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第一話

 レイスとリアの二人は山を下り、近くの農村へと訪れた。二メートル程の壁と掘りで囲まれた村で、クッチャンというその村の名を聞いたとき、レイスが微かに反応したのにリアは気付いていた。


「ここがクッチャン村。ジャガイモが特産の農村よ」

「…………」

「何? もしかして、何か思い出せそう? 実はこの村の人?」

「……いや、そうじゃない……と思う。何でも無いよ」

「そう? じゃあ、とりあえず服だけはどうにかしないとね」


 クッチャン村は、木造の建物が十数軒程あるだけの小さな村で、村の大半を畑が占めていた。その中で、二つの住居を合わせたような少し大きめの建物が、いわゆる武具防具店だった。

 店内にはレジに座ってパイプを吹かしているおじさんしかいない。しかし武具や防具は充実しており、様々な物が取り揃えられていた。


「じゃあ、武器と防具、好きな物を買ってあげるから、選んで良いわよ」

「……いいのか?」


 リアは適当に店内を見回しながら、レイスに告げた。対してレイスは、知り合ったばかりの少女に物を買ってもらうなど悪い、と思っていた。


「いいのよ。これも何かの縁よ。……それに、半分は私の所為だし」

「何か言ったか?」

「何んでもないわ。ほら、レディーをあまり待たせないの」


 リアに急かされ、レイスはリアの不穏な台詞を言及する事は無く、武器と防具を選び始めた。ちなみに、このときレイスの脳内では『ただより高い物は無い』という言葉が渦巻いていた。


 両刃剣、刀、ナイフ、斧、槍、杖がだいたい二種類ずつあったが、レイスはただの学生だったため、それらのどれも使った経験は無かった。悩んだ末、学校の授業で剣道の経験が有る事から、刀身が七十センチ程の刀を選択した。

 防具に関しては、リアの着ているようなローブ、自分が今羽織っているようなマント、皮や金属の鎧などがあった。鎧なんかを着ても動けないだろうと考え、布の服の隣にあった生地が厚めの服を選択。

 両方合わせて780マネーという、よく解らない金額だったが、リアは特に驚きもせずに購入。部屋の隅の更衣室でレイスは着替え、見た感じこの世界の人、といった容姿になった。

 

「本当に、何から何までありがとうな、リア」

「どういたしまして。じゃあ、宿屋を探しましょう。一晩眠れば何か思い出すかもしれないし」

「……そうだな」


 本当は記憶喪失ではないといつ告げようか、レイスは結構本気で悩んでいた。

 宿屋は二階建てで、村の中で一番大きな建物だった。

 遅くなれば部屋が一杯などということもあるので早めの予約をしに行く二人。幸い、一杯ではなかった。


「新婚旅行ですかい、お二人さん?」


 という宿屋の主人。若い二人が一緒に宿を取る、そう判断してもおかしくはないかもしれない。


「ち、違います!」

「ああ、俺と彼女はそんな親しい関係じゃないんだ」


 と、リアは焦ったように、レイスは静かに言った。


「なんだい、そうなのか」


 なぜか残念そうにそう言う宿屋の主人。そして、


「生憎一部屋しか空いてないんだ。悪いねえ」


 と言われ、二人はやっと意味を理解した。


「……」「……」


 案内されたのは、なかなかの質の部屋だった。一階にある部屋で大き目の窓からは畑が見える。備え付けのお風呂もある。ただ、備え付けのダブルベットが一つ居座っている部屋だった。それ以外に寝られる場所は無い。無駄にスペースを取るダブルベット。そして、部屋には二人の若い男女。

 ちなみに、料金は100マネー。


「……じゃ、お二人さん。楽しい夜を」


 そう言い残して去っていく宿屋の主人。


「……」


 リアは沈黙。さすがに知り合ったばかりの男と一緒の部屋で寝ようとは思わなかったようだ。

 対してレイスは、部屋には入らずにそうそうと宿屋の入り口に向かう。


「あれ、どこに行くの?」

「いや、ちょっと散策でもしようと思って。……ほら、何か思い出せるかもしれないから(巫山戯るな! どう考えても居心地最悪だろ、この状況。俺は自分の部屋に戻るぞ! ………って、部屋はもう無いのか)」

「そう? じゃあ私も行くわ(こんな部屋に一人残されて何をしてろって言うのよ)」


 そう言って、部屋だけとって二人は宿屋を後にした。

 特産品が食料であるためか、村の中央の広場では様々な種類の食材が並んでいた。野菜が多めであるが肉や卵、少ないが魚介類も数種並んでいた。


「へえ……、こんな山中の村でも魚介類が手に入るのか。並んでいる物だけしか無いのか?」

「違うわ。時空間魔法の応用よ。時間という概念の無い異空間に食材を詰めて、腐る事を防止しているのよ。商品を見せるために並べているけど、実際は異空間にたくさんあるはず。村全体に行き渡る程あると思うわ。何? お魚好きなの?」

「いや、別に。俺が好きなのはカレーライスだ」

 

 小首を傾げてレイスの目を覗き込むリア。宝石のように蒼い目が、じっとレイスを見つめた。

 レイスは顔には出してこそいないが、めちゃくちゃ動揺していたりする。

 その証拠に、あるかどうかも解らないカレーライスの宣伝をしていた。

 と、村の広場の方が騒がしくなった。


「行ってみよう」


 レイスは駆け足で騒ぎのした方へ向かった。


「……どうしよう、行った方が、いいのかしら」


 リアは迷った末、歩いてその方に移動した。


 広場には人だかりができていた。何かを遠くから囲むようにしている。ただところどころ穴があり、レイスはすぐに状況を理解できた。

 小さな女の子が、数人の男に絡まれていた。腰にナイフ。山賊のようだった。

 女の子の足元には水の入っていないバケツ。そして男の足元には水溜り。そして服からは水滴がぽたぽた。


「ご、ごめんなさい」

「やい、ガキ! 謝って済むと思ってんのか!? それなら軍隊は必要ないっての」

「兄貴の服は高いんだぞ!」

「弁償しろ!」

「ひっ」


 どうやら女の子が誤って男に水をかけてしまったようだった。

 レイスは自分の鼓動が早くなっているのが解った。


(昔からそうなんだ。こう、理不尽なやり取りを見てると、ムカムカするんだよ。結局、一番理不尽なのは第三者である自分だって言うのに)


「あれは……ここら辺を縄張りにしている山賊ね。関わらない方が——」

「——ちょっと助けてくる」


 レイスが駆け出したのと、リアが逃げるように遠のこうとしたのは同時だった。

 そして、


「俺たちに逆らうとどうなるか思い知らせてやる!」


 男の拳が女の子に向かう。

 レイスは、自分の体がやけに早く動くの感じた。


「やめろよ、いい大人がみっともない」


 そして、男の拳をレイスは止めた。アドレナリンが作用しているのか、男の拳をいとも簡単に止める事が出来た。拳を弾き、レイスは言う。


「ただの水だろ? 乾かせばどうにでもなる」

「あ? てめえには関係ないだろ? 邪魔するのか! 殺すぞ!」


 と、男はナイフに手をかける。

 それに合わせたように、レイスも先ほど手に入れた刀に手を添える。


「言っておくが、俺は容赦はしない。獲物を見てよく考えてからそういうことは言うんだな」

「意味わからねえよ! 死ね!」


 男はレイスの警告を無視し、ナイフでレイスを斬りつける。


 刹那、鈍い音共に何かが切り裂かれた。


「っっ!」


 そう声にならない音を出したのは、山賊だった。

 男の持っていたのは、ナイフだった物だった。ナイフは、柄から先が無かった。そして、その刃は山賊達の足下に突き刺さっている。


「な、て、てめえ! 覚えとけ!」


 そう言って山賊は退散していった。見事な逃げっぷりだった。

 騒動を見ていた村人達が安堵の溜め息をつき、チリジリとなる。


「大丈夫か?」


 レイスはそう女の子に聞く。

 十二、三歳の年頃の女の子で、幼さの残っている顔立ちだ。


「あ、ありがとうございます」


 女の子はそう言って立ち上がり、お辞儀をしてバケツを持って走り去って行った。

 レイスはほっと溜息をついた。


(危ない危ない。いつもの癖でつい出ちまったが、俺こそ相手を良く見て行動しなくちゃ駄目だな。今回はたまたま体が動いたが、そう何度も上手く行くとは思えないし。刀が逆に折れる事だってあっただろうしな。気をつけないと)


 そして、ジト目で自分を睨むように見ているリアに気付くのだった。


「ねえ、どうして助けてあげたの?」


 人だかりが消え、広場にはレイス以外に二、三人ほどしか居なくなったところで、リアが不思議そうにレイスに尋ねた。レイスが間に入っているときは、人だかりから離れて見ていたのだった。


「どうしてって、当然じゃないのか? 困っている人を見たら助けるだろ?」


 そういったレイスに、リアは呆れたような、驚いたような、嬉しそうな、もの凄く表現しにくい表情を浮かべた。その表情を見て、レイスは気付いた。


「もしかして……当然じゃない、のか?」

「もしかして、本当に何も覚えてないの?」


 大きく頷くレイスを見て、リアは項垂れた。


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