新装備
俺達がアルスタウンに戻ってきたのは夜8時を少し回ったところだ。
隣りで体を抑えながら歩いていたリノが唐突に止まる。
「お、おぃ、大丈夫か」
「な、なんとか。アハハ」
乾いた笑みを浮かべる。明らかに無理している感じだ。
「お前どこに住んでるんだ? 送るぞ」
「そ、そんな、今日は助けられっぱなしですから、せめて帰るくらいは――ッ?!」
てい、とリノの頭にチョップをお見舞いする。俺自身も弱っているためあまり威力は出ていない。
「お前は今日無理しすぎだ。それに謝りすぎだ。ちょっとくらいは誰かに甘えろ、バカが」
彼女は目を見開く。大きな瞳がさらに大きくなる。
俺は何も言わずそのまま手を引いていく。
「でどこなんだよ」
改めて訊く。
「ギルドホームのあるところですから役所付近です」
「K」
互いに着くまで終始無言。
その沈黙を破ったのがリノのギルドメンバーだ。
「お、おい。大丈夫かッ!?」
短髪の髪を外に跳ねさせているボーイッシュな少女がリノを見て慌てて駆け寄ってきた。多分あの時のパーティの拳士だな。
俺を見てキッと睨むがリノがすぐさま手を振り違うことをアピールする。
「お前がリノを助けてくれたのか?」
口調からまだ疑っているのが感じ取れるが敵対しようという感じはない。
「んじゃ、俺はこれで」
そのまま背を向けて歩き出す。
明日シエルの所で修理してもらうわないとな……。かなり消耗してるし。
「ちょっと待ってください」
数歩進んだところでリノが声を掛けてきた。
まだ何かあるのか、と少々不機嫌気味に振り向く。
「私とフレンドに――なってくれませんか?」
俺はなぜかここ最近フレンド登録数が増えていくことに心の中でため息をついていた。
そのため慣れた手つき(?)でメニューを操作しこちらからフレンドを飛ばす。
「あ、ありがとうッ」
手を軽く振り今度こそ別れた。
□ □ □
俺は朝、宿屋として使っているベッドから出られない状態にあった。
下ネタ的意味合いではない。(まぁそう言うことも可能なのではあるが……)でさらに言うならば殺されかけとか言うものでもない。
シンプルに言うならば筋肉痛だ。まさかゲーム内で筋肉痛が起きるとは思いもしなかった。といっても実際になっているのではなく多分疲労ゲージなどの隠しステータスの影響だと予想できる。
だがせめて今何時なのかの確認をしなければならないのでメニューを開き時間を確認する。
「……11時。すげぇ寝たな」
昨日のことが少しよぎったがあまり気にせずにいた。
ふとメニュー内の1つのアイコンが動き、何かを主張していた。確認してみるとそれはメールで、フレンド登録したメンバーとのやり取り手段の1つのようだ。アイコンをタップし開くと昨日の今日でリノからメールが届いていた。内容をざっと確認する。
「メールでもお礼かよ……」
ボソッと言ってため息を零す。
寝返りをうってメールを返すか否か迷い、流石に返すべきだろうと思い当たり障りのない文章をうった。我ながら飾り気のない文章だと思う。がそんなことを気にせず返信した。
「流石に起きないとな」
自分の体に鞭を打ってベッドから起き上がる。部屋に備え付けのシャワールームで眠気を飛ばす。
ただ水といってもあまり水という感じはせずドロッとしたポリゴンを浴びるという感じだ。しかし一つ一つが細かいので気にするほどの事でもなく慣れれば水と思える。
「うーっす」
動きやすい服装で街に出てシエルの店に向かった。ちょうどプレイヤーをさばき終わったところのようなので挨拶をして店内の一角に座る。
「うーっすじゃねぇよ。昨日はどこに行ってたんだ? コールしても出なかったし……」
あぁそのことか。と思い事情を説明した。
「ふ~ん。あの悠久の風のマスターと。ふ~ん。さぞ楽しいパーティだったんだろうな。いいよ、いいよ」
拗ねていた。説明に死に掛けた、というのを入れたのにそこは全く気にもしてくれない。ただ女性プレイヤー、しかも美人と言うところに過剰に反応してこうなっている。
「お前なぁ。俺死に掛けだったんだぞ?」
「は? シズルは死んでも死なないじゃん。…………心配する方が無駄だもん」
最後の方はぎりぎり聞き取れるくらいであった。というか照れるくらいなら言うなよ。
真っ赤にしている顔が愛らしく見え頭をクシャクシャとかいた。
「ふ、フニュー…………って何すんだよッ?!」
「まんざらでもない表情してるくせに」
「う、うるさい……ハァ~~…………だ、だ・か・ら撫でるにゃ」
「呂律が回ってないぞー」
途中からはシエルの表情などが面白く楽しんでいた。そんなことをしている人には相応の罰が下る。と今日改めて分かった。それは――、
「こいつロリコンだったのか」
「……ロリコンだったんですか。少しショックです」
と聞こえてきた。振り返ってみると、そこには昨日会った2人が立っていた。リノと拳士の少女だ。
「俺はロリコンじゃねぇっ!」
「あたしはロリじゃねぇっ!」
2人して揃う。結構恥ずかしい。
「こ、こいつの撫でるのが異様なんだっ!」
いきなりシエルが俺を指さし叫ぶ。少々無理な気もするが何故か2人は真剣な表情で受け止めていた。
「ほう? それなら私にもしてもらおうかな」
「私にもお願いします」
2人して笑いながら頼むがその笑みには裏があるように見えた。
店の奥にあるプライベートルームに入った。初めて入る空間に感嘆の声を上げる一同。生産職でここまで家具などを揃えていられるプレイヤーはそうそういない。流石この街でトップクラスの鍛冶師だなと思う。
「早く入れよ」
自分のプレイベートをしかも異性である俺に入られるのには少なからず照れや抵抗があるが自分の言ったことが災いとなったためしょうがなく入れた感じの表情だった。『悠久の風』の2人はもう椅子に腰掛けこちらを見ながら待っている。
「お、おう」
ゲーム内だが異性の部屋に入るのは何年振りだろうか。そんなことを考えつつ、中へと入り椅子の後ろへと周る。
「変な事したら殺すぞ」
フレイがそう忠告してくる。
何故名前が分かるかというと先程自己紹介されたからだ。
「そんなことしねーよ」
「…………」
リノは黙りこくったまま待っている。こちらからは表情が窺えないためどうなっているのか分からない。
「んじゃ、やるぞ」
今さらだがこれに意味があるかと思いつつ、『撫でる』というコマンドを実行した。(実際にそんなコマンドはないのだが)
「こ、これはッ。お、おおぅ。も、もう無理だ。ハァ~~」
「ハァ~~~~~~ァ。ずっとこのままでもいいかもしれません」
数秒撫でているとそんな事を言っていた。
「ほら言っただろっ。こいつの撫では凶器なんだ!」
誰が凶器だ、誰が。
「んで、そろそろ俺の手が疲れて来たのだが?」
「なんだよ、お前それでも男かよ」
頬の緩んだ顔で言われても何の説得力も生まれないんだがなぁ……。
「これはゲームだぞ。筋力値か体力値の高い奴だけだ、これが長いことできるのは。――ってかお前らここに何で来たんだ?」
あそこで会うということは本来シエルに用があったはずだ。
「あ、忘れてた」
おいおい。わざとらしすぎるぞ。
「シエル、預けてた武器どうなってる?」
「完成してる」
仕事の話となると表情は一変する。一気に職人の顔になる。
そうなると俺はある程度距離を取り、待っていることになる。が問題無い。スポンサーとしてついているのは何も飲食店や衣服屋だけではない。各出版社などの漫画や小説などもありゲーム内で買える。とは言ってもゲーム内マネーはリアルマネーではないため売っている本は基本1年以上前の本であったりする。
それでも見たことのない読んだことない物も多数あるため古いとは思わない。
メニュー、インベントリから雷撃文庫の小説を取り出し読む。現実で欲しいと思っていた本なのですぐさま本に集中できる。
「――で、あぁ、そうか」
「そう――OK。分かった。それを……」
「いい感じ。でも――――」
集中していると言ってもゲームなので残念ながらある程度の声は聞こえてきてしまう。
シエルとフレイが武器の談議で盛り上がっているようだ。花の10代とは思えない……というのは秘密にしておこう。
「――あの」
うん。流石、雷撃。面白い。このシーンとかすごく伝わってくる。
「…………」
「うわっ?!」
本と俺の間にリノが入ってくる。目線は俺の方。決して本を横から見ようとかそんなものじゃなかった。ゲーム補正により現実より遥かに整っているであろう顔(といっても元もかなりいい)が後数センチのところまで近づいていた。
綺麗な髪が俺の顔をかき、擽る。
「な、なんだ?」
狼狽気味に訊く俺。それが伝わり、クスッと笑われる。
「いえ、こういう時ってかなり隙だらけと思って、近づいてみました」
「昨日会った時の人とは思えない」
正直な感想をぶつけ、本を閉じる。すると手の中から消えインベントリの中へと戻った。
「そうですか? それならシズルのせいだと思います。あの時甘えろって言われたましたから」
思いだし後悔した。俺はなんてことを言ったんだ。と昨日の俺を殴りたくなる。
今だこの距離のため恥ずかしさが頂点まで行き、目を逸らす。多分顔も赤面状態。
「あ、逸らしましたね」
「お前、男慣れしてるだろっ!」
ヤケクソなりそう言い返す。
「慣れてませんよ。ただシズル、貴方は何か平気なんです。フフ」
男として見られてないのか。そう思うと、それはそれで悔しい。
「……っそ」
目は逸らしたまま素気なく返す。――やせ我慢してるのはばれてないはずだ。
「アンタはあっち行かなくていいのかよ?」
そろそろ離れて欲しいと思い話題を振る。
「ん~? …………?」
しかし離れる気が毛頭ないようだ。
考える素振りすら疑わしいが横目でチラッと見るとその仕草が異様に可愛い。
もう耐えられないと肩を掴み離す。
「あらら……」
「あらら。じゃねぇよ。こちとら死ぬかと思ったぞっ」
「言い過ぎよ」
「……ってお前ら何してんだ」
「あれは脂肪、あれは脂肪、あいつは死亡」
あっれー。なんかシエルの台詞の最後はなんか違う気がする。というかすげぇ殺意のある目なんだけど。間違いじゃない感じか?
「ってもう終わったのか」
「もうってなんだ、もうってッ。あれかいちゃついてたのか、乳繰り合ってたのかっ!」
シエルが涙目になりながら叫ぶ。……あ、泣いた。
「んな、わけあるかっ」
「あんな激しく――」
「人ん家で何してんだよおぉ!!」
リノがわざとらしく口元を抑え照れている――様にする。悪意しか感じ取れない。
最悪の展開を予想した俺はすぐさま訂正する。
「違うからな、ほんっと違うからな」
だがシエルの目はまだうるうるしていた。
「ほ、ほら見ろ。後ろ、後ろッ。フレイが笑うの我慢してるだろ」
含み笑いをしていたフレイを見て気付き、指を指し教える。結構必死になって。
「悪い悪い。いや、なリノの悪い癖っつーか。……あぁでもリノは本当に男慣れしてないからな。安心しろ」
安心しろって言われてもな、何を安心しろってんだよ。
「んじゃ私の用は終わったし、帰るぞリノ。それともそいつと今日は居るか?」
その提案を今度は本当に悩んでいる。
「うーん…………、ねぇシズル。今日は狩りするの?」
「一応そのつもりだが」
「それじゃあ、ついていくわ」
正直に答えるんじゃなかった。
「そっか。昨日みたいに大怪我して帰ってくんなよ」
「へー、結構良いとこあるんだな、フレイって」
仕返しに皮肉ってみる。
「う、うるせぇ」
照れました。はい、照れました。というかここに居る女子達……照れ方可愛いな。
そしてフレイは照れを隠すようにさっさと店を後にするのだった。
「シズル。お前もあたしに用があった来たんじゃないのか?」
シエルが何事もなかったように振ってくる。
俺もそれに答える。
「あ、そうそう。このアイテムと今の武器合成してほしくてな」
インベントリから1つのアイテムを取り出し腰に添えた直剣を取り外しシエルに渡す。
「ちょっと待って。確認する」
すると1つのウィンドウを立ち上げスクロールしている。
「あ。あった。うん、出来るな」
「ん? 合成できるのか?」
ニヤリと笑う。
「合成じゃなくてランクアップできるぞ。どうだ?」
笑った意味が分かり、俺も同じ様に笑ってしまう。
「んじゃ頼む。いくらだ?」
「3000だな」
「OK」
取引画面を取り出しマネーを渡す。
「ちょっと待ってろ」
また別の部屋に向かった。多分鍛冶エリアとでもいうべきところだろう。
数十分後。(リノは隣りで俺と同じように本を読んでいた。今回は邪魔をしてこなかったようだ)
「で、出来たっ!」
奥の部屋からそんな声が聞こえた。歓喜に震えている感じだ。
俺自身も自分の武器ができたことに内心かなり喜んでいる。
「見てみろっ。シズル!」
俺の前に現れた剣は刀身1メートルほどの両刃剣だ。前に使っていた武器と全体的なデザインは変わりないが細かなところはかなり変わっている。特に刀身は幅広くだが薄くそして鋭利になっている。さらに握れば重さも前より軽くなっている。持ち手の部分も少し長くなっているようだ。
「いい、な。これ」
あまりにフィットするため声が震えてしまう。まだ初期の方の装備なのにここまでの安心感、安定感をこれは与えてくれる。
「エッヘンッ」
シエルが無い胸を反らす。
「ありがとな」
頭をまたクシャクシャと撫でまわした。
時間は過ぎ午後2時となった。
予定通りレベル上げに向かうのだが今回は最初から同行者がいる。リノだ。
今回向かおうとしているのはあのゴブリン達のいた奥地。思いだし少しゲンナリする。が行くのには理由がある。
あれは実はイベントクエストで、マッピングが9割終わっていてキングオークを倒した者、がパーティに存在する。これがカギとなっていた。
そしてあの奥地にはさらにダンジョンがあるようでクエスト『祠に眠る力』が解放され、そのダンジョンに入ることができるようになる。
「まさかあれがクエストだったとは、ね」
「だな」
改めてクエストを見て思う。推奨人数はフルパーティだ。2人でクリアできたのがすごい。
奥地に着き周りを見回す。と土むき出しの地面が続く向かいに堀がありその奥に扉があった。
「あれがそうか……」
「そうみたいね」
近づき見ると鉄と木で出来た豪勢な扉となっている。俺は躊躇なく扉を開けようと触れる。するとウィンドウが表示される、『Power to be unexploited to a shrine』YES/NO と。
「当然イエスだろ」
YESを押す。扉が開き中へと入った。リノも表情を引き締めついてくる。
用意も完璧、武器も新装備――さぁ楽しもうか。
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