亜人族の森
突っ込みを入れたあとものすごくきれられた。俺は決して悪くないと思っているのだが、世の男性というのはそういうとき謝ることが普通らしい。それにのっとり謝った。少しは機嫌を良くしてくれたようだった。
その後は軽くクエストの話をしてまた夜に来るように言われた。NPCの向かいの店はまさかシエルの店だったとは思わなかった。
そして場所はタウンの中心街、役所のような所へと移った。来た理由はシエルに『クエスト確認してこい』と言われたからだ。
「えーっと……これか」
役所内にはNPCの受付3人とプレイヤーが十数人いた。
もちろんプレイヤーは掲示板の所に集まっている。
掲示板は役所内の中心に円のように立っているためかなりの人数でも見れるようになっているようだ。
「ふむ」
掲示板にはあらゆるクエストの情報とそれに関係のあるスレッドが立っている。まぁ雑談のためのスレッドも立っているようだが。
そこに載っていた大規模クエストの欄からディダラボッチ攻略戦を見る。アルスタウンの東に行った先にあるサクラタウンで行われる季節限定イベントのようだ。受領条件は1人以上のレイド、1PTのレベルの平均が30以上。時間は5月15日10時から。
「今の俺のレベルが20ちょい、後10か……。2週間で上げれるか……?」
考えても無駄だろうということで夜まで待って俺の武器がどうなってるのか確認してからにしよう。
「そうとなれば早速宿屋に戻って寝よう」
□ □ □
そして寝ること数時間。約束の時間の夜となった。
俺は宿屋を出てシエルの店へと向かう。
「うす」
「やっと来たか。遅いぞ。もう8時だぞ」
「シエルが夜来いと行ったからなんだが?」
「それでも遅い! 7時前には来いっ」
えー。と心の中でまた叫ぶ。可愛らしいからまぁいいが。
「悪かったよ」
「許すっ。……と、はい、これ」
シエルはインベントリから一本の直剣を取り出した。
「ん?」
「シズルから預かった武器だ」
「いや、でもこれ……前の武器と違う」
「当然だ。強化錬成したんだからな」
「なんだそれ?」
「お前なぁ……掲示板見たんだろ? ほかに見なかったのか?」
「クエストの情報だけ見て寝た」
「お、おま。…………分かった。説明してやる。――かいつまんで説明するとだな、強化錬金ってのは強化とは違って武器のランクを上げる術なんだ。強化と違うのは先も言った通り、ランクを上げること。ランクを上げるってことは武器の上位互換、系列進化といった感じだ。これによって武器は強化錬金の前の姿から変わる。今回のは2段階上げたから最初の武器の面影がないんだ。」
「なるほど。ん? でもさ、それなら素材はどうしたんだ? 俺は武器しか渡してないぞ」
「それはあたしが素材出したからな。それとギルもいらない」
「ってことはかなりかかるよな?」
ギルというのは《cross hearts on-line》においてのお金に当たる。これを得るためにはクエストをクリアして報酬としてもらうかモンスターを倒して得た素材を売るの2つだ。よって強化などを行う際に必要なギルを集めるためにはクエストクリア、素材を売る。という手間がかかるのだ。まして生産職がフィールドに出てそれだけ稼ぐのにはかなりかかるということだ。
そして俺の台詞は二つの意味を込めてだ。
「んー、それほどかからない。あたしの店はギルが足りないプレイヤーはいらない素材を売って賄うことができるんだ。まぁもちろん普通よりその時の買取額は低くなる」
「ふむふむ。それでも無償で俺の武器を強化、しかも2段階も」
「それは当然、あたしが強化したいと思ったからだ」
「…………は?」
「ここまで武器を使い込んだプレイヤーは見たことないからな。サービスってやつだ」
「へー。気前いいな」
なんといい奴なんだ。と改めて思う。昼間の申し出も善意というやつだろ。それを無下に断ることは、今後この世界でやっていくためには不必要なことだ。
「なぁ、シエル」
「なんだ?」
「ありがとな。昼間の申し出も嬉しかった。生産職だからって断るそんなの間違ってるって思ったよ。だから俺からお願いしていいか? 一緒に大規模クエスト――ディダラボッチ攻略戦に参加して欲しい」
「ニャ……ニョ、ア、ヤ、ファアアア」
「だ、大丈夫かああああああ」
シエルは奇声を上げて倒れた。顔を真っ赤に湯気を上げて。
「ほんと大丈夫か?」
「だ、大丈夫。……この唐変木め」
「最後なんて? 聞こえなかったんだが」
「な、なんでもねぇよっ!」
う~ん気になる。でもしつこく訊くと嫌われそうだからここでやめておこう。
「んじゃ、俺は帰るよ。またな」
「ちょちょっと待てっ」
「ん? なんだよ慌てて」
「約束。約束したんだからフレンド登録ぐらいしろよ」
「約束?」
「クエスト一緒に行くんだろっ」
「あー」
「だから、ほら」
そう言うとメニュー画面を開き何かを飛ばしてきた。それはカードのようなもので俺の目の前で止まる。止まると同時に『フレンド登録しますか? YES/NO』と出た。もちろん答えはYESだ。
そうすると白紙だったカードが軽く光る。そこにはシエルの簡潔な情報が記されていた。
「お~、流石だな。もう20代突破してたか」
「まぁな」
「っておま、このステータスなんだよ?!」
「何か変か?」
「変すぎるわっ! なんで剣士なのに命中率(D)極なんだよ?!」
まず《cross hearts on-line》の戦闘スタイルについてたがこのゲームに魔法使いというのは一部のジョブを除いて無いらしい。よってジョブは接近戦の斬撃武器や打撃武器といったものと遠距離戦の銃や弓といったものしか使用できない。
そのため剣士は筋力値(STR)、耐久値(VIT)などに振り、銃士は命中率(DEX)、敏捷値(AGI)とセオリーらしい。まして接近戦の剣士が命中率を上げたところで意味がない。ということだ。
「いや、なんとなくでそう振れた」
「なんとなくでって……バカでしょ、あんたバカでしょ!?」
「バカバカ言うな……。んじゃ俺は帰るぞ」
「……っそ。何かあったら連絡しなさいよねっ」
「へーへ」
□ □ □
「さて、と。いっちょ行きますか」
俺は剣をもらって翌日。武器の調子の確認と大規模クエの場所確認がてらアルスタウンの東エリアへと足を踏み入れた。そこは草原といった感じで俺がいつも行っている北の岩山エリアとはかなり違っていた。出てくるMOBも獣や亜人といった感じのやつらで岩山の硬いMOBとは違う。
早速、草原エリアのMOBとエンカウントした。モンスター名『ゴブリン』、あらゆるゲームで出てくるMOBの代表的なやつだ。こういうのは弱いと相場が決まっているが、今はデスゲームとかしたこの世界では一瞬の油断が命取りとなる。そのための――生き残るための戦い方を俺はここ3週間ずっとしてきた。
「ゴエェェエッ!」
ゴブリンが俺めがけて襲ってくる。数は3体。岩山のコウモリどもに比べれば少ないし遅い。一体一体の攻撃を躱したり、いなしたり、受け止めたりして確実に決めれる一撃を入れていく。
「フンッ」
「ゴェ」
一匹を殺った後にすぐさま次の一撃を入れていく。
「ヴェ」
ラスト一匹は、持っていた槍を剣で切り無力化。そして首をひとはねする。倒したゴブリンたちが光のポリゴンとかして散っていく。そうするとアイテムゲットの画面が視界の右端に映る。初期エリアのMOBのためあまりいい素材は取れていなかった。だが初めての素材でもあるため捨てずにそのままインベントリへと送ることにした。
そのまま草原を走って抜けていく。ここらではLv上げに向いていないと先のゴブリン戦と獣型MOB『アーリードック』戦で判明した。なんせ最低3発入れるだけで倒せてしまうからだ。スキルなんて使ったら掠っただけで一撃だろう。
来た敵は攻撃を躱し首を撥ねる。の繰り返しだ。
そうして約2時間の移動を行い草原を抜けた。サクラタウンはもう目に見える。しかしあえてそっちには行かず、サクラタウンの西に広がる森へと入ることにした。理由は単純で興味本位というやつだ。
「……えーっと、『亜人族の森』か」
メニュー画面のマップ情報から森の正式名称を見る。文字通り亜人族のみで構成されたエリアなのだろう。
入って30分ぐらいして違和感を覚えた。あまりにMOBと遭遇しない。これは先に入ったプレイヤーが異常な速度で狩りをしているとしかいえない。
「確かにここのMOBのレベルはいいけどなぁ。狩るの早すぎんだろう。ちっとは苦戦しろよ」
ここで出くるMOBはゴブリンやオークLvは25~30と、Lv上げにはもってこいのやつらだ。しかも遠距離攻撃なしでひたすら棍棒を振り回すか槍で突いてくるかのどっちかだ。しかし数は5体以上での構成のためやばい時はやばいのである。
「っと発見」
「「ゴバァッ」」
「「ドルァ!」」
オーク6匹登場。赤銅色の肌に腰みの一つで棍棒と槍を持って襲ってくる。
「これ、女性プレイヤーいたら結構やばいと思うんだよな~」
いつもどおり攻撃をさばきつつなんとなく思ったことを口に出してみる。
なぜなら顔がどう考えてもいかついおっさんといった感じなのだから。しかも腰みの一つ。もうこれ現実世界なら痴漢と思われてもおかしくないだろうなと思う。
「っともう終わりかよ。この武器切れ味良すぎんだろ。まだ砥石使わなくていいとか」
もらった武器の調子の良さに驚きつつ武器の耐久値を見る。
耐久値とはそのまま物の命といってもいい。これが0になれば修復不能となり消滅する。プレイヤーたちはその耐久値をこまめに確認しつつある程度まで減れば砥石などで耐久値を戻していく。しかし砥石などを使うたびに最大耐久値は減ってしまうので最終的には壊れてしまう。
その耐久値なのだがここまで100匹以上倒してきたが全体の1割も減っていないのだ。これには非常に驚かされる。今までの狩場の問題もあるが減りが異様に遅いのだ。
「帰ったら訊いてみよ」
そうこうしてるうちに2時間森の中をさまよっていた。エンカウントした数は森の中で5回だけと効率としてはかなり悪い。
「ゴルバァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」
一際大きな声が森の中を駆け抜けた。
気になりそちらへと向かう。
茂みに隠れて近づき様子を伺うと、PTで大きなMOBと戦闘しているようだった。MOBの名前は『キングオーグ』というようだ。メニューで確認してほかの情報を見るとフィールドボスのようだ。
フィールドボスとは一定のエリア内を歩いているボスのことでクエストで出てくるボスやイベントでのボスより弱いものの素材はレアなものが多い為、狙って狩るプレイヤーもいると言われいいるが、このゲーム内では滅多に遭遇できないらしい。
「初めて見たぞ」
斯く言う俺自身も初めてでその戦闘を眺めていた。プレイヤーによればこういう時、横取りしようとするのもいるが俺はそういったことを好まない。いざこざが面倒なだけというのもあるが……。
と一人の拳士がボスの持っている鉈で切られた。本来すぐさまほかの前衛がカバーに行く場面なのだが、少し様子が変だった。拳士は下がらずそのまま攻撃を続ける。他のPTメンバーも同様だった。しかも後衛である弓使いはただの矢を撃つだけ、吟遊詩人にいたっては何もしていない。
「こりゃPOT切れか」
そこから察したのがPOT切れという最悪の状態だった。
POT切れ。このゲーム、《cross hearts on-line》において魔法はない。故にヒーラも存在しないということだ。自分の減ったHPは自分で回復しなければならないし、その回復POTも徐々に回復するタイプ。と戦闘においてかなりきつい仕様なのだ。それはSPPOTにも言えることで、戦闘を支えるのはすべてPOTと言っても過言ではないのだ。
その命の綱をあのPTは持っていない。このままいけば死ぬということもある。
俺の身体はそう思うとすぐさま茂みから出てボスの前へと割り込んだ。
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