猛獣と女の子4 ~婚姻?~
騎士の中でも特に優れた逸材達によって構成された集団、ロウディーン帝国の誇る黒騎士団にあってその団長を務めるザガートは、彼の人生において最も解決困難な悩みに苛まれていた。
だがそれは魔物が束になって都を襲ったとか、玉砕覚悟で敵国が侵攻して来たとか黒騎士団内にて修復不可能な問題が起きたとか、ましてや国の有事に関わる問題でもない。
否―――逆に黒騎士団団長たるザガートの愁いこそが国の有事に関わると言っても大げさではないかもしれないが―――そこはまぁさておき。
寝ても覚めても頭に思い描くのは一人の恋する少女の姿。四六時中脳裏から離れない悩みは、その愛しい娘に自身が仕出かしてしまった暴挙についてだ。
酒を飲ませ、酔った娘に欲情したうえ、己の欲望をそのままぶつけてしまった。あれではまるで、遊び人で女にだらしなく寄って来る女人すべてに手を出す救いようのない女たらしと同じではないか?! いや…醜い姿をしている分、見目麗しいフェルティオよりも自分の仕出かした事の方がリアにとっては衝撃が強かったに違いない。もし同じ事を他の男が仕出かしていたなら、ザガートは間違いなくその男の首を撥ね、残った胴は切り刻んで魔物の餌にしていたに違いないのだ。
己の様な醜く恐ろしい男に組み敷かれどれほど怖い思いをしたのだろうか。
リアの心情を思うと地に沈む。泥濘にはまり込み、二度と舞い戻ってこれないと確信できる程にザガートは落ち込んでいた。
眠れぬ夜を過ごし、リアに合わせる顔がないと使用人たちが起きだすよりも先に屋敷を後にしようとしたが、主の動きだす気配を察知した者はザガートを見送り、その中に泣き腫らした目をしたリアの姿もあった。
使用人と言う立場ゆえ、暴挙を働いた男の前に姿を現し頭を垂れ見送ってくれたリアに胸が疼いた。
この時のザガートはリアから受けた告白の事実はすっかり頭から吹っ飛んでしまっており、ひたすらか弱い娘を手にかけようとした暴漢と成り果てた己を恥じ、後悔の渦の中に身を沈めていたのだ。
寝不足故に血走った眼。眉間にはいつも以上に深い溝を刻み、時折低く唸っては黒いオーラを出しまくる。ギリリと歯ぎしりを立てれば訓練中の黒騎士達は身を縮めるものの、ザガートの目に彼らの姿は映らない。見開いた目は眼光鋭く空を睨みつけ、その視界に入れば光線で射抜かれそうな程強く鋭利だ。
その為、ザガートから発せられる恐怖の大王ごとき雰囲気がただの恋煩いであろうとは、この場にいる者の全て、誰一人として気付く存在はなかった。
ピリピリとした空気を発しながら城を歩くザガートの前に、運悪く一人歩き中の第三王子イシャルが鉢合わせてしまう。
物心付いた時よりザガートを恐れてきた見目麗しい少女の如き病弱な王子は、はるか前方に感じた不穏な空気に、やがてそこから現れるであろう人物の存在を察知する事が出来てはいたが、あまりに恐ろしい殺気に足がすくみ、踵を返す事も叶わずその場に立ち尽くしていた。
カタカタと震え、今にも泡を吹いて倒れてしまうのではないかという程に真っ青になったイシャルの前に立ちはだかる恐怖の大王は、イシャルをはるか上空から半眼開いて見下ろす。
ザガートは暫くイシャルを見下ろし物思いにふけった後、言葉もなく大きく分厚いごつごつした手でぽんとイシャルの肩を叩き、無言のまま傍らを通り過ぎて行った。
ザガートの足音が遠のき、何とか生き延びた事にほっとしたイシャルは緊張の糸が切れ、そのまま意識を失い冷たい大理石の廊下に倒れ意識を失った。
*****
いつも元気に、楽しそうに仕事をこなしていたリアからは笑顔が失われていた。
ザガート同様眠れぬ夜を過ごしたリアは、他の使用人と共に主であるザガートの動きだす音で目覚め、慌てて身支度を整え部屋を出て行くと、日が昇る前だと言うのに登城していこうとするザガートの姿を認める。
ザガートからは特に変わった様子は見られない。少し寝不足かとも感じたが、自分の泣き腫らして醜くなった顔の方が気になって深く観察する事が叶わなかった。
しかしザガートがこんな早朝に登城して行く理由が分からず、使用人たちは首を傾げた。
その原因が自分にあると察したリアは、昨夜の出来事故に主に気を使わせたのだと、使用人として何て至らないのかと深く反省し、昨夜の出来事を更に深く後悔した。
ザガートはリアに気を使ってくれたのだ。
早朝の登城はリアのせいで昨日早くに帰宅した為、そのせいで城に残した仕事を片付ける為とも取れたが、何気に周囲に気を使う心優しいザガートが、使用人の眠りを邪魔してまで突然早朝に屋敷を出て行く筈がない。
ザガートは昨夜の出来事でリアが顔を合わせる事に躊躇するだろうと察し、顔を合わせずに済む様に気を使ってわざわざ早朝に登城して行ったのだと―――リアはそう思うと更に役立たずな我が身を呪った。
「いったい何があったの?」
屋敷を訪ねて来たアルフォンスがリアの異変に気付き、優しく問いかける。
リアはアルフォンスにお茶を出しながら視線を絡めると、すぐに反らして切なく眉を顰めた。
「わたしはザガート様のご厚意に甘えていい人間ではありませんでした。」
「???」
厚意…厚意とは、リアがアルフォンスの住まうゲルハルク家に使える予定だったのを無理矢理阻止し、自身の屋敷に引き込んだ現状を言っているのだろうか?
「君はザガートの厚意に甘えていていいんだよ。」
って言うか、是非そうしてくれないと自分が、周囲が、ロウディーン帝国の全国民がとても困った事になる確率が非常に高い…否、確実に困った事になるのだ。
うんうんと腕を組んで頷くアルフォンスに、リアは静かに首を振った。
「いいえ、わたしは一介の使用人でしかないと言うのに、高貴なお生まれであるザガート様にご迷惑ばかりかけています。昨夜だってわたしは―――」
「昨夜? あいつと何かあったの?」
昨日で一番印象に残るのは、ザガートがリアの指を不注意にも圧し折ってしまった事だったが、リア自身は己の折れた指を自分のせいだと委縮し思い込んでいた。
あの後二人はそのまま屋敷に戻り、何か事件を起こしたのだろうか?
何があったか知らないけどリアが悩む事じゃない、と、元気づけようと手を伸ばしたアルフォンスは、リアの言葉を耳にし、彼女の肩に手が触れる前に全身が凍りついた。
「わたし、このお屋敷を出ようと思います。」
顔を上げ切なそうに遠くを見据えるリアの瞳は真っ直ぐで、瞳を潤ませながらも強い意思が感じられた。
リアの言葉が実行され彼女が消えたその後に訪れる恐怖を考えると、凍り付いていたアルフォンスの全身は一気に解凍され、熱に汗が噴き出す。
「ちょっと待ってっ。いま君に出て行かれたりしたらザガートは恐ろしい猛獣のままだ。唯一君だけがあいつに心を与えられる存在だってのに、その君が突然いなくなったりしたらあいつは狂気で国さえ滅ぼしてしまいかねない!」
リアの両肩をゆすり、紫の目を見開いて必死の形相で引き止めにかかるアルフォンスに驚きはしたものの、リアの意思は変わらず小さく首を振る。
「アルフォンス様まで…そんな風に慰めて下さるのは本当に有り難い事です。でも、ザガート様の優しさに甘えてばかりではいけないと…ザガート様に縋るのではなく、新しい働き口を見付けて自分自身の力でしっかりやって行かないといけないって思っています。」
「じゃあ仕事が見つかるまではここにいてくれるんだよね?!」
「いいえ、それまでは孤児院に身を寄せようかと―――」
「駄目だっ、絶対に絶対に絶対に駄目だっ!!!」
「あ…アルフォンス様?」
目尻に涙を滲ませ、子供のようにダダをこねるアルフォンスにリアは漆黒の目を見開く。
当のアルフォンスはと言うと、リアを引き止めるため、国の存続の為にと必死になるあまり感情的になり過ぎて、無意識にも紫の瞳からきらきらと輝く涙を零していた。
「お願いだからそんな事言わないで。どうしてもって言うならッ…そう、もともと君は僕の家に勤める予定だったんだからせめてそうしてくれないかっ?!」
「でも…ゲルハルクのお屋敷では時間を守れなかった私は不要の筈。それに、アルフォンス様にまでご迷惑をかける訳には参りません。」
ザガートが最初に言ったでまかせが尾を引いているのか、リアはアルフォンスの必死の願いも受け入れない。だが泣き倒しの末、最後に勝利を勝ち取ったのはアルフォンスの方だった。
取り合えずアルフォンスが(名目上)リアに見合った新しい仕事を紹介するので、それが決まるまでは屋敷を勝手に出て行ったりしないと約束を取り付ける。
しかし律儀なリアの事、思い詰めこっそりと出て行てしまう事も考えられるので、ザガートの元教育係で現在は屋敷の侍女頭を務めるライラにリアの見張りを頼み、アルフォンスは詳しい状況把握のため城に上がっている筈のザガートを追った。
*****
ロウディーン帝国の国王と王妃は、実の息子を前に怯えきっていた。
重大な話があると言って王と王妃の両者に面会を申し込んで来たザガートに対し、王妃は絶対拒否の姿勢で臨んだが、それによってザガートの怒りを買う事の方が怖いと国王に説得され、しぶしぶ面会の席についたものの、自らが産み落とした輩とは到底思えぬ醜悪な容姿と、巨大で恐ろしい姿をしたザガートに震えあがり言葉を失う。
若かりし頃は絶世の美女と謳われた自分から、いかにしてこの様な魔物が生みだされたのか…出産と同時に魔物の子と取り違えられたのではないかと、王妃は有り得もしない事を本気で考えてる。
我が子に対する恐怖心から、頼りないながらも国王の背に身を隠していた王妃は、更に身の毛のよだつ言葉を耳にした。
それは―――王妃の愛する王子…正当に王妃の美貌を受け継いだ王子達の一人、第三王子のイシャルの元にザガート推薦の娘を輿入れさせるという言葉。
「イシャルの元にリアを輿入れさせたい。」
「なっ、何ですってっ?!」
さすがの王妃も我が耳を疑い王の後ろから声を上げたが、ザガートから視線を向けられ「ひっ…」っと怯えて再び国王の背に隠れる。
「しばし待てザガートよ、その娘と言うのは確か…そなたが森で拾い屋敷に上げているとかいう娘ではないのか?」
王の問いかけにザガートは無言で頷いた。
我が耳を疑ったのは王妃だけではない。
国を守る要とすら言える我が子に対し、情けなくも怯えはしていたが王妃のそれまでではない王は、ザガートの言葉を頭の中で整理していた。
リアと言う娘の話は王の耳にも入って来ている。
女に見境のないフェルティオの誘いを鼻であしらい、ザガートを前にしても怯える事のない奇特な娘と噂され、いったいどんな剛腕の娘かと聞けば普通のあどけない少女と言うではないか。しかも魔法師団副師団長のアルフォンス情報によれば、ザガートはその娘を溺愛し、後にも先にもザガートの嫁になれる女は彼女をおいて他にないと宣言していた。
ザガート自身が本気で惚れた娘と報告を受け、まさかと思いながらも奇跡の起きる日を心待ちにしていたと言うのに―――
目の前の息子は、その娘を弟に嫁がせたいと言って来ているのだ。
惚れた娘をみすみす手放す馬鹿が何処にいる…これは虚弱で引きこもりのイシャルに対する新たな嫌がらせではないのかと、アルフォンスの誤報に狂喜していた自分が情けない。
「しかしだな…イシャルはまだ一六だ、本人の意向もある事だし、何より身分が釣り合わぬではないか?」
「王族で一六の婚姻は珍しい話ではない。王太子ではないイシャルなら身分の問題はいかようにも取り計らえる。後はイシャル側だが、イシャルの了解が取れるなら王は問題ないか?」
慇懃無礼な態度という訳ではない。
たとえ父親とて国王に対し敬語を使わないのには相当の問題があるが、これはザガートを恐れ、その言葉使いを過去に一度も指摘して来なかった周囲の影響だ。ザガート自身は王を敬い、一線を引いて接しているのだが…はたから見ると現在の状況はさしずめ顔面蒼白で唇を震わせる国王を追い詰めた敵国の戦士…である。
「そ…そうであるな。うむ。身分はどうとでもなる。では後はイシャルの意志を問うてみるとするかな?」
これで良いだろうかと同意を求めて来る国王にザガートは頷き、先程すれ違ったイシャルの事を思い出して自ら確認の為に下がって行った。
一時ザガートが姿を消した途端、息子を恐れるあまり国王の背に隠れていた王妃は美しい顔を歪め、王の首根っこに掴みかかる。
「あなたっ、これはいったいどういう事ですの?! わたくしの可愛いイシャルが…イシャルが…まだ一六だと言うのにわたくしの手を離れて行くなんて絶対に許せませんわっ!」
どうしてザガートの意見に従うのだと渾身の力で首を絞めて来る王妃に、国王は泡を吹きながらも何とか生還し、抗議の声を上げる。
「そなたは予に死ねと申すか?! ザガートに異を唱えあの腕で首を圧し折られたらいかがしてくれると言うのだ?!」
「あなたの首の一つや二つなどわたくしの可愛いイシャルに比べたら何だと言うのですっ。あなたの変わり等いくらでもおりますが、イシャルの変わりはおりませんのよっ!」
その言い種はあんまりではないか…と、長年連れ添う王妃に落涙し抗議してみるものの、傍らの王妃は大事な美しい愛する息子が我が手を離れる不安で、王の命を差し出してでも何とかして阻止できはしないかと画策していた。
一方、恐怖に満ちた空間の物影に、一人楽しそうにほほ笑む見目麗しい第一王子フェルティオの姿がある。
これは面白い事になりそうだと―――フェルティオは新しく迎えた側室の元へ向かうのを取り止めると、浮足立ってその場から立ち去って行った。
*****
リアとイシャルを結婚させる―――
ザガートがいったいどういった理由でそのような馬鹿な考えに至ったのか。恋愛に疎すぎる単細胞の浅はかな考えなど、百戦錬磨(リアを除く)のフェルティオには手にとるように予想できた。 恐らく、否、確実に、昨夜二人の間で何かがあったのだろう。
ザガートは勿論、リアとて一見普通の娘の様でいて、実の所はフェルティオに靡く事のない奇特な娘。その出来事によりリアはともかく、ザガートは大きな勘違いをしてしまっているのだろう。その出来事により一人落ち込み、短絡的思考でリアの身の振り方を考えたに違いない。
不可抗力であったとしても、ザガートはリアという本来なら守るべき愛しくか弱い女性の指を折るという失態を犯した。そのリアの指を癒したのはほかでもない、まるで少女のように愛らしい実弟イシャルなのだ。か弱い乙女の様な二人が並ぶ様は獰猛なザガートに如何様に映ったであろうか。
実際にはザガートに怯え、情けなくもリアの背に隠れる腰の引けたイシャルと、それに寄り添う優しい少女。そこの光景はザガートの目に穏やかな物と見てとれ、二人の間に何かしらの情が存在しているような錯覚を覚えていてもおかしくはない。そして誰知れぬ出来事がその想いに拍車をかけ、ザガートの心のうちでは『リアとイシャルは思い合う仲』という、初対面の二人にも関わらず何の脈絡もない事実が出来上がってしまったのだろう。
さて、二人の間にいったい何が起こったのか。こんな面白い事態を目の前に妾遊びに興じている暇などない。
フェルティオはリアと鼻を突き合わせると、子供のように碧眼をきらきらと輝かせ、期待に満ちた瞳で問いかける。
「で、実際の所何があった?」
「何と…申されましても―――」
アルフォンスとの約束を守りザガートの屋敷で務めを果たしていたリアは、突然現れたフェルティオに攫われる様に手を引かれ馬車に押し込まれると、あっと言う間に城にあるフェルティオの私室に連れ込まれてしまっていた。
「昨日城を後にしてからザガートが登城するまで、君との間に何かあった筈だよ。これはザガートに関わる由々しき問題。私も兄として、大事な弟の力になりたいと常々願っているんだ。」
「ゆっ、由々しき問題?!」
自分のせいでザガートの身に芳しくない事情が持ち上がってしまったのかと、リアは思わず声を挙げた。
慌てるリアに優雅に微笑むと、何気に手を取り甲に口付けるフェルティオ。ところがリアの頭の中は、自分のせいでザガートに降りかかるであろう由々しき問題とやらでいっぱいで、そんなフェルティオの行動に全く気が付いていない。
「わたしっ、どのようにして償えばいいのでしょうか?!」
「償うとは? 昨日二人の間で何があったのだ?」
フェルティオはリアの手に口付けたまま、うっとりするほど魅力的な視線をリアに落とし続ける。が、リアは恐怖の為か青褪め小刻みに震えるばかりだ。
やはりおかしな娘だ、普通ならこれでどんな女でも即陥落するのに―――と、場にそぐわない考えを抱きつつ、面白いとばかりに更に距離を縮めた。
「昨夜…ザガート様のお酒の相手を―――」
「それで襲われでもしたか?」
「まさか、ザガート様に限ってそんな事絶対にあり得ませんっ…って、フェルティオ様?」
いったい何を? と、訝しげな視線を向けられ、フェルティオはリアのブラウスのボタンに絡めた指を引いた。
「気にするな。で、酒の相手をして何か問題でも?」
ザガートは酒に弱い訳でも酒乱という訳でもなかった筈だ。だとしたらこの娘が何かやらかしたのだなと、フェルティオは心躍らせながら先を問う。
「その…恐れ多い事でございますが…わたしっ。」
リアは恥ずかしそうに顔を赤らめると強く目を閉じ、思い切って告白する。
「ザガート様を前に酔っぱらうという失態を犯したうえ、自分の気持ちを止められずに思わず愛の告白を―――っ」
「愛の告白?」
「わたしの様な者がお慕い申し上げるだけでも大罪に等しいと解っておりましたのに、つい…。それをザガート様は広い心を持って受け止めて下さって。」
酔った勢いで告白し、ザガートもそれを了解した。これだけならあっさり上手く行ったように思われるのだがそうはいかない。リアの致命的欠点…ザガートを崇拝しすぎるあまり、リアはザガートの了解を、女の身でふしだらな告白をしたリアを庇っての事だと思い込んでしまっているのだ。
そうして破壊的なまでに恋愛に疎いザガート故、リアの焦りを目撃し告白の事実を記憶の彼方に押しやってしまったのだろう。
何て馬鹿な弟だろうと、フェルティオは心の中でほくそ笑む。
そう簡単に恋愛成就されては折角の楽しみが台無しになってしまうではないか。恋を知り、それに慌てふためくザガートの様を思う存分堪能させてもらってからでないと面白くもなんともない。
しかしこのまま黙って傍観していては二人の将来は無いに等しいだろう。ザガートの勘違いによってリアはイシャルと強制的に婚姻を結ばされるに違いない。何しろ父親である国王は世界中の何よりもザガートを恐れ、ザガートの言葉に一度たりとも異議を唱えた事がないのだ。
極悪非道で血も涙もないザガートがやっとのこと恋に目覚めたのだ。人としての心を手に入れるのに最初で最後となる絶好のこの好機を逃せば、今後ザガートは猛獣どころか大魔王への道一直線である。そうなられては将来国を背負うフェルティオとしても少々不味い事になってしまうし、何より面白くもなんともない。ザガートの弱点となるリアを手の内におき、奇妙なザガートの行動を観察するのは女と戯れるより楽しく、退屈を凌げる有効的手段ではないだろうか。
自分に靡かない娘を落とす喜びというものを感じてみたい気もするが、リアは世界に唯一の奇特で貴重な存在。全てを手に入れる事の叶うフェルティオとしては、まぁ残念ではあるが一つくらい諦めてみるのも悪くはないと…思いつつ、ザガートへの想いを秘め、悲嘆に暮れるリアの小さな顎をフェルティオの指が捕えており、それが原因となって間もなく高く乾いた音が部屋に響く事となった。
*****
「リアを妻に娶る覚悟はるのだろうな。」
寝台の傍らに仁王立ちになり、静かにだが威圧的に見下ろすザガートをイシャルは恐怖と驚きで見上げる。
「あ…兄上…いったい…」
「覚悟はあるのかと問うている。」
覚悟も何もここで肯定しなければ首を撥ねられる勢いに、イシャルは全身をガタガタとふるわせながらも我が身を守るため、必死になって頭を働かせた。
リアとは昨日初めて出会った。彼女はザガートからイシャルの身を守ってくれた光り輝く天使だ。
物腰柔らかく慈愛に満ち、その微笑み一つでザガートの怒りを鎮めてしまう奇跡の人。イシャルの本能は、彼女さえいればザガートから身を守り続ける事が出来ると告げていたし、イシャル自身、あのような女性の傍らにいられるならどれ程安心した時間を過ごせるだろう。
しかし同時に本能が告げる。
彼女を手に入れる事だけは決してしてはならないと。それは死を覚悟するのに等しいと、イシャルの脳裏でけたたましい程の警笛が鳴り響いていた。
覚悟はあるのか―――その問いに答える術の無いイシャルは、ここで首を切り落とされる瞬間を待つのが恐ろしいあまり、直ぐ様意識を失ってしまいたい衝動に駆られたが、あまりの恐怖で本日二度目の気絶は叶わない。
「あ…兄上…ですが彼女は…っ」
「何? はっきり言え、聞こえぬぞ?」
「いえっ、あのっ…彼女は兄上のっ…たっ…たたたたっ、大切な御方なのではっ…」
イシャルの言葉にザガートの眉がピクリと反応し、イシャルは『ひッ…』と肩を窄めた。
してはならぬ質問だったのか、ザガートの眼光が鋭く輝き、獲物を狩る戦士…いや、獰猛な魔獣のそれへと変貌を遂げた。
「それ故覚悟があるのかと問うておるのだ。」
「ひぇぇっ、ありますありますっ。どのような覚悟であろうと兄上のお望み通りにいたしますっ!!」
イシャルの返事に苦々しく顔を歪め、奥歯を噛み締めぎりぎりと苦痛に耐えるかに唸るザガート。己の満足行く答えを導き出した筈なのに心が晴れる所か、何故か胸の奥が苦しく締め付けられる。
これでいい。この世でたった一人ザガートに心に温もりを、平穏を与えてくれたリアが幸せになれるのなら何も不満はない…筈であるのに何故だろう? やり切れないという思いとイシャルに対して湧き上がる嫉妬心で、今まで経験した事のない怒りと身震いが起こってしまうのだ。
万民に愛されたいなどと幼稚な考えは微塵も浮かばない。誰一人にすら受け入れてもらえずとも剣を握り、腕を磨き己の世界を極めて行く事だけで満足だった。ザガート自身がそれ以外の全てを拒んでいると言っても過言ではなく、剣を握れる事実こそが神に感謝すべき出来事で、本当に他には何も望んだ事はなかったのだ。これまでも、そしてこれからもそうであると当然のように感じていた筈なのに―――。
リアが己の手を離れ、大事に思う弟とは言え自分ではない男だけの物になる。
それを目の前で実感した瞬間、自分で導いた結果であるにもかかわらずザガートは、あまりの嫉妬と怒りに支配され身を震わせ、その怒りは周囲の空気を振動させるほど強烈な物へと化した。
腰の剣に今にも手をかけ、抜きそうになる自我を精一杯の想いで押し留める。
それもこれも全てはリアの為。
一人の娘に懸想し、自分勝手な感情で彼女の幸せを摘み取る事など許されない。ここで己に負けイシャルを傷つけてしまえば誰よりも悲しむのはリアだ。愛した女性の幸せを願い、潔く身を引く事こそ自分にできる唯一の道。
ザガートは血がにじむ程拳を握りしめ、血走った眼で眼光鋭くイシャルを見下ろす。
リアと並べばお似合いの弟。羨ましくて仕方がないその美しい弟は、ザガートの怒りを感じ取り恐れながらも気丈にリアに対する愛を紡いだ…と、ザガートは勝手に思い込んでいる。
そんなイシャルを恐れさせたことに反省したザガートは怒りを払い除けようと、更に握る拳に力を込めた。
「案ずるな、命の保証はしてやる。」
この先、将来に何があろうとイシャルがリアを幸せにするのなら、ザガートは二人の為に己の命をかけて守り通すと誓う。
しかしザガートの言葉足らず、しかも一方的勘違いの言葉はイシャルに伝わる事はない。イシャルにとっては命の保証=命までは奪わないと、脅迫以外の何物でもない言葉なのだ。
心に苦しい思いを抱え、ザガートはイシャルの部屋を後にする。
ザガートが目の前から消えた途端、イシャルは寝台の上に両手を付き項垂れると全身から大量の汗を放出させ、汗はイシャルの衣服を濡らし、肌を伝い白いシーツにまでも染みを作る。
いったい―――なんだったんだ?!
命の危険が去り、イシャルは必死になって心を落ち着けようとするが、鳴り響く鼓動は収まらない。
突然部屋に押し掛けて来たザガートは、イシャルに対して昨日初めて出会った少女を妻に娶れと脅迫して来た。その少女はザガートを恐れる事なく立ち塞がりイシャルを守ってくれた人で、穏やかな微笑みを湛える天使の様な少女だ。恐怖の象徴とも言えるザガートを前にしても少しの恐れも示さない。そんな少女を羨望しはするが…自分ごときが妻に娶る事が許されるのだろうか?
あの少女を妻に…前向きに考えだした思考にイシャルは頭を振る。
彼女はあのザガートご執心の娘だともっぱらの噂だ。そんな女性を妻に迎えた暁には幾ら命があっても確実に殺されてしまうだろう。それが例えザガートの命令であったとしても、いつ何時心変わりするとも限らないではないか。
だが―――あの少女が傍らにいる限り、ザガートの魔の手が及ばないとイシャルの本能は語る。
いったい自分はどうするべきなのか?!
ザガートを恐れ命を惜しむイシャルは寝台の上で一人もんどり打ち続けた。
*****
リアの喜ぶ顔が脳裏に浮かぶ―――
イシャルとリアを結びつけるお膳立てを整えたザガートは、いつもと異なり足取り重く帰路についた。
いつもなら跨り馬上で引く筈の手綱を徒歩で引く。少しでも帰宅を送らせたいという無意識の行動だ。
初めて出会った時、自分を恐れる事無くにっこりと微笑みかけてくれた少女。表面上だけで取り繕うのではなく、恐怖を抱くどころか、心の底から無条件にザガートに対して信頼を寄せてくれていた。そんなリアに出会った瞬間恋に落ちはしたが、自分の様な人間が彼女を手に入れる事など夢の中でのみの出来事でしかなかったのだ。
奪う様に屋敷に連れ帰って来たが、もうそろそろ彼女を解放してやらなければならないだろう。純真無垢な若い乙女が使えるべきは、恐れ忌み嫌われる自分ではない。それに相応しい伴侶と共に人生を歩むべきだ。
表面上そうは見えないが、項垂れ気落ちしたザガートの視界にアルフォンスの姿が映り、アルフォンスの方もザガートの姿を認める。が、次の瞬間、驚いたように紫の瞳を見開いたアルフォンスは踵を返し元来た道を一目散で走りだした。
アルフォンスの奇怪な行動に反応したザガートは馬に飛び乗ると、瞬時に馬を走らせアルフォンスの首根っこを掴みとる。
片腕で軽々と宙摺りにされたアルフォンスは苦しいと、己の衣服によって締め付けられる首を保護し、足をばたつかせた。
「こんな所で何をしている。」
「なっ…何もっ…」
「―――リアに何かあったな?」
「!!!!!!!!」
恋愛に疎くとも野獣と呼ばれるだけあり野生の感は人一倍働く。それが百戦錬磨で剣を交えれば敵なしと言われ、事実でもあるザガートの恐ろしさだ。
「何があった。」
「いや…屋敷から消えたんだ。でも大丈夫。僕がすぐに連れ戻すからっ。」
拘束を解かれたアフフォンスが咳き込みながら答えると、ザガートの眉間に皺が寄り黒い気配が辺り一面に立ち込め、遠巻きに様子を伺っていた民も一斉に建物に籠ると扉を硬く閉ざす。
「フェルティオだな…」
何処までも低音で地響きを起こすほどの低い声に、それに慣れている筈のアフフォンスですら竦み上がった。
ザガートは手綱を引き馬の鼻先を変えると同時に腹を蹴りあげた。そうして足取り重く来た道を今度は馬の蹄を轟かせながら、これでもかという速さで突っ走って行く。
一瞬で見えなくなってしまったザガートの姿を呆然と見送っていたアルフォンスであったが、はっとすると慌ててその後を追った。
怒りに任せ舞い戻って来た王宮のとある一室。
第一王子フェルティオの私室へと通じる重厚な扉を守る二人の衛兵は、怒りを湛え鬼の様な形相で迫り来るザガートに躊躇する事無く道を開く。
これでは扉を守る意味が全くないが相手はザガート。怒りを湛え何処からどう見ても殺気に満ち溢れており危険な状態でるのは一目瞭然だが…フェルティオにとっては実の弟であり、態度はどうあれフェルティオはザガートを信頼している。だがら大丈夫だろうと…衛兵はザガートが傍らを通り過ぎると同時に生唾を飲み込み、無意識にとはいえ身を守る行動故か、腰の剣へと手をかけた。
リア救出(?)に再び城へと舞い戻って来たザガートは、扉を開けるなり飛び込んで来た目の前の光景に石化した。
豪華な一人掛けの椅子に優雅に腰かけ、背もたれに背を預けつつ肘かけに両腕を預けるフェルティオ。そのフェルティオに向かって腰を屈め、両手を差し出したリアはその両掌でフェルティオの頬を優しく包み込んでいたのだ。
けたたましく開け広げられた扉に、二人は今まさにとっていた行動から意識と顔だけをザガートに向かって投げかけた。
自信に満ち溢れ、嫌味な程に余裕綽々なフェルティオの碧色の瞳と、リアの潤んだ漆黒の瞳が同時にザガートを捕える。
そこだけ世界の事なる美しい光景にザガートは息を飲み、動きを封じられた。
その様子にフェルティオは僅かに口角をあげると、己の頬から離れようとしているリアの腕を取り引き寄せる。フェルティオに向かって屈んだ姿勢を取っていたリアはいとも容易くその腕の中へと抱え込まれた。
不意の事にリアの手から濡れた白い布が取り落とされ、それによってザガートはフェルティオの両の頬に残る赤い腫れを確認する。
「貴様っ―――!!」
流石のザガートにもフェルティオの頬に残された腫れがリアによって殴られた跡である事。それがどのような状況によってつけられたのもであるか瞬時に理解され―――ザガートは迷う事無く腰の剣に手をかける。
「違います、ザガート様っ!」
「違いなどあるものか。」
リアの制止も聞かず剣を抜いたザガート。その光景を冷静な目で見ていたのは当事者でもあるフェルティオであった。
「話しを聞けザガート、リアの言う通りだ。」
「貴様に向ける耳など生憎持ち合わせてはいない。」
リアを腕から解放しろと唸るザガートに対し、フェルティオはリアを抱き寄せる力を強めた。
「この世で彼女を最も強く傷付ける輩には、何を言っても無駄たという事か?」
「何―――?」
全く呆れると、フェルティオはわざとらしい程に深い溜息を落とす。
「気に行ったという理由一つでいたいけな娘を強引に己が屋敷に連れ込んだ挙句、今度は用無しとばかりにイシャルへ下げ渡そうとしているではないか。」
「何を馬鹿な―――」
用無しではなく、全てはリアの為とザガートが口を開くよりも早くフェルティオの追及が及ぶ。
「では何か。お前は娘が自らそれを望んでいるとでも?」
「それ以外の理由が何処にある。」
ぎりりと奥歯を噛み締めるザガートを鼻であしらうと、フェルティオは慣れた手つきでリアの顎を捕えた。
「ザガートはお前とイシャルの婚姻を整えようとしているが、お前自身はそれを望むのか?」
「えっ―――」
リアは驚きと共に目を見開き、ゆっくりとザガートへ視線を向けた。
疑問と不安に満ちた瞳がザガートを見上げる。
「どういう…事ですか?」
孤児院育ちの娘と、ロウディーン帝国第三王子のイシャル。
本来なら永久に何の接点すら生まれる事のなかった筈の二人には、雲泥の差以上の身分の違いあがる。黒騎士団団長であるザガートの姿を認める事はあったとしても、病弱で城の外に出る事すらままならないイシャルとの出会いは奇跡以外の何物でもないし、昨日出会ったとはいえ、それでもリアにとてイシャルは雲の上の存在だ。
そんな自分と第三王子の婚姻をザガートが整えようとしている?
聞き間違いと己が耳を疑うリアに、フェルティオは同じ言葉をもう一度繰り返した。
「既にザガートはお前とイシャルの婚姻許可を国王から受けている。このままだと近いうちにお前がイシャルの妻になるのは決定してしまうが…それでもよいのか?」
フェルティオの言葉にリアは蒼白となり、両手で口を覆いガタガタと身を震わせた。その様子を目にしたザガートは大きな不安を覚える。
目の前で身震いし恐怖に怯える娘の姿。それは常にザガートが自分を恐れる輩から向けられ続けるものと同じ物だ。決定的な違いはリアに襲いかかる恐れが、ザガートに向けられているのではいないという事。
「何も恐れる事はない―――」
愛する者と添い遂げるのだから―――言いかけた言葉は胸を襲う痛みが邪魔をして紡ぐ事が出来なかった。
震えるリアに言葉を失ったザガート。
フェルティオは万民を引き付ける微笑みを浮かべリアを覗き込むと、耳元でそっと囁く。
「私の問いに真実だけで応えて。そうすれば君の犯した罪を許し、主であるザガートにその責を問うのは止めてあげてもいいよ?」
フェルティオの囁きにリアははっとし、一瞬で現実に引き戻される。
リアの犯した罪―――
目の前には美しいとしか例えようのないフェルティオの顔が迫っている。その顔、両の頬にはくきりと、リアによって殴り付けられた手のひらの痕が。
リアはザガートの屋敷に使える使用人。その使用人が王太子であるフェルティオに手をあげたのだ。たとえ弟とは言え、リアの主としてザガートが叱咤され責任を問われるのも当然の事。
フェルティオは今にも床に平伏し、土下座で謝罪を試みようとするリアの腰をがっしりと掴んでリアの意識を捕えた。
「お前はイシャルの妻になる事を望むのか?」
「いっ…いいえ―――!」
「お前はイシャルを男として愛しているのか?」
「そんなっ…ロウディーンの王子殿下として敬いは致しておりますが…恐れ多い事でございます!」
「では…そなたが心より愛おしむ男は誰だ?」
「―――そのような殿方などっ」
おりませんと言いかけたリアをフェルティオの瞳が鋭く貫く。
「真実以外の言葉など不要だ。」
美しい顔に浮かぶ辛辣なまでの冷たい視線。
その視線の先にある絶対的な権力を感じ取り、リアの背に冷たい汗が伝った。
「そなたが愛おしいと思う男の名を申してみよ。」
笑顔の下に潜む恐怖にリアはカタカタと震え、静かに答えた。
「ザ…ガート、様です。」
*****
ザガート様です―――
震えるリアから紡がれた言葉にザガートは大きな衝撃を受け、その脳裏には昨夜の出来事が一気に覚醒する。
『大好き…大好きです、大好き―――』
高揚したリアから漏れた告白が、たった今耳元で囁かれたかに思い出され、ザガートは訳が分からず頭を掻き毟ってリアを凝視した。
フェルティオに囚われたリアはザガートをゆっくりと見上げ、頬を染めたかと思うと漆黒の瞳から大量の涙を溢れさせ―――耐えきれないとばかりにフェルティオから逃れると、顔を覆い隠して一気に走り出す。
その様を唖然と見送ったザガートはその場に立ち尽くし茫然としていたが、やがて怒りの矛先を目の前のフェルティオに向けると剣を握り直した。
が。
「聞く所によると、彼女は破壊的なまでに極度の方向音痴らしいな。じき日も暮れる。城内とはいえ、この城には飢えた狼が少なくはないと思わないか?」
その言葉にザガートははっとする。
途端に目の前の獲物に興味を失くすと、大きな図体に似合わぬ俊敏な動きで踵を返し、姿を消したリアの後を追って駆け出して行った。
さて、これから面白くなるぞ―――とフェルティオは満足そうに微笑むと深く椅子に腰かけた。
リアの思い人がザガートである事をザガート自身が知ったのだ。流石のザガートも今度こそはリアを手放すまい。
己の行いを詫び、どれ程の想いをリアに抱いているのかを正直に口にするだろう。二人は両想い、めでたしめでたし…と、本来なら幕引きとなる所だろうが―――相手はあの奇特な娘、そう上手くは行くまい。
しかも決定的な弱点とも言えるのだろう…リアには女に生まれたなら僅かにも持ち合わせていて可笑しくないしたたかさが微塵もなかった。
極端なまでに身分に拘り己を卑下し、自分はザガートに最も相応しくない人間だと信じられない程強く思いこんでしまっているのだ。
そもそもフェルティオにすら落とせない娘。女に疎いザガートにそう易々と落とせる訳もなく…もしかしたら永遠に二人が添い遂げる日は来ないやも知れない。が、その時はまた手を貸し面倒を見てやるのもいいのではないか。
一人肩を震わせ笑いを漏らすフェルティオの元へ、一人の男が慌ただしく駆けこんで来た。
「少しばかり遅かったな。」
見せ物は終わったぞと告げるフェルティオに、全身汗まみれのアルフォンスは肩で大きく息をしながら大きな疑問をぶつける。
「何で生きてるんです?!」
「―――お前なぁ…」
アルフォンスは驚き、心底驚愕した様子で、何故ザガートに殺されていないのかとフェルティオに向かって叫んだ。