第135話:顔合わせ
ユウ達が背後から聞こえる阿鼻叫喚を無視して歩くこと数時間、やがて屋敷が見えてくる。
「はは、出迎えがいるじゃないか」
ユウが屋敷に目を向けると、高さ3mほどの塀の上にはブラックウルフ達の顔が乗っていた。更によく見ればブラックウルフ達の頭の上にはピクシー達が乗っていた。
「ピュッ、ピュッ」
おいでおいでをするようにユウが口笛を鳴らす。
「ご主人様、ブラックウルフ達は私の許可無く敷地内から出ることは――」
合図を待っていたかの如く、ブラックウルフ達がその高い身体能力を駆使して塀を乗り越え、ユウ目掛けて走り寄ってくる。その様子にマリファの耳が真っ赤に染まっていく。
「わっ、こら、そんな興奮するな」
ユウにじゃれつくブラックウルフ達を忌々しげに見るラスとは対照的に、マリファは羨ましげな視線を送る。
ピクシー達はユウの肩の上に飛び乗り頬にお帰りなさいとばかりに接吻をすると、ユウの頭の上に乗ろうとしていたピクシー達と押し合いをしていたモモがその場面を見てしまい、涙目になって追い払う。
「何よ~モモってば独占欲が強いのね」
「昔はおとなしい子だったのに、羽も増えて女にでもなったのかしら?」
ピクシー達の冷やかしは耳に届いていないのか、モモは頬を膨らませながらユウの頬を拭う。
(モモは兎も角、初対面であるはずのエルダーリッチにブラックウルフ達が何の警戒もしないのはおかしいですね)
ユウが隠れて屋敷に戻っていると、ニーナ達と予想していたマリファであったが、その際にラスも同伴していた可能性があると推測する。
「お前達は散歩に連れて行ってやるから後でな」
尻尾をブンブン振るブラックウルフ達がユウに纏わり付くが、コロが一声吠えると離れて地面に伏せる。
「コロが群れのボスか。ラス、俺はニーナを風呂入れに行くから居間で待っていろ」
「かしこまりました」
風呂場に向かうユウであったが、後ろにはレナとマリファが付いて来ていた。
「何だよお前等。付いてくんなよ」
「……私も入る」
ユウは器用に片手でニーナを抱きかかえながら、アイテムポーチに空いている手を突っ込む。取り出した魔導書をレナの頭の上に積み重ねていく。
「……お、重い」
「迷宮で手に入れた魔導書だ。覚えている魔法が載っている魔導書は読むなよ」
レナはユウが自分の為に魔導書を確保してくれていたのが余程嬉しかったのか、いつもならしつこく食い下がるのに素直に頷くと、頭の上に置かれた魔導書を支えながら居間へ向かう。
「んで、お前は?」
「昔から入浴中や寝ている間に襲われて不覚を取った英雄の話は有名です。勿論、ご主人様がそんな不覚を取るようなことはありえませんが、それでも用心に越したことはありません。それにニーナさんを入浴させるのであれば、女性である私が居た方が何かと便利なはずです。決してニーナさんとご主人様が二人きりで入浴するのを羨ましいであったり、邪魔しようと思ってのことではありません。私が常にご主人様のことを考えて行動していることは、ご主人様が一番理解して頂いていると自負しています。ご主人様が私を邪魔者であると思っているなど、私は微塵も疑ってはおりません」
一気にまくしたてられたのと、マリファのあまりの迫力にユウは反論出来ず、思わず「お、おう」としか返答出来なかった。
ユウは魔法でお湯を浴槽に注ぐとあっという間に浴槽は湯で満たされた。
「ご主人様、宜しければ私がニーナさんの服を脱がせますが?」
「今更ニーナの裸見たって何とも思わねえよ」
ユウの言葉に寝ているはずのニーナの身体がピクリと動く。
「ニーナ、いつまで寝た振りしてんだ? このまま風呂に落としてもいいんだぞ?」
「ひ、酷い。ユウっ! 酷いよ~」
「何が酷いだ。さっさと自分で服を脱げ」
装備と服を脱ぐ間もニーナはユウから目を離すことはなかった。全裸になったニーナは浴槽に浸かりながら、ブクブクと湯の中で何やら呟く。
「何をブツブツ言ってんだ。ほらっ、頭洗ってやるからこっち来い」
「ふあっ、えへへ~」
ユウが頭を洗い始めると途端にニーナの機嫌が良くなり、蕩けた表情でユウに全てを委ねる。
「ニーナ、何を被ったんだよ。髪の毛が纏まってネチャネチャじゃねえか」
「えへへ~、何だったかもう忘れたよ~、あっ、あっ」
「変な声出すな。ほら、終わったぞ」
「もう終わり?」
「あとは自分で出来るだろう」
「ユウも一緒にお風呂入ろうよ~、そだ、マリちゃんも一緒に入ろうよ~」
ユウの後ろで顔を真っ赤にしながら待機していたマリファの耳がピクンッ! と激しく動く。
「い、一緒にですか? 私がご主人様と一緒に入浴するなんて……許されるはずが」
口では遠慮しながらもマリファは何度もユウをチラ見する。そこには淡い期待を抱く一人の少女の姿があったが。
「バカなこと言ってないで、風呂から上がったら装備の整備をするんだぞ。おっちゃんに作ってもらった装備がにちゃにちゃになってるじゃねえか」
少女の願望は儚い夢となった。
「マリファ、悪いが髪の毛を切ってくれないか。ずっと切ってなくて伸び放題になってたからな」
「か、かしこまりました!」
先程まで項垂れていた少女は喜色満面で部屋からハサミを取ってくると、ユウの飛行帽を取る。帽子の中で寝ていたモモが転げ落ちるが、ユウが掌で受け止める。図太くなったのか、モモは寝たままであった。
「し、失礼致します」
マリファが恐る恐るユウの髪を手に取りハサミを入れていく。浴室の中をハサミを入れていく音が響き渡る。
「お、おお、終わりました!」
「ありがとう。悪いが散らかった髪の掃除を頼む。俺はブラックウルフ達の散歩に行ってくるから」
「かしこまりました」
「私も行く~」
「お前は整備があるだろうが」
「む~」
「心配しなくても戻ってくる。それまでに整備終わらせてなかったらご飯抜きな」
「がんばる! ユウと久し振りにご飯食べれるんだから」
ニーナは少しのぼせたのか、顔を赤くしながら身体を拭いていく。髪の毛はユウが拭いて風魔法で乾かしていく。マリファは一心不乱にユウの切った髪の毛を一箇所に集めていた。
「ユウ、ちゃんと帰って来てよ。どこにも行っちゃやだからね」
「わかった。わかった」
玄関でユウに何度も念を押すニーナが心配そうにユウを見送る。扉を開けると待っていたかのようにコロを筆頭にブラックウルフ達が整列していた。
「おっ、待たせたな」
ブラックウルフ達の頭を撫でていると、ヒスイと目が合う。
「ユウさ~ん、この子達も連れて行ってあげて下さ~い」
「ええ……そいつ等も?」
ヒスイの本体である木に思い思いに寛いでいたピクシー達が、一斉にユウ目掛けて飛んで来る。
「まっ!? なんて言い草!」
「私達ピクシーを連れて散歩する栄誉に感謝することね!」
「モモちゃんとお散歩久し振りだね~」
ユウの周りを飛び回るピクシー達が好き勝手に喋るのと、興奮したブラックウルフ達で一気に煩くなる。
「本当は私も行きたいんですが、目立つので待ってますね」
「あ~、わかったよ。ヒスイは島の方でなら散歩行けるだろ。そん時な」
「はいっ、その時を楽しみに待ってます!」
子供も生まれてその数を増やしたブラックウルフに、数十匹のピクシーを引き連れたユウの姿を多数の人達が目撃する。後に妖精使いや、猛獣使いなどの名称で呼ばれることになる。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
ユウが散歩から戻ってくると、待ってたかのようにマリファが扉を開く。
散歩の途中にランが興味はないとばかりにそっぽを向いていたのだが、尻尾を度々ユウの足へ絡ませたり、座っているユウの頬に掠らせて気を引こうとしたのにコロが怒り飛び掛かるが、ランはコロの頭を踏み台に木に飛び乗り毛繕いするなどの一幕もあった。
「ただいま。コロとランは仲が悪いのか?」
「どちらもご主人様の気を引きたいのでしょう。後程、私の方から教育しておきます」
マリファの言葉にコロとランの身体が震え上がった。
居間に向かうと食事の準備が出来ており、ソファーの上ではレナが魔導書を読み続けていた。ニーナは当然とばかりにユウの隣に座り、背後にはラスとクロが立っていた。
「レナ、食事中は魔導書読むなよ。じゃあ、ご飯を――思い出した」
「マスター、どうされました?」
「ナマリだよ。あいつのことすっかり忘れてた」
ユウは立ち上がると時空魔法を発動する。何もない空間に亀裂が走り、割れると空間の向こう側は木々が生い茂っていた。
「ナマリ~、居るか?」
「うあああああーんっ! オドノ様のばがあ゛あ゛あああー!」
空間の向こう側から弾丸のように飛び出してきたナマリが、ユウの懐に突っ込んでくる。
ニーナ達は泣きじゃくるナマリを驚きながら見る。ナマリが被っている帽子はユウのお古の飛行帽子で角を通す穴が空けられており、服はオーバーオールで背中からは小さいながらも蝙蝠のような羽が生えていた。その可愛らしい姿にニーナ達の頬に赤みが差し、笑みが浮かぶ。
「悪い悪い。トーチャーは?」
「ひっ、ひっぐ、どっか行っだ」
「あいつ人見知り激しいからな。まあ、今度でいっか」
ナマリはユウの膝の上に座り込むと、食卓に並べられた食事に目を輝かせる。
「オドノ様、これ食べていいの?」
「食べていいけど、皆に自己紹介してからな」
ユウに言われて初めてナマリは周りの面々に気付き、勢い良く立ち上がる。
「俺はナマリだぞっ! オドノ様の一番の家来だ! 強いんだぞっ!」
一番の家来という部分にマリファ、クロ、ラスが反応するが、ナマリは気付かなかった。
「わっ、わっ、この子可愛いね~、私は――」
「知ってる! ニーナ姉ちゃんだ! こっちがクロでそっちがマリ姉ちゃん、んでそっちがレナっ! あってるだ――痛っ! 何するんだよっ!」
杖で頭を叩かれたナマリがレナを睨む。
「……レナ姉ちゃん」
「レナっ!」
「……レナ姉ちゃん」
「あははっ、レナは面白いな!」
レナに頬を引っ張られるナマリであったが、全然懲りていないようでレナだけはずっと呼び捨てにしていた。
「レナで十分です」
「……どうして?」
「お皿のピーマスを横に避けているのは何故でしょうか?」
「……これは苦い、美味しくない」
「あははっ! レナはお野菜食べれないのか。お野菜食べないとおっきくなれないってオドノ様が言ってたんだぞ」
「ナマリの言うとおりです。好き嫌いせずに食べて下さい」
「……ぐぬぬ」
「こいつはナマリ、魔人族の子供で腐界のエンリオ56層の魔人族の村で拾ってきた。見てのとおり泣き虫だ」
「オドノ様っ、俺は強いんだぞ!」
「後ろに居るのがラス、アンデッドでこいつも腐界のエンリオで拾ってきた泣き虫だ」
「マ、マスター、私は泣き虫ではございません」
「お前等、しょっちゅう泣いてたじゃないか」
「ラスは泣き虫だけど、俺は泣き虫じゃないぞ」
「ナマリは泣き虫ですが、私は違います」
ナマリとラスが睨み合うが、どう見てもラスの方が強い。ナマリは「うぅっ」と情けない声を上げると、ユウの膝の上に隠れるように潜り込む。
「ナマリとラスにはニーナ達のことは伝えているから、自己紹介は要らないよな?」
「知ってる! コロって犬も居るんだろ」
「犬ではありません。狼です」
久し振りに勢揃いで食べる食事は賑やかであった。ナマリの人見知りしない性格のおかげで、ニーナ達はすぐに打ち解けることが出来た。
その後、ユウがナマリを伴っての入浴中に侵入を試みたお馬鹿が二人、マリファに説教された。
「私の用件はわかっているだろうな?」
日も暮れ辺りを闇が包み込む中、屋敷の門前で4つの影があった。
「わかりませんね」
「某が役立たずだと言ったな」
「お前達はマスターに相応しくない。今なら命は取らずに見逃してやろう」
「ラス、こんなところでケンカしてオドノ様に怒られても知らないからな」
「ナマリ、お前は黙っていろ。この無能共にわからせてやる必要が……ほう、招かれざる客が来たようだな」
闇を掻き分けるようにフル装備に身を包んだデリッド・バグの姿がそこにはあった。
「手間が省ける」
マリファ達には髑髏が嗤ったように見えた。