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第206話:某が大将

 早朝、日が昇り始めると草木のみならず小鳥や虫などが活動し始める。

 ネームレス王国の山城中腹にはピクシー達の住居があるのだが、ピクシー以外にブラックウルフなどの狼が飼育されている。島に移住したばかりの頃は百ほどだった群れの数は、その後も順調に増え続けており。今ではシャドーウルフは三十二、シープウルフが十三、ブラックウルフは約二百にまでその数を増やしていた。


「よーし。今から朝ごはんを配るけど、良い子にしてないとわかってるわね?」


 メイド服姿の虎人の少女が大きな声で、狼達に呼びかける。呼びかけられた狼達はというと、横一列に並んで自分の皿を足下に置き大人しく待っていた。まだ肉を食えない生まれたばかりの子狼は、母乳を求めて母親の腹の下へと一生懸命潜り込んでいる。


「よーしよし。良い子達だ。ヴァナモ、ティン、始めるよ!」


「わかりました」


「もう朝から大変でやんなっちゃう」


「文句を言わなーい!」


 二百を超える狼へ餌を与えるのだ。バケツなどではとてもではないが追いつかない。荷車に山のように積まれた餌を手分けして配っていく。今日の餌はビッグボーの肉の上に湯がいたキャベツ、さらに上から砂糖抜きのヨーグルトをかけて切り分けたアプリの実を載せたものである。


「よしっ! 食べていいよ!」


 餌を配り終えると、虎人の少女がかけ声とともに手を叩く。その合図を待っていたとばかりに、狼達は一斉に餌を貪り食う。二百匹以上の狼達が咀嚼する音が辺りに響く。


「おーおー、旨そうに食べてるね。あんた達、ご主人様とお姉様に感謝しなよ。こんな旨そうなご飯、この島に来る前なら私だって食べられなかったんだからね」


 虎人の少女が、すでに餌を平らげてビッグボーの骨をしゃぶっているシャドーウルフの頭を撫でる。


「そーいえば。昨日の深夜にお姉様が帰ってきたんだろ?」


「ええ。それがなにか?」


「長達が企んでる建軍だっけ? そのことは伝えたのかい」


「当然です。お姉様が不在の間にあったことは全て報告するのが私の役目です」


「そうムキになりなさんなって。ヴァナモはもう少しティンみたいに肩の力を抜くのを覚えた方がいいよ」


「そーそー。ヴァナモは真面目過ぎるから、私を見習った方がいいよー」


「お断りします。ティンを見習うなんて、お姉様に叱られてしまいますわ」


「むー、なんて言い草」


 一匹のシープウルフが「どうしたの?」と問いかけるようにティンの頬を舐める。ティンはシープウルフのふかふかの体毛に顔を埋めて「なんて可愛い子。可愛すぎてやんなっちゃう」と呟いた。




 山城の食堂。

 大理石の床に細かな装飾が施された壁面、シャンデリアは一流の職人の手によるもの。数十人が一度に食事することができるテーブルにはユウを始め、ニーナ達やメイド達が席に着いていた。

 通常であればメイドが主と同じ席、場所で食事するなどありえないのだが、ユウの方針で食事は皆で取ることになっている。そこには狼達の餌やり当番であったヴァナモ達の姿もあった。

 深夜に帰ってきたニーナとレナは十分な睡眠が取れていないためか、まだどこか眠そうで目蓋を擦っている。そんな中ユウの隣の席を確保したマリファはいつもと変わらぬ姿であった。


「オドノ様、食べていい?」


 ナマリが待ちきれずユウに尋ねる。ナマリの頭の上に跨っているモモも同じように期待を込めた目でユウを見つめる。


「全員揃ってるか?」


「はい。全員席に着いています」


「じゃあ、いただきます」


「ふぁ~。いただきまふ」


「……まふぅ」


 眠気に耐えきれなかったニーナとレナが、欠伸しながら食事を始める。


「ユウ、今日はまたお昼前にみんなと訓練すればいいの?」


「いや、今日はしなくていい」


「そうなの? あっ、わかった~。クロちゃんを皆に紹介するんだ。当たりでしょ?」

「そんなところだ」


「やっぱりね~。そうだと思ったんだ。で、そのクロちゃんは?」


「さあな。ラスとでもお喋りしてんじゃないのか」




「よくもおめおめと戻ってこれたな」


 山城の一室で、ラスとクロが向き合っていた。その様子はとても友好的とはいえず、一触即発の状態である。


「某は主の下僕、戻ってきてなにが悪い」


「貴様程度の羽虫が図々しくもマスターの下僕を名乗るか?」


「羽虫かどうか試してみるか?」


「ほう……。羽虫の分際でほざいたな」


 ラスの眼窩が青から赤へと妖しく光る。右手にはクロを威嚇するかのように、黄金に輝く魔力が集っていく。

 しかしクロは動じるどころか、薄っすらと笑みを浮かべた。


「羽虫がっ!!」


 ラスの右手から光の輪が放たれる。神聖魔法第6位階『聖輪』である。五つの光の輪が、クロの首、両手首、両足首を拘束する。神聖魔法第6位階『聖域結界』は広範囲を覆う結界なのだが、その『聖域結界』を極小で展開したものが『聖輪』になる。広範囲のものを狭めるのだから難度は下がると思いがちなのだが、実際は逆で強力な結界を小さな範囲に押さえて展開するので魔力制御の難度は、はるかに上昇するのだ。


「神聖魔法第6位階『聖輪』だ。一つの輪でも上位アンデッドを拘束する『聖輪』を五つ。羽虫程度では――なっ!?」


 自身の身体を拘束する『聖輪』をクロは力尽くで引き千切る。黄金に光り輝く聖なる輪が、粒子となって消えていく。無論、力尽くで拘束を解いたクロの身体も無事ではない。『聖輪』が嵌っていた箇所は煙を噴き上げ、肉は溶け、骨が露出していた。


「ふむ。いまだ某ではお主に遠く及ばぬようだ。だが、以前はどれほどの力量差があるかすらわからなかったのだが、今は足下くらいは見えている」


 クロは自分の手足が動くか確かめながらラスを睨みつける。


「少し。ほんの少しだけマシにはなったようだな」


「いずれお主を抜いて、某を嫌でも認めさせよう」


「そんなことは未来永劫ありえない」




 朝食を終えたユウは、ニーナ達が持ち帰った品々を鑑定して分別していく。その後は『ゴブリン大森林』より持ち帰った植物を持ってヒスイに会いにいったり、島の周囲の岩壁を土魔法で整形して侵入し難くしていく。そんな膨大な作業をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 気づけば、日が真上にきていた。いつもは昼食前に訓練をするのだが、今日は少し違った。


「王様、これはどういったことかの?」


 ルバノフが訓練場に集められた者達を見渡す。男も女も、ネームレス王国のほぼ全住人が集められていたのだ。


「どういったことって、建軍したいんだろ?」


「お、おおっ! では、認めて頂けると!」


 ルバノフは喜色満面であったが、マウノとビャルネは楽観視してはいなかった。これだけの人数が集められているのだ。なにかあるに違いないと考えていた。


「ただし! ここにいるこいつが大将でいいならな」


 ルバノフ達は先ほどから気にはなっていた。ユウの隣に立つクロを注視する。


「し、失礼ですが、そちらは……」


「某は主の一の(・・)下僕、名をクロと申す」


 クロの一の下僕という言葉にマリファとラスの眼光が鋭くなる。子供達と遊んでいたナマリなどは「俺が一番なんだぞー!」と叫んでいた。


「は、はは、わはははっ! 王様も人が悪い。普通のゴブリンより身体は大きいようですが、どう見てもその者はゴブリン。魔物の中でも最弱の一つとして挙げられる種族ですぞ」


「俺の従魔に文句でもあるのか?」


「い、いえっ。王様に文句など……。しかし、ゴブリンが大将などと聞いたことなど……」


 慌てて否定するルバノフであったが、内心は納得などできようはずもない。それは周りにいる者達も同様であった。ゴブリンごときが、自分達の上に立つなど到底納得できないでいた。


「いいぜ」


「へっ。いいとは?」


「力比べだ。クロが大将をするのに納得いかない、気に食わないって奴は前に出ろ」


 まず動いたのはマチュピを始めとする魔人族である。次々に武器を手に前へ出てくる。次に獣人族が、そして続くように魔落、堕苦族が名乗り出る。


「クロって言ったな? この中から好きな奴を選べよ。み~んな、お前が大将じゃ納得できないってよ!」


 狼人の男――タランが雷を両腕に纏いながら、クロを挑発する。するとクロは武器や防具を脱ぎ始める。どういうつもりだと皆が思っていると。


「武具なしでいいのか?」


「この程度の者達相手に、某が武具を身につけるのは卑怯かと」


「それもそうか。で、誰を選ぶ? それとも全員(・・)か?」


 ユウの言葉にネームレス王国の住人がざわつく。


「主の時がもったいないゆえ、全員が宜しいかと」


 ただでさえ殺気立っていた者達から、さらに濃密な殺気が溢れ出す。


「おい……。もう冗談でしたじゃ済まないぜ? ゴブリンごときに舐められたんじゃ獣人の恥だからなっ!」


 タランが雷を纏った腕で拳打を放つ。しかし、その高速で放たれた拳をクロはいとも容易く受け止める。


「ふむ。某がなぜ冗談を言わねばならん」


 クロはそう言うと、タランの拳を握り潰す。そして激痛で苦しむ間もなく、クロに殴り飛ばされたタランが宙を舞う。タランは数十メートルは吹き飛ばされ、地面に落ちると二度、三度跳ねながらさらに十メートルほど転がっていく。

 白目を剥き泡を吹きながら気絶するタランの姿に、皆が固まった。


「なにをぼうっと見ている。かかってこぬか。

 さてはお主達、戦をしたことがないのだな?」


 たかが少しばかり図体のでかいゴブリンと舐めていた者達の目つきが変わっていく。それぞれの種族ごとにクロを取り囲み、輪を狭めていく。

 その光景を離れた場所で、子供達とユウやニーナ達は観戦するのであった。

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