第3話:鏡の中の狂気
深夜、御影蓮司のアパートは異様な静寂に包まれていた。街の喧騒が遠のき、ただ冷たい風だけが窓の隙間から吹き込む。
蓮司は薄暗い室内の片隅にある、ひび割れた古い鏡をじっと見つめていた。
その鏡は、幼い頃に祖母から譲られたものだった。子供の頃は、鏡に映る自分の背後に「何か」がいる気がして眠れなかった。
今夜も、いつもと同じ違和感が襲う。
鏡の表面が波打ち、かすかなざわめきが聞こえる。
――その瞬間、鏡の中の自分の顔が歪んだ。
裂けるような不気味な笑みが広がり、鏡の中から冷たい声が響いた。
「やっと戻ったな、蓮司」
凍りつくような冷気が部屋を満たし、蓮司の全身を震え上がらせる。
「お前の心の闇は、もう隠せない。過去の扉は今、開かれる」
鏡の中の影は、蓮司の記憶の断片を引き裂きながら、嗤った。
必死にオーパーツを取り出し、鏡に光を放つ蓮司。
だが、鏡は音もなく割れ、裂け目から黒い霧が溢れ出し、室内に広がった。
その夜、蓮司は悪夢にうなされる。
壊れた鏡の向こうから、無数の目が彼を見つめ、囁き声が渦巻く。
「お前は、誰だ?」
「忘れたのか? お前の罪を……」
恐怖と狂気が絡み合い、彼の精神は崩壊寸前だった。
翌朝、震える手で白石真琴の家族からの手紙を開く。
そこには赤いインクでこう書かれていた。
「鏡を見てはならない。あれは魂を食らう魔物の器だ。あなたも気をつけて」
蓮司は自分の影が壁に長く伸びるのを見つめた。影はゆらゆらと揺れ、まるで意思を持つかのようだった。
鏡の破片は消え、部屋は元に戻ったはずだった。
だが、蓮司は確信していた。
この街の闇は、確実に、そして着実に彼の心に侵食している――。