隠れ里アバシリ
とある一軒の家で秘密の集会が開かれていた。
そこに集まった男達が一枚の絵を食い入るように見つめている。
そして、叫んだ。
「はああああああ!フトモモ最高!!」
「サイコー!」
「われらは!」
「われらは!」
「「「フトモモの会!!!」」」
フトモモとは太ったモモの事だ。
足の方ではない。
そして、桃という食べ物でもない。
モモとは一人の女の子の名前である。
モモとは隠れ里アバシリの当主の一人娘の名前なのだ。
モモは小さい頃はとても可愛らしい顔立ちをしていた。
当主の娘でもある。
それ故に大人達がこぞっておやつを買い与えていた。
そして――今は太っている。
モモのためを本当に思うのなら、おやつなどあげない方が良かったのだろう。
だが、他人がおやつをあげている以上は自分もあげずにはいられなかったのだ。
囚人のジレンマである。
話を戻そう。
フトモモの会とはようするに当主の太った娘モモのファンクラブの事なのだ。
構成員の彼らの歳はさまざま。
7才から80過ぎの老人までいる。
まあ、7才の子供は親に連れられて来ているに過ぎないのだが。
いい歳をしてなんと浮ついた奴らなのだろう。
他の街の住人ならそう思ったのかもしれない。
しかし、ここは隠れ里アバシリだ。
ほとんどの住人はもともと他の街から引き取られてきたという事情がある。
ここに来る前の彼らは荒んでいた。
アバシリとは異能の力を持つがゆえに人の間で生きる事が出来なかった者達の住処なのだ。
人は彼らを恐れた。
その力、その才故に親からも疎まれ、彼らは孤独だった。
良かれと思ってした事で他人からの嫉妬、羨望、恐怖、ありとあらゆる負の感情をぶつけられる毎日。
たまに近づいてくるのはその力を私事に利用しようする狸や狐のような輩。
こんな事になるのなら自分は何もしない方が良かった。
自分は一体何のために生きているのだろうか。
人生を目的なく生きる事は死人として生きているのと同じ事。
それまでの彼らはまさに生ける屍。
そんな中、彼らが見出した希望、彼らの生きる目的。
それこそが立派な当主に仕える事だったのだ。
そこで初めて彼らは自らの異能の力に目的を見出す事が出来る。
そして、モモはボクデ家3代目となる。
フトモモの会とは要するに臣下が主君に対する変わらぬ忠誠を誓う場なのだ。
たぶん。
「モモ様が3代目を継承する日取りが近付いてきておる。モモ様の様子はどうじゃ?」
「相変わらずのようですね」
「ほう、ではやはり?」
「ええ、いつもの口ぐせを乱発しておりました」
「……そうか」
――所変わって、ボクデ家武家屋敷。
「厭でござる。拙者はやりたくないでござるよ」
「しかし、モモ様が3代目というのは生まれた時からの決定事項です」
そこにフトモモ、もとい、ボクデ家3代目予定?のモモがいた。
「刃物とか触った事ないし、怖いから触りたくもないでござる」
「ふふ、モモ様ったら。神剣をそこらの刃物と一緒にされては困りますよ」
「む?」
「切れ味は世界最高クラスです!」
「もっと怖いでござる!!!」
ボクデ家は世界3大神剣の一つ。ハゼウスの剣<ツルギ>を代々守ってきている。
この剣は気の遠くなるような昔に神が作ったとされる聖剣だ。
それをハゼウスという冒険者が使用して世界を救ったため、名前がハゼウスの剣となった。
モモは自分の父親が庭で素振りをしているのを何度か目にした事があるが、それを欲しいとは思わなかった。
もともと荒事に向かぬ性格をしているし、自分の太った体では扱う事など不可能だろう。
だが、それを周囲に告げると気持ち悪いくらいの笑顔で言われるのだ。
「モモ様は自分達が守ります!自分で動く必要はありません」
「フトモモ様、サイコー!!!」
たまに理解できない切り返しが混ざるのだが、モモはいちいち気にしない事にしている。
3代目継承の儀は目前に迫っていた。
モモは息を吐き出し、覚悟を決めた。
そして、屋敷を出て、ある場所へと向かう。
――隠れ里アバシリ南端
鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。
鳥達の鳴き声に交じって、スコーンという規則正しい音が響き渡る。
音のする場所に目をやると2人の少年が斧を手に薪割りをしていた。
片方の少年――リュウが額から噴き出る汗を手で拭いながら、斧を下した。
そして、もう一人――マザランに向かってニヤリと笑う。
「よっしゃ。150突破したぜ!」
「なんだ。まだそんなものか。俺はもう155本目に突入しているぞ」
「……く。だが、俺の方が切り口は奇麗だぜ!」
「……愚かな。どうせ燃えるだけの物だ。切り口より数の方が重要なのだよ。そんな事も分からんのか」
「なにおー」
そこに雷のような怒声が響き渡り、2人の険悪になりそうな雰囲気を壊す。
「リュウ!マザラン!よさんか!まったく大人しく薪を割っていたと思えばすぐにこれだ」
「ゴンザレスさん……」
「リュウはちょっと薪小屋へ行け。モモ様が話したい事があるそうだ」
「モモが?なんだろう。ちょっと、行ってくる」
「モモ様だ!ほら、早く行け」
リュウはゴンザレスに急かされて、足早に薪小屋へと向かった。
――小屋の中に一脚しかない椅子にモモが座っている。
「リュウ。貴殿にお願いがあるでござる」
モモのいつもより真剣さが10パーセント増な様子に、リュウはため息を吐いた。
なんか厭な予感がする。だが、モモはリュウの友人だ。将来の主君でもある。
選択肢は一つしかなかった。
「話を聞こうか」
主人公はリュウです。