リュウと神剣
――ボクデ家武家屋敷
「ない!ないぞ~!あれがない!!!」
「おやおや、まるで親に内緒で身ごもって錯乱した女子のようですな。原因があるからこそ、結果があるのです。それをゆめゆめお忘れる事無きよう」
「ふざけている場合ではないぞ、爺!」
その日はボクデ家にとって特別だった。
何を隠そうモモが3代目を継承する日だったのだ。
ボクデ家2代目当主ツカハは、その日をもって先祖から受け継がれた宿命から自由な身になる……筈だった。
第2の人生を今日歩き出すツカハの前には大きな壁が立ちふさがっていた。
――床の間にあるはずの神剣が忽然と消えていたのだ。
ほんの数刻前にツカハが確認した時はたしかにそこにあった。
だが、今見ている限りでは……ない。
ないのだ!神剣”ハゼウスの剣”が!!!
ああ、ご先祖様に向ける顔がない。
まあ、顔を最近洗っていなかったのでもともと向けるような顔でもなかったのだが。
ツカハは考える。
神剣に足はない。当たり前である。である以上、誰かが神剣を持ち出したのだ。
一体、誰が神剣を持ち出したのか。
賊か?いや、違う。賊がこの厳重な警備をしている屋敷に立ち入れるはずもない。
ならば、内部の者の犯行か?
神剣を持ち出して得をする人物。
……うん、誰でも得をする。
く……。
いや、吾輩はボクデ家2代目当主である。
部下に嫌疑をかけるなど、言語道断である。
ならば……。
「も~も~」
牛の鳴き声ではない。
ツカハは娘の部屋の前に来ていた。
神剣が無くなっている事に気がついたツカハの行動は迅速であった。
「部屋に入るぞ!」
「父上、何のようでござるか?」
部屋の中で娘のモモが所狭しと椅子に挟まって……いや、座っていた。
「お前に聞きたい事があるのだが……」
「なんでござるか?」
ツカハは話しかけながら娘の顔色を伺う。
だが、血色が良すぎて良く分からない。
我が娘の事ながら、いくらなんでも肥えすぎだろう。
「あえて、率直に問おう。お前は神剣”ハゼウスの剣”がどこにいったのか知らないか?」
「知っているでござる」
「そうか……やっぱり知らない……ってええ?!」
わざとらし過ぎたか。
吾輩は言っていて思う。ここまで引っ張る前に普通は気がつく。
気がつかないのはバカだけだ。
吾輩はバカではない。
……まあ、ツカハの心を知らない娘にはバカと思われているのだが。
知っていてもバカと思われるのだが。
それは置いておこう。
ツカハはそんな事を考えながら、胸の内で安堵していた。
行方不明だった神剣の足取りが掴めたからだ。
「もうこの里にはないでござるよ」
モモはドヤ顔をしてそう言った。
吾輩の娘ながらなんとも実に腹立たしい事だ。
「何?それはどういう事だ。まさか……お腹が空いて食べてしまったのか?!」
「食べるかー!神剣はリュウに……ってしまったでござる」
「ほう。リュウにねえ……」
ツカハはしてやったりとドヤ顔をする。
ドヤ顔返しだ。
<――くくく。娘は先ほどの吾輩と同じ気分を味わっているに違いない。>
「じゃあ、リュウはどこにいったんだ?」
「探しても無駄でござるよ。帰ってくるのは明日。これで今日の継承の儀は出来ないでござる!」
「明日には神剣を持って帰ってくるんだな」
「それは間違いないでござる。まあ、その頃には今日の継承の儀の参加者も帰っているでござるが……」
「ならば良し!」
「え?」
モモは父親のその言葉に意外そうな顔をしていた。
怒り狂うわけでもなく、悲嘆にくれるでもない。
ツカハが平常心を保っていられるのには理由があった。
――神剣の偽物の存在である。
モモが簡単に神剣を手に出来たのはそのせいでもある。
神剣を目にする事が出来る人間は少ない。
だから、立派な鞘に良い見た目だけの剣を差して、盗賊の目をくらまそうとしたのだ。
一つの防犯対策である。
それ故、もともと本日の継承の儀はそれを用いて行う予定だった。
神剣の実物、実体を知る者が少ないほど、神剣は守られるのだ。
ツカハがすぐにモモを疑う事が出来たのはそれが理由である。
外からの来客が多い今日などは神剣が里に無い方がむしろ都合が良いのだ。
その事をモモは失念していたのだろう。
ツカハはモモに説明する。
「じゃあ、拙者がやった事って一体……」
「無駄な事だったな!」
ツカハは勝ち誇り、モモは項を垂れた。
――けもの道
隠れ里アバシリから徒歩1時間ほどの地点にリュウはいた。
手に持った神剣を目線の高さくらいにまであげてまじまじと観察している。
「これが神剣か。なんだかただの棒切れにしか見えないなあ」
タダの棒切れと何が違うと言えば、材質くらいだろうか。
”ハゼウスの剣”はリュウが見たことも無い金属で出来ていた。
「物の価値が分からぬ男だ。俺が預かろう」
マザランが横からその”棒きれ”へと手を伸ばすが、その手は空をきる。
「だめだ。これは俺がモモに託されたんだからな」
「全く、モモ様も人を見る目が無い。この俺に託せばよかろうものを」
マザランは悔しそうにそう言った。
「なんだ?そんなにこの剣に触りたいのか?」
リュウの目に悪戯っぽい光が宿る。
「それはただの剣ではない。この世に3本しかない神剣だ。手にとって見るなどそう機会はない」
「なら、貸してやるよ」
マザランは手を無言で伸ばす。リュウはその手の上に神剣を……置かなかった。
「冗談だ。悪気はある!」
マザランのこめかみにある血管がぴくんぴくんと小刻みに動いていた。
「餓鬼が!おまえは何歳だ。そんな事をして恥ずかしいとは思わぬか?!」
「こんなもんを欲しがるお前の方が餓鬼だろ!」
<神に作られた私を”こんな物”と言うのか。何たる侮辱だ>
「なあ、今何か言ったか?」
「何も言っていない」
「……そうか。まあ、いいや」
「もともと頭の可笑しなやつとは思っていたがここまでとは……」
マザランは憐憫の情を込めてリュウを見ていた。
「お前……」
リュウが何かを言いかけると声が響く。
<そうだ。もっと言ってやれ。私を”こんな物”呼ばわりしたのだ。許される事ではないぞ!>
リュウは何かに気がついたように手に持った神剣で近くの大木に切りつける。
<痛っ。痛い……。やめんか、バカ者が!>
それを止めたのはマザランだ。
「な……何をしているのだ。神剣が傷んだらどう責任を取るつもりだ!」
「いや、なんか変な声が聞こえたからつい……」
そして、リュウは手に持った神剣をもう一度みる。
「なあ、お前。話せるのか」
<お前ではない。私には名がある。今は忘れてしまったが……>
「じゃあ、お前と呼ぶしかないだろう」
「おい、先ほどから誰と会話している?妖精さんが現れでもしたか?むろん、お前の頭の中でだが」
リュウはマザランを見る。
「お前には聞こえないのか?この棒きれの声が」
<棒きれに見えるのはお前が未熟だからだ。人は自分が価値を見出せない物を無価値に思うがそれは愚かなことだ。名人は曲がった木すら利用するというのに>
「俺には何も聞こえぬ。というより、剣が言葉を話すわけがなかろう」
「じゃあ、ほら」
そう言うとリュウは手にした神剣をマザランに放り投げた。
「おわっ」
マザランは危うくおとしかけるも何とかこらえた。
その時、マザランにも声が聞こえた。
<こら。粗末に扱うな!全く、何たる事だ>
「なんだ?本当に声が聞こえる。だが……神剣の声にしては威厳が感じられぬ」
<……放っておいてくれないか?やっぱり、こいつも嫌いだ……>
「おお。何も聞こえなくなった。どうやら、手に持ったやつだけ聞こえるみたいだな」
リュウは集中して耳を澄ますが何も聞こえてこない。
リュウとマザランは近くの地表に突き出た木の根に座り、2人で神剣を握りあう。
通りすがりの人がいたら勘違いをするだろうが、幸いここには2人の他に人はいない。
「おい、何か話せよ」
<お主ら……。もう少し敬ったらどうだ?>
「お。しゃべった。お前も聞こえたか?」
マザランは首是する。
「では、神剣殿とお呼びすればいいですかな?」
「それで……さっきの未熟というのはどういう意味なんだ?」
<同時に話すでない。未熟というのは……簡単な事だ。お前達には神剣を扱えぬ>
「なんでだよ?」
<お前達には資格がない>
「資格だあ?何の資格だよ。俺はこう見えてもボクデ流剣術3段の腕前だぞ?」
<私が認めていないからだ>
「なんだと、こらあ?さっさと認めやがれ」
リュウはマザランとの初めての共同作業で神剣を木に何度も叩きつける。
<痛い。痛い。ごめん。嘘です。やめて下さい>
「じゃあ、さっさと使えるようにしろよ!」
<だが、それは無理だ>
「なにおー」
神剣の言葉に腹を立てたリュウは神剣を木に叩きつけようとする。
<まあ、冗談はさておき……扉をあけるのに決まった鍵が必要となるように、神剣を振るえるのは特定の条件を満たした者のみなのだ>
そこまで、黙って聞いていたマザランが口を開く。
「しかし、リュウ。いいのか?神剣はお前のモノではなく、モモ様のモノだろう。お前が神剣を使えるようになる必要なぞないと思うのだが」
「バカ野郎!細けえ事はどうでもいいんだ!俺は神剣の威力を一回でいいから見てみたい!!!」
<何とも無邪気な事だ。そこまでいうのなら、神道流剣術を極めるがいい。そうすれば、神剣が使えるようになる>
「よっしゃー。見てろよ。絶対に極めて見せるぜ!」
「……今すぐ極めないと結局神剣を振るうのは無理な気がするのだが。明日神剣を返すのではないかね?」
マザランの呟きは野望を抱いたリュウに届く事なく、木々の間へと消えていった。