第226話:数えてないよ
ヤングエースUP様にて『奪う者 奪われる者』の第6話-3が絶賛公開中です!!
「なんだこの植物はっ!」
「触れるな! ダークエルフの樹霊魔法だっ!!」
「まさかキリンギリンが殺られたのか?」
キリンギリンを撃破したマリファはその勢いのまま、レナ達と戦闘を繰り広げる敵の背後より樹霊魔法第3位階『毒棘の檻』を放った。
男達は怪しげな植物から距離を置くのだが、自分達のリーダーであるキリンギリンが倒されたことに動揺を隠せず、レナ達の攻撃によってギンピ・ギンピの生い茂る草の中へと追いやられる。
その瞬間、この戦いの勝敗は決まった。ギンピ・ギンピの持つ毒は、大量に喰らわねば死ぬことはまずない。恐ろしいのは毒がもたらす痛みで、そのあまりの激痛に自殺を選ぶ者もいるほど、ギンピ・ギンピの毒の痛みは強力なのである。
すでにギンピ・ギンピの持つ毒によって、男達は転げ回っていた。それが余計にギンピ・ギンピの刺毛を自らの体内に注入することになるのだが、激痛によって正常な判断ができないのだ。
「ぐっ……ぐおおおおっ!! がはっ」
激痛に堪えながら、隻腕となったキリンギリンが力を振り絞り立ち上がろうとするが、コロがその背を前足で押さえつける。
いまだ姿を見せないランは『雲海』の中で警戒にあたっており、マリファは『毒棘の檻』を解除し、眼前に転がる男達を一瞥する。
そこにはキリンギリンを除く十三名の男達が横たわっていた。三名がレナ達との戦闘によって死亡、残る十名はマリファの『毒棘の檻』による激痛によって、身動きが満足に取れない状態である。
「おら、立てよ! お前ら、どこの奴らだ! 誰に頼まれてフラビアのアイテムポーチを奪った!!」
アガフォンが男の一人の胸ぐらを掴んで、無理やり立たせる。しかし、男はニタニタと不快な笑みを浮かべる。男の全身から噴き出る汗を見れば、明らかに痩せ我慢だとアガフォンにもわかってはいたのだが、仲間をこれだけの目に遭わされて躊躇するわけがなかった。
「ぐおおお……。い、痛えな。へ、へへ。誰に……た、頼まれたかって? おめえのおかーちゃんにだよっ!!」
苦痛に堪えながら男がアガフォンの脇腹に拳打を叩き込む。拳の先からは刃物が飛び出していた。掌に隠れるナイフ、暗器である。
「馬鹿がっ! お前みたいなルーキーに舐めら――」
「効かねえよ」
男の拳打は鎧の隙間を狙ったものであったが、アガフォンの針金のような体毛に分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、臓腑まで傷つけることはできなかった。
「たった一人の女を囲んで嬲るような奴の拳が効くかよ。歯を食いしばってねえと舌噛むぞっ!!」
振りかぶるアガフォンを見て、男は咄嗟に左腕を顎の下に入れてガードするのだが――
「ぐあ゛あぁっ」
アガフォンのアッパーが、男の左腕ごと顎を砕いた。宙に舞う男は地面に落ちて数度跳ねると、そのまま意識を失う。
「はぁはぁ。レナさん、ダメです。こいつら、なにも喋りませんよ」
殴り疲れたヤームが息をつく。少し離れた場所では、傷の深いオトペやフラビアをベイブが治療していた。
「……素直に話せば命までは取らない」
ミルドの杖にレナが魔力を込めて、男の首にあてがう。レナが魔法を発動させなくても、魔力を弾けさせるだけで『闘技』もまともに纏えない状態では、男の首は簡単に吹き飛ぶだろう。
しかし、それでも男は不敵に笑う。痛みや脅しでは心が折れないのだ。たとえ、この場で命を散らそうとも、他の男達も口を割ることはないだろう。
男の発する気迫に、アガフォンやヤームにもそれは十分に理解できた。
「ぐおお……。や……殺るなら殺れや!! 俺は喋らねえぞっ!! はっは。そう言えば、お前らの仲間の猫人の女、俺らが可愛がってやったら、そりゃいい声で泣いたぜ。あんまりにもびーびー泣くからよ。ぐぅ……くっははっ!! 俺あよ、興奮して立っちまったよっ!!」
治療を受けているフラビアが「嘘だっ!!」と叫ぶが、男のフラビアを貶める言葉は止まらない。
「助けて~助けて~ってよ。『ネームレス』のことなんでも話すからってよ!! どんだけ無様なんだよ!!」
レナの目が据わっていく。身体からは明らかな殺気が漏れ出ていた。情報を吐く前に殺してはいけないとアガフォン達は止めるべきであった。しかし、アガフォン達もレナと同じ気持ちであったために、止めるのが遅れる。
これから殺されるであろう男は覚悟の目をしていた。
「向いてないと思うな~」
あともう少し、レナが杖に魔力を込めれば男の首が吹き飛ぶというところで、待ったをかける者がいた。
「……ニーナ」
「レナはそういうの向いてないよ」
殺伐とした空気の中、ニーナはいつもと変わらぬ笑みを浮かべてレナに近づく。そのあまりにも普段と変わらぬ姿に、レナの肩から力が抜けていく。
「……ニーナは人を殺したことが」
「あるよ」
「……どれくらい?」
「そんなのいちいち数えないよ~。でも十万人は超えてないと思うよ」
誂われたと思ったのだろう。レナがニーナのお尻を杖で叩く。
「……私は真面目に聞いた」
「ごめ~ん。レナ、怒らないでよ~」
ニーナが謝りながらレナに抱きつく。すると、ニーナの胸がレナの顔を圧迫して呼吸ができなくなる。最初は我慢していたレナであるが、やがて苦しくなって身振り手振りで抗議する。
「あっ。ごめんごめん。じゃ、みんな帰ろっか」
「ニーナさん、待って下さい。こいつらに聞かなくちゃいけないことが」
「でも~。ユウにフラビアちゃんのアイテムポーチが盗られちゃったこと言わないといけないし。みんなでごめんなさいしないとね。でしょ?」
アガフォン達は明らかに納得がいかない様子である。特にオトペは、いつからニーナが雑木林にいたのかを問い質したかった。
「マリちゃんも、それでいいよね?」
足元に怪しげな植物と奇っ怪な虫を蠢かせたマリファは、アガフォン達より露骨に不快感を露わにする。
「帰るのならニーナさん達だけでどうぞ。私はこの者達に聞くことがあります」
「その人達はなにも喋れないよ」
ニーナの言葉遣いに、マリファが違和感を覚える。
氷のような瞳で睨むマリファと、それを何事もないように受け流すニーナ。
キリンギリン達との戦闘とはまた違った緊迫感が漂う中、対峙する二人の姿に事態を理解できないレナが見つめ、アガフォン達は見まもり、コロが不安そうに唸った。
「わかりました」
先に折れたのはマリファであった。コロの頭を撫でると、緊張を解いたマリファの姿に安心したコロが吠える。そして『雲海』の中に身を隠していたランも、マリファが合図を送ると姿を現した。
「ぐあ゛あ゛ああがああぁぁっ。い、痛え、痛えよ……。クソッタレがっ……。あ、あいつら、どこに行きやがった?」
「わ……わからねえ。お、俺……らを泳がすつもりかも……しれねえな」
「グゥ……クソがっ! この痛みは止めれねえのかっ!? だ、誰か……解毒のポーション余ってねえか?」
「ダメだ……。げ、解毒剤も……魔法もほとんど効果がないようだ」
ニーナ達が立ち去った雑木林では、放置されたキリンギリン達が毒に苦しんでいた。手持ちの解毒剤や魔法もまるで効果がなく。その激痛に満足に動くことすらできずにいた。
「な、何人……生き残っている?」
「キ、キリンギリンっ。は、はは。その腕、大丈夫かよ?」
隻腕となったキリンギリンが、仲間のもとまで這ってきたのだ。
「俺の……腕のことはどうでもいい。炭化しているから、き、傷口を塞ぐ必要もない」
「うう゛……。こっちは、ドムドムとファースが殺られた」
「ウェンもだ。あ゛あ゛、痛えっ!! どうすりゃこの痛みは治まんだよ!!」
「落ち着け。どうやら……この毒は……致死性は低そうだ。ぐっ、誰か、動ける奴はいるか?」
「キ、キリンギリン、無茶言うなよ。う、動ける奴がいれば、とっくに動いてるっての!」
「そ……そらそうだ。わははっ! ぐはあぁぁ……」
「ア、アホみたいに痛えってのに、笑かすんじゃねえよっ!」
こんな状態であるにもかかわらず、キリンギリン達は笑った。目的の時知らずのアイテムポーチを手に入れることはできたが、長年苦楽を共にした仲間を三人も失い、戦いにも負けた。それでもキリンギリン達は生きている。生きていれば仲間の仇を討つ機会もある。ベテランの冒険者であるキリンギリン達は、これまでにも不条理なことなど幾度と経験しているのだ。
「よ……よし。這ってでも、見張りをしている仲間のもとまで行くぞ」
「マジ……かよ。ま、まさかこの齢になって、い、芋虫の真似をする羽目になるとはな」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ。は、早く行こ……うぜ。身体中が、痛くって仕方が……があ゛あ゛っ……ねえぜ」
「わーたよ。キ、キリンギリン、じゃあ行くか」
痛みに堪えながら苦笑する男達であったが、キリンギリンの様子がおかしいことに気づく。
「おい。キリンギリン……?」
地面になにかが転がっていた。よく見覚えのあるそのなにかに気づいても、男達の頭は理解できずに暫し茫然とする。
そのなにかはキリンギリンの頭部であった。
「キリンギリンっ!? どうな――」
つい先程まで軽口を叩き合っていたキリンギリンの頭部が切断されていた。誰もその瞬間を見ていないのである。
そして、男達が事態を把握するよりも先に異変が起こる。地面が黒一色に染まったかと思うと、身体が沈み始めたのだ。
「なっ!? なんだこりゃ!!」
「クソッ! クソッ!! か、身体がっ」
満足に動けぬ身体では、思うように逃げることも叶わなかった。その間にも身体は地面へと沈み込んでいるのだ。
「落ち着けっ!! 場所によって沈む速度が違うぞ!」
木々の隙間から差し込む光が照らす場所は、他の場所に比べて地面の色が薄い黒色であることに気づく。
「か、影かっ!? 光だ! ファイアーボールでもライトボールでもいい。なにか影を――て、ら……す?」
新たに男の首が胴体からわかれると、そのまま影の中へ沈み込んでいった。
「ぐううっ!! なにがどうなってやがんだ!! どっから攻撃してや――が……るぅ……」
「出てこ――ひ?」
男達の身体がバラバラになって影に吸い込まれるように沈むと、あとには最初からなにもなかったかのように、普段と変わらぬ雑木林の光景が拡がっていた。




