イベント開始
翌日。
決戦の日がやってきた。
俺は少し早めに昼食を済ませ、逸る気持ちを抑えながらVRヘッドギアを頭に装着した。
視界が暗転し、意識が電子の海へとダイブする。
「よし……行くか」
ログインすると、ルンベルクの広場は昨日以上の熱気に包まれていた。
至る所でパーティ募集の声が飛び交い、装備の最終確認をするプレイヤーたちでごった返している。
そんな喧騒をかき分け、待ち合わせ場所である噴水の近くへ向かうと、そこにはすでに二人の姿があった。
「あ、ガイ君! おはよう!」
「おっそーい! もう待ちくたびれたわよ、ガイっち!」
手を振るサクラと、腰に手を当てて待ち構えるテレサ。
サクラは『蒼き流星の軽甲』に身を包み、凛とした騎士の佇まいを見せている。テレサもいつもの作業着ではなく、イベント用に気合を入れたのか、少し動きやすそうな戦闘用の服に着替えていた。
そして俺も、『守護樹の賢者ローブ』のフードを目深に被る。
「おはよう。二人とも早いな」
「当たり前でしょ! なんたって今日は、あたしたち『トライ・ジョーカー』のデビュー戦なんだから!」
「えへへ、緊張して、あんまり眠れなくて……早めにログインしちゃった」
気合十分のテレサと、少し頬を紅潮させているサクラ。
二人の顔を見ていると、俺の中にあった緊張も、不思議と良い方向へ解れていく気がした。
「準備はいいか? 忘れ物はないな?」
「ポーション満タン! 武器手入れもバッチリ!」
「私も心の準備できたよ!」
俺たちは互いに顔を見合わせ、力強く頷き合った。
その時、町中に厳かな鐘の音が鳴り響き、視界の中央にシステムメッセージが表示された。
―――――――――――――――――――――――
イベント「黄金蝶探し!」開催時刻となりました。
これより参加登録されたパーティをイベント会場へ転送します。
準備はよろしいですか?
―――――――――――――――――――――――
「……来たな」
目の前に表示された【YES】と【NO】の選択肢。
俺は一呼吸置き、二人に合図を送った。
「行くぞ!」
「「おー!」」
俺たちは迷うことなく、【YES】のボタンをタップした。
瞬間、体が光の粒子に包まれる感覚に襲われる。重力がふわりと消え、視界が真っ白に染まった。
◇
「……ん」
潮の香り。
それが、最初に俺の感覚を刺激した。
次いで、ザザァ……ザザァ……という、一定のリズムで繰り返される波音が鼓膜を打つ。
目を開けると、そこには、ルンベルクの町とは似ても似つかない、開放的な光景が広がっていた。
「うわぁ……っ!」
隣でサクラが感嘆の声を漏らす。
俺たちの目の前に広がっていたのは、どこまでも続くエメラルドグリーンの海と、眩しいほどの白砂のビーチだった。空は突き抜けるような快晴で、太陽の日差しがジリジリと肌を焼くのを感じるほどリアルだ。
「海……? ここが、イベント会場?」
テレサが驚きの声を上げながら、キョロキョロと周囲を見回す。
俺たち3人が立っているのは、砂浜の波打ち際だった。後ろを振り返ると、そこには鬱蒼と茂る熱帯雨林のようなジャングルが広がっている。
海と、密林。そして水平線の彼方まで続く大海原。
「どうやら、ここはかなり巨大な無人島のようだな」
マップを開こうとしたが、『エリア情報なし』と表示されるだけだった。どうやら、地図はこの島を探索しながら自分たちで埋めていく仕様らしい。
「へぇー! 無人島で黄金蝶探しだなんて、冒険って感じでワクワクするじゃない!」
「綺麗だねぇ……。水着があったら泳ぎたくなっちゃうかも」
テレサとサクラは、まるでバカンスに来たかのように目を輝かせている。
だがここは観光地ではない。戦場だ。
「おい、二人とも。見ろよ」
俺は顎をしゃくり、海岸線の彼方を指差した。
そこには、俺たちと同じように転送されてきたであろう、他のプレイヤーたちの姿が点在していた。
重厚な鎧に身を包んだ5人組のパーティや、お揃いのギルドカラーのローブを纏った集団。遠目からでも、彼らがそれなりの装備と連携を持っていそうなことが分かる。
「うわっ、結構人がいるわね……」
「あそこの人たち、すごく強そう……」
サクラの言う通り、見える範囲だけでも十数組のパーティが確認できた。この広大な島のあちこちに、何千、何万というプレイヤーが転送されているのだとしたら、競争率は想像を絶するものになるだろう。
「ビビるなよ。あいつらは5人揃っているかもしれないが、俺たちには『人数不足ボーナス』がある」
「そうだったわね! スタート時点で黄金蝶2匹分のリード! これを活かさない手はないわ!」
「うん。それに、私たちには『切り札』があるもんね!」
サクラが俺の背中の杖を見て、にっこりと笑う。
そう。俺たちには、誰も知らない力がある。
「さて、まずは状況確認だ。イベントのアナウンスが入るはずだが――」
俺が言いかけたその時、上空からけたたましいファンファーレが鳴り響いた。
そして、島のどこにいても聞こえるような、ハッキリとした運営のアナウンスが響き渡る。
『プレイヤーの皆様、ようこそ「黄金蝶の楽園」へ!』
『これより、大型イベント「黄金蝶探し!」を開始いたします!』
いよいよ、始まる。
俺は『守護樹の賢者ローブ』の裾を翻し、サクラとテレサに向き直った。




