嘆きの霊園①
「ようこそ! ここが、あたしのおすすめレベリングスポット、『嘆きの霊園』よ! さあ、パーティーの始まりよ!」
テレサの場違いなほど明るい声が、静まり返った墓地に響き渡る。俺は、背後でガタガタと震えるサクラをなだめながらテレサに尋ねた。
「それで、ここにはどんなモンスターが出てくるんだ?」
「んーとね、メインはグールとか、スケルトンとか、ゾンビとか、その辺のアンデッド系がうじゃうじゃ出てくる感じかな。たまーに、ゴーストみたいな霊体系のやつも混じるけど」
テレサはまるで近所の公園にいる虫の種類でも説明するかのように、あっけらかんと言った。
「ただねー。ここのモンスター、経験値はそこそこ美味しいんだけど、ドロップする素材がマジでゴミばっかりなのよ。『腐った肉』とか、『欠けた骨』とか、使い道がほとんどないやつ。レアドロップにも全く期待できないから、生産職的には、全然おいしくない狩場なのよね」
「だから、人が寄り付かないのか」
「そゆこと! でも、レベル上げだけが目的なら、これほど効率のいい場所はないわよ! 敵は無限に湧いてくるし、何よりライバルがいないからね!」
テレサはにひひと悪戯っぽく笑った。
確かに金策や素材集めを目的とするプレイヤーが多いこのゲームにおいて、ド
ロップに期待できない狩場が敬遠されるのは、当然のことだろう。
「……分かった。理屈は理解した。やるしかない、ってことだな」
「う、うん……。が、がんばる……」
背中に隠れていたサクラも、震えながらも、覚悟を決めたように顔を上げた。その瞳には、まだ恐怖の色が濃く浮かんでいるが、それでも前に進もうとする意志が感じられた。
俺たちは古びた鉄格子を抜け、ついに『嘆きの霊園』へと足を踏み入れた。
一歩、中に立ち入った瞬間、空気がさらに重く、冷たくなった気がした。地面を踏みしめるたびに、枯れ葉がカサリ、と気味の悪い音を立てる。
「さあ、早速始めましょっか!」
テレサがそう言って、墓石の一つを、ハンマーの柄でコンコン、と軽く叩いた。
すると、その墓石の前の地面が、もこり、と盛り上がり始めた。そして、土の中から、腐りかけた腕が、ぬっ、と突き出してきたのだ。
「ひゃっ!?」
サクラが小さな悲鳴を上げる。
突き出してきた腕は、地面を掴むと、ずるり、ずるりと、その腐敗した体を引きずり出した。現れたのは、ぼろぼろの服をまとい、虚ろな目でこちらを睨みつける、一体のグールだった。
『グウウウウ……』
低い唸り声を上げ、グールが、ゆっくりとした、しかし確実な足取りで、こちらに近づいてくる。
それと同時に、周囲の他の墓石からも、次々とスケルトンやゾンビたちが、地面を割って姿を現し始めた。あっという間に、俺たちは十数体のアンデッドに囲まれてしまった。
「サクラ! 怖がるな! あいつらは動きが鈍い!」
「う、うん……!」
サクラは最初はそのおぞましい見た目に怯え、剣を握る手が震えていた。しかし、いざ戦闘が始まると震えが収まっていったようだ。
テレサの言う通り、アンデッドたちの動きは、これまでの敵と比べて、明らかに緩慢だった。
サクラは俺が指示を出すまでもなく、敵の攻撃を冷静に見極め、的確に回避し、一体、また一体と、確実に斬り伏せていく。
「やあっ!」
サクラの剣がアンデッドを斬りつけるたびに、その体は浄化されるように、まばゆい光を発して崩れ落ちていった。
「おー。サクラっち、もうすっかり手慣れたもんじゃない!」
「うん……! なんだかもう、あんまり怖くなくなってきたかも!」
数体のアンデッドを倒した頃には、サクラはすっかり恐怖を克服し、むしろ、効率的に敵を倒すことに、楽しささえ感じ始めているようだった。その順応性の高さには、俺も舌を巻く。
俺も援護に回る。
近づいてくる一体のグール。その腐った顔面に狙いを定め、俺は、得意のスキルを放った。
「こいつで、同士討ちでもさせてやるか。《コンフューズ》!」
これで、このグールは、近くにいる他のスケルトンを攻撃し始めるはずだ。
だが――
『グウ……?』
グールは、一瞬だけ、きょとんとしたように首を傾げたが、その足が止まることはない。混乱状態になった様子は、全く見られなかった。
「……ん? 効かなかったのか?」
レジストされたのかと思い、俺はもう一度、同じグールに向かって《コンフューズ》を発動させた。
しかし結果は同じだった。グールは、何事もなかったかのように、俺に向かって、のそりのそりと歩み続けてくる。
「なんだ……? どうなってる……?」
その時、俺の脳裏にある仮説が、雷のように閃いた。
混乱。それは、思考をかき乱し、敵味方の区別をできなくさせる状態異常だ。
だが目の前のこいつらは、アンデッド。すでに死んでいる存在。脳も、思考も、とうの昔に機能を停止しているはずだ。
だとしたら――
「まさか……アンデッド系のモンスターには、このタイプのデバフは、一切効かないんじゃないのか……?」
混乱、魅了、恐怖。そういった、脳や精神に作用する状態異常。それらは、そもそも「精神」を持たないアンデッドには通用しないのではないか。
その可能性に思い至り、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
俺の戦術の一つである《コンフューズ》。そして、その上位互換である《外道の戦術》。
モンスターを操り、同士討ちをさせ、戦況を有利にコントロールする、俺の得意な戦法。
それがこの狩場では、完全に無力化されている。
「……思わぬ、天敵、か」
目の前に迫るグールを、後退りしながら見つめた。
デバフだって万能じゃない。だから耐性持ちには通用しない。これもデバッファーの宿命というやつだ。
「ボスでもない雑魚モンスターが耐性を持っているとはな……」
迫りくるグールを睨みつけながら考える。
これは、試練だ。
デバッファーとしてさらに高みを目指すための、神が……いや、このゲームが、俺に与えた、新たな試練なのだと。
思考を切り替え、残された手札――肉体に直接作用するデバフスキルで、この窮地をどう切り抜けるか、思考を巡らせ始めた。
「さて……どうするかな……」




