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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第19話:カジノの恋人と、美魔女の愛娘

穏やかで平和な、いつもの日常。

 秋の気配が少しずつ深まってきた夜、仕事終わりに淳志の部屋を訪れた香織は、すっかり心を許した様子でソファに身を沈めていた。


 淳志が淹れたてのコーヒーをテーブルに置くと、彼女はふわりと上品な微笑みを浮かべ、カップに両手を添えてその香りを深く吸い込んだ。

 会社での隙のない「桜井課長」の顔から、一人の女性「香織」へと変わるこの静かな時間が、淳志にとっても何より愛おしかった。

 しかし、今日の彼女はどこか様子が違った。

 コーヒーを一口飲んだ後、膝の上で指先を少しだけ迷うように絡ませ、言いにくそうに口を開いたのだ。


「ねえ、小林くん。……実は、今週娘が帰国するの」

「ああ、海外で働いてるっていう」

「ええ。それでね……私が最近すごく楽しそうに仕事をしているから、娘が不思議がって。つい、あなたのことを少しだけ話してしまったの。そうしたら、帰国した時にどうしても会ってみたいって言い出して……」


 香織は困ったように眉を下げ、淳志の顔を覗き込んだ。


「ごめんなさい。私はただ、お互いに自立した大人のパートナーとして、あなたと長く一緒にいられたら十分だと思っていたの。結婚とか、家族とか……私には一度失敗した過去もあるし、もう子どもたちも手を離れている。私の個人的な事情や重たい枠組みで、まだ若いあなたを縛ったり、面倒に巻き込んだりするつもりはなかったんだけど……」


 申し訳なさそうに伏せられた香織の目を、淳志は優しく、だが力強く見つめ返した。


「香織さん。俺は、貴方の事情なら巻き込まれるのは本望ですよ」

「小林くん……」

「貴方の大切な娘さんなら、俺にとっても大切にしたい人です。それに、俺は貴方の全部ごと愛してるんですから。ぜひ、紹介してください」


 淳志の迷いのない言葉に、香織の瞳がじんわりと潤んだ。

 彼女は安心したようにふわりと微笑むと、淳志の胸にそっと身を預け、二人は甘く、穏やかな口づけを交わした。

 大人の男女としての、確かな絆を感じる夜だった。



 ――そして迎えた、顔合わせの当日。


 休日の昼下がり。待ち合わせ場所に指定された都内の高級ホテルのロビーに、淳志は少し早めに到着していた。

 身だしなみを整え、ラウンジに向かおうとした淳志の足が、ふと止まる。


「……あれ?」


 ロビーのソファに腰掛け、スマホをいじっていた一人の女性。

 洗練されたファッションに身を包んだ、二十代後半ほどの目を引く美女。

 淳志はその顔に、見覚えがあった。


(あいつ……イタリア出張の前、俺が暇つぶしで行ったシンガポールの裏カジノにいた……)


 お互いに本名も素性も明かさず、ただ一夜の熱い火遊びだけを交わした、ミステリアスな日本人女性。たしか名前は「サオリ」と名乗っていたはずだ。

 彼女も淳志の視線に気づき、ハッと目を見開いた後、ふっと妖艶な笑みを浮かべて立ち上がり、近づいてきた。


「奇遇ね。まさか日本のホテルで再会するなんて」

「ああ、驚いた。相変わらず、いい女だな」


 淳志もまた、大人の男としての余裕を漂わせながら、少しだけ低く甘い声で応えた。


「今日は誰かと待ち合わせ? もしかして、デート?」

「まあ、そんなところだ。君も?」

「ええ、ちょっと野暮用でね。……ねえ、またあのカジノで逢えたら、今度は本当のデートをしましょうよ」

「悪くない提案だ。楽しみにしとくよ」


 映画のワンシーンのようにスマートな会話を交わし、二人は軽く手を上げて別れた。

 大人の男の余裕。完璧な立ち振る舞い。

 淳志は内心で(俺、今めちゃくちゃカッコよかったな)と自画自賛しながら、待ち合わせのレストランへと向かった。



 予約していた個室の扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた香織が座っていた。


「あ、小林くん! こっちよ」

「すみません、お待たせしま――」


 淳志の言葉が、ピタリと止まった。


 香織の隣の席。

 つい五分前、ロビーで「またカジノで逢えたらデートしよう」と最高にクールな別れ方をしたばかりの女が、信じられないものを見るような目で淳志を凝視していた。


「紹介するわね。小林くん、私の娘の沙織よ」

「…………」

「…………」


 個室の中を、永遠とも思える沈黙が支配した。

 沙織の顔からはあっという間に血の気が引き、滝のような冷や汗が流れている。

 淳志の脳内では、先ほどの自分の『大人の男の余裕(笑)』な振る舞いがフラッシュバックし、けたたましい警報アラートが鳴り響いていた。


(嘘だろ……。俺がシンガポールで抱いたワンナイトの相手が……香織さんの、娘……!?)


 胃袋を鷲掴みにされたような激痛が走る。

 不思議そうに二人を見比べる香織の視線に耐えきれず、淳志の口から、完全にバグを引き起こした音声が漏れ出た。


「あ、ああ……とても素敵な、ムスメサンデスネ……」


 引きつった笑顔でカタコトの日本語を発する淳志の目の前で、沙織もまた、完全に魂が抜けたような顔で固まっている。

 逃げ場のない密室。

 パニックに陥り、ショート寸前になった脳内で、淳志はただぼんやりと現実逃避を始めていた。


(ああ……母娘揃って口説くってことは、俺って心底こういう系統の人が好みなんだな……)


 チート能力を持った最強の男は、迫り来る地獄の食事会を前に、己の業の深さを悟るのだった。



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