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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第16話:チートの代償に沈む夜。救ってくれたのは、二人の容赦ない罵倒でした(解せぬ)

モンサンミシェルから帰国したその日の夜。

 淳志は薄暗いリビングのソファに深く沈み込み、自分の両手をじっと見つめていた。


(……俺は、なんで簡単に人を壊せたんだろうな)


 理不尽に命を奪われたあの少女の無念を思えば、ギャングたちへの怒りは今も消えていない。

 

だが、淳志をひどく落ち込ませているのは「自分が躊躇いなく暴力を行使できたこと」に対する恐怖と自己嫌悪だった。

 

チート能力を持たないただのサラリーマンだった頃なら、泣き寝入りするか、警察の無力さを呪うことしかできなかったはずだ。


以前、北海道で鹿を撃つ時にすら酷く躊躇したというのに、今回は「相手がギャングだから」という理由だけで、一切の躊躇なく他人の手足を切断した。


(俺は今まで、力が無かったから理性的だっただけなのか……? 力さえ持てば、簡単に他人を傷つけることを厭わない、底の浅い人間だったんじゃないか)


 そんな暗い思考の沼に沈む淳志の膝に、トン、と軽い衝撃が走った。


『おい、オッサン。いつまでウジウジしてんだよ。アタシ、そのテレビの動物番組見たいんだけど』


 見上げると、キャットタワーから飛び降りてきたサラが、淳志の膝の上で丸くなっていた。

 彼女は『言語理解』を通して人間の言葉を浴び続けた結果、ニュースやテレビ番組から人間の思考や常識を学習し、今や思春期の中学生程度の高い理解力を持っていた。

 淳志の抱える暗い感情の正体も、正確に察しがついている。


『バカじゃねえの。お前の方がアイツらより強かった。お前のお気に入りのガキにちょっかい出した弱いオスが、強いオスに噛み砕かれた。ただそれだけだろ?』

「……サラ」

『それに、あの子の仇だ。アタシだって、あの胸糞悪い野郎どもの首根っこくらい噛みちぎってやりたかった。オッサンは正しいことをしたんだよ。だから、そんな顔すんな』


 人間の複雑な倫理観を持たない、動物としての純粋な『弱肉強食』の肯定。

 暴力的な衝動すらも「当たり前だ」と受け入れてくれる愛猫の言葉に、淳志は少しだけ救われた気がした。



 ――数日後。

 出社した淳志は、未だにどこか上の空で、覇気のない顔をしていた。

 周囲の社員たちの間では「小林のやつ、桜井課長が忙しすぎて全然構ってもらえないから凹んでるらしいぞ」という、的外れな噂がまことしやかに囁かれていた。

 実際には『転移』を使えばいつでも逢いに行けるのだが、香織が本当に海外との調整で忙しそうにしているため、淳志が気遣って自粛しているだけなのだ。


 悶々とした昼休み。淳志のスマホに一件のLINEが届いた。


『淳志さん! 今日は裏メニューの特製味噌おでん、ありますよー!(*'▽')』


 ミクからの明るいメッセージだった。

 淳志の親がかつて営んでいた焼き鳥屋で出していた、懐かしい味噌おでん。

 その文字を見た瞬間、淳志はどうしようもなく誰かの温かさに触れたくなり、定時ダッシュで大将の店へと向かった。


「あ、淳志さん! いらっしゃい!」


 店に入るなり、ひだまりのようなミクの笑顔が出迎えてくれた。

 熱々の味噌おでんを頬張り、他愛のない世間話をして、ミクのころころと変わる表情を見ているうちに、淳志の胸の奥にあった黒いモヤモヤは、すーっと晴れていくのを感じた。


「ミクちゃん。ありがとな、すげえ元気出たよ」

「えへへ、淳志さんが元気ないと、私もつまんないですからね!」

「そうだ、今日は元気もらったお礼に、今度二人でディズ――」


 勢いに任せて、うっかり大きなデートに誘いかけてしまった、その時。


 カランコロン、と店の扉が開いた。


「あら。小林くん、こんなところにいたのね。最近顔を見せないから心配してたのよ?」


 そこに立っていたのは、仕事終わりの完璧なスーツ姿に身を包んだ、桜井香織だった。


「か、香織さん!? 違うんです、これはその、ディ、ディコン……大根ください!!」


 淳志は裏返った声で、とっさに目の前のおでん鍋を指差して叫んだ。

 しかし、カウンター越しに接客していたミクの耳は、淳志が言いかけた「ディズニー」という単語を絶対に聞き逃していなかった。


(……この人、今ディズニーって言いかけたのに、上司の女の人が来たら焦って誤魔化した)


 ミクの笑顔が、スッと消えた。

 淳志の背中に、冷や汗が滝のように流れ落ちる。


「……どうぞ、こちらへ。オ・バ・サ・マ」


 ミクはこれ以上ないほどの営業スマイルを貼り付け、香織をカウンターの淳志の隣の席へと案内した。

 女の勘だろうか。それとも、本能だろうか。

 ミクの放った「オバサマ」という棘のある響きに、香織の眉がピクリと動いた。


「ええ、ありがとう。ここにするわね、お嬢ちゃん」


 香織もまた、大人の余裕たっぷりの微笑みを返し、淳志のすぐ隣に座って、その太ももにわざとらしく自分の膝を密着させた。


 完全に、バチバチだった。


「淳志さんの上司の方ですかー? すっごくお綺麗ですね! あー、四十八歳ですかぁ。淳志さんとは一回り以上も年上とは、流石の貫禄ですねえ(笑)」

「ふふっ、ありがとう。お嬢ちゃんは十七歳? 小林くんの半分とか、若くてお子ちゃまで羨ましいわぁ。JKブランドなんて、おバカな大学生くらいしか有難がらないのにね(笑)」


 カウンターを挟んで、十代の若さと四十八歳の大人の色気が、火花を散らして正面衝突している。

 冷や汗をかきながら二人の応酬を聞いていた淳志だったが――ふと、自分の中にあった「ヨハネスブルクの自己嫌悪」などという深刻な悩みが、このカオスな状況のせいで完全に彼方へと吹き飛んでいることに気がついた。


「……っ、ふっ、あははははっ!!」


 張り詰めた空気の中、淳志が突然腹を抱えて笑い出したものだから、香織とミクは目を丸くして彼を見た。


「な、なによ急に」

「淳志さん、おかしくなっちゃいました?」


 笑い転げた後、淳志は涙を拭いながら、真面目な顔を作って二人を交互に見つめた。

 そして、最高のドヤ顔で、キメ台詞を放った。


「素敵な月と、温かいお日様。……どちらも、魅力的ですよ」


 一瞬の、静寂。

 そして。


「……うわ、この人ただのタラシだわ」

「小林くん、二人同時に口説こうとか見境なさすぎですよ」


 さっきまで殺し合いのようだった女性陣が、なぜか一瞬にして結託し、ゴミを見るような冷ややかな目で淳志を責め立て始めた。


「えっ? いや、俺はただ感謝を……」

「大体ね、新居に私を呼んでおきながら……」

「私にディズニーって言いかけたくせに……」


 左右からチクチクと詰め寄られ、小さくなっておでんのディコン(大根)を齧りながら、淳志は心の中でひっそりと呟いた。


(解せぬ……)

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