第23話:銃を向けられたので岩をぶつけて、ついでに人体実験してみた
香織や沙織、ミクがそれぞれ仕事や学校で忙しくしている、とある休日。
一人で手持ち無沙汰になった淳志は、ふらりとアメリカのラスベガスへと『転移』し、カジノのVIPルームで優雅な独身貴族の休日を満喫していた。
「――ねえ、東洋のハンサムボーイ。この後、私と二人で抜け出さない?」
ルーレットで適度に遊んでいた淳志に、ハリウッド女優のように美しいブロンドの美女が、甘い香水を漂わせながら身を寄せてきた。
語学堪能で、大人の余裕を身につけた(と自分では思っている)淳志である。カジノで美女から逆ナンパされるなど、男としての自尊心がこれ以上なく満たされる最高のシチュエーションだった。
(おっ、俺ってばやっぱりモテるな! ここはスマートにエスコートして、大人の火遊びを……)
ニヤリと笑い、美女の腰に手を回そうとした、その瞬間。
淳志の脳裏に、先日のおでん屋で見せた香織の夜叉のような微笑みと、沙織のジト目がフラッシュバックした。
『小林くん。……オハナシ、シマショウカ?』
幻聴が聞こえた途端、淳志の全身の毛穴から滝のような冷や汗が噴き出した。
チート能力を手に入れ、最強の肉体を持つ男が、見えないプレッシャーの前にガタガタと震え上がる。
「あ、ごめん! 俺、急にニューヨークで用事を思い出したから! じゃあね!」
「……ワッツ?」
淳志は美女を置き去りにし、トイレに駆け込むなり、逃げるようにニューヨークへと『転移』した。
結果として浮気など一切していないのだが、淳志の心境は完全に「妻に隠れてコソコソと浮気をごまかす駄目亭主」のそれであった。
(危なかった……! バレたら確実に俺の胃袋と命が終わる。機嫌を取るために、最高級のワインとスイーツを買って帰らなきゃ……!)
何も悪いことはしていないのに、謎の罪悪感に追われるようにマンハッタンの街を歩き回り、両手いっぱいにお土産を抱える淳志。
そんな小市民的な焦りが隙を生んだのか、淳志が近道のために薄暗い路地裏へ足を踏み入れた時のことだった。
「ヘイ、イエローモンキー。命が惜しかったら財布とその荷物を置いていきな」
路地裏のゴミ箱の陰から、2メートルはあろうかという巨漢の黒人男性がヌッと現れた。
その右手には鈍く光る拳銃が握られ、淳志の眉間を正確に狙っている。
普通なら絶望して命乞いをする状況だが、淳志は面倒くさそうに深々とため息をついた。
(まったく、治安が悪いな。俺は今、お土産の保冷剤が溶ける前に帰りたいんだよ)
淳志が視線を向けた瞬間。男の手から拳銃が忽然と消失した。
「……ハァ!?」
自分の手から消え失せた銃を見て、男が目をひん剥く。
その隙を突いて、淳志は前傾姿勢になり、男の腹部に向けて右拳を放った。
ただのパンチではない。
拳が相手の肉体に当たるコンマ1秒前、異空間から「数十キロの重い岩」を拳の先にピンポイントで出現させる。そして、岩が相手の身体に激突した瞬間に、再び岩だけを『収納』するのだ。
岩を出したままにすれば相手はミンチになって死んでしまうが、瞬時に収納することで「ヘビー級の質量を持った運動エネルギー」だけを相手に叩き込むことができる、淳志オリジナルのチート格闘術である。
「軽くでいいか。よいしょっと」
ドゴォォォォンッ!!
「グベェッ!?」
淳志の放った『軽いパンチ』を受けた巨漢の強盗は、まるでダンプカーに撥ねられたかのように路地裏のゴミ箱をなぎ倒し、十メートルほど先まで吹っ飛んで白目を剥いた。
「あれ? 人間って案外脆いな?」
首を傾げる淳志。それもそのはずである。
淳志の言う『軽い』の基準は、かつて北海道の山中で遭遇した「体重150キロを超える筋肉の塊・野生のエゾシカ」を怯ませた時の威力なのだ。あの強靭な野生動物を基準にして、ただの人間を殴ればこうなるのは当然だったが、己のデタラメさに無自覚なのが『淳志クオリティ』であった。
「まあいいや。……あ、そうだ!」
気絶しかけてピクピクと痙攣している強盗を見て、淳志はポンと手を打った。
(前から疑問だったんだよな。『転移』って、自分以外の人間を一緒に連れて飛べるのかって。……おそらく大丈夫だと思うし、確信めいたものもあるんだけど。でも、大切な香織さんや沙織たちで試して、万が一何かあったら取り返しがつかないしなあ)
誰かで安全性をテストしたい。
そう思っていた淳志の目の前に、神様が用意してくれたかのような「丁度いい実験台」が転がっていた。
淳志は満面の笑みで、白目を剥く男の胸ぐらを掴み上げた。
「おーい、生きてる? 銃突きつけて強盗したことは許してあげるから、すまんがちょっと俺の実験に付き合ってね!」
「ア、アァ……? オマエ、悪魔カ……?」
「いやいや、ただのしがないサラリーマンだよ。それじゃ、いくよ!」
淳志が頭の中に座標を思い浮かべた瞬間。
二人の視界がぐにゃりと歪み、ニューヨークの薄暗い路地裏の景色が完全に消失した。
「……ヒッ!?」
強盗の男が次に目を開けた時。
そこは、照りつけるカリフォルニアの太陽の下。巨大な『HOLLYWOOD』の白い看板がそびえ立つ、ロサンゼルスの丘の上だった。
東海岸から西海岸へ、一瞬の空間跳躍。
「おー、成功成功! やっぱり人間も連れてこれるんだな! 腕も足もちゃんとくっついてるし、完璧だ!」
一人でパチパチと拍手をして喜ぶ淳志の足元で、男は完全に理解を超えた現象に宇宙猫のような顔になり、ガクガクと震えている。
「いやー、おかげで助かったよ! 君、丁度よかったわ! ありがとね!」
淳志は財布から紙幣を数枚抜き出すと、震える男の手に無理やり握らせた。
「これ、千ドルね。これだけあれば、ここからでも普通にニューヨークまで帰りの飛行機乗れるでしょ? 気をつけて帰ってね。じゃあ!」
「ハ……? エ……?」
爽やかに手を振る東洋人の男は、次の瞬間、再びかき消えるようにその場から姿を消した。
ハリウッドサインの前にポツンと取り残された強盗は、握らされた千ドル札を見つめたまま、ただただ呆然と立ち尽くしこう思った。
『いや、帰りも送れよ』と。




