第110話:変な組み合わせ
Dランク迷宮『ゴルゴの迷宮』、入口付近にはいつもと同じようにパーティー募集の冒険者や、買い忘れを狙った商人達が屯っていた。
「今日こそ地下20Fを攻略してみせるぜ」
「はんっ! お前等が地下20F? やめとけやめとけ、命の無駄遣いだ」
「何だとてめぇっ!」
「やめろって。そっちも止めろよ」
冒険者達のくだらない煽りからケンカに発展するのもいつものことだった。仲間達も止める者と放っておけば收まるだろうと、無関心な者達に分かれていた。
「通して頂いても宜しいでしょうか」
むさ苦しい男性冒険者達の間を1人の少女が通り過ぎて行く。ただでさえ女性冒険者は少ない中、その少女の容姿は周りの冒険者達の視線を釘付けにした。
少女の格好は、所謂メイド姿だった。メイド服の上にはもちろん防具などを装備していたが、メイド服の冒険者など目立って仕方がなかった。
「なんだありゃ……」
「知らねぇのか? ありゃマリちゃんだ」
「マ、マリちゃん?」
都市カマーの男性冒険者達の中では現在新たな派閥が出来つつあった。
即ち胸の大きさこそ至高とするラリット率いるニーナ派、幼女こそ絶対正義とするムーガなどのレナ派、そして男性冒険者を虫けらでも見るかのような眼差しの美少女を崇拝するシャムなどのマリファ派の新興勢力。今までは元気を与えてくれるコレット派、年齢不詳のお姉様エッダ派、我侭ボディのバルバラ派の3大派閥が主流だったが、ここ最近で勢力図に大きな変化が訪れた。まさに世は戦乱時代を迎えようとしていた! 下衆い男性冒険者達の血で血を洗う醜い抗争が――この話は長くなるので省略させて頂こう。
「マリちゃん、ニーナちゃん達はどうしたんだい? それにいつも連れている狼も居ないようだけど……ま、まさか1人で迷宮に潜る気じゃないよね?」
ユウ達のことを知っている冒険者の男が心配そうにマリファへ尋ねる。男の心情は、もし1人で迷宮に潜ろうとしているのであれば、この機会を利用して仲良くなろうと下心が隠れていた。
「そのまさかです。それでは失礼致します」
マリファは素っ気なく返事をするとそのまま迷宮へ入って行く。
「ちょちょっ! マリちゃん、待って! 良かったら――」
「どけ」
「ああん? 誰に向って――ひっ! ジョ、ジョゼフの旦那!?」
Dランク迷宮にジョゼフが現れたことで場が一時騒然とするが、ジョゼフは無視してマリファの後を追いかけて行く。
「いつまで付いて来るんですか? 毎回毎回、ハッキリ言って目障りです」
マリファは後ろからじっと見守るだけのジョゼフに対して、とうとう我慢できずにキツイ言葉を投げ掛けてしまう。
「ユウとの約束だからな」
「っ!」
ユウの名前を出されると、マリファにはそれ以上何も言うことは出来なかった。
風切音と共にマリファの射った矢がサラマンダーの急所を貫く。マリファは絶命したサラマンダーに刺さった矢を引き抜くと、矢筒のアイテムポーチへ仕舞っていく。地下4Fに来るまでにすでに2時間が経過していた。
「嬢ちゃん、確か1stジョブは調教士のはずだよな? 狼はどうした? 従魔の居ない調教士なんて剣を持っていない戦士みたいなもんだぜ」
「大きなお世話です」
ゴーリアとの死闘から1週間が経っていた。コロはスッケが亡くなったショックから未だ立ち直れずにいた。マリファは屋敷の管理をしながら、連日迷宮へ1人で潜っていた。
その後も迷宮を進んで行くマリファだったが、苦戦の連続だった。特にゴーレム系の魔物が相手となると頼みの綱の虫では役に立たず、精霊魔法と弓の攻撃を組み合わせて何とか倒していた。
地下9Fに着く頃には、マリファの全身からは汗を出し尽くしたかの如くメイド服は湿っていた。
「じ、時間です。帰ります」
肩で息をしながらマリファはそう言うと来た道を戻り始める。
(昨日が地下8Fで一昨日が地下7F、少しずつだが前進はしているがこのままだといずれ死ぬなぁ……俺が手を貸せば意味がねぇし)
「グオ゛オォォォッ!」
ポイズングリズリーが両目を弓矢に貫かれてのたうち回る。マリファは止めに精霊魔法第1位階『ファイアーアロー』を心の臓へ打ち込む。
「ニーナの嬢ちゃんはまだ引き篭もったままなのか?」
「ご主人様の部屋でずっと泣き続けています。今はレナが側に付いています」
「いい加減、あの日何があったか教えてくれねぇか?」
「ご主人様から聞いていないのですか?」
「ユウは俺に嬢ちゃん達のことを頼むとしか言ってねぇな」
「では私からお伝えできることは何もございません」
マリファの態度にジョゼフの口がへの字口になる。ジョゼフはマリファが苦手だった。ニーナとは普通に会話ができる。レナはちょっかいを出せば思った通りの反応が返ってくるが、マリファはユウ以外に全く興味がないのか話し掛けても基本無言か返事をしても一言二言だった。唯でさえ女心なんてわかろうともしたことのないジョゼフにとって、マリファは未知の存在だった。
「そう言えば、ユウはレッセル村って田舎の出身って知ってるか?」
何とか会話をしようとジョゼフはムッスから仕入れた情報をネタに話題を振る。その効果は――
「ご主人様はレッセル村出身なんですか! そこはどのような所ですか?」
抜群だった。
ジョゼフとて護衛する相手と一切会話がないなど苦痛以外の何者でもなかったので、マリファの反応は喜ばしいことであったが、ここまで露骨に態度が変わると苦笑してしまう。
その後もユウのことを中心に話を振ればマリファは面白いように食いついてきた。 ユウがカマーの冒険者ギルドに初めて来た時のこと、ゴブリンキングやルーキー狩りの出来事などを話すと、マリファは歳相応の表情で反応を示し、ジョゼフとの会話が弾んだ。
「そう言えば嬢ちゃんは目と首に傷痕があったそうじゃねぇか。その傷痕はユウが治したって聞いたんだが」
本当はマリファの傷痕を誰が治したかなど知りもしなかったジョゼフのカマかけだった。
「それがどうかしましたか」
「ユウは何故自分の傷痕を治さねぇ?」
ジョゼフの前を歩いていたマリファが立ち止まると振り返る。
「治さないんじゃありません。治せないんです」
「どういうことだ?」
「以前、ご主人様にお伺いしたことがあります。ご自分でもお試しになられたそうですが治らなかったそうです」
「どういうことだ? 嬢ちゃんの傷痕は治せたのになんで自分の傷痕は治せないんだよ」
「ご主人様もわからないと仰られていました。
……私の住んでいた村で大毒蛾の群れに襲われて毒を受けた女性が居ました。解毒の薬草や魔法を使ってもその女性の症状は一向に良くなることはなく、どんどん衰弱していきやがて死にました。
何故だと思います?」
「わかんねぇな」
「その女性が大毒蛾の群れに襲われた際に、旦那様と子供を亡くされていました」
「まさか……旦那と子供を亡くしたショックから薬草も魔法も効かなかったのか? ユウは?……ユウは……」
「ご主人様の傷は私がいつか必ず癒してみせます。その為にも私にはもっと力が必要なのです」
「嬢ちゃんより俺の方が先かも知んねぇな」
「私がゴリラに負けるとでも?」
マリファは一瞬、薄っすらと笑みを浮かべるがすぐにいつもの無表情に戻ると迷宮を進んで行く。後ろからジョゼフの憤慨した叫び声が迷宮内に響いた。