嘆きの霊園②
「ふーむ。こうなったら、一つずつ試していくしかない」
《コンフューズ》という強力な手札を封じられた俺は、思考を切り替え、残されたデバフスキルが、このアンデッドどもにどこまで通用するのか、検証を兼ねて片っ端から試していくことにした。
「まずは、これだ! 《スロウ》!」
向かってくる一体のスケルトンに向かって、動きを鈍化させるデバフを放った。
その効果はてきめんで、ただでさえ緩慢だったスケルトンの動きが、さらにカクカクとしたコマ送りのような動きになった。
「よし、効いてるな! でも……」
テレサがその様子を見て、少し微妙な顔をする。
「元が遅すぎて、あんまり意味ないわねそれ……」
その通りだ。確かに効果はあるが、劇的に戦況が有利になるほどの効果ではない。
これなら、普通に攻撃した方が早い。
「次だ! 《スリープ》!」
別のグールに、覚えたばかりの睡眠スキルを試す。眠りの光がグールを包むが、それは一瞬で霧散し、グールは虚ろな目でこちらへ向かってくるのをやめない。
「やっぱり、ダメか……」
予想はしていた。そもそも睡眠という生命活動を必要としないアンデッドに、眠りが効くはずもなかった。精神作用だけでなく、生命活動に根差した状態異常も、こいつらには通用しないらしい。
「次はこれならどうだ! 《ブラインド》!」
正直、これもダメ元だった。目があるのかないのかも分からないような、腐り落ちた顔面のグールに、暗闇が効くとは思えなかったからだ。
だが、結果は、俺の予想を良い意味で裏切った。
『グ……ギィ……!?』
ブラインドの魔法を受けたグールは、突然、その場でくるくると回り始め、明後日の方向へ歩き出したのだ。
「お、効いたぞ!」
「ええっ!? 目なんて、ほとんどないのに!?」
テレサが驚きの声を上げる。
「たぶん、視覚そのものを奪うというより、空間認識能力とか、そういう感覚を直接狂わせるタイプのデバフなのかもしれないな。これは使えるぞ!」
思わぬ収穫に少しだけ希望を見出す。
そして、最後に試すのは、初期からの相棒とも言えるスキルだ。
「それじゃあこれ! 《アースバインド》!」
これは効果があったようだ。
案の定、グールはその場から一歩も動けなくなった。
「よし! やっぱり、物理的な拘束や、肉体に直接作用するタイプのデバフは有効だ!」
《スロウ》、《ブラインド》、《アースバインド》。そして、検証はしていないが、おそらく《アーマーダウン》のような防御力を直接下げるスキルも有効だろう。手札は減ったが、まだ戦える。
そして次なる一手を考えていた、まさにその時だった。
これまでの試行錯誤が、何かのフラグになったのか。あるいは、この窮地そのものが、俺を新たなステージへと押し上げようとしていたのか。
ピロンッ。
俺の目の前に、あの、待ち望んでいたウィンドウが表示された。
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《理の崩壊》を閃いた!
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「……なんだ、この名前は……」
これまで閃いてきたスキルとは、明らかに毛色の違う、不吉で、しかし、どこか強大な力を感じさせる名前。
ゴクリと唾を飲み込み、その詳細を、震える指で開いた。
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【アクティブスキル】理の崩壊(未収得)
対象一体が持つ全ての状態異常への耐性を一定時間の間、強制的に無効化する。
ただし、効果中に付与された状態異常は、効果時間が半減する。
このスキルを使用した対象は効果終了後、《理の崩壊》に対して一定時間の間、完全耐性が付与される。
消費MP:100
クールタイム:100秒
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「な……!」
そのスキル説明を読んだ瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「耐性を……強制的に無効化するだと……!?」
それはこのゲームの、いや、あらゆるRPGの根幹を成す「ルール」そのものを、捻じ曲げる力だった。
混乱が効かないアンデッドに、混乱を。
あらゆる敵に対して、俺のデバフが確実に「通る」ようになるってわけか。
もちろん万能というわけではない。
効果時間は半減し、一度使った相手には理の崩壊が効かなくなる。そして、MP消費も100と、今の俺にとっては、決して軽くない消費量だ。
まさに切り札。ここぞという場面で、相手の「理」を崩壊させ、戦況をひっくり返すためだけの一撃必殺のデバフ。
「……面白い。面白すぎる……!」
俺の口元に、自然と笑みが浮かんでいた。
「ガイ君……? どうしたの……?」
一人で笑っているのを、サクラが不思議そうに見つめている。
「ああ、悪い。最高の『おもちゃ』が手に入ったんでね」
迷うことなく、SPを消費して、《理の崩壊》を習得した。
そして目の前で、いまだにアースバインドで拘束されているグールに向かって、ニヤリと笑いかけた。
「お前は幸運だ。俺の新しい力の、最初の実験台にしてやる」
新たに手に入れた切り札を、早速、この不死の化け物に叩き込む。
「喰らえ。お前には効かないはずの、この一撃を! 《理の崩壊》――! そして《コンフューズ》!!」
俺がスキルを発動した瞬間、グールの虚ろだった瞳に、一瞬だけ、確かな「混乱」の色が宿った。そして、次の瞬間、その腐った腕を、隣で棒立ちになっていたスケルトンに向かって、力いっぱい振り下ろしたのだった。




