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『ただの収納スキルですが、神様から「解釈」の変更してもらって現代に戻ったら、人生楽勝でした――』  作者: だい


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第10話:動物語マスター!……ただのヤバい奴じゃね?

会社から徒歩十分、少しグレードの高い新築の2LDK。

 広いシステムキッチンや足を伸ばせる湯船には大満足している淳志だったが、三十四歳の独身男が一人で暮らすには、少々部屋が広すぎて静かすぎるきらいがあった。


 そんなある日の平日。

 外回り営業の途中で、淳志は涼むために立ち寄った大型ショッピングモールの通路を歩いていた。


(ん……ペットショップか)


 ガラス張りのショーケースの前に、親子連れが群がっている。

「わあ、猫ちゃんだー! 可愛いー!」

 小さな女の子が指差す先には、一匹の仔猫がいた。

 血統書付きだろうか、少し長毛の整った顔立ちをした猫は、ショーケースのガラスにスリスリと身を擦り寄せ、コロンと仰向けになって見事な「あざといポーズ」をキメている。

 親子連れは「きゅんきゅん鳴いてるー!」と大喜びだ。


 淳志もふと足を止め、その微笑ましい光景を眺めた。

 次の瞬間。


『うぜーな、バカ』

「……え?」


 淳志は思わず立ち止まった。

 今、完全に人間を舐め腐っている声が聞こえた。

 周りを見渡すが、ヤンキーのような女はいない。いるのは、キャッキャと喜ぶ親子連れと、あざといポーズをキープしている仔猫だけだ。


『チッ……触れもしねえのにバンバン叩きやがって。さっさとどっか行けよ』


 間違いない。

 淳志の持つ『言語理解』のチートスキルが、仔猫の鳴き声を正確な日本語のニュアンスとして脳内に直接翻訳しているのだ。


(マジかよ……動物の言葉までわかるのか、俺)


 あまりの衝撃に、淳志がショーケースの前でポカンと固まっていると、仰向けのままの仔猫とバッチリ目が合った。


『あ? なに見てんだよ、オッサン』

(うわぁ、口わっる!! 見た目あんなに可愛いのに!!)


 心の中で激しくツッコミを入れた淳志は、ふと隣のショーケースに視線を移した。

 そこには、元気いっぱいに尻尾を振るゴールデンレトリバーの子犬がいた。


『ねえねえゴハンないの!?』

『遊んでー! もっと遊んでー!』


 こちらは見た目通りというか、ひたすらに純真で無邪気な声だった。

 淳志は好奇心に勝てず、ガラス越しに日本語でそっと話しかけてみた。


「……ご飯食べたいの?」


 すると子犬は、キョトンと首を傾げた。

『んん? この人間、なんか言ってるー? わかんないや、遊んでー!』


(なるほど。向こうの言葉は俺の脳内で翻訳されるけど、俺の日本語が向こうに伝わるわけじゃないのか)


 考えてみれば当然だ。『言語理解』はあくまで理解する能力であり、相手の脳内に翻訳機を埋め込むわけではない。

 ということは、どうすればいいのか。

 淳志は周囲に人がいないタイミングを見計らい、少し恥ずかしさを押し殺して、子犬に向かって小さく鳴き真似をした。


「……ワワンワン(ご飯食べたいのか?)」


 その瞬間、子犬の尻尾が千切れんばかりに振られた。

『えーっ!? 僕の言葉わかるのー!? すごーい!! ゴハン! ゴハンちょうだい!!』


(すげえ!! マジで通じた!!)


 三十四歳にして、初めて動物と「会話」を成立させた感動。

 淳志のテンションは一気に跳ね上がった。資産が五億を超えた時よりも興奮したかもしれない。

 彼はすっかり楽しくなってしまい、店内の様々なケージを見て回っては、翻訳された言葉に合わせて必死に鳴き真似を返し始めた。


「ミャー、ミャッ(お腹すいたねえ)」

「チュウチュウ! チュチュッ!(回し車疲れないの?)」

「チチチ、ピロロロ!(お、いい声で鳴くね!)」


 夢中になって動物たちとコミュニケーションを取り続ける淳志。

 すると、背後からあの女ヤンキーの声が聞こえてきた。


『……おい、オッサン。お前、一回周り見てみろよ?』

「ミャ?(え?)」


 仔猫に言われるまま、淳志がハッと周囲を見渡すと――

 通路を歩く買い物客や、さっきの親子連れ、さらにはペットショップの店員までもが、数メートル離れた場所から淳志をドン引きした目で見つめていた。


「ねえママ、あの人……」

「シッ! 見ちゃダメ!」

「店長呼びます? さっきからずっと一人で動物の真似してて……」


(やっちまったあああああああああ!!!!)


 客観的に見れば当然である。

 平日の昼間、ビシッとしたスーツを着た三十代のサラリーマンが、ガラスケースに向かって満面の笑みで「ワワンワン!」「チュチュチュ!」と本気の鳴き真似を続けているのだ。

 完全にヤバい不審者である。社会的な死、ここに極まれり。


「し、失礼しました!!」


 顔から火が出るほど恥ずかしくなった淳志は、逃げるようにその場を立ち去ろうとした。

 だが、その背中にあの生意気な仔猫の声が突き刺さる。


『おいオッサン!! 待てよ!』

「……え?」

『俺が周りの状況を教えてやったんだから、恩返しに俺を買え!』


 振り返ると、仔猫はショーケースに両前足をベタンとつけ、必死の形相で淳志を睨みつけていた。

 そして淳志は、そのガラスに貼られているポップの文字に気がついた。


【生後六ヶ月! 本日より半額!!】


 血統書付きとはいえ、ペットショップで生後半年を過ぎれば、それはもう「売れ残り」の烙印を押されたも同然だ。

 あざといポーズで必死に愛想を振りまいていたのも、彼なりの生存戦略だったのだろう。


『頼むよ……ここ、夜は退屈だしメシもイマイチなんだよ。オッサンんち、広いんだろ?』


 言葉は生意気だが、その声には微かな焦りと諦めが混じっていた。

 淳志は小さくため息をつき、数秒だけ天井を仰ぎ見た。

 五億の資産があろうと、他人の目を気にする事なかれ主義な小市民の性格は変わらない。だが、妙に人間臭いこの生意気な猫を、そのまま見捨てて帰ることもできなかった。


「……すみません、店員さん」

「ひっ! は、はい! なんでしょうか!?」

「この猫……と、あと飼うのに必要な道具一式、全部ください」


 怯える店員にクレジットカードを渡し、淳志はショーケースのガラスを軽くコンコンと叩いた。


「……ミャーオ(これからよろしくな、口の悪い同居人)」


 こうして、広くて静かすぎた淳志の新居に、可愛らしい見た目とチンピラのような口調を併せ持つ、不思議な家族が一人増えたのだった。

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