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奪う者 奪われる者  作者: mino


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365/414

第365話:冤罪?

「マジかっ」

「アガフォン、あそこにいるのクロと変なゴブリンよ」


 思わずアガフォンの口から漏れ出たのは驚きの声であった。見ればわかることを言っているのは、アガフォンの頭の上に座るアカネである。


 外から聞こえる尋常ではない戦闘音に、アガフォンたちは様子を見に行こうとするも、ユウから出るなと止められたのだ。


 激しい衝突音が屋敷を度々揺らし、その間も外の様子が気になるアガフォンは貧乏揺すりのように、身体を震わせていた。


 ようやく動けたのはユウがソファーから腰を上げ許可を出したあとで、急いで屋敷の外へ出てみれば眼前の光景にアガフォンたちは愕然とする。


「大地が変形してるにゃ」


 闇夜の中でも、わずかな月明かりで夜目が利くフラビアが呟く。すぐ傍にいるアガフォンたちも、屋敷前が大規模な破壊痕によって大幅に変形しているのは理解していた。


 だが、フラビアは他の者より詳細を把握できるだけに、恐怖から尻尾がこれでもかと膨らむ。


(ユウさんが外に出るなって言うわけだぜ)


 アガフォンの全身の毛が逆立つ。

 普段、自分たちに稽古をつけてくれるクロがボロボロの姿で立っているのだ。


 一対一は当然――――アガフォンたちが束になってかかっても一度も勝つどころか、まともに戦うことすらできたためしがないあのクロが、である。


 しかも相手は最弱の魔物と言われるゴブリンだ。

 常日頃からユウが、相手の見た目や言動で油断するなと言っている意味を、アガフォンは身に沁みて理解する――――いや、させられた。


「……ベイブ」

「は、はい。レナさん、なんでしょうか?」


 アガフォンと同じように立ち竦んでいたベイブは、背後からレナに声をかけられて飛び上がるように返事する。


「……クロを治して」

「ぼ、僕がですか!?」

「……ん。良い機会」


 満身創痍のクロ、特に左頬は欠損して口内も酷いことになっている。普段から世話になっているクロを治すのは問題ない。問題があるのは――――


(ぼ、僕に治せるのかな…………)


 怪我の深さ、大きさも気になるが、なによりアンデッドであるクロを自分の魔法で治せるのかが、ベイブは不安であるのだ。


 だが、冒険の最中に仲間が大怪我を負った際に、自分は――――


「……そのとき(・・・・)に治せませんって言うの?」

「っ」


 自分の心中を見透かしたかのようなレナの言葉に、ベイブは己の心の臓が大きく鼓動するのを感じた。


「な、治します。いえ、治してみせます!」

「……うん」


 おどおどして主張することもないベイブが、珍しく強く言い切る姿にレナは満足そうに頷く。


「お……おいっ…………」


 土まみれになった身体をゆっくりと起こしながら、ゴールが立ち上がる。


 ゴールが人語を発したことに、アガフォンたちは警戒を強める。


「おいおいおいっ……死んだぞ……てめえっ!」


 不意打ちされたことに怒っているようで、ゴールはこめかみだけでなく全身に青筋を立てる。


 驚くことに、クロの攻撃によって千切れかけていた左腕の付け根や、ユウの蹴りによってへし折られた背骨が再生していた。


(再生スキルを所持しているのか)


 冷静にゴールの能力を見極めながら、ユウは心中で呟く。ゴールの傷を再生する速度は、ユウから見て甘く見積もっても決して及第点をあげれるものではなかった。


「汚え真似しやがって!」

「汚い?」


 不思議そうにユウが呟く。傍にいるニーナがマリファへ「どういうことかな?」「わかりません」と、こちらも困惑した様子である。


「後ろから不意打ちしやがっただろうがっ!!」

「隙だらけだったからな」


 平然と言ってのけるユウに、ゴールの我慢は限界に達する。


「こ、この野――――」

「ゴール、あなたの負けです」


 ユウへ向かっていこうとするゴールを、シルンが右足を伸ばして通せんぼする。


「敵に不意打ちをするなとでも、そんな甘ったれたことをあなたが言うのですか? それを聞けば――――」

「ぐっ……」


 最後まで言い切ることはなかったが、シルンの言いたいことを理解したのだろう。ゴールは押し黙る。


「初めまして」


 ラスにしたように、シルンはユウたちに向かって深く礼をする。


「このような夜更けに押しかけてしまい、申し訳ございません」

「お前らの目的はクロか?」

「いいえ。私共の目的は――――ユウ・サトウ、あなた(・・・)です」


 その言葉に反応したのはマリファである。抑えきれない感情を周囲に漂わせるマリファに、ティンたちはさり気なく距離を取る。


 しかし、ティンたちは気づいていなかった。無意識に大きく距離を取った相手がマリファではなく、ニーナであることに。


「俺に? ゴブリンが俺になんの用だ」

「私共は覇王様の使いで、このような遠方まで出向いてきました」


 ミシミシと骨の軋む音が聞こえる。音の発生源はローブに隠れたラスの手である。軋むほど手を握り締めているのだ。


「覇王――――人類の守護者が、俺になんの用があるんだ?」


 シルンが目を見開く、すぐ後ろではゴールも同じように目を見開いていた。


「マスター」


 ラスの呼びかけでユウは思い出す。人類の守護者という名称は、自分が勝手につけたものだと。


「『始まりの勇者』が一人、ドリムが俺になんの用があるんだ?」


 言い直して問いかけるも、シルンとゴールの反応は芳しくない。怒りや驚きといった感情ではなく、どこか戸惑っているような様子である。


「覇王様が『始まりの勇者』?」

「なんだ自分たちが仕えている奴のことも知らないのか。獣たちの勇者にして『西の獸王』、それがお前たち――――待てよ。純血種の獣人って寿命は精々三十年だったよな。なら、今は代替わりして――――」

「マスター、獸王は健在です」

「生きてる?」


 千三百年以上前の獣人が生きている。少し長生きどころの話ではない。

 だが、ユウは思い当たることがあったのか。


「ああ、そういうこと(・・・・・・)か」


 と、呟いた。


「話が逸れたな。用件を言えよ」

「このガキャッ、偉そうに!」

「ゴール、あなたは黙っていなさい。

 さて、用件はシンプルなものですよ。あなたにグリム城に来ていただきたいのです」

「なんでわざわざそんな場所に行かないといけないんだ。俺に用があるならドリムが来いよ」


 意地悪な笑みを浮かべながら言い放つユウに、シルンの眼が細まっていく。


「覇王様の名前を呼び捨てにしやがった、それも二度目だっ!」

「ゴール」


 シルンの身体を迸る闘気が身体に吸い込まれるように圧縮していき、肉体を銀色の闘気が覆う。


「私に、何度も、同じことを言わせないでください」


 冷静に見えて、シルンも内心では激しい怒りが渦巻いていたのだ。


「失礼いたしました。

 本来であれば、あなたが仰るように覇王様が来るのが筋かもしれませんね」


 心の中では欠片も思っていないことをシルンは口にする。


「ですが、此度はあなたに来ていただきたい。いいえ、来てもらいます」


 興味深そうにゴールとシルンを見るユウとナマリをよそに、後ろではニーナたちがいつでも戦闘できるようさり気なく位置取りをしていた。


「理由を言えよ。俺が納得できる理由があるんだろ?」

「私共はグリム城の外壁に火を放った者を、覇王様のご命令にて捜していました」


 「くくっ」と馬鹿にするようにラスが笑う。

 それもそうだろう。都市カマーから覇王の居城――――グリム城まで何万キロあるか。ユウを火付けの下手人に仕立て上げるには無理があろうというものだろう。


「長くなりますが最初から話せていただきます。私共が――――」


 シルンが外壁に火を放たれた日時や、外壁を遠目に見ていた目撃者による情報――――突如、現れた()のような建造物、そこから炎が溢れ出してきたことや、これまで集めてきた情報を口にする度に、ユウの顔色が変わっていく。


 そして――――


「いかがでしょう。心当たりはありませんか?」

「なにを戯言をっ」

「ご主人様が、わざわざそのような場所まで出向いて火を放ったとでも?」

「作り話をするにしても、もう少し考えてしたほうがいいよ~」


 激昂するラスに、氷の瞳でシルンを睨むマリファ、それに先ほどから様子がおかしいニーナも、ラスに同意する。


 ――――ユウはふうと小さなため息をつくと。





























「俺だわ」


 あっさりとユウは認めた。


「「「えっ!?」」」


 これにはアガフォンたちまで唖然とする。


「俺じゃないけど俺だ。話すと長いし、ここで説明するのも面倒だから、そうだな。ドリムに会いにいけばいいのか?」

「え、ええ。そうしていただければ、私共は助かります」


 こんなあっさりとユウが認めるとは思っていなかったのか、シルンもゴールも動揺する。場合によっては戦いになることも想定していたのだ。


「ユウさん、本当に行くんっすか!? 覇王って言えば、あの三大魔王なんですよ!!」

「行ったら殺されるだけよ。やめときなさい」

「う、うちは反対にゃ」

「オドノ様、ご再考をっ」

「やめたほうがいいと思います」

「俺もモニクと同じ考えです!」


 アガフォンたちが一斉に騒ぎ出す。その間でベイブはおろおろして、どうしたものかと頭を抱える。


「ユウさん、聞いてるんっすか?」

「アガフォン、お前たちは帰れ」

「帰れ? ど、どこにっすか!? あっ、屋敷?」

「なわけないだろ。国だよ国。とりあえずみんな連れて帰ってろ。用が終わったら迎えに行くから」

「でも俺たちが冒険者になりたいって言ったときに、ユウさんがもう国には帰れないけどのいいの――――いでっ」


 痛みにアガフォンが声を上げる。フラビアたちがアガフォンの尻を蹴ったのだ。


「なにすんだよ!」

「いいから黙って盟主の言うことを聞くにゃ」


 尻を擦っているアガフォンが、ふと視線に気づく。視線の先にはティンたちが勝ち誇った顔で、こちらを窺っていた。


「ご主人様、今から出立の準備をするので、なにか必要な物があれば――――」


 ここから数万キロも離れた地へ赴くのだ。ネポラがユウに必要な物を伺うと。


「お前らもアガフォンたちと一緒に帰れ」


 息を呑む音が聞こえた。

 ティンたち、奴隷メイドによるものである。


「ご主人様、お屋敷は誰が留守番するのか気になって、やんなっちゃう」


 ユウの考えが理解できないのだろう。ティンが探りをいれるように問いかける。


「誰もする必要はない」

「空にするということでしょうか」


 ムッスの治める領地の治安が良いとはいえ、都市カマーから離れた場所にある屋敷に、誰も残さないのは不用心にもほどがある。


 普段はユウからの指示に二つ返事で応えるヴァナモが、問いかけるのも無理はないだろう。


「そうだ」

「「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」」


 不安になったのだろう。

 アリアネとポコリが揃って声を出す。


「念のためにだな」

「念のため、ですか」


 メリットがいなくなったときを狙いすましたかのように、ゴールとシルンが現れたことにユウは疑問を抱いていた。


 これは偶然などではなく、仕組まれたものではないだろうか、と。ユウの視線の先では、呑気に「三大魔王だって~」「……ふふ。楽しみ」と談笑するニーナとレナの姿があった。


 ついて来るつもりなのだ。

 当たり前のようにクロやラスまで、それにナマリとモモまでもが。


「ご主人様、いつでもご命令を」


 済ました顔でマリファが告げる。

 ここでユウがニーナたちにダメだと伝えれば、面倒なことになるだろう。大きなため息をユウはつくと、アガフォンたちを屋敷に戻してから『時空魔法』でネームレス王国へ送り出すのであった。


「日が昇ってから出立ということで、よろしいでしょうか?」


 シルンがユウへ問いかける。その横では不機嫌そうなゴールが「けっ、夜に移動できないなんて情けない連中だ」と、悪態をつく。


「ここから歩いてどれだけ時間がかかると思ってるんだ。ショートカットするから、ついて来い」


 訝しげな顔をするゴールとシルンをよそに、ユウは『時空魔法』で(ゲート)を創り出す。行き先は聖国ジャーダルクの西部にあるアガータ平野である。


「こ、これはっ!」

「ゲギャッ!?」


 門の先の風景に見覚えがあるのだろう。ゴールとシルンが顔を強張らせる。


「ユウ、ここってジャーダルク?」

「そうだ。ジャーダルク西部のアガータ平野っていう場所だな」


 「ふーん」と言いながら、ニーナはいつもと変わらぬ表情で周囲を見渡すのだが、その身に纏う空気は普段とは比べ物にならぬほど重苦しいものであった。


「……さ、寒い」

「だから上に羽織るものを用意しなさいと、言ったではないですか。ナマリ、あなたも早くこれを着なさい」

「うわあ、ここがジャーダルクかぁ」


 寒いジャーダルクの気候に、レナが身体を震わす。小言を言いながらも、マリファはレナに毛皮のコートを渡し、続いて動き回るナマリにも同じように毛皮のコートを着させる。


「なるほど『時空魔法』の使い手でしたか」


 さすがは覇王に仕える者なのだろう。直ぐ様に落ち着きを取り戻したシルンが、魔法の正体に気づく。横ではゴールが「これなら外壁に火を放つこともできるよな?」と、今まで自分でも疑っていた外壁へ火を放ったのがユウ、または関与があることに納得する。


「お喋りしたいわけじゃないよな? ラス、用意しろ」

「はっ」


 ユウの言葉にラスは召喚魔法で巨大な怪鳥――――ロック鳥を呼び寄せる。同じくユウもロック鳥を召喚する。


「お前らはそっちに乗れ」

「逃げんじゃねえぞ」


 ゴールが凄むが、ユウはそんな声など聞こえないとでもいうように相手にしない。


「じゃあ、行くぞ」


 闇夜に二羽の怪鳥が羽ばたいていく。



 同日同時刻――――ウードン王国から遠く離れた地で、大きな戦いが始まろうとしていた。


「こんな遠くまで呼びつけやがって、なんの用だよ!」


 不満を隠さず物申すのはメリットである。

 周囲を山々に囲まれた森林地帯にぽっかりと空いた平原の岩に座りながら、呼びつけた相手を睨みつける。


「あー、そんな言い方ってないんだ~」

「そう興奮するでない、赤手の」


 アーゼロッテは膨れっ面で、ドルムは聞き分けのない子を窘めるように言葉を選ぶ。


「みーちゃんが怒ってたよ」

「あ?」


 膨大な殺気を放つメリットを相手に物怖じせずに、アーゼロッテが告げる。


「教主殿から言われておったじゃろう。ユウ・サトウには手を出すなと」

「知らねえな」


 空を見上げながら欠伸するメリットに、ドルムは呆れ果てる。


「ありゃ私の物だ。お前らは手を出すんじゃねえぞ」

「赤手の、お前はなにを言っとるんじゃ」

「お前らって、もしかしてー私も入ってるのかな~?」


 くるくるとピンク色のフリルがついた傘を回しながら、メリットを馬鹿にするようにアーゼロッテが尋ねる。


「くかかっ、馬鹿なお前(アーゼロッテ)にもわかるように言ってやるよ。|全員《イモータリッティー教団》だよ」


 闇夜に雷光が発生する。

 日中かと見紛うほどの光量である。


「死にたいのかな?」


 全身に雷を纏うアーゼロッテが、薄ら笑いを浮かべながらメリットへ問いかけた。

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i901892
― 新着の感想 ―
遠い昔の記憶に確かにそんな事をしてたのが朧げながら残ってる
101話あたりの出来事かな?
遠い昔の事じゃった…(メメタァ)
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