第225話:お前じゃない
迫り来る男達を前に、レナは慌てるでもなく杖を横薙ぎに振るう。すると、魔力で創造された鋼色の花の蕾のようなモノが宙に数十個ほど出現する。二度、三度繰り返すごとに、その数は増していき。
「……行って」
レナが命令すると、黒魔法第4位階『スチールブレット』が男達へ向かって放たれた。
「任せろっ!!」
男の一人が無詠唱で精霊魔法第2位階『水球壁』を発動させる。いくつもの水の球が連なり、水の壁を形成して『スチールブレット』の進行を阻む。
水の壁と黒い弾丸が接触した瞬間、蕾が花開くかのように散らばった。水でできた壁の中を数千の欠片が漂う。
よく防いだと仲間から声をかけられるが、『水球壁』で弾丸を防いだ男の全身からは冷や汗がどっと噴き出ていた。もし『水球壁』ではなく、土の壁を展開する『グランドウォール』を選択していたら――。土壁は砕け、貫かれ、今の攻撃で全滅はしないまでも、半数が肉片になっていた可能性があったからだ。
「オラッ!!」
アガフォンが気合とともに、唸りを上げながら大剣を振り下ろす。しかし、その剛剣を男は少しも慌てることもなく剣技『柳』で受け流す。力の流れを変えられたアガフォンの大剣が地面に深々と埋まる。
先ほどと同じ展開であった。レナが現れる前も、同じようにアガフォンの剛剣を捌き続け、疲れて動きが鈍ったところを攻撃されていたのだ。
(さっきと変わらねえな。こっちは大丈夫そうだ)
なんの工夫もないアガフォンの攻撃に、同じ大剣使いの男は対処さえ間違えなければ敵ではないと判断するのだが。
「まだまだーっ!!」
地面に埋まった大剣を強引に引き抜きながら、アガフォンは剣を横薙ぎに振り抜く。アガフォンの剣は我流の剣ではあるが、獣人の多くが振るう力任せの剣ではない。決して侮っていいような甘い攻撃ではないのだが、それは男もわかっているので油断なく捌いていく。
自分より非力な人族の男に剣を捌かれ続けても、アガフォンは諦めることなく剣を振るい続ける。
「しつけえぞっ。無駄ってわからねえのか!」
「無駄かどうかは俺が決める!!」
いくら人族より優れた身体能力を持つ獣人とはいえ、無限に攻撃を続けることなど、ましてや全力での攻撃である。こんな連撃は体力が持つはずがないと男は思っていたのだが。
(こ、こいつっ! 攻撃が止まらねえ!? ま……まさか!!)
アガフォンの攻撃は衰えるどころか、勢いを増してさえいた。
それもそのはず。アガフォンの足元を見れば、魔力の糸を通してレナと繋がっているのだ。常にレナから回復魔法と付与魔法を供給されている今のアガフォンは、疲れ知らずで常に全力で動き続けることができるのだ。
「ぐぅっ」
遂に連撃を捌ききれなくなった男の身体に、アガフォンの剣が届く。太腿を斬り裂かれた男は、アイテムポーチからポーションを取り出し傷口にかけようとするのだが、アガフォンがそれを黙って見ているわけがない。
一対一の戦いであれば、ここで決着がついていただろう。しかし、これはパーティー同士の戦いである。男の仲間がアガフォンの背後より首目掛けて、精霊魔法第3位階『剣風刃』を放つ。巨大な風の刃がアガフォンの首と胴を切り離すかと思われたそのとき――
「……無駄」
レナの放った黒魔法第1位階『ウインドブレード』が『剣風刃』と衝突して消え去る。同じ風魔法とはいえ、下位の魔法に打ち消されたことに精霊魔法を放った男が歯噛みする。
このようなレナの手助けはアガフォンだけではなく、オトペやヤーム、フラビアにも行われていた。
「す、凄いよ。こ、後衛職にこんな戦い方があったなんて」
「それだけじゃないわ。みんなの状態を把握して、適切な回復魔法や付与魔法を供給し続けるなんて、どういう頭をしていればできるのかしら」
先ほどまで圧倒されていた戦いが、レナ一人加わるだけで五分以上に持ち直していた。敵の攻撃から仲間の援護、なおかつ回復や付与魔法などの支援も行う。
人並み外れたレナの戦闘スタイルに、同じ後衛職であるベイブとアカネは驚きを隠せない。もちろんベイブとアカネも黙って見ているわけではない。回復や攻撃魔法で後方から援護はしていたのだが、それでもレナと自分達の差は歴然であった。
ベイブはレナに畏怖の念を抱くのだが、アカネは自分とレナとのあまりにもかけ離れた力の差に、悔しそうに下唇を噛みしめる。
「どけっ!!」
「嫌よ!!」
戦斧を持った男の攻撃を、歪に変形した黒曜鉄のタワーシールドでモニクが受け止める。男の動きは明らかに陽動であったが、それはモニクも理解した上で見逃すわけにはいかなかった。なぜならモニクの後ろにはベイブやアカネがいるのだ。
「ドムドムーっ!!」
「わかってらあっ!!」
ドムドムと呼ばれたダマスカスの大鎚を持つ男が、モニク達がいる反対側からレナに襲いかかる。
当然、レナも自分が狙われていることはわかっていたのだが、結界で防ぎ切ることができると判断し、アガフォン達への援護に力を注ぐ。
「おらああああっ!!」
ドムドムが身体を高速回転しながらダマスカスの大鎚をレナに叩きつける。ドムドムが放ったのは槌技『竜巻』である。
ダマスカスの大鎚とレナの結界が打つかると、耳をつんざくような凄まじい激突音が雑木林に鳴り響く。
レナが展開する五枚の結界の内、三枚が一撃で砕かれ粒子となって消えていく。続いて四枚目も砕け消える。そして、最後の五枚目の結界にも罅が拡がっていくのだが、そこでダマスカスの大鎚の動きが止まった。辛うじてドムドムの攻撃を凌いだと、レナが顔にこそ出さないものの、内心安堵するのだが。
「ぬああああああっ!!」
ドムドムが雄叫びを上げながら身体を強引に撚る。最後の結界が脆く崩れ去り、結界を修復しようとしていたレナの横っ腹にダマスカスの大鎚がめり込んでいく。
「……ぅっ」
痛みを我慢しようとしていたレナが、堪えきれずに小さな呻き声とともに吐血する。同時にレナの結界や身体からアガフォン達へと繋がっていた魔力の糸が一斉に消えていく。
「っ!?」
ドムドムや周りの男達がレナの異変に気づく。血を吐き出してはいるが、レナが受けたダメージはそこまで重大なモノではない。熟練の後衛職であれば、この程度のダメージや痛みで魔法を解除することなど、まずあり得ないのだ。つまり、レナは痛みに弱いという致命的な弱点があるのだ。それを見逃すほどドムドム達は甘くはない。
「ぬんっ!」
ドムドムがダマスカスの大鎚を引き抜く反動を利用して、その場で一回転して横薙ぎにダマスカスの大鎚を叩きつけようとするのだが。
「げふっ……。な、なんだ……と……?」
背中から胸にかけて、オトペの槍がドムドムの身体を貫いていた。
オトペはレナが劣勢と見るや否や、対峙する敵を放って駆けつけたのだ。しかし、敵に背を向けて無傷で済むわけもなく。無防備な背中を幾度も斬りつけられ、オトペの背中は真っ赤に染まっていた。
「貴様如きに、レナさんを殺らせるわけにはいかないな。私がオドノ様に叱られてしまうではないか」
「ご、ごの野……郎っ!!」
明らかに致命傷を受けているにもかかわらず、ドムドムがダマスカスの大鎚をオトペの顔めがけて振るう。
その一撃は、瀕死の男が放ったモノとは思えないほど鋭く速かった。唸るダマスカスの大鎚から上体を逸らして躱そうとするオトペであったが、それでも間に合わずに顔を捻るが――
空気を入れた袋を勢いよく割ったような音がすると、オトペの右耳とその周囲が爆ぜた。
元々、レナを助けるために背中に重傷を負っていたところに、ドムドムの攻撃を受けたのだ。オトペはバランスを崩して地面に伏せたところに、とどめの一撃をドムドムが放とうとするが。
「じ、死ねやっ!!」
「しつこいのよ! 『蔓の槍』!!」
アカネが準備していた妖精魔法第5位『蔓の槍』を発動させる。蔓が絡み合い、幾つもの槍を形成してドムドムの全身を貫く。
「がはぁっ!! ぐ、ぐぞった……れ……あど……は……頼むぞっ」
胸に風穴を開けられても動き続けていたドムドムであったが、全身を蔓の槍で貫かれると、そのまま後ろに倒れて再び動き出すことはなかった。
「ドムドムっ! このクソ羽虫がっ!! よくもドムドムを殺りやがったなっ!!」
ドムドムを殺られて激昂した仲間の一人がアカネに向かっていくのだが、その行く手をモニクが阻む。そして、立ち直ったレナの身体から魔力の糸がオトペ達へと再度接続されていく。すると、オトペの背中や右耳周辺の傷が見る間に回復していき、モニクと対峙している男との戦いに参戦する。
アガフォン達の命綱であるレナが狙われ一旦は傾きかけた形勢であったが、死をも恐れぬオトペの活躍によって、再びレナ達が押し始めることになる。
「どうやら私達の方が、わずかにですが有利なようですね」
キリンギリンと対峙するマリファのメイド服は血で真っ赤に染まっていた。それでもキリンギリンに慢心する様子は微塵もなかった。
「その魔眼の力か?」
問いかけながら攻撃するキリンギリンに、マリファはなにも答えない。そして、必殺の一撃を繰り出すキリンギリンであったが、すでにマリファは回避行動をしている。
(まただ。こちらが攻撃する前に、すでに動き出している。あの眼にはなにが見えている?)
マリファの右目が紫色に輝きだしてから、キリンギリンの攻撃をマリファは虫を使わず躱し出していた。それはマリファとキリンギリンの技量、身体能力の差から考えても、普通ではあり得ないことであった。
「どうやら俺の殺気を可視化して躱しているようだが、それも完全ではないようだな。その証拠に、俺の攻撃はわずかながらお前に当たっている」
キリンギリンの誘導尋問にもマリファは反応を示さない。表情も身体も全く反応せず、氷のような瞳でマリファはキリンギリンから視線を外さない。
相手は小娘、実戦経験や実力では自分の方が遥か格上にもかかわらず、実際にはいまだ倒せず苦戦している事実に、キリンギリンは焦り始めていた。
「しっ!!」
キリンギリンがスキル『伸縮』と同時に槍技『三段突き』を発動させる。槍の間合いをはるか超えて穂先が伸び、マリファの急所を狙う。しかし、マリファは皮一枚で、目にも留まらぬ早業を躱す。
(お前じゃない)
キリンギリンは半身の構えで、脇腹の傷をマリファに悟られぬようにした。先ほどマリファに攻撃した際に、スローイングナイフによってつけられた傷であった。
雑木林にフラビアを誘い込んだ当初から、キリンギリンには不安がつき纏っていた。杞憂と思った矢先にレナやマリファ達が現れても、まだその不安は拭えていなかった。
そして、マリファと戦い始めてから不安は確信へと変わる。何者かが自分へ攻撃をし始めたのだ。この何者かは恐るべきことに、キリンギリンに気づかれず投擲攻撃を繰り返していた。いまだキリンギリンには、どこから敵が投擲しているのかがわからずにいた。Bランク冒険者でクラン『龍の牙』では戦闘に関しては絶大な信頼を置かれているキリンギリンをしてわからぬのだ。
この正体不明の敵が、マリファと連携しているのかと考えていたキリンギリンであったのだが、マリファにはわずかな素振りすら見えなかった。どれだけマリファが巧妙に隠そうと、歴戦の兵であるキリンギリンが伏兵に気づかぬわけがないのだ。
であれば、この何者かは第三の敵となる。焦りと増える傷が、キリンギリンから正常な判断力を奪っていく。
「キリンギリンっ! まだ倒せないのか!!」
信頼を置く仲間から、助けを求める声が聞こえてくる。信じられないことに、それほど苦戦しているということだ。しかし、キリンギリンは振り返るわけにはいかない。そのようなことをマリファも見えぬ敵も許さないからだ。
「なにが可笑しい」
微笑を浮かべたマリファに、槍を構えたままキリンギリンが問いかける。
氷のような少女と思っていたマリファが少し困ったような顔をしたことに、キリンギリンは意外そうにマリファを睨むのではなく見つめた。
「失礼致しました。
あなたの名が、私が栽培している植物と似ていたもので」
謝罪の言葉を述べながらマリファから笑みが消える。キリンギリンの全身が、この場から逃げるべきだと訴えかけていた。
「私以外に使い手を知りませんので、樹霊魔法第3位階『毒棘の檻』とでも名づけましょうか」
マリファが手を交差させ樹霊魔法を発動させると、地面から大量の草が土を押し退け生え出す。一見、変哲のない草にしか見えぬのだが、キリンギリンの勘が距離を取るべきだと判断する。
その場から大きく飛び退こうとした瞬間に、キリンギリンの足首にスローイングナイフが突き刺さる。逃げるのが遅れたキリンギリンを謎の草が覆い尽くすのだが、草が絡みついて締め殺すわけでも、枝が身体を貫くわけでもない。キリンギリンがその草を掻き分け這い出ようとしたそのとき、草の持つ凶悪な攻撃に気づく。
「ぐあ゛あ゛ああああっ!!」
これまで魔物や時には権力者の私兵を相手に戦い、幾度も傷を負ったことのあるキリンギリンが、痛みに堪えきれずに叫び声を上げたのである。あまりの激痛にその場から動くことすらできないでいた。
「その草の名はギンピ・ギンピと申します。葉や枝には刺毛と呼ばれる微細な毛が生えているのですが、それに触れるとどうなるかは説明の必要はありませんね」
マリファの説明など聞いている場合ではなかった。このギンピ・ギンピのもたらす苦痛から逃れるべく、キリンギリンは解毒のポーションをアイテムポーチから取り出すと、痛む部位にかけ、残りを飲み干すのだが。
「がぁっ!? な……なぜだっ。い、痛みがっ、痛みが消えないっ!?」
「ギンピ・ギンピの毒には魔法や薬による解毒はほぼ効果がありません。そして、その痛みは数年も続くのです」
解毒が効かず、この痛みが数年も続くと言われたキリンギリンが、どれほど絶望しただろうか。しかし、マリファはキリンギリンをさらなる絶望へと突き落とす。
「安心して下さい。
私が厳選に厳選して栽培したギンピ・ギンピの毒は、通常種の比ではありません。その効果は数十年は続くでしょう」
「ぎ、貴様っ!! ぐあ゛あ゛ぁっ!?」
マリファに向かって手を伸ばすキリンギリンの腕を、高熱のブレスが炭化させる。
「コロ、殺してはいけませんよ。この方達には聞くことが沢山あるのですからね」
不満そうに唸るコロの頭をマリファは撫でると、残るキリンギリンの仲間に向かって『毒棘の檻』を放つのであった。




