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第189話:都会っ子フィーフィ

 炭鉱夫、狩人、鍛冶屋、石大工、騎士、兵士、傭兵などの所謂、肉体労働者と呼ばれる者達は身体が資本である。故に丈夫な身体を作るために食事は朝から大量に食べる。当然、冒険者も――


「むっ、この魚は脂が乗っててうめえな!」


 ジョゼフがバカみたいに、次々と焼きたての魚を口内へと運んでいく。この日、ユウ達の朝食は魚がメインであった。


「ホッホ、そちらは真海ホッケですね」


 ヌングが空になったジョゼフのグラスにワインを注いでいく。一方ジョゼフはヌングの説明など耳に入らぬのか、真海ホッケの身をフォークとナイフでほぐす。真海ホッケの身より湯気が立ち昇り、パリパリの皮と身をフォークで突き刺し大口へと放り込む。


「このサンドイッチの具に使われているのは揚げた魚の身かな。オニオンにチーズ、この白いソースはコクがあってクリーミーな味わいだね」


 ムッスがフィッシュサンドの具を一つひとつ確認する。ムッスは手で握って齧りつくのではなく。わざわざナイフとフォークで切り分けて口へと運ぶ。一連の動作は優雅で洗練されていた。普段のムッスを知る者であれば、信じられないかもしれないが、これでもムッスは伯爵の爵位を持つ貴族である。幼少より礼儀作法や貴族として身につけるべき帝王学など、身体に叩きこまれているのである。


「そちらの身は恐らく飛翔タラの身でしょう」


「真海ホッケに飛翔タラか。どちらも川の魚ではなく」


「はい。()の魚ですね」


 ヌングの返答にムッスは満足気に頷くと、グラスに入ったワインの香りを楽しみ、口に含み、舌の上で味わい飲み干す。


 ユウの屋敷を我が物顔で満喫するジョゼフとムッス、その二人の厚かましい姿にマリファの頬がヒクつく。マリファの目の前で食卓に着いているのは、ニーナ、レナ、ジョゼフ、ムッスの四名である。ムッスはたまに来る程度であるが、ジョゼフなどはユウが屋敷にいる際はほぼ確実に来ては、大量の食べ物や酒を消費していくのだ。これではユウより屋敷を任されているマリファが、露骨に嫌な顔をするのも無理はないと言えるだろう。そして屋敷の主であるユウだが、ムッスとジョゼフが来訪した旨をマリファから聞くなり台所に引っ込んで出てこないのだ。これはジョゼフの相手をするだけでも疲れるのに、そこにムッスまで加わると堪ったものではないというユウなりの抗議であるとマリファは理解した。


「おいおい。この魚、表面しか焼いてねえぞ」


「ジョゼフさん、それはわざと表面しか炙ってないんだよ~。この突撃鰹はね。こっちの岩塩をちょっとつけて食べると~」


 ニーナに言われるまま、ジョゼフは突撃鰹に岩塩をつけて食べる。


「おおっ!? こりゃ旨え! おい、マリファ。俺が前に持ってきた酒が置いてあるだろ。それ持ってきてくれ! こいつは酒が進む魚だぜ」


「それほどかい? それなら僕の分も持って来て欲しいな」


 マリファのコメカミに青筋が浮かぶ。屋敷の貯蔵庫には、ジョゼフが勝手に置いたワインセラーがあるのだが、そこにはジョゼフとムッスが来訪する度に高価などこどこ産の何年モノのワインだかを置いていく。二人の言い分は、客人と食事をする際にそれ相応のワインがないと、ユウに恥をかかせることになる、というものであった。ユウに恥をかかせるという言葉にマリファはまんまと騙され、今では貯蔵庫にあるワインセラーにはジョゼフとムッスしか飲まないにもかかわらず、高価なワインが山積みである。屋敷の主であるユウや同居しているニーナ、レナ、マリファ、誰も飲まないにもかかわらずにである。


「私の主はただ一人のみ。故に私に命令できるのもただ一人のみです」


 冷気を伴うかのような視線がジョゼフとムッスに向けられるが、当の二人はどこ吹く風である。ニーナは巻き込まれでもしたら堪らないとばかりに、マリファから視線を逸しレナに話しかけていた。本来であれば、諍いを止めるべきヌングなどは楽しそうにマリファ達のやり取りを眺めていた。


「なにを訳のわからねえこと言ってんだ。俺は命令なんかしてねえだろうが」


「ジョゼフの言うとおりだ。僕達はお願いしているんだよ? いいかい? 優れた主にはそれに相応しい家臣がいるものだ。君の行動一つで、主であるユウの評価が決まると言っても過言ではない」


「くっ……。わかりました」


 悔しそうな顔を隠しもせず、マリファは貯蔵庫へと向かう。その後ろ姿へ、ジョゼフが「早く頼むぜ」と余計な一言をつけ加える。一瞬、マリファの動きが止まり。長耳が小刻みに震える。当然、怒りによってである。


「ん? レナ、好き嫌いせずに野菜も食え」


「……うるさい」


「でっかくならねえぞ」


 どこがとはジョゼフは言わなかったが、その視線はレナのコンプレックスである胸を指していた。ジョゼフの視線に気づいたレナの全身が小刻みに震える。


「だ、大丈夫だよ! きっとこれから大きくなるよ~」


 ニーナが慌ててフォローするが、ニーナが動く度に大きな胸がレナの目の前で弾む。これでは追い打ちである。


「……これから大きくなるもん」


「そうだよ~。レナ、気にしちゃダメだよ~」


 レナが悲しげに自分の不毛な――控え目で自己主張をしない胸を力なく撫でた。そのとき、なにやら不快な視線に気づく。


「レナ、ニーナさんの言うとおり気にしないように。もう、そこ(・・)が成長することはないのですから」


 ワインボトルを胸に抱えたマリファが、レナを見下ろしていた。その表情は先ほどとは打って変わり、慈悲を感じさせた。


「……そ、そんなことない」


「いいえ。ご主人様や私があなたのためを思って、毎日毎日美味しく食べられるように工夫したお野菜を、私は食べなくても大丈夫だの、食べたと言ってはナマリやモモに食べさせていたのを私が気づかないとでも思っていたのですか? でも、良かったじゃないですか? 胸なんて大きくても良いことなんて一つもありません。こんなモノ(・・・・・)大きくても肩が凝るだけですよ? 私はレナが羨ましいです。肩が凝らなくて」


 マリファはワインボトルを抱えたまま胸を強調する。マリファの胸が押し出されワイン瓶の上に乗ると、レナの視線はその一点に固定される。レナの横でニーナが必死に慰めるが、その度にレナの目の前ではニーナの大きな胸がタプンッ、と揺れ動き、レナの心へさらなるダメージを与えていた。


「レ、レナっ!? マリちゃん、レナが白目剥いてるよ~」


「まあ~、大変。どうしたのでしょうか?」


「お~い。俺は早く酒が飲みたいんだが」


 居間で泡を吹くレナをニーナとヌングが介抱するのを余所に、台所ではユウが様々な種類のスイーツを作っていた。


「オドノ様、なんかさわいでるよ」


「放っとけ。どうせくだらないことで騒いでんだろ」


 構うだけ損するぞと、ユウは焼き上がったシュー生地の中に生クリームやカスタードをこれでもかと注入していく。ユウの側にあるトレーにはシュークリームやクッキー、ジャムを詰めた瓶なども並べられている。


「オドノ様ー、これって俺のもあるの?」


 ナマリがユウの股の間に顔を突っ込んで、身体を左右に揺する。ユウの頭の上では女の子座りしているモモが、並べられたお菓子の山に目を輝かせ恍惚の表情を浮かべていた。


「こら、危ないだろうが」


 叱られたナマリは大人しくユウの作業を見守ろうとするが、甘い匂いや目の前に並べられる様々なお菓子に興奮するのか、身体を小刻みに揺らして落ち着かないようであった。ユウが「ん」と首を動かすと、ナマリは「やった!」と笑みを浮かべ、胸に縫いつけられたアイテムポーチからバスケットを取り出す。


「この中から好きなの三つ選んでいいけど、モモの分も込みな」


「みっつもいいのっ!? モモ、どれにする?」


 あれがいいこれもいいと、ナマリとモモが真剣にお菓子を選ぶ横で、ユウは出来上がったスイーツを自分のバスケットに詰めていく。


「やあ、ご馳走になっているよ」


 スイーツを詰め終わったユウが居間に移動すると、朝食を終えて満足気にしているムッスが声をかけてきた。


「お――」


「ユウ様、失礼致します」


 ユウがなにか言おうとするが、櫛を手にしたヌングが素早くユウの髪や服を整えていく。温和な笑みを浮かべながらユウの身なりを整えるヌングに、ユウは強く言えないのかなすがままである。出遅れたマリファが悔しそうな表情を浮かべるが、そもそもマリファでは恐れ多いとユウに触れることができないのだから、ヌングに嫉妬をしても無駄なのである。


「はっは。さすがのユウもヌングには逆らえないようだね。それにしても海から遠く離れたカマーで、新鮮な魚介類が食べられるとは思わなかったよ。どこで買えるのか、よかったら教えてもらえないかな」


「カマーじゃ買えない。俺の国で取れた魚だからな」


 ムッスとヌングはユウの国に繋がる情報について、なにか匂わすような言葉でも引き出せれば上々だと考えていたのだが、まさかユウが素直に自分の国で取れた魚だと言うとは思わず。意表を突かれて素の表情になってしまう。


「アホ面下げてどうしたんだ?」


「ア、アホ面……失礼だな。驚いただけだよ。ユウが国の場所に繋がる情報を言ったことにさ」


「もういくつかの国にはバレてるみたいだしな」


「僕が知る限りウードン王国でも、ユウの国の場所を把握するどころか存在すら知らない。五大国の一つであるウードン王国ですら掴んでいない情報を知っている国があるなんてね」


 淡々と話すユウとムッスだが、二人の間には割って入ることのできない緊張感が漂っていた。事実、普段のほほんとしているニーナやレナも黙ってユウとムッスの会話を聞いていた。


「どこの国なのか興味が――」


「俺は聞いてねえぞ」


 この場の空気を読めない男が、ただ一人いた。ジョゼフである。

 ユウとムッスの会話からユウが国を創っていることに気づいたジョゼフが、不機嫌な顔でユウとムッスの間に割って入る。


「言ってないからな」


「なんで言わねえ」


「言う必要がないだろうが。俺がなにかする度に一々ジョゼフに言う必要があるのか?」


 ユウの言い分はもっともであるとムッスは思うが、ジョゼフは納得がいかないようで、「むぅ……」と考えるゴリラのようなポーズを取る。しかし、ふとある考えに辿り着くと満足気に頷く。


「なにニヤニヤ笑ってんだよ。気持ち悪い奴だな」


「お前、反抗期って奴か? 俺にはわかるぞ。ふっはっは、そうか。ユウもそんな歳か」


 ユウの罵倒にジョゼフは自身の考えが間違っていないと確信したのか、嬉しそうにワインボトルを次々と空けていく。味わいもせず水を飲むように一気に飲んでいくのだから、これではせっかくの高価なワインも台無しである。


「ムッス。このゴリラ、頭がおかしくなったのか? 相手するだけ疲れる」


 違うと言えないのが辛いところだねと、ムッスは心の中で呟いた。


「ユウ、どこに行くんだい?」


「ギルド」


「オドノ様、まってー」


 ユウを追いかけるナマリとモモ、当然のようにマリファが続く。


「あ~、私も今日は用事があるんだった~」


「……本屋に行く」


 ユウ達が出て行くのをヌングが丁寧なお辞儀で見送る。このあと、自らの主とジョゼフが食い散らかした食卓の後片付けや、屋敷の雑事をするのだろう。




「ようこそ、冒険者ギルドへ! 本日のご用件は――」


 今日もいつもと同じように冒険者ギルド一階カウンターから、コレットの明るく元気な声が聞こえてくる。


「コレットさん、おはようございます」


「コレット姉ちゃん、おはよー!」


 カウンター前に並んでいたユウが、自分の番が来たのでコレットに挨拶をする。ユウに続き、ナマリが元気よく、モモは両手を上げて、マリファは会釈で挨拶する。


「あっ。皆さん、おはようございます! 実はユウさんが来るのを待っていたんです」


「なにかありましたか?」


「ビクトルさんって方がなにか勘違いしているみたいなんです。私とユウさんが懇意にしていると、どこかで聞いたみたいで。あの、その、懇意というか、私は受付嬢でユウさんは冒険者なので接する機会があるだけなんですが、それで私とお友達になりたいって言うんです。それに私のことを『誘惑の魔女』の再来とか……。私なんかがそんな凄い人と同じだなんてあり得ないのに……。ユウさんからビクトルさんに誤解を解いて頂けませんか?」


 コレットは人差し指をくっつけてなにやらモジモジする。困った顔をしていたかと思うと、頬を赤らめてユウをチラチラ見る。ナマリとモモはそんなコレットの顔を物珍しそうに眺めていた。


「ビクトルは変わった男ですが商人としては一流です。そのビクトルがコレットさんのことを凄いと言っていたのなら、なにかあるんだと思います。ちなみに私もコレットさんには人を惹きつける力があるんじゃないかと疑っていますよ」


 ユウが冗談っぽくコレットを煽てると、コレットは顔から湯気が出るのではないかというくらい顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「も、もう。ユウさんまで私をからかって、怒りますよ!」


 怒りますよと言いながらコレットは頬を膨らませるが、言葉とは裏腹にコレットは嬉しそうである。横でユウとコレットのやり取りを見ていたアデーレは、甘々な会話に胸焼けしそうであった。


「冗談ですよ。でも、コレットさんは人を不思議と元気にする力はありますよ。これは本当です」


「あうっ……。そ、それで今日はどういったご用件で」


「相談室を使わせてほしいんです」


 ユウの言葉に、コレットや周囲で聞き耳を立てていた受付嬢達が反応する。相談室とは、冒険者ギルド内にある個室で受付嬢に相談をすることができるというそのままなシステムなのだが、使用料は銀貨一枚。使用料の配分は冒険者ギルドと受付嬢とで折半である。これが受付嬢からすれば非常に美味しい。

 この相談室を使うのは大抵が男性冒険者である。なぜなら相談室使用時に受付嬢を指名できるのだ。つまり相談にかこつけて目当ての受付嬢を口説く男性冒険者が多い。指名される受付嬢もそんなことはわかりきっているので、のらりくらりと躱して時間がくればさようならというわけである。

 中には冒険者ギルドが販売している迷宮や魔物の情報などを正規の値段で購入せずに教えろと言う馬鹿者もいるのだが、冒険者ギルドの商品である情報を受付嬢が話すわけがない。そもそも受付嬢達には簡易ではあるが契約魔法によって、冒険者ギルドの不利益になるような言動は制限されているのだ。


「相談室の使用ですか」


「空いているでしょうか?」


「はい、大丈夫ですよ。受付嬢の指名はありますか?」


 コレットは努めて冷静を装ったが、同じカウンター内にいたアデーレやレベッカは気づいていた。ユウがどの受付嬢を指名するか、気が気でないコレットに。


「見て、アデーレ。あのコレットの脚」


「うわっ。すっごい小刻みに動いてますよね。まるで生まれたての子鹿のようだわ」


 ユウが冒険者ギルドに預入する際の担当はコレットである。特に受付嬢の指名がなければ、自動的に自分が担当することになるはずだとコレットは淡い期待をするが。


「フィーフィさんはいますか?」


「フィ、フィーフィさんですか?」


 顔には出すまいとしていたコレットであったが、その表情は落胆を隠せていなかった。そして、カウンターの後ろにある扉が勢いよく開かれる。


「ホーホッホ! 来たわ! 私の時代が来たわ!! ユウちゃん、お待たせ! さあ、行きましょう。ええ、ええ。なんでも私に聞いて頂戴! 契約魔法なんかで、私のユウちゃんに対する思いは防げないってことを証明してみせるわ!」


 呆気にとられるコレットやアデーレ、冷めた視線を送るレベッカ。そんなことお構いなしにフィーフィは父であるカールハインツと同じ太陽万歳のポーズを取る。


「フィーフィさん、おはようございます。お時間の方は大丈夫ですか?」


「ユウちゃん、私の最優先事項は常にユウちゃんよ?」


 フィーフィの後ろでは、レベッカが「フィーフィって、ほんとバカよね」と頭を抱えていた。


「さあ、ユウちゃん。行きましょう」


 本人はキリッ、とした顔をしているつもりなのだろうが、フィーフィのあまりにもだらしない顔に、落ち込んでいたコレットですら少し引いていた。フィーフィはユウの手を引いて、個室へと連れて行くのだが――


「で、あなた達はなんの用でここにいるのかしら?」


 フィーフィは先ほどとは打って変わって、心底嫌そうな表情で目の前の者達を一瞥した。

 相談室は冒険者と受付嬢、二人で使う分には十分な広さがある部屋なのだが、ユウの後ろにはマリファを始め二階担当の受付嬢である狐人のモフや、 『金月花』のモーラン、アプリ、メメットに女性冒険者が十人ほど所狭しと立っていたのだ。ちなみにナマリとモモは、女性冒険者達におもちゃにされるのが我慢できずに逃げ出していた。


「私は休憩中です」


 モフは「なにか問題でも?」というとぼけた顔で、フィーフィに向かって胸を張った。その際、自慢の尻尾が左右に揺れてモフの後ろで尻尾を触ろうとしていたメメットの顔を撫でる。メメットがくしゅんっ、と可愛いくしゃみをする。アプリが「だから止めなさいって言ったでしょ」とメメットの頭を軽く叩いた。


「モフコ、休憩中なのはわかったわ。でもね。残念ながら、ここは休憩室じゃないの。大体あなたは二階担当でしょうが、休憩するなら二階でしなさいよ」


 ユウの手前、声を荒げぬように我慢するフィーフィであったが、顔の引きつきまでは我慢できずにいた。


「フィーフィさん、私の名前はモフコではなくモフです。あっ、もしかして……。呆けるにはまだ早いとは思いますが、それなら仕方がありませんね」


「だ、誰が呆けてるって! ギルド長と一緒にしないでよね!」


「ギルド長のことをそんな風に思っていたんですか? のちほど、ギルド長へ報告させて頂きますね。私がこの場にいるのは、他の方達と同じ理由ですわ」


 「ぐぬぬ」と唸るフィーフィであったが、ユウの前で声を荒げてしまったことに気づくと、「オホホッ。やだ、私ったらつい」頭を可愛らしくコツンと叩くフィーフィの姿に、周りの女性陣はドン引きであった。


「こ、こほん。他の方達と同じって?」


 フィーフィがジト目でモーラン達を見ると、モーランはニヤッ、と笑みを浮かべる。


「私達は心配してるのさ。密室で男と女がいるんだからさ。なにか間違いがあったらいけないってね」


 相談室にはユウとフィーフィ以外にマリファもいるのだが、モーランはその部分にはあえて触れず、ユウに向かっていたずらっぽくウインクする。


「フィーフィさん、言っておきますが私とメメットはモーランにつき合わされているだけですからね」


 プルプルと怒りに震えるフィーフィに、アプリが自分とメメットは無関係だと伝えるも、フィーフィの怒りは治まらない。


「あなた達! まさかユウちゃんが、私に良からぬことでもするとでも言いたいのかしらっ!」


 怒り心頭のフィーフィであったが、周りの反応はなにやら予想に反しておかしい。訝しげなフィーフィがハッ、とある結論に達する。


「ま、まさか……あなた達が心配しているのは……ユウちゃんじゃなくて、私が……?」


「そっ! 私達はあんたが密室をいいことに、ユウに良からぬことでもしないか心配なのさ」


 やっとわかってくれたかとモーランがニカッ、と笑みを浮かべ、モフや周りの女性陣もそうだと言わんばかりに深く頷く。


「な――んっ!? わ、わた、わたたたたっ、私がユユ、ユウちゃんになにかいかがわしいことでもするとでも? 侮ってもらっては困るわね。私はこう見えても、ウードン王国に数ある冒険者ギルドの中でも屈指の都市カマー冒険者ギルドの受付嬢、公私の分別はできる女です。ユウちゃん、信じて! 私は決して相談室を利用してユウちゃんにいかがわしいことをしようなんて考えていないわ! そう、ちょっと。ちょっとだけお触りできれば儲けものかな~ってくらいしか、考えていなかったわ」


「す、すごい。こんなに早口で言い訳するフィーフィさんの姿、初めて見ました」


 あまりに必死に言い訳するフィーフィの姿に、モフは哀れみの目を向ける。


「見なよ。さり気なくユウの手を握ってるぞ」


「確かにモーランの言うとおりだわ。あっ、手を握りながらスリスリまでしているわっ。あれ、気づかれていないと思っているのかしら」


「お腹空いた」


 モーランはフィーフィの冒険者にはない逞しさに感心し、アプリはショタコンの恐ろしさを垣間見た。朝食をまだ食べていないのか、メメットはお腹を押さえながら、「ご飯食べに行こうよ」とモーラン、アプリに訴える。


「あの……そろそろ相談させて頂いても宜しいでしょうか?」


 ユウのもっともな言葉に皆が黙った。

 やっと本題に移れると、ユウはアイテムポーチから作っておいたシュークリームをはじめとするクッキーからエクレア、瓶詰めされたジャムなどが机の上に並べられていく。途端に相談室内は甘い匂いで満たされ、メメットの口からは涎が垂れそうになる。慌ててアプリがハンカチを取り出して、メメットの口を拭うのだが、メメットは目の前のスイーツに釘付けである。


「ユウちゃん、これは……」


「フィーフィさんは生まれも育ちも王都と伺っています」


「え、ええ。そうよ」


「王都でも有名なお店でよくお食事をされたとか」


「まあ……。自慢ではないけど、父が王都の冒険者ギルドでギルド長をやっている関係で、そういった場所で食事をする機会は多かったわね」


 フィーフィの父親が、王都テンカッシの冒険者ギルド長ということに、アプリや女性冒険者達が驚く。モーランとメメットのみ、それがどれほど凄いことなのか理解しておらず、頭の上でクエスチョンマークが浮かんでいた。


「今度さる王族と会うんですが、その際にこちらの物を贈答しても問題はないかを、フィーフィさんに食べて判断して欲しいんです。こういった甘い物は女性に食べて頂き、感想を言ってもらうのが一番確実ですからね」


 フィーフィや周りの女性陣がマリファを見る。


「ウチの者達はなにを食べても美味いとしか言わないので、参考にならないんですよ」


 ユウの背後で微動だにしないマリファの顔は、当然ですと言わんばかりであった。


「な~んだ! そういうことなら喜んで協力するよ。これ食べて感想を言えばいいんだろ?」


 モーランがシュークリームに手を伸ばそうとするが、目にも止まらぬ速さで叩き落とされる。叩き落としたのはフィーフィである。その速さは、女性冒険者ですら驚くべき速さであった。


「痛っ!? なにすんだよ!」


「お黙りなさい。ユウちゃんは都会の有名店の味を知っている()に、いい? この私に食べてほしいって言ってるの。田舎育ちで有名店や高級店の味を知らないあなた達では、ユウちゃんの作る繊細なスイーツの味が判断できて?」


 「「「ぐぬぬっ」」」と唸る女性陣を余所に、フィーフィがシュークリームを食べる。その食べる姿は、幼き頃より教育を受けてきたのだろうと思われるほど、優雅で洗練されていた。


「このシュークリームの中身は苺ね。こっちのシュークリームはカカーオの実を使ってるわね」


「そちらはカカーオの実から作ったチョコレートクリームです」


 カスタード、生クリーム、チョコレートやイチゴ味のクリームのシュークリームを食べていくフィーフィ。その顔は真剣そのものだが、周りの女性陣からは嫉妬や羨望の視線が送られる。


「フィーフィさん、こちらも食べてみて下さい。エクレアと言います。そちらはアイスクリームです」


 チョコレートがコーティングされたエクレアをフィーフィが一口食べる。中からはこれでもかと詰め込まれたカスタードが溢れ出し、カスタードが発する甘い匂いに、メメットのお腹からはまたも可愛らしい音が鳴り響く。

 このままでは、全てのスイーツが貪欲な鬼ば――フィーフィに喰い尽くされてしまう。そうはさせないと、モフが動き出す。


「こほん。ユウさん、私も王都ほどではありませんがそれなりの都市で育った者です。有名なスイーツ店の味をいくつも知っています。宜しければ協力させて頂けませんか?」


「モフさん、ありがとうございます。まだまだありますので、どうぞ」


 澄ました顔で微笑むモフであったが、口の端からはわずかに涎らしきものが見える。抜け駆けしたモフに、周りの女性陣が慌てて参戦する。


「ちょ、ちょっと。私だって要塞都市モリーグールのスイーツ店で食べたことあるよ!」


「ああっ。それなら私もサマンサで有名なスイーツ店モンドブランで食べたことある」


「ゆ、有名なお店は知らないけど、食べさせて!」


 甘い物が関わった際の女性の怖さをユウは知らなかった。その鬼気迫る迫力に嫌とは言えず、許可をもらった女性陣は大喜びでスイーツに群がる。その凄まじき流れはもう誰にも止められない。フィーフィが「ちょっと、待ちなさい! ユウちゃんは私に――」と慌てて制するも、無駄な抵抗であった。鬼神と化した女性陣は飢えた餓鬼のごとく、スイーツを次々と平らげていく。その中でもメメットは、普段の姿からは想像できないほど機敏に動きスイーツを確保していた。あれほど大量に作ったスイーツが瞬く間に消えていく。嵐が過ぎ去ったあとかのように、机の上にあったスイーツは消え去っていた。


「メメット、食べ過ぎよ」


「アプリも食べてた」


 口の周りをクリーム塗れにしているメメットであったが、注意したアプリの口の端にもカスタードがついていた。


「フィーフィさん、どうでした?」


 女性陣の醜態から目を逸らし、ユウがフィーフィにスイーツの感想を求める。


「ユウちゃん、素晴らしかったわ!」


 最初は優雅に食べていたフィーフィも、餓――女性陣が参戦してからは自分の分を確保するため悪鬼と化し、髪は乱れ、化粧も崩れていた。


「ありがとうございます。でも、下品じゃありませんか?」


「下品?」


「王都にある有名店では、チョコレートやクリームなどはアクセントに使うぐらいで、私が作った物みたいにクリームをはじめ、チョコレートやイチゴに、蜂蜜、蟻蜜などを大量に使っているのは――フィーフィさん?」


 フィーフィがユウの手を握り締め、最後まで言わせなかった。その目は普段の姿からは想像できないほど真剣な目であったが、口の端には他の女性陣同様にスイーツの残骸がついていた。台無しである。


「ユウちゃん、いい? スイーツの有名な店や高級店が、やれワンポイントや希少な蜜やジャムを大量に使うのは田舎者の発想や、都会では少量を優雅に食べるのが礼儀って宣っているけどね。違うの。女性はいつでも大量の糖分を欲しているのよ」


 フィーフィの言葉に同意するように女性陣が何度も頷く。


「では……私の作ったスイーツは」


「最高よ! でも、まだまだ改良の余地があるわ! このあと、私と二人でね。わかるわよね? さあ、誰にも邪魔されない場所に行きましょうか。痛っ! モフコ、なにするのよ!!」


「行きましょうかではありません! なにをドサクサに紛れて仕事を放棄しようとしてるんですか! あとモフコではなくモフです」


「メメット、後ろに隠してるそれはなんだよ?」


 モーランが目ざとくメメットの隠していたスイーツに気づく。


「これはあとで食べる用」


「メメット、卑しい真似は止めなさい」


「アプリも隠してる」


「こ、これは違うのよ! それにそれなら、あの子達だって!」


 メメットに隠し持っているスイーツをバラされたアプリが、周りの女性達を巻き込む。


「なっ! 私達を巻き込まないでよね! これはぜーったいに渡さないからね!」


「ちょっと、それこっちにも渡しなさいよ!」


「やだやだっ! あんたこそ、そのシュークリームを渡しなさいよ!」


 女性の醜い争いが勃発し、途端に騒がしくなる。

 まだ満足な感想をもらっていないユウが溜息をつく。マリファが「ご主人様、ここは騒がしいので外に出ましょう」と、ユウと共に相談室の外へと出ていく。ユウは甘い物を求める女性の飽くなき欲望を身を以って知ることになった。

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