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奪う者 奪われる者  作者: mino


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303/413

第303話:見損なったぞ

 バラッシュたちがナマリに足止めされるよりも前、撤退するジャーダルク聖騎士団のため殿(しんがり)となった槍騎兵隊や、撤退の指示を拒み残ってユウたちとの交戦を選択した兵たちは、激戦を繰り広げることとなった。


「かあああーっ!!」


 一撃でも喰らえば必死の魔法を掻い潜り、第三剣聖隊の男がラスへ斬りかかるのだが――


「ぬうっ!?」


 ――刃はラスの展開する結界に弾かれる。


「た、隊長の剣が弾かれただとっ」

「いったい、どれほどの魔力を結界に注いでいるのだ!」

「化け物めっ……」


 隊長の攻撃に続こうとしていた第三剣聖隊に所属する兵たちから、驚愕の声とラスへの悪態が口々に漏れ出る。

 それもそのはずだろう。第三剣聖隊は対魔――特に不浄なるモノを相手するのに特化した隊である。ラスに斬りかかった隊長の使う魔剣は、パーシヴァルの魔剣アロンダイトほどではないが、それでも業物である。さらに使用した暗黒剣は『奪魔(だつま)』、斬りつけた対象から大量のMPを奪う技である。その技を以てしても、ラスの結界を斬り裂くどころか、ヒビすら入れることができずに剣を弾かれたのだ。


「結界だっ。結界さえなければ、肉体を持たない脆弱なアンデッドなど、一撃で滅ぼすことができる!」

「同時に『奪魔(だつま)』を、使えぬ者たちは『吸魔』を使うんだ。いかにあのアンデッドが結界に莫大な魔力を注いでいようと、我らが一斉に――なん……の真似だっ!?」


 唖然とする兵たちの眼前に、結界(・・)を解いたラスが佇んでいた。


「どうした? かかってこないのか? 我の結界を排除したかったのだろう」


 剣を握る兵たちの手が怒りで震えだす。


「薄汚いアンデッド風情が、我ら第三剣聖隊を愚弄するかっ!!」

「魔王に与する人類の敵め!」

「我ら正義の剣で、貴様の穢れた魂ごと断ち切ってくれるわ!!」


 ラスに――アンデッドに侮辱されたと、第三剣聖隊の兵たちが激高し、怒気をラスへ叩きつけるのだが、ラスの肩はわずかに上下していた。


「なにが可笑しい!!」


 兵の一人が怒りにまかせて突っ込む。それでも第三剣聖隊の猛者である。ラスへ攻撃を仕掛けるその動きに無駄は一切なく、その振るう剣は鋭く、また重い一撃であった。


「なんだこれはっ!?」


 ラスの頭部目掛けて振り下ろされた剣が、闇に絡め取られていた。闇の正体は、暗黒魔法第7位階『暗黒の法衣(ダーベスト)』である。闇は剣のみならず、そのまま男の身体に纏わりつき自由を奪う。


「なにが可笑しいかだと? 貴様ら蛆虫――いや、蛆虫は死肉を片付ける役割があるぶん、まだ貴様らより上等な存在と言えるな。その蛆虫にも劣る貴様らが正義を語るのだ。これが笑わずにいられるか」


 赤く光るラスの眼窩が、闇に身体の自由を奪われた男の目を覗き込む。それだけで全身から力が――生気が奪われていく。ものの十秒で干からびた男が、地面へ投げ捨てられる。


「我が薄汚いアンデッドだと? 穢れた魂だと? ああ、その通りだ。貴様らに復讐するためだけに、千三百年以上にわたっておめおめと醜態を晒してきたのだ」


 ラスの全身から放たれる魔力は、まるで氷でも身体に押し当てられたかのように、第三剣聖隊の兵たちから熱を奪っていく。


「せ、千三百年……以上? それでは聖暦の始まりからではないかっ!?」

「信じられん……」

「馬鹿馬鹿しいっ! アンデッドの言うことなどを真に受け……げふっ」


 背後から放たれた刺突によって、兵の一人が腹部を剣に貫かれる。


「な、なにをす……る? ぐはぁっ……。お前、は……死……死んだはず……!?」


 そこにいたのはかつての仲間であり、同僚でもあった第三剣聖隊に所属する者だった。ただし、ラスの死霊魔法によって生きる屍と化したアンデッドである。


「さあ、なにをしている? 早く片付けねば数が増えるだけだぞ?」


 すでにジャーダルク聖騎士団は撤退をしている。ユウを包囲していたときのように、後衛による神聖魔法第2位階『浄炎』による支援は期待できない。ラスの手によって葬られた遺体が次々と立ち上がり、第三剣聖隊へ襲いかかる。


「なんたる失態だ……」


 第一剣聖隊を率いる『三剣』ガラハットは、失意の表情で森のなかを駆け抜けていく。本来であれば二百いる兵はすでに四十ほどにまで、その数を減らしていた。


「今さら逃げるのか?」


 ガラハットの行く手にユウが立ち塞がる。


「魔王っ!」


 睨むガラハットの殺気に、ユウの背後に控えるマリファとクロがわずかに反応するのだが、ユウの邪魔をするわけにはいかないと、ガラハットたちを殺したい衝動を我慢する。


「お前らがサボるから全快したじゃないか」


 あれほどのダメージや数百にもおよぶ負の付与魔法を叩き込んだにもかかわらず、ユウの傷は完全に回復し、負の付与魔法も解除されていた。


「それにしても、今さら逃げてどうするつもりなんだ? 周りを見てみろよ。軽く一万、下手をしたら二万人は死んでるだろ。これだけの下手を打って、ジャーダルクに逃げ帰ってどう説明するんだ?」


 ハッタリではない。

 ニーナたちと戦闘を繰り広げる殿(しんがり)はほぼ壊滅し、撤退するジャーダルク聖騎士団をレナは追撃することはなかったのだが、ニーナとラスはそれほど甘くはなかった。尾から喰い散らかすように、最後尾の者から容赦なく刈り取っていったのだ。さらに犠牲者が増えれば増えるほど、ラスの手駒は増えていく。もはや数の優位性は逆転していた。


「黙れ!!」

「それともイリガミットとかいう役立たずのクソみたいな神に泣きつくのか? 魔王に苛められたんで仇を取ってくださいよってな」


 神を神とも思わない傲岸不遜なユウの態度に、クロが声を出さずに笑みを浮かべる。対照的にマリファは氷のような瞳で、ガラハットたちを睨みつける。


「やはり捕獲など手緩い。最初から滅ぼすべきだったのだ!」


 ガラハットが腰から聖剣デュランダルを抜くと、第一剣聖隊も続いて抜剣する。


「ジャーダルクへ無事に帰れるかどうかの心配はしなくていいぞ。ここでお前らは死ぬんだからな」

「ほざけ!!」


 一足飛びでガラハットがユウに斬りかかる。対するユウは、二本の大剣を交差させて受け止める。


「ぬう……っ!!」


 どれほどガラハットが剣に力を込めようとも、固定でもされたかのように聖剣デュランダルは動かない。


「かあーっ!!」


 剣を引きながらガラハットは気合一閃に剣を横薙ぎに振るうのだが、その剣もユウは左手の黒竜・燭でいとも容易く受け止める。


(片手で受け止めただとっ)


 剣戟をユウと繰り広げるガラハットの視界には、自分の部下たちがマリファとクロに倒されていく姿が映っていた。


(馬鹿なっ。ゴブリンはともかく、ダークエルフの小娘にまで遅れを取るなど! あのピクシーが支援しているせいかっ)


 マリファとクロへの攻撃を、モモがことごとく防いでいるのだ。二人は攻撃に専念するだけで、おもしろいように第一剣聖隊の兵を倒すことができるのだった。


「ハアハアッ……」


 『三剣』の二つ名で呼ばれ、剣の腕なら聖国ジャーダルクに並ぶ者なしとまで称えられるガラハットが息を切らせ、肩で大きく呼吸する。自分より二回りも年下のユウから受けるプレッシャーによって、心身ともに疲弊しているのだ。

 今は周囲からの支援のない状態で、かつユウに負の付与魔法がかかっていない状態である。同じ強さのわけがないとはわかってはいたものの、限りなく勝機がないことをガラハットは悟る。


(この程度の剣の打ち合いで、ここまで疲労するだと!? それに魔王から受ける圧力が増大している。これでは――まさかっ! 『威圧』を受けているのか?)


「お前、剣だけなら俺より強いと思ってるだろ?」


 「しめた!」とガラハットは内心で叫ぶ。ガラハットがユウに勝てないと判断したのは、ユウが各種多様なスキルや魔法を使いながら攻め立てることを想定してのことであった。剣だけならば、自分にも勝機はあると不敵な笑みを浮かべる。


「ならどうする? 今から魔法でも使うか?」


 明らかな挑発であった。二本の大剣を構えるユウを見て、ガラハットの笑みが深くなる。


「我が剣に敵う者なし!!」


 ガラハットが気勢とともに戦技LV8『不懐』を発動する。それを皮切りに『心頭滅却』『鬼人憑依』『先見(フォーサイト)』『常在戦場』を続けて発動させる。


「準備はできたのか?」

「ああ、貴様を滅ぼす準備がな」


 ユウとガラハットが歩を進めていく。互いの殺傷圏内に入った瞬間、激しい剣戟が始まる。ユウは『剣技』『暗黒剣』を織り交ぜながら剣を振るう。一方のガラハットは『剣技』『聖剣技』で対抗する。

 わずか数分の間で、互いに数百を超える剣を繰り出す。剣の腕だけならガラハットのほうがユウより数段上なのだが、現在のユウはガラハットよりもレベルが高い。その結果、ユウのパッシブスキル『威圧』の効果によって、ガラハットのステータスは低下していた。


(ぬぅっ。長引けばこちらが不利か)


 徐々にガラハットの身体に傷が増えていく。それはユウも同様であるのだが、ユウはパッシブスキル『高速再生』によって、瞬く間に傷が塞がっていくのだ。


(一撃だ。生半可な攻撃では魔王を滅ぼすこと能わぬ!)


 ユウの剣を捌きながら、ガラハットはその機会を待つ。誘導しては感づかれると、身体にどれほど傷を刻まれようが、そのときを待つ。


「まだまだ~っ!」


 少年の身で放ったとはとても思えぬユウの剛剣を、ガラハットは剣技LV1『瞬閃』で弾く。それぞれの手に大剣を持つユウの攻撃を、両手で剣を握るガラハットが剣技を使わねば捌ききれぬのだ。それほど両者には、単純な膂力に差があるのだ。


 そしてついに、そのときが訪れる。ガラハットとユウを結ぶ線の延長線に、マリファとクロの姿が見える。当然そこにはマリファたちと交戦中のガラハットの部下たちもいるのだが、魔王を――ユウを滅ぼすためならば多少の犠牲はやむなしと。


「はおっ!」


 紙一重の攻防を繰り広げる両者であるが、拮抗を崩すべくガラハットから仕掛ける。さらに踏み込んで剣を振るい始めたのだ。そのぶん身体に刻まれる傷は大きく、深くなるのだが、ユウへ打ち込む剣の威力は上がる。強引な攻撃かと思えば、緩急をつけて翻弄するガラハットの剣は、まさに才ある者が絶え間なく修練し続けた境地を思わせるものであった。


「ほう。まだついてくるか!!」


 己が身を顧みず猛攻を続けるガラハットに、ユウは一歩も引かずに剣を振るう。剣戟が続けば続くほど、ガラハットの傷が増えていくだけなのだが、それでもガラハットは攻撃の手を緩めない。流れ落ちる血で全身を真っ赤に染めながら、ガラハットが剣技LV6『咲乱剣舞(しょうらんけんぶ)』を放つ。その名の通り、乱れ狂う剣撃を繰り出す剣技なのだが、防御のことを一切考えぬ今のガラハットが繰り出せば、その威力は想像を絶する。


「ちっ」


 剣で捌ききれなくなったユウが、舌打ちとともに距離を取る。しかし、ガラハットも同じく距離を取っていた。攻め勝っていたはずのこのガラハットの行動にユウが警戒する。それを示すように、ガラハットの全身から激しい闘志が立ち昇っていた。


「その場所では我が剣を躱せまい」


 二人を結ぶ延長線上にマリファとクロが重なっていた。ユウとジョゼフのやり取りから、ガラハットはユウが情報にあったような人を人とも思わぬ、心のない者ではないと推測していた。敵に関しては容赦はしないだろうが、少なくとも配下に対して情はあると。

 ユウが自分の後ろで戦っているマリファたちに気づいたとき、すでにガラハットは技を発動していた。聖なる闘気を集めた聖剣デュランダルの切っ先を地面に突き立て、駆けながら剣を抜き放つ。大地を斬り裂きながら放たれたのは聖剣技LV9『地裂聖光両断(ヴァレイ・ホル・レイ)』、巨大な光の刃がユウに襲いかかる。

 ガラハットの狙い通り、背後のマリファたちに気を取られて、ユウの反応がわずかに遅れた。


「許せ、これも平和の――」


 ユウを倒すために犠牲となった部下たちに謝罪の言葉を述べる。雪のように降り落ちる粉塵に混じって、瓦礫がガラハットの頭や肩に当たる。


「――待て、なぜ粉塵に瓦礫が混じっている? それにこの霧は……いったい」


 なにかがおかしいと、ガラハットは眼前の視界を覆う土煙を睨みつけるように目を凝らす。

 『地裂聖光両断(ヴァレイ・ホル・レイ)』は直線状ではあるが、広範囲に渡ってすべてを塵と化す聖剣技である。粉塵に瓦礫が混ざる違和感は確信へと変わる。土煙が晴れ始めると、その隙間から城壁と見紛うほどの壁が、ガラハットの眼前に立ち塞がっていたのだ。おそらく『地裂聖光両断(ヴァレイ・ホル・レイ)』によってついた傷なのだろう。厚さ一メートルほどの石壁に大きな亀裂が刻まれていた。亀裂は石壁の奥に隠されている鋼鉄の壁にまで深い傷を刻み込んでいた。


「上かっ!!」


 ガラハットは自分の顔に影が差した瞬間、天に向かって剣を振るう。高い金属音と火花を散らしながら、ユウの黒竜剣・濡れ烏とガラハットの聖剣デュランダルが斬り結ぶ。ユウが地へ足を着けると同時に、左手に握る黒竜・燭を横薙ぎに振るう。刀身から黒い炎を撒き散らしながら、ガラハットの腹部に迫る。その大剣をガラハットは大きく後方へ飛び跳ねて躱すのだが、完全には躱すには至らず。斬り裂かれた鎧の隙間から血が噴き出す。手で傷口を押さえようとするガラハットであったが、それを嘲笑うかのように傷口に纏わりつく黒い炎が燃え盛る。


「お、おのれっ……」


 ガラハットが地面に膝をつく。ユウとの戦いで満身創痍のうえに、高レベルの戦技や剣技、さらに聖剣技を使用し続けたのだ。その消耗は尋常ではなかった。

 あのガラハットが勝利を確信して『地裂聖光両断(ヴァレイ・ホル・レイ)』を放った瞬間、ユウは黒魔法第5位階『アイアンウォール』を展開し、その鉄の壁を黒魔法第3位階『ストーンウォール』で覆い強化する。さらに技の性質を光と見抜き、黒魔法第1位階『ウォーターミスト』で拡散させたのだ。


「ごふっ……この、この程度の傷で……」


 立ち上がるガラハットであったが、思考と身体の動きにズレがあることに気づく。


「これは…………時空……魔法か? 貴様っ!」

「敵の言うことを真に受けるなよ」


 ガラハットは自らの身体に起きている状態異常を時空魔法によるものだと判断するが、実際は違う。ユウは一対一の戦いでは時空魔法による遅延と、黒竜剣・濡れ烏に付与されている呪詛『遅延』の二種類を使いわける。頭上から黒竜剣・濡れ烏を振り下ろしたときに、呪詛をガラハットに叩き込んでいたのだ。


「ふ、ふははっ。こんな馬鹿なことがあっていいものかっ! 正義が、ごふっ……正義が悪に……負けるなどっ」


 自らの死期を悟ったガラハットが叫ぶ。その怨嗟の篭った声はユウに対してなのか、それとも自らが信仰するイリガミットに対してのものだったのか。


「もうお前だけだ」


 第一剣聖隊を片付けたマリファたちがユウの背後で控える。


「どうした? 止めを刺さぬのか。それとも我が剣力を奪う(・・)つもりか?」

『解析』(見た)のか? 違うな。誰から聞いた」


 ユウがロイに会うためにブエルコ盆地へ来た際は、すべての武具を身に着けていなかった。そのなかには『解析』に対して偽ったステータスを表示するミラージュの指輪も含まれている。さらにユウ自身も結界を纏わずにいた。それゆえに、ジャーダルク聖騎士団が『解析』でユウが固有スキル『強奪』を所持しているのを知ったのだと推測する。しかし、ユウはガラハットの反応からすぐさま『解析』で見たのではなく、最初から知っていたのだと判断する。それを肯定するかのように、ガラハットは醜悪な笑みを浮かべた。


「わははっ! 知りたくば、あの世まで追いかけてくるのだなっ!!」

 聖剣デュランダルを逆手に握ると、ガラハットは自分の胸を貫く。


「が、がふっ……。き……貴様の手では……死な……ぬぞっ!!」


 聖剣技LV6『聖火爆陣』、自身を中心に聖なる炎を円状に放つ技なのだが、それをガラハットは自らを巻き込んで発動したのだ。爆炎がガラハットの肉体を骨まで焼き尽くし、あとには主を失った聖剣デュランダルだけが残っていた。


「霊体ごと燃やし尽くしやがった」


 今のユウなら肉体がなくとも、霊体さえあれば死霊魔法でアンデッド化することができる。だが、その霊体すらガラハットは残さずに逝ったのだ。ユウはどこか納得がいかないような顔で聖剣デュランダルを拾うと、その場をあとにするのであった。


「もういいだろうがっ」

「まだダメよ。うふふ、この私が他にも悪いところがないか、しっかりと診てあげるんだから感謝するのね」


 ジョゼフの身体をベタベタ触りながら、テオドーラはだらしのない笑みを浮かべる。その姿からは、とてもジャーダルクで『三聖女』と崇められているとは思えないだろう。


「ジョゼフから離れなさいよ!」


 声と同時に放たれた剣閃が、ジョゼフとテオドーラを分断する。


「あら誰かと思えば、行き遅れの駄エルフじゃない。まだ私のジョゼフにつきまとっていたのね」

「だ、だ、誰が行き遅れの駄エルフよ!」

「ぷぷっ」


 クラウディアが顔を真っ赤にして怒る。その横でララが堪えきれずに噴き出していた。二人とも全身傷だらけである。『三剣』ラモラック、それにパーシヴァルは、『剣舞姫』『魔剣姫』の両名をして苦戦するほどの相手だったのだ。


「それにジョゼフはわた、わた、私の婚約者なんだから!」

「それは違う。クラウディアが勝手に言っているだけ。ジョゼフは私と結婚する予定」


 クラウディアとララの言葉を聞いても、テオドーラは余裕の顔を崩さない。


「あなた、まだ生きていたのね」

「あなたも」


 テオドーラとララが意味深長に見つめ合う。『聖の祝福』を持つテオドーラと『魔の祝福』を持つララは、昔ワルプスギス教団に攫われた際と第三次聖魔大戦で面識があるのだ。


「いいわ。この際だからジョゼフの正妻として言わしてもらうわね。いい加減にジョゼフのことは諦めて、つきまとうのは止めなさい」

「おい、誰が正妻だ」


 ジョゼフの言葉などテオドーラたちの耳には届いていないようで、三人は互いに不俱戴天の仇でも見るかのように睨み合う。

 三人が三人とも、同時に得物へ手を伸ばそうとしたそのとき――金属音が鳴り響く。


「どうして邪魔するの?」


 テオドーラへの攻撃を邪魔されたニーナが、邪魔をしたジョゼフへ問いかける。

 驚くべきことに、ニーナの攻撃に気づいたのはジョゼフのみで、クラウディアもララも、攻撃を仕掛けられたテオドーラですら、ニーナの接近に気づいていなかったのだ。


それ(・・)、ジャーダルク人だよ?」

「あー、なんだ。言いたいことはわかるが、テオには聞きたいことがあるから待ってくれ」


 ジョゼフの制止も聞かずに、ニーナが短剣を構える。だが、その動きがピタリと止まる。


「ユウ……」


 ニーナの視線の先にはマリファにモモやクロ、それにラスやレナを引き連れたユウの姿があった。

 ニーナは構えを解いて、困ったような顔でユウを見つめる。対してユウは、クラウディアとララの手にある精霊剣リアマ・コアと魔剣アロンダイトを見るなり舌打ちをする。ユウからすれば、自分が狙っていた武器をクラウディアたちに横取りされた気分である。だが、今はそれどころではない。


「ジョゼフ、お前っ」

「ユウ、お前の言いたいことはわかる。だが、待ってくれ。こいつ、ちょっと様子がおかしいんだ」


 親指でテオドーラを指すジョゼフに、ユウは厳しい視線を向ける。


「あ? なにをわけのわからないことを言ってんだ。そんなことで誤魔化されないぞ」

「はあ?」


 ジョゼフが気の抜けた声を漏らす。


「そいつ、それにそっちの二人」


 ユウはテオドーラを指差し、続いてクラウディアたちを見る。目を凝らせば、指差すユウの手が小刻みに震えていることに気づいただろう。動揺しているのだ。ジャーダルク聖騎士団五万人に包囲されても、たじろぎもしなかったユウが信じられないことに。


「せ……正妻って言ってたぞ。そこのエルフは婚約者、そっちは結婚する予定だって」


 汚らわしいモノでも見るかのように、信じていたモノに裏切られたように、ユウはジョゼフを睨みつける。


「違う」

「なにが違うんだよ」


 ジョゼフはどう説明したものかと悩む。もとより多弁な男ではない。疑いの眼差しを向けるユウに、納得してもらえる言葉を考えていると。


「酷いわ! 私とは遊びだったのっ!」


 突然クラウディアがわざとらしく「およよ」と、泣き真似をしながらチラッとジョゼフへ視線を送る。その目は自分を選べと訴えかけていた。


「それは嘘。ジョゼフは私と結婚する」


 ララがクラウディアの前に出て宣言する。それを鼻で笑いながらテオドーラがジョゼフの横に移動すると。


「私がジョゼフの正妻なのよね。さっさと二人は負けを認めて去りなさい」


 「ふふん」とクラウディアたちを挑発するように、テオドーラはジョゼフの腕に自分の腕を絡ませる。すぐさま、抗議するクラウディアたちと少し離れた場所で言い争いになるのだが、ジョゼフはそれどころではない。


「こいつらはそんなんじゃねえんだ」


 失言だったと、ジョゼフは気づくが遅かった。


「遊びだったのか?」

「違う。信じてくれ」

「見損なったぞ。もういい。

 ラス、ジャーダルクの連中の装備を回収しろ。ついでに遺体もだぞ」

 明らかに怒っているユウに、ラスはなにも言わずに頭を下げるのみである。レナたちも空気を読んでなにも言わない。


「ユウ、待てよ」


 まるで振られた女に縋る男のようである。


「うるさい。お前には失望した」


 ふとユウは立ち止まる。


「ナマリは来てないのか?」

「いえ、そんなはずは……」


 ラスの言葉に、ユウがナマリと視界を同調させるのと同時であった。北西の空が真昼のように照らされていた。


「ラス、レナっ!」


 ユウが全員に結界を張る。遅れてラスたちも結界を展開する。直後に爆風がユウたちを襲う。大賢者が放った『焦土』の余波がユウたちのもとにまで届いたのだ。その威力は凄まじく、ブエルコ盆地の六割以上が消失し、残る四割も手で掻き混ぜたかのように原型が残っていなかった。


「おいっ」

「くそ。冗談じゃないぞ」


 ジョゼフを無視してユウは周りを見渡す。あとで回収しようとしていたジャーダルク聖騎士団の武具も、遺体もすべてが消え去っていた。


「おいっ! 俺だけ結界が弱かっただろ!」


 爆風と熱によって髪がチリチリになったジョゼフが、ユウに抗議する。


「ジョゼフ、なによその髪は」

「ぷぷっ……」


 呆れた声でクラウディアが、ララはあまりにも間抜けなジョゼフの姿に笑う。黄金の卵に護られたテオドーラは、心配そうにジョゼフの周りを浮遊する。


「ラス、俺はナマリを迎えに行くから、お前は武具が少しでも残っていないか探しておいてくれ」


 ユウはそう言うと、ラスの返事も聞かずに時空魔法で門を創り出す。そのまま門を潜ると、ついて来ようとしていたニーナたちを押し返して門を閉じるのであった。

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i901892
― 新着の感想 ―
浮気現場を反抗期の息子に見られたようなジョゼフがすごく良いです。
[一言] 封印やらが解けたから情緒が豊かになったのか。
[一言] ジョゼフの正妻どうこうで動揺したり失望するユウがよくわからない…
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