第6話:深淵の呼び声
雨上がりの東京は冷えきっていた。夜の闇が街を包み込み、通りの灯りさえも遠くかすんでいる。御影蓮司は、手にした古ぼけた日記帳を握り締めながら、カフェの隅でひとり震えていた。
ページをめくるたびに、文字が脳裏に重く沈み込む。彼の心臓は乱れ、胸の奥で不安と恐怖が渦巻いていた。
「魂を喰らう者たち……影の囁き……逃れられぬ深淵の声……」
その言葉がまるで呪いの呟きのように耳に響き、頭の中で何度も繰り返される。目の前がぐらつき、痛みが波のように脳を襲う。
背後から冷気が襲い、蓮司ははっと振り返った。しかしそこには誰もいない。ただ無機質な闇が広がっているだけだった。
だが、確かに感じた。冷たい視線が、彼の全身を刺しているような感覚。
「俺は……一人じゃない……」
胸の中の声が震え、過去の断片が押し寄せる。祖母の厳しい眼差し、真琴の泣き顔、あの日、逃れようとした絶望の闇。
その夜、蓮司の夢は悪夢へと変わった。
闇の底から無数の黒い瞳が光り、彼をじっと見つめる。影たちはゆっくりと這い上がり、囁きながら閉じ込めようと手を伸ばした。
「戻れ……戻れ……」
声は耳元でささやき、理性の境界線をじわじわと溶かしていく。
蓮司は目を覚ましたが、影の気配は消えず、部屋の隅で薄く揺れているのを感じた。
朝日が差し込んでも、彼の胸のざわめきは消えなかった。
彼は日記の一節を何度も読み返し、重苦しい言葉を噛み締めた。
『呪われた者は影に囚われる。記憶は奪われ、魂は闇に沈む。真実を知る者は死を招く』
過去が重くのしかかる。真琴の失踪は偶然ではない。そこに隠された闇は、想像を絶するほど深く、冷たい。
「闇の正体を暴かなければ……俺は確実に、狂ってしまう」
その覚悟は重く、孤独だった。
だが、その孤独さえも、やがて蓮司を闇の深淵へと誘う声に変わっていく。
外では冷たい風が唸り、東京の夜は終わりのない暗闇へと変貌していた。