プロローグ
プロローグ
建物の影が夕暮れの太陽に照らされて、長くなっている。
そんな中、重い足を引きずるかのようにゆっくりと歩く人影があった。
薄幸の美少女コゼットだ。
「クスリ~クスリ~、高くてまずいお薬はいかがですか~」
コゼットは薬売りだ。
裏山の薬草を摘んで、薬を自作して暮らしている。
「クスリ~クスリ~、高くてまずいお薬はいかがですか~」
コゼットは大通りの交差点の一角に立ち止まって、精一杯、可愛らしい声を張り上げる。
だが、通りを往く住人達はそんなコゼットに見向きもしてくれない。
コゼットはため息をふわりと吐いた。
その理由は分かっている。実に簡単な理由だ。
最近この街に出来た大型のドラッグストアに客を持って行かれたのだ。
ドラッグストアで売られているのは「種類が豊富な上、安くておいしい薬」
コゼットが売っているのは「高くてまずい薬」
個人と集団が取り扱うもの、どちらの薬が優れているかなど考えるまでもない。
例外は勿論、どんな事にもある。
だが、コゼットは残念な事にその例外には当てはまらなかった。
お客さんが選んだのは、勿論、ドラッグストアだった。
その結果、近所の雑貨屋においてもらっていたコゼットの薬は売れなくなった。
「クスリ……クスリ……高くて……まずい……お薬は……いかが……ですか……」
コゼットは全くお客がつかなかったので、だんだんと憂鬱な気分になっていた。
今月はピンチだった。
ドラッグストアが出来る前でさえ、コゼットはぎりぎりの生活を送っていたのだ。
今の現状は考えるだけでもやばい。
それで、全く慣れていない路上売りを始めたのだ。
「クスリ……クスリ……は……いかが……」
思い浮かぶのは家でコゼットの帰りを待つ弟達。
彼らの事を思うだけでコゼットは泣きたくなるのだ。
しかし、辺りはもううす暗くなってきており、人影もまばらだ。
ここにいても、薬はもう売れないだろう。
仕方なく、コゼットは自分の家へと歩き出した。
――そこは粗末な家だった。
中には最低限の家具しか置かれていない。
その家の扉が開くと同時に、家にいた小さき者達は立ち上がった。
「「コゼット姉ちゃん、ごはん!」」
彼らの期待に満ちた眼差しがコゼットの瞳に入ってくる。
しかし、コゼットはその視線に耐えきれずに目を逸らした。
彼らはそれでコゼットの今日の結果を悟ったのだろう。
コゼットと同じように彼らもまた浮かない表情になった。
目を伏せて黙り込む。
そして――沈黙を破ったのはコゼットの弟ジェフだった。
「……どう……よ」
うまく言葉が聞き取れなかったコゼットは、顔を下に向けて何かをこらえているジェフを見つめる。
ジェフは顔を上にあげた。その双眸には涙などではなく怒りの神が宿っていた。
「どうして薬売ってこないんだよ!!もう家に食い物も何も無いんだぜ?わかってんのか?」
――ジェフは切れていた。腹を空かせていたが故に。
飢えた獣は凶暴になりやすい。人もまたそれは同じ。
「さっさと行って売ってこいよ。それが姉の……お前の役目だろ?!」
「え……?でも……お外はもう暗い……し」
「うるせえ!さっさと行って来いバカ姉貴!売れるまで帰ってくんなよ?」
そう言うとジェフはコゼットの腕を乱暴に掴んで家の外へと押し出した。
外はもう完全に夜へと変化しており、良く冷えた風がコゼットの肌と心に突き刺さる。
コゼットは上半身だけ振り返って閉まった扉を恨みがましくみつめた。
もう……足が痛いよ……あたしはがんばったし……悪いと思ってはいるよ。
でも、売れなかったんだから仕方ないじゃない……。
……どうして……どうして……分かってくれないのよ。
だが、いつまでここにいても、腹を空かして切れているジェフはお家に入れてくれないだろう。
コゼットは自分の目に貯まった大粒の涙を自分の衣服の袖で拭った。
そして、重い足を引きずるようにして歩き出す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コゼットがやってきたのは酒場や娼館が集まる繁華街の入り口だ。
夜に人がいる場所を探そうと思うならここしかなかったのだ。
しかし、中に入るまでの勇気がなかったので入口に立って売る事にしたのだ。
すぐに通行人をみつけて声をかける。
「おお、姉ちゃん。いくらだ?」
コゼットが声をかけた男は、口を開くとお酒の匂いがした。
コゼットは失敗したような気分になったが、背に腹は代えられない。
引き攣りそうな表情を無理やり笑顔へと変える。
「一本で5ルドになります!」
「いやいや、分かってるぜ。それは偽装だろ。大丈夫だ。警察には言わないよ」
「違います!やめてください……いや……やめて……誰か助けて!」
「ちっ、なんだよ。まだ何もしてないじゃないか」
何かされてからでは遅いのだが……。
コゼットが大声を出すと男は渋い顔をして頼りなげな足取りで去って行った。
遠くへと去っていく男の背中を見ながら、コゼットは安堵の息を吐きだした。
……もう……おうちに帰りたい……でも……帰れない……。
怖い目にあったコゼットだったが、家に帰るのもジェフが怖い。
だから、ノルマをこなさなくてはならないのだ。
「お嬢さん、ここで何してるの?」
「ひゃあ!」
コゼットは後ろから声をかけられて飛び上がった。
心臓が早鐘のように鳴っている。
振り向くとそこにフードをかぶった人がいた。
顔は影になっていて良く見えないが口元や声からして男だろう。
さっきの事があったのでコゼットは少し警戒しながら声をかけた。
「薬を売っているんです」
「薬を?こんな時間に?どうして?」
「えっと……それは……」
コゼットの回答を躊躇うような態度にローブの男の口角があがった。
「わかった!何か粗相をして罰か何かでやっているんでしょう」
「えっと……そう……です」
弟が切れて家を追い出されたなどと言うわけにもいかずに、コゼットは
男の言葉に乗ることにした。
「でも、女の子がこんな時間に、それも君のように可愛い子がこんな場所にいるのは頂けないなあ」
「……え?……かわいいだなんて……そんな……」
可愛いと言われ慣れているはずのコゼットが照れているのには訳がある。
それは、いわゆる吊り橋効果。
男に襲われそうになった。
そこへ背後からの奇襲。
嘘をつくと言う慣れない行為。
トリプルな要因の心拍上昇により、これが吊り橋効果を生み出していた。
コゼットは知らず知らずの内に男に対して少なからぬ好意を持っていたため、照れたのだ。
男はそんなコゼットに悪魔の言葉をささやく。
「ねえ、君の薬を売ってくれないかな」
「え?一本5「違うよ?!」え……?」
男はコゼットの手を握り、指をさした。
「薬指さ」
……あたしの薬指が欲しい?……その意味する……所は……ケッコン。
コゼットの頭に血が上る。
え?結婚?
誰が?わたしとこの人が。
なんで?え?
混乱しているコゼットに畳みかけるかのように彼は言う。
「僕の事は嫌いなのかい?」
「え?嫌いも何も良く知らないから「じゃあ、いいんだね!」」
男は懐から指輪を取りだした。
コゼットはいきなりの展開に頭が付いて行かない。
ただ、彼女の頭をふとよぎったのはジェフの切れた顔。
この人と結婚すれば、もうこんな苦労しなくていいのかな。
コゼットは愛無くただ生活の安定のために結婚する女性のような考え方になっていた。
多くの若い女性が求めているのはお金。お金だけあればいい。
それは幻想。結果が熟年離婚である事から見ればあきらかなのだが。
人はその未熟さ故に自ら苦しみを選ぶのだ。
しかし、若いコゼットは気がつかない。お金があれば良いような気がしている。
男が持っている指輪は高級品のように見えた。
こんなに高い物をわたしにくれるなら彼は本気なの?
わたし……わたし……は……
自分の指に指輪が近付いてくるのを見て、コゼットは目を閉じた。
そして――
魔道具≪表裏の指輪≫発動!
「あ……なに……これ。……あがって……あがってくる!?」
最初にコゼットが指に感じたのはひやりとした感触だった。
だが、いまでは熱くなっている。
そして、その熱が体中へと伝播しているのだ。
熱が全て周り終えると、コゼットの心が急に凍てついていく。
コゼットが裏返った。
薬売りの少女は裏返り、裏・薬売りの少女となる。
そして、薬の裏は毒だ。
「ふしゅうううううううううう」
コゼットの鼻から緑色の瘴気があふれ出てくる。
やがて、瘴気はコゼットだけでなく、街をも覆いつくす。
コゼットの街は一晩で滅んでしまった。
毒使いトゼコがここに爆誕した!!!
プロローグは本編の敵の一人の誕生を書いただけです。主人公じゃないです。すんまそん。