えてある。
「なんじゃこれは?」
「お前がアイスがどうたらって騒いだんだろうが」
「ほう。ほうほう。これがクッキー&クリームか!」
「いや、これはバニラだ」
「なぬっ!? なぜそのような意地悪をするのじゃ!」
「意地悪じゃねえよ。今あるアイスクリームがバニラしかないんだよ。いらないなら――――」
「待たぬか! いらんとは申しておらん!」
慌ててドリムはバニラのアイスクリームをかき込む。
「ぬはっ! これがアイスクリームか! むむっ、なんじゃ頭がっ」
一気にアイスクリームを食べたために、ドリムはアイスクリーム頭痛を起こす。
それでもドリムはこめかみを手で押さえながら、アイスクリームを食べるのをやめない。
「そんな一気に食べる物じゃないぞ」
「冷たくて美味い! もっと出すのじゃ!」
「もうないよ」
本当はニーナたち用のアイスクリームがあるのだが、このままじゃ話が一向に進まないと判断してユウはウソをつく。
「こんなに美味いのじゃ。もっと用意すればよいものの」
器を舐めるような無作法はしないものの、ドリムは名残惜しそうに器に残る溶けたアイスクリームをスプーンでなんとか掬おうとする。
「まあよい。妾がどのようにお主のことを知ったのか気になるじゃろ?」
「別に」
「ええっ」
素の声でドリムは驚く。
「では、お主を召喚した者たちについてはどうじゃ?」
ニヤリとドリムはユウに向かって笑みを浮かべるのであった。




