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奪う者 奪われる者  作者: mino


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第369話:知らないか?

「大丈夫ですか?」


 知恵熱で横になるレナに膝枕しながら、マリファは心配そうに声をかけるも、レナは「……う~ん、う~ん」と唸るばかりである。


 高度一万メートル上空で聞くには、あまりにもユウが語った内容は衝撃的だったのだろう。


「私からも、よろしいでしょうか」


 シルンが慎重に言葉を選んで問いかける。

 覇王ドリムの配下としてではなく、純粋に個人的な知的好奇心で知りたいのだ――――レーム大陸の歴史を。


「嫌だって言っても知りたいんだろ」


 面倒くさそうな顔をするユウを見て、シルンは苦笑するしかない。ユウの言ったとおり、断られても時間が許す限り粘ろうと思っていたからである。


 その小さな身体を小刻みに揺らしながら、シルンはどうしたものかと思案するのだが。


「まあ、まだ時間はあるからな。それまでなら答えられる範囲で答えてやるよ」


 予想外の返答だったのだろう。

 シルンはわずかに目を見開き、すぐまたいつものように目を細めると、感謝するように小さく数度、頷く。


「私が疑問に思うのは――――そもそも、なぜこのような大規模な結界を必要としたのか。それは人族が弱い――――いえ、弱かった(・・・・)からで、あってますか?」

「そうだ」


 即答されて、シルンはまた小さく頷く。


「しかし、今やレーム大陸を支配しているのは人族と言っても過言ではないしょう。それほど人族は支配領域を拡げているではありませんか」


「千三百年以上前は転職の水晶もない。ろくにジョブに就くこともできない人族なんて、お前(ゴブリン)から見て脅威に映るか?」

「ええ、映りますね。私個人は別として、ゴブリンという種からすれば、人族は恐ろしいの一言では済ませられないほど、恐ろしい種族ですよ」


 人族がゴブリンを忌み嫌うように、ゴブリン側から見た人族も同様に恐れられ嫌われているのだ。「まるで同族嫌悪だな」と、ユウが呟く。


「本当に人族は雑魚だったんだよ。調べれば調べるほど、その弱さに呆れるほどだぞ。それこそ他種族に自国民が殺されようが、報復するどころか抗議一つできないくらいにな」

「それで結界を?」

ある人物(・・・・)が、このままじゃ人族は滅ぶと悟ったんだろうな。レーム大陸の一部を――――いや、グロース大陸の一部を切り取って、人族に都合の良い箱庭(・・)にする計画を立てた」

(グロース大陸? いえ、今はそれよりも――――)

「その人物とはっ?」


 冷静に問いかけたつもりであったが、ユウに「落ち着けよ」と言われると、シルンは自分が思っていた以上に逸っていたことを自覚し、頬を染める。


「『黒の聖女』だ」

「私の記憶では、その方は大昔に存在する者(モノ)を召喚して、大戦を引き起こしたと記憶していますが」

「人族が捏造した歴史だろ」

「真実は違うと?」

「違うな。正確には『黒の聖女』が人類をまとめ上げて、存在する者(モノ)と戦った。

 その中にはお前が仕える覇王もいたんだから、聞いてみればいい」


 否定する言葉をシルンは持たなかった。

 これまでシルンが得てきた知識の多くが、人族の書物からであったからである。


「ちなみに結界を張ったのは、存在する者(モノ)を撃退したあとだ」

「他種族は反対しなかったのが、信じられませんね」

「バカ正直に言うわけないだろ」

「それでもです」

「協力者もいたしな」

「協力者――――人族以外の種族に?」

「裏切り者の龍――――盡龍シンティッリーオ。こいつが人族と共謀していたのはわかっている」


 お伽噺に出てくる八大龍王の名に、シルンは困惑する。

 あまりにも話が壮大すぎるのだ。大陸の一部を結界で切り取って、箱庭にするなど。それに関与しているのが、自らが仕える覇王であり、人族に協力したのがお伽噺に出てくる龍などと。


「――――だから結界内の、レーム大陸にいる龍や古の巨人に天魔は、一部を除いて弱いだろ?」


 思案していたシルンは、ユウの言葉に意識を引き戻される。

 しかし、ユウの言葉には同意できなかった。今でも龍や古の巨人が暴れれば、人族の国家総動員で対処する災害、それも大災害である。それを弱いなどと。


「結界を張る前に上手いこと言って追い出したり、罠に嵌めて封殺したりな。そうやって邪魔な連中を排除して、できる限り人族にとって都合の良い環境にしたんだ」

「あなたは人族が弱いと仰るが、話を聞く限り。私にはとても弱いとは思えませんね」

「一つ」


 右手の人差し指をユウは立てる。


「身体能力も魔力も他種族と比べて遥かに劣る人族だけど、一つだけ他種族を凌駕するモノがある」

「そんな能力があるとは、存じていませんでした」


 少し小馬鹿にするような受け答えであったが、ユウの眼を見て思わず身体が強張る。それほど力の籠もった眼であったのだ。


「能力じゃない。性質――――悪辣さだ。この一点において、人族は他種族を寄せつかせない」


 「なるほど」と、心の中でシルンは納得してしまう。


「ただ、それ以外にも気になることはあるんだよな」

「私よりも随分と歴史に詳しいあなたでも気になることが?」

「四人の始まりの勇者が、本当に『黒の聖女』に嵌められたマヌケなのかだ。北の山脈では会えなかったが、これからもう一人には会えるんだ。直接、聞いて俺の推測があっているのか確かめる」

(その余裕が、果たして覇王様の前でも保てるでしょうか)


 まるでお出かけ気分のユウに、シルンは内心で毒づく。

 見ればユウは武具を身に着けていない。帽子にゴーグル、指輪や耳にはなにやら装飾はつけているようだが、それ以外にはない。一方でニーナたちへ目をやれば、こちらは武具をしっかりと身に着けているのだ。

(よくわからない方たちですね)


 ゴブリンのシルンは、ユウのことを理解できずにいた。


「話は変わるけど、聞きたいことがある」

「なんでしょうか」

「ジョンという人族に心当たりはあるか?」

「名前から察するに人族、それも男性のようですが知りませんね」

「今は名前が違うかも知れない。それどころか性別すら違うかもな」

「それならなおのことわかりません。そもそも名前も性別もわからずに、あなたはその人物をどのように捜すおつもりなんですか」

「自分のことを『放浪の救世主』『導く者』『探求者』とか。ふざけたことを抜かす野郎だ」


 自らの知る情報が出てきても、シルンは無表情を貫いた。


「知りませんね。その者がなにかしたのですか?」

「知らないならいい。関わらないに越したことはないからな」


 知らぬと言っておきながら、シルンはカンムリダ王国の残滓をなぜユウが捜しているのかが気になる。


「もしかして、私が――――」

「ユウ~、明るくなってきたね」


 探りを入れようとしたシルンの言葉に、ニーナが割って入る。


「本当だな」

「うおおっ。オドノ様、朝なんだぞ!」


 日が昇り始め、世界に光が、一方ではまだ夜が支配する世界が。

 夜と朝を半分に割ったような不思議な光景であった。


「ここからは地に降り立ってください」


 時間調整して朝に着くようにしていたユウは、シルンの言葉に耳を傾ける。


「直接、城まで行くのはまずいのか?」

「畏れ多くも、覇王様やその居城を上空から見下ろすなど不敬ですから」


 ここは譲れないラインなのだろう。

 言葉遣いこそ丁寧であるが、シルンは強く地に降りるよう促す。


「わかった」


 そういうと、ユウはロック鳥に命令して地上へ降下するのであった。



 むせ返るような青々とした森林、多くの生き物で潤っているのがひと目でわかる。まさに生命力が溢れる大地だ。


「ブギイイイイイッ!!」


 その緑生い茂る森の中で、激しい戦闘が行われていた。


「ブギャッ!!」


 オークソルジャーが巨大な戦斧を振るう。木を薙ぎ倒しながら、相手の皮を斬り裂くのだが――――その相手はグレーターデーモンである。


 この光景を冒険者が見れば、驚愕していただろう。

 なにしろオークソルジャーのランクは4で、グレーターデーモンのランクは6なのだ。


 種族としての強さがあまりにも離れているのだ。それなのにオークソルジャーは、グレーターデーモンを相手に一歩も引けを取らない。


 こんなことを話しても、誰も信じないようなことが現実に起きているのだ。


「火ノ元素ヨ――――」


 グレーターデーモンが黒魔法第3位階『轟炎』を発動――――四本ある腕の一つ、手のひらに大きな炎が現れ、そのままオークソルジャーへ投擲する。


 空気を焦がしながら迫る『轟炎』を、オークソルジャーは落ち着いて躱す。後方で炎が爆ぜて、巨大な火柱とともに木々が燃える臭いが、オークソルジャーの鋭敏な鼻にまで届く。


「グヒッ」


 下品な笑い声を上げながら、距離を詰めていたグレーターデーモンが右腕を振り下ろす――――ただ、力任せにだ。


 オークソルジャーは戦斧の柄で受け止めるのだが、その身体が地面に沈み込んだかのように、身体を強張らせる。


「ブ、ブギィッ!」


 鼻息荒く抗うオークソルジャーであるが、そもそも体格が違いすぎるのだ。オークソルジャーは身長190センチほど、体重は260キロほどだろう。対するグレーターデーモンは身長約3メートル、体重は480キロはあるだろう。


 単純な膂力ですでに勝負になっていないのだ。

 だが、そうなるとなぜ互角に殺り合うことができるのかという疑問が湧いてくる。


「ブギッ!!」


 そのまま膂力に任せて、押し潰そうとしていたグレーターデーモンの右腕が空を切る。


 オークソルジャーが斧技LV2『円転受(えんてんう)け』で、攻撃を受け流したのだ。それも信じられないことに魔言を唱えずに技を発動していた。


 高ランクの魔物の一部が魔言を省略または破棄するのは珍しくない。だが、ランク4の、それもオーク種が魔言を唱えず斧技を発動するなどと、誰が信じようか。


「ギ、ギャッ!」


 死に体となったグレーターデーモンの頸へ、戦斧を振り下ろす。オークソルジャーの膂力を以てしても、グレーターデーモンの頸を切断することは困難だったようで、頸の半ばで戦斧の刃は止まっていた。


 普通なら勝負ありである――――相手が天魔でなければ。


「ア、荒レ狂ウ火、ヨ……風ヨ――――」


 詠唱を始めるグレーターデーモンに、オークソルジャーはまずいと焦って戦斧へさらなる力を込めるのだが、それよりも速くグレーターデーモンの詠唱が完成する。


「『エクスプロージョン』ッ!!」


 至近距離で黒魔法第4位階『エクスプロージョン』をまともに喰らったオークソルジャーの巨体が宙に舞う。


 一方のグレーターデーモンは頸の再生が始まると、そのまま何事もなかったかのように立ち上がるではないか。


 しかし――――それはオークソルジャーも同様であった。


「プシュ~ッ!」


 鼻から黒煙を噴出しながら、オークソルジャーはグレーターデーモンよりも先に立ち上がっていた。


 その全身は至近距離で喰らった爆発により、皮膚は裂け、肉は飛び散っている。それでもオークソルジャーの戦意は増すばかりである。


「キヒヒッ」


 馬鹿にするようにグレーターデーモンが嗤う。下位の魔物が自分に立ち向かうなど、無駄なことだと言わんばかりに。


 しかし、オークソルジャーはそのような侮辱を受けても感情を乱すことはなかった。


 理解できなかったのではない。相手が自分を舐めているのも、馬鹿にしているのも十分に理解したうえで、己がすることを全うしようとしているのだ。


「ゲヒャヒャッ!」


 そのオークソルジャーの覚悟を馬鹿にするように、グレーターデーモンは四本の手に魔法を発動する。最初から詠唱など必要としていなかったのだ。


 それぞれの手に『轟炎』『雷轟』『氷瀑』『アイアンランス』、一つは躱せても残りは喰らうことになるだろう。


「キヒーッ! キッヒ――――」


 勝利を確信したグレーターデーモンが突如――――消えた。


「ブヒッ!?」


 向かい合っていたオークソルジャーですら、事態が飲み込めずに狼狽えるのだが。


「ハッ」


 大地に残って(・・・)いたモノを見て、なにが起こったのかを理解する。


 グレーターデーモンであったモノが、そこには残っていた。プレス機で押し潰したかのように圧縮されたグレーターデーモンの遺体である。


 強靭な肉体に再生力を誇るグレーターデーモンでも、この状態から復活することはできないだろう。


 オークソルジャーは佇まいを正すと、森の奥深くに向かって頭を下げるのであった。



 不思議な城であった。

 なにしろ城から木々が生えているのだ。至るところから枝が城を貫き、また城の中へと伸びている。


 これでは城がメインなのか樹がメインなのか判断に迷うところだろう。


 そんな不思議な城の一角、バルコニーで猫のように背を伸ばしている者が一人。


 一見、豹の獣人であるのだが、よく見ればその身体を構成する骨格は、獣人よりもさらに獣よりと言ったほうがわかりやすいだろう。


「ふ~んっ」


 もう一度、大きく背を伸ばしてから立ち上がると、バルコニーより眼下を見下ろす。


 そして呟く――――


「美しい」


 それは眼下に見える樹海のことなのか。それとも――――

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i901892
― 新着の感想 ―
これまでもちょくちょく登場していた「人族に捏造された歴史」ですが、 詳細が明かされた(全てではないでしょうけど・・)興味深いエピソードでしたね。 黒の聖女については我々同様、ユウもまだ詳しくは知らない…
 内と外の秘密の一部が今、明らかに。
知らないか?
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