第5話:闇に蠢く者たち
雨音が断続的に響く東京の深夜。街灯は霧に溶け、遠くの車のライトがぼんやりと揺れていた。冷え切った石畳を踏みしめる御影蓮司の足音が、湿った空気に細く鳴り響く。
「……何かがおかしい」
肌を這うような違和感に、彼は眉をひそめた。背後から冷たい風が吹きつけ、まるで無数の視線が彼の背中を刺すかのようだ。
闇は静かに動いていた。視界の端で、黒く塗れた影がひそやかに揺らぎ、まるで生き物のように蠢いている。
蓮司の足元から、不気味な気配が立ち昇った。石畳の隙間から闇が這い出し、冷たく湿った触手のように彼の足首を絡めとる。
その触手に触れた瞬間、全身を凍りつく冷気が駆け巡った。骨の髄まで凍るような恐怖が心臓を鷲掴みにし、呼吸が浅くなった。
「返せ……返せ……奪われたものを……」
耳元に囁くのは、もはや人の声ではない。怒りと怨嗟が交錯した、深淵からの呻き。
心の奥で、蓮司の理性がじわりと崩れ始める。過去の断片、失われた記憶、消えた真琴の顔、祖母の警告――
それらが渦となり、彼の内面を引き裂いた。
必死にオーパーツを取り出し、震える手で光を放つ。
蒼白い光が闇を切り裂き、触手は悲鳴を上げて裂け散った。
だが闇は深く、容易に消え去らなかった。
「お前も……闇に還るのだ……」
無数の歪んだ顔が視界に浮かび上がり、空洞の瞳が彼を貪る。恐怖が彼の胸を締め上げる。
「なぜ……なぜ俺の記憶を奪う……」
怨嗟の声は迫り、蓮司の頭は割れそうに痛んだ。過去の悲鳴、祖母の祈り、真琴の涙が一気に押し寄せ、狂気が境界を侵食する。
暗闇の中、雨に濡れた小さな金属片が煌めいた。
オーパーツの欠片。
「これは……俺の一部……?」
呟く声は震え、視界がゆがんだ。
東京の闇は、彼の心と体をゆっくりと蝕み始めている。
逃げ場のない深淵が、静かにその口を開いた。