第15話/いいえ、彼女でありません。男の娘です。
せめて午後の1コマだけでも受けなければと、これから落ちて眠るという凛に別れを告げて落ちたのは12時10分。
そこから大急ぎで準備して、何とか13時開始の授業に間に合った。
「この様に現代のAIにおいて主流となっているのは、トップダウン型です。しかし、今後はボトムアップ型の発展がさらなる先へ・・・」
現在、人工知能の講義を受けてるいるのだが・・・ぶっちゃけ、眠い。
この大学では、ノートの代わりとして入学時にタブレット端末が支給される。
それらを学内ネットに接続し、講義に合わせて専用アプリで要点を記載していくのだ。
まぁ中には、自作アプリを使用する者も居る様だ。
「・・・今日はここまでとする。」
お!90分の講義が終わったらしい・・・やばい、途中全然記憶に無い。
目を開けたまま寝ていたのだろうか?
それにしても、腹減った・・・。
考えてみたら昨日の夜に食べたマグロの漬丼を最後に、今まで何も食べてない。
「・・・どっかで何か食べるか。」
タブレットのデータを保存し、一番近いカフェテリアへ向かう事にする。
時間的なものだろうか?
カフェテリアは意外にも空いていた。・・・そう空いているのだ。
「どうして、わざわざそこに座る。」
BLTサンドを一口頬張る。・・・むっ?ベーコンが少ない気がする。
「へ~。そんな態度取っちゃうんだ。せっかく僕が誡の為を思って、親切にデータを持って来てあげたのに・・・。」
向かいの席でいじけてる来夢はともかく・・・むっ?そのタブレットに表示されているデータは、一限目の授業内容じゃないか。
「ふぁいむ。ふぉのふぇーたをくふぇ!」
「も~。せめて飲み込んでからしゃべりなよ・・・。」
ん?やはり食べながらだと通じないか・・・。
仕方ないレモンティーで胃の中に流し込むか。
「来夢。そのデータをくれ!」
「え~。どうしようかなぁ?タダじゃ嫌だなぁ。」
くそ、ここぞとばかりに足元を見てきやがる。
LINKS買ったせいで、今月は火の車だというのに・・・。
「そういえば、誡。EOWやってて来れなかったんだよね?ずっと一人で狩ってたの?」
何を思ったか、小首を傾げながら聞いてくる。
・・・その顎に人差し指を当ててやるのはやめてくれ、似合いすぎだ。
BLTサンドを食べきった所で、俺は昨日のクエストと凛の事を話す。
一通り話を聞き終えた来夢は、考えるそぶりを見せてるが・・・嫌な予感しかしない。
時折小さい声で、ダンサーの女の子かぁ。とか小さい子かぁ。とか呟くの止めてください。
余計不安になるじゃないか。
「よし!決めた!」
「何を?」
何だろう、すげー生き生きした笑顔してるんだけど・・・。
「このデータを誡にあげるね。そのか・わ・り、今週末のギルドパーティーに、その凛ちゃんを誘って来てね!」
・・・こいつは、何を言っているんだ?しかも、ウインクまで付けて。
そもそも、ギルドパーティーとはなんだ?リアルのパーティーなのか?
「違う、違う。そもそも、誡は凛ちゃんのリアル知らないでしょ。EOW内でうちのギルドが行うパーティーだよ。楽しいよ~!」
なるほど。確かに知らないな・・・それにしても、あった事もない凛をちゃん付けとは。
凛の事は誘うだけ誘うと答え、俺は強制的にギルドパーティーとやらに参加する事になった。
来夢は楽しいというが・・・不安しかない。
「ところで、誡はもう帰り?」
「いや、これから先導教授の所でバイト。そういうお前は?サークル出るの?」
外のバイトでもよかったのだが、学内バイトも意外と時給がおいしい。
特に先導教授のバイトは、紙媒体のデータをひたすらデジタルに入力する単純作業の割に時給が良い。
・・・まぁその分、すげー疲れるが。
「ん~今日は無理かなぁ?この後モデルのバイトがあるから。」
この男の娘・・・何気に女性向けファッション雑誌のモデルというバイトを行っている。
しかも、人気が高いのだから余計に驚きだ。
雑誌社も何を勘違いしたのか・・・あ、バレてないのか。
そろそろ行かないと。と言葉を残してタブレットを俺に渡した来夢は、こちらに手を小さく振りながら席を後にする。
しばらくすると残された俺の耳に、近くのテーブルから声が聞こえてきた。
「あの彼氏さん、もう少し愛想よくすればいいのに。」
「彼女、めちゃくちゃ可愛いのに、かわいそうだよね~。」
・・・うん。あれ、男だから。
しかも、彼女じゃないから。
こうなるだろうと予想してたから対面に座って欲しくなかったんだが。
白のブラウスと薄紅色のスカートに黒ストッキングを着たあいつは、傍から見たら女にしか見えないわけで・・・おまけにあの態度。
あれを平然とやっていれば、そりゃ勘違いした男が声かけてきますよ・・・いい加減、自覚すればいいのに。
ふむ、思考回路が変な方に向いたな。・・・レモンティーも無くなったし、バイトに行くか。
「やぁ、武見君。待っていたよ。」
先導教授、毎度思うのですがあなた本当に50代ですか?
部屋に入った俺を迎えてくれたこの部屋の主は、いつ見ても若い。
主の名は、先導 剛彦。
20代後半で通るのではないか?と思ってしまうほど見た目が若い。
大事なことなので2回言いました。
トレードマークの黒ぶち眼鏡が、優しい人の印象を与える。
「今日の分はどれですか?教授。」
「ああ、そこにある分を全部よろしく!」
・・・うん、前言撤回。こいつは鬼だ。
どう見ても1000枚以上有る、びっしり書き込まれた紙媒体の山が広がってる。
これ、本当に今日中に終わるのだろうか?
まぁ終わらないと帰れないので、地道に始めますか・・・。
入力内容は、基本的に論文に必要なデータや大学関係のデータの様だが・・・。
牛乳・ほうれん草・卵1パック・・・どう見ても買い物メモだよな、これ。
まぁ俺の仕事はひたすらデータ入力する事なので、そのまま入力。
確認した所でやる事は変わらないのは、前回で立証済み。
この教授、たびたび買い物メモが混入するので最初の頃はいちいち確認してたが、最近は面倒なのでそのまま入力すると言ってある。
本人も了承してるし、まぁ問題ないだろ。
どちらかと言えば、大学関係の資料が混ざってる方が問題だと思うのだが・・・いいのだろうか?
「そういえば、武見君。END OF THE WORLD ONLINEというゲームを知っているか?」
下らない事を考えながら作業していたら、声をかけられた。
べ、別にサボってませんよ?
あ、違うか。声をかけてきたのは、教授の作業が一段落したからだ。
全く、こっちは後2山も束があるのに・・・嫌がらせか。
「・・・知っていますよ。というか、それをやる為にLINKSを買ったおかげで、金欠になったんで今日のバイト入れたんですよ。」
「ほう。あのLINKSを買ったのかい。」
何やら嬉しそうだな、教授。
というか、質問の意図が全く見えないのだが・・・教授もEOWのプレイヤーですか?
「いや、私はやっていないよ。END OF THE WORLD ONLINEは妹が開発主任を務めているんだ。ちなみにLINKSだが、開発者は私の兄だよ。」
な・ん・・だ・・・と?
てか、さらっと言ってるけどが、ものすごいカミングアウトじゃないか?
「私もあのゲームにはAI作成時に、少し関わっていてね。あのゲームに搭載された独自のAI機能は凄いんだ。特にゲーム全体のバランスを管理するAIは従来のトップダウン型ではなく、ボトムアップ型を採用しているんだよ。まぁ妹は自分の娘だと言っていたが・・・。」
おいおい・・・そんな大事な所にボトムアップ型のAIを置いて大丈夫か?
もしかして、俺がボスエリアスタートしたのって、これに関係あるのか?
それにしても娘って・・・確かに自分で育てたAIを娘に思いたいのはわかるが・・・。
ぶっちゃけ、変態ですか?妹さん。
「しかし、あのゲームには何かとてつもないものが隠されている気がするんだ。プレイしているなら武見君も用心するように。」
隠されてる気がって・・・作ったのあなたの妹さんじゃないんですか?
しかも用心って・・・ゲームを始めたばかりの俺にどうしろと。
いくらバランス管理にボトムアップ型のAIを使用してるからと言ってそこまで、用心する事なのだろうか?
むしろ、そんなに危ないなら商品化できないと思うのだが・・・。
「気をつけます。」
でもあれ、所詮はゲームですよ?何て言えない程、教授が真剣な顔してるし・・・。
当たり障りのない返答で流しつつ、残り2山の束に取りかかろう。・・・終わるのかこれ?
結局、俺が書類の山から解放されたのは、それから2時間後の事だった。
夕飯を食べに行く教授に付きあって、帰宅する頃には夜の9時を過ぎていた。
「ただいま。」
むっ?部屋が暗い、来夢はまだ帰宅していないみたいだ。
丁度いい、先にシャワーを使わせて貰おう。
シャワーから出て、LINKSのタイマーアプリをセット。
準備万端で、ダイブする瞬間、俺は大事な事を思い出した。
・・・バイト代貰ってない。