表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

序章3

 俺に自慢出来る事と言えば、無病息災なことだけだろう。

 息災の方は怪しいが、俺は今まで一度だって怪我や病気をした事は無い。

 今まで一度も自分の血を見た事が無いといえば、その凄さは解るのではないだろうか。


 ボコボコにする事は多いが、喧嘩が強い訳じゃない。ただ単純に、生存本能が強いだけだと思う。

 相手を攻撃するのではなく、攻撃を避ける事に重点を置いて戦う。肉を切らせて骨を断つ、なんて戦法は絶対にしない。とにかく、自分の健康第一だ。相手が『殺る気』満々の奴ばかりなので、手加減せずにぶん殴っている。

 複数人を相手取らなければならない時は、勿論、不意打ちで数を減らす。卑怯で結構。


 で、そこまで生存本能のある俺が、飛び降り。

 人生初の怪我は、致命傷、ってなんかすごく……。



   ☆ ○ ☆



「………し……丈…………」


 どこか遠くから声が聞こえた、気がした。


(……気のせいだ。まだ俺は三途の川を見てない。これは……幻聴だ)


 俺は自分の体に嘘をつき、動こうともしなかった。


「……もし、…丈夫………」


 しかし声は次第に明確に聴こえるようになる。だが俺は、


(幻聴だ。俺はまだ三途の川を見ていない。俺は、屋上から——)


 自分の体に嘘をついて永眠しようとしてみる睡眠欲に忠実な俺。と、それを邪魔するように、体が揺り動かされるのがはっきりと感じられた。


(あれ? 何これ? これって、もしかして——)


 そして、俺の脳裏に浮かび上がって来た考えを後押しするように。


「……もしもし、あの、大丈夫ですか?」


 声が、はっきりと聞こえた。

 それは、聞いた事がない声。最低でも俺の知っている人物の声では無かった。しかし心配しているのがはっきりと分かる声調。

 どうやら、俺が死んでいない事は確定したようだった。観念したように、重たい瞼をゆっくりと開く。


 夜だった。


 夜空が広がっている。しかしその空はいつもと何か違っている。衛星が見えそれは月のように白いが、月より綺麗だ。夜空に瞬く星が近く、そして鮮やかに見える。ああそうか、山みたいに空気が澄んでいて夜空がよく見えるのか。

 そして、少女の顔が目に入った。


 美少女だった。


 透き通るような長い銀髪、深い藍色の瞳、端正な顔立ち。

 そして、夢で見た少女と良く似ていた……気がした。生憎見た夢は忘れやすい。

 少女と、一瞬目が合った。

 ゆっくりと起き上がり、少女はほっと溜息を吐いた。


「……君は……?」


 俺は頭を擦り起き上がる。そして、気がついた。


(怪我が——無い? ……死後の世界、なのか?)


 屋上から飛び降りたと言うのに、怪我が無いのだ。痛みも感じない。


「……あの、大丈夫? 怪我とか、無い?」


 ああ大丈夫だ、と返事をすると、少女は心底安心したようにぺたりと座り込んだ。


「………………………」


 俺は静かに驚いていた。初対面で失礼だと思い、声を上げては驚かなかった。元々あまり感情を表に出さないこともあったが。


 少女の服装は、さながらRPGに出てくるような黒を基調としたローブだった。

 二の腕や太腿の部分に大きな露出が目立ち、少女の奇麗な白い肌が惜しげも無く晒されている。


 少女の手には、さながらRPGに出てくるような、武器としての機能を持った装飾が施された杖があった。

 長刀と杖を合わせたような、それでいて気品を漂わせる一品。


 少女の髪や瞳は、まぎれも無く自然のモノだった。

 髪は染めたモノではないと一目でわかる艶やかさと輝きを放っている。


 だけど、それよりも、それら全てを差し置いて、俺が一番衝撃を受けたのは。

 異様な胸の動悸、だった。

 だから、俺は柄にもなくテンパって。


「ここは、死後の世界?」


 なんて尋ねてしまったのだ。


「…………………………………………………」


 一瞬、世界の全ての動きが止まったような沈黙が流れた。

 そして。


「……あなた、本当に大丈夫?」


 若干引きつった笑みを浮かべる少女を見て、俺は思った。


(生きてるなら、どうでもいっか。異世界ってのは解ったし)


 それならば、と俺は思い切ってみた。


「……いや、どうやら記憶喪失、みたいなんだ」


 と、少女の顔が青ざめる。


「あっ、別に記憶というか、知識が無いだけだから。……もしかして、俺と知り合いだったのか? 初対面の気がしないんだけど」


 夢で見た少女と似ている、などと言ったら電波と思われるかもしれないので(この世界に電波があるとは思えないが)、そこは口にしなかった。


「……あっ、いえ、違うわ。たまたま通り掛かったら、あなたが倒れていたから。……えっと、で、その、なんて言えば良いのかしら」


 と、少女は不自然に視線を泳がせる。ほのかに頬を染めている。

 そして、言いづらそうに、目を逸らしながら言った。


「……追いはぎに遭った見たいなのよね、身ぐるみ剥がされていたわ」

「………あっ」


 そして俺は気がついた。自分がマントで体を包まれただけの状態だと。

 なるほど、少女の視線が定まらない訳だ。

 そして、自分の胸の動機が酷く悲しく思えて来た。

 俺は露出癖でもあるのかよ……。


「……とりあえず、怪我が無いのなら何よりだわ。……私はこれから街に行くけど、あなたはどうするの?」


 そう言われてもな、と首を傾げる。


(ここがどういった世界なのか分からないし、何より俺はどうしたいんだ? 死ぬ——のはもうごめんだな。元の世界に戻る? ……いや、なるようになるか)


 周りを見渡して見る。

 周囲は夜だと言うのに、蛍光灯程の明かりを放つ花によって照らされていた。海岸線に近いのか、塩の匂いの乗った風が微かに吹いている。空気は澄んでいるが、いつもと何か違う。

 完全に地球と法則が違う事が分かった。

 とりあえず、少女が去る前にどんな世界なのか聞いておこう。

 少々心配そうに見る少女だったが、しかし丁寧に教えてくれた。


「——魔法と科学が混在する世界、ね。……ありがとう、なんとなく思い出せて来たよ」


 薄い布地のマントだけで地面に座っていた俺は、いい加減に痛くなったので立ち上がろうとして、


「——待って」


 と、少女に肩を掴まれて再び座らされた。少女は人差し指を口に添え、静かにするようにジェスチャーした。しかし俺は肩を掴むために急接近した少女に驚いて、口も動いていなかった。

 少女の視線の先には茂みがあり、そこが微かに動くのが俺にも解った。

 そして、


 イノシシを太らせたような生き物が飛び出して来た。


(わお、テンプレートな展開だな)


 そんな事を思っている俺だが、しかし、一つだけ問題が合った。

 俺の格好は裸にマント。露出に気をつければ走りづらい。俺一人なら気にも止めないが、隣には美少女がいる。恥ずかしい。

 しかし……靴だけ残っていて、本当に露出狂にしか思えない格好だった。

 戦おうにも俺に武器は無い。木の棒も都合良く落ちてない。手の爪は……役に立ちそうも無い。都合良く伸びたりはしないだろうし、伸びてほしくはない。

 都合良く脚力などが変わっているかと淡い期待を抱いたが、どうやら無理みたいだ。俺の足は生まれたての子馬のように震えている。あれ? これって脚力以前の問題じゃね?

 と。


「サンダー」


 の声と共に稲光が隣で見えた。見れば、少女の手に持っていた杖から雷が出ているではないか。

 ビューティホォー。これで電球要らずだね!

 ……違うな、なんか違う。感動が無い。

 あっ、そっか。俺、これ夢でもちょっと見てる。それを背中で喰らってる。

 正夢、既視感、デジャヴの三単語が渦巻いている。

 だが、それもここまでだった。

 

 少女の放った雷撃が直撃したイノシシは、黒こげになって崩れ落ちると、ほのかに光る何かが浮かび上がり、空へと消えて行った。

 そして、それと同時にイノシシの体がわずかな肉を残して砂のような物質へと変化した。


 成仏、した?


「……本当に色々と覚えてないのね」


 どうやら俺は驚きを顔に出していたようだ。

 何が面白いのかくすくす笑う少女は、それでも説明してくれた。


「いい? 生き物が死ねば、そのコアが放出されてその生き物を構成していた要素に分解するわ。分解されずに残った物は、食材や武器の材料として使えるの。あと、砂みたいな物質……アッシュに鉱物みたいな物が含まれている事が有るわ。それを貨幣として扱っているのよ。アッシュは時間が経てば風に流されて星の中央に流されて行くわ。どう、思い出せた?」


 ええっと、要するに、RPGみたいに倒したモンスターは消失というか分解するけど、ちょっと残って、それらが材料や食料になると。それでその分解された状態、アッシュの中に、お金が含まれていると。

 なんと言うか、RPGの戦闘後をなるべく理解出来るようにした、そんな感じがするな。

 それにコアだのアッシュだの専門用語が使われている訳かな。

 まあ、倒せば金や道具になる、とだけ覚えておけば良いだろう。今の所。


「ああ、親切にありがとう。俺一人だったら、勝てなかったと思う。命まで助けてもらった。本当に感謝する」


 多少大げさだが、それでも真実に近い事だ。

 俺の今の装備マントでは逃げる事しか出来なかっただろう。


「そんな事無いわ。有る意味私の所為でもあるし……」

「は?」

「何でも無いわ。……っと、ところで、自己紹介がまだだったわね」


 そう言って、少女は焦ったように、慌てたように、誤摩化すように髪を整え、そして小さく笑みを浮かべて手を差し出した。


「私の名前はリアよ、えっと……」

「カレーライス。俺はカレーライスが好きなんだ」

「え?」


 あれ? 俺なんか変な事言った?

 リアの笑顔が可愛くって、ちょっと放心してたのは内緒。

 な、名前ね。えっと、記憶喪失だから思い出せないふりしても良いんだよな。

 あ〜、でもそれはそれで迷惑かも。

 じゃ〜。


「思いついた……じゃなくて思い出した。……レイス。俺はレイスだ」


 カレーライス→レイス。

 安直言うな。


「これも何かの縁よね、よろしく、レイス」

「ああ。こちらこそよろしく、リア」



 これが、俺とリア、二人の大罪人の出会いだった。


今回の作品のコンセプトは、ずばり『RPG』。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ