第21話:やっぱり男の好みが似るのかしら? 娘のガチ告白と孫の顔が見たい美魔女に挟まれ、俺の胃は今日も痛い
絶対零度のリビング。
フローリングの上に並んで正座させられた淳志と沙織は、冷や汗を流しながら、目の前で腕を組む香織からの尋問を受けていた。
「……なるほど。つまり、あなたたちがシンガポールの裏カジノで出会い、その……一夜の過ちを犯したのは、私が小林くんとイタリアに出張するよりも『前』の出来事だと言うのね?」
「はいっ! 誓ってそうです! 香織さんと結ばれるより前で、お互い素性も名前も知らなくて……っ!」
「そうよお母さん! 私も日本に帰ってきて、お母さんの彼氏だって紹介されるまで本当に知らなかったのよ!」
淳志と沙織は、それこそ命乞いをするかのような必死の形相で弁明した。
ここを間違えれば「恋人の娘に手を出した最低のクズ男」として社会的に抹殺されかねない。
淳志にとっては、己の命運を懸けた絶対に負けられない戦いだった。
二人の必死な様子と時系列の辻褄が合ったことで、香織はゆっくりと息を吐き、組んでいた腕を解いた。
そして、先ほどまでの能面のような表情から一転、どこか呆れたような、それでいて可笑しそうな笑みを浮かべた。
「……ふふっ。あらら、本当にただの偶然だったのね。血は争えないというか、やっぱり母娘で男性の好みって似るのかしら」
「か、香織さん……? 怒ってないんですか?」
恐る恐る尋ねる淳志に、香織は大人の余裕たっぷりに肩をすくめた。
「私と結ばれる前のことで、お互い素性も知らなかったなら責めようがないわ。それに……今回は何より、あなたが沙織の命を救ってくれたんだもの。過去の火遊びくらい、目くじらを立てる方が野暮ってものでしょう」
香織の寛大な言葉に、淳志は心の底から安堵の息を漏らした。
だが、平和な空気は一瞬で終わった。
「お母さん。……私、淳志さんのこと、本気で好きになったわ」
沙織が居住まいを正し、真っ直ぐに香織の目を見て宣言したのだ。
淳志がギョッとして隣を見ると、沙織の瞳には一切の迷いがなかった。
「元々顔も雰囲気もすごく好みだったからあの夜声をかけたんだけど……今回、文字通り命を救ってもらった。私の細胞の隅々まで知り尽くして、三ヶ月もつきっきりで助けてくれた彼に、惹かれないわけがないわ」
沙織は、世界中を飛び回る『生態系エンジニア』だ。
砂漠の緑化や荒れ果てた土地の土壌改良など、世界規模の環境プロジェクトを立ち上げ、莫大な資金を集めるためにシンガポールのVIPカジノで投資家たちと渡り合ってきた生粋のバリキャリである。
自立し、自分の意志で運命を切り開いてきた彼女の告白は、母親に対する挑戦状にも等しかった。
「小林くんは、私の彼氏よ? 譲る気はないわ」
「わかってる。だから、略奪するとは言わない。ただ、私がお母さんの彼氏である淳志さんにアプローチするのを、黙認してほしいの」
バチバチと火花を散らす美しき母娘。
淳志は再び胃の痛みを感じながら、ただそのやり取りを眺めることしかできなかった。
しかし、香織の口から飛び出したのは、淳志の想像を遥かに超える斜め上の提案だった。
「……そうね。小林くんは天然のタラシで、放っておいても女子高生やらなにやら変な虫が寄り付くから……いっそ、身内で管理した方が安全かもしれないわね」
「えっ?」
「小林くん。私がお仕事で海外出張に行っている間や、どうしても会えない時は……沙織とデートしても可とするわ。私が許可してあげる」
とんでもない「シェア協定」の爆誕である。
香織としては、淳志が他の素の知れない女にフラフラするくらいなら、目の届く娘と遊ばせておいた方がマシという、謎の合理性に裏打ちされた判断だった。
さらに香織は、内心で密かにこうも思っていた。
(沙織は仕事人間で一生結婚しそうにないけれど……小林くんとの間に子どもができれば、私も孫の顔が見られて万々歳ね)
もはや倫理観がどこかへ吹き飛んだ美魔女の密かな野望など知る由もなく、淳志は口をパクパクと開閉させていた。
「い、いや、ちょっと待ってください! いくらなんでも母娘でそういうのって……!」
「ふふっ。淳志さん、お母さんの公認も出たことだし、今度二人きりで美味しいものでも食べに行きましょうね? あの夜みたいに」
沙織が淳志の腕に胸を押し当てながら、耳元で妖艶に囁いた。
母親の前で平然と誘惑してくる小悪魔な「星」と、それを余裕の笑みで見守る「月」のような美魔女。
逃げ場など、どこにもなかった。
(俺はただ、平和に生きたかっただけなのに……っ!)
細胞レベルの手術をやり遂げた代償は、あまりにも重かった。
チート能力を手に入れた最強のサラリーマンは、今日も今日とて強烈なヒロインたちに振り回され、静かに胃薬を飲み込むのだった。




