第17話:二人のヒロインと愛猫による、美味しくてカオスな焼肉パーティ
おでん屋での「お月様とお日様」の激突から数日後の、週末の夕方。
淳志は新居の広々としたベランダに、アウトドア用のテーブルと本格的な無煙ロースターをセッティングしていた。
事の発端は、あの気まずい修羅場をどうにか丸く収めるために、淳志が苦し紛れに提案した「お詫びの焼肉パーティ」だった。
香織もミクも、淳志の部屋に来る口実ができたからか、あっさりと矛を収めて快諾してくれたのだ。
「さて、準備は万端、と」
淳志は誰の目もないことを確認し発動させたのは、異空間の『収納』スキル。
そこから取り出したのは、かつて異世界で仕留めた巨大なヒグマと、立派な角を持つシカの、見事に処理された分厚いブロック肉だった。
『収納』の中は、時間も温度も完全に停止している。つまり、異世界で捌きたての「究極の鮮度」が、何ヶ月経とうが完璧に保たれているのだ。
また、時間を進めることもできるので熟成も自在だ。
淳志が手際よく包丁で肉を切り分けていると、部屋の窓ガラスの向こうから、鋭い視線を感じた。
『……おいオッサン。なんだその肉。ペットショップの安物とは比べ物にならねえ、血沸き肉躍る強者の匂いがするぞ』
網戸の向こうで、サラが鼻をヒクヒクさせながら尻尾をバンバンと床に打ち付けていた。
「これか? これは熊と鹿の肉だ。ちょっと待ってろ、サラの分も味付けなしで焼いてやるから」
『く、熊だと!? あの山の主を!? オッサン、お前いつの間にそんなモン仕留めたんだよ!!』
中学生並みの知能を得たサラでも、自分より何十倍も巨大な熊の肉が出てきたことには本能的な衝撃を受けたらしい。目を真ん丸にして驚いている。
そんな一人と一匹のやり取りをしているうちに、インターホンが鳴った。
「淳志さーん! お邪魔しまーす! お肉楽しみにしてきました!」
「お邪魔するわね、小林くん。ワイン、適当に見繕ってきたわよ」
玄関を開けると、休日の可愛らしいカジュアルなワンピース姿のミクと、大人の余裕を感じさせるシックなパンツスタイルの香織が並んで立っていた。
前回のバチバチな空気は表向き隠しているようだが、二人の間には見えない火花が散っているのを、淳志の胃袋が敏感に察知した。
「い、いらっしゃい。ちょうど肉が焼けるところです。ベランダへどうぞ」
淳志が二人を席に案内し、ロースターの上に分厚いシカ肉とクマ肉を並べる。
ジュワァァァッ!という食欲をそそる音と共に、極上の脂が溶け出し、野性味がありながらも全く臭みのない、芳醇な香りがベランダに広がった。
「うわあ……! すごい良い匂い! 淳志さん、これホントにシカとクマなんですか?」
「ああ。知り合いの猟師から、特別に良い所を譲ってもらってさ」
適当な嘘で誤魔化しつつ、淳志は絶妙な焼き加減になったシカ肉を二人の皿に取り分けた。
「岩塩を少しだけつけて食べてみてください」
「いただきまーす! ……んんっ!? 柔らかっ! なにこれ、すっごく美味しい!」
「本当……。ジビエ特有の臭みが全然なくて、噛むたびに旨味が溢れてくるわ。私が前に軽井沢の高級フレンチで食べた鹿肉よりもずっと美味しいじゃない」
二人の瞳がパッと輝き、先ほどまでの刺々しい空気が美味しいお肉の前に溶けていく。
平和だ。美味い飯は世界を救う。
淳志がホッと胸を撫で下ろした、その時だった。
「はい、淳志さんも! 私が焼いてあげますから、あーんして!」
「えっ、いや、ミクちゃん、自分で……」
「ダメです! お詫びのパーティなんですから、私が奉仕してあげます。はい、あーん!」
身を乗り出して、シカ肉を箸で差し出してくるミク。
若さいっぱいの無邪気なアピールに淳志がタジタジになっていると、横からスッと、上品な箸が伸びてきた。
「小林くん。クマ肉の方は、この赤ワインのソースと合わせると絶品よ。大人の味、試してみる?」
「か、香織さんまで……」
「お嬢ちゃんの焼いたお肉もいいけど、こっちの希少な部位も捨てがたいわよねぇ?」
微笑み合いながら、淳志の口元に両サイドから肉が突きつけられる。
逃げ場はない。淳志は滝のような冷や汗を流しながら、右のシカ肉と左のクマ肉を、交互に口に運ぶハメになった。
(肉は死ぬほど美味いのに……っ! 胃が痛え……っ!!)
両手に花、というよりは、猛獣の檻に放り込まれた子羊のような気分だった。
そんな人間の複雑な修羅場をよそに、網の端で焼かれていた「味付けなしのクマ肉」を、サラが野生の目を光らせてガツガツと平らげていた。
『……うんめええええ!! なんだこれ、力が湧いてくる!!』
ペロリと肉を平らげたサラは、ベランダの手すりにヒョイと飛び乗り、夕日に向かって胸を張った。
そして、下界を見下ろすような圧倒的なドヤ顔で、淳志の脳内に力強く宣言した。
『おい、オッサン! そしてそこのメスども! よーく聞け!』
「……え?」
『百獣の王たる熊の肉を食らったアタシは、今この瞬間から食物連鎖の頂点に立った! この家のヒエラルキーのトップはアタシだ!! アタシにひれ伏し、もっと熊の肉を貢げ!!』
シャーッ!と毛を逆立てて謎のポーズを決めるサラ。
もちろん、ミクと香織にはただの可愛い「ニャーン」という鳴き声にしか聞こえていない。
「あはは、サラちゃんもお肉美味しかったのかな? 可愛い〜」
「本当に。小林くんに似て、よく食べる子ね」
『気安く触んじゃねえ! アタシは熊殺しのサラだぞ!!』
キャットタワーの最上段よりもさらに高い「食物連鎖の頂点」に立ち、完全に野生と中二病をこじらせた愛猫。
そして、極上の肉を餌に、再びマウントを取り合い始めた二人のヒロイン。
「……ははは。美味い肉って、最高だなあ」
淳志は遠い目をしながら、一人静かに胃薬を水で流し込むのだった。




