装備試し
エレノアの工房を後にしてから俺とサクラは、ルンベルクの北門から広がる、鬱蒼とした森の中にいた。
ここは以前も訪れた「北の森」だ。
俺たちがここを訪れた目的は、ただ一つ。
「いたぞ、サクラ。ビッグホーンだ」
俺が指差した先、木々の間から、巨大で鋭く尖った二本の角。
以前に何度も討伐したことのあるモンスター……ビッグホーンだ。
「よし、まずは俺からだ。サクラは少し離れて見ていてくれ」
「えっ!? ガイ君、一人で戦うの!? 危ないよ!」
サクラが心配そうに俺の袖を掴む。
「大丈夫だ。戦うんじゃない、試すんだ。この『守護樹の賢者ローブ』が、どれほどのものなのかをな」
俺はサクラを安心させるように不敵に笑うと、ビッグホーンに向かって、わざとゆっくりと歩み寄った。
俺という新たな侵入者に気づいたビッグホーンは、鼻から荒い息を吐き、地面を前足で激しく掻き始めた。そしてその巨体に似合わぬ驚異的な瞬発力で、一直線に俺めがけて突進してきた。
『モオオオオオオオオオオッ!』
地響きを立てながら迫りくる、巨大な質量と、凶器のような角。普通のプレイヤーなら回避に専念するか、あるいは防御スキルで必死に耐えるかの二択だろう。
だが俺は――
「さぁこい!」
その場から一歩も動かず、両腕を胸の前で軽く組んだまま、その突進を、正面からただ、受け止めた。
「ガイ君っ!」
サクラの悲鳴が、遠くに聞こえる。
次の瞬間、凄まじい衝撃が、俺の全身を襲った。
「……ッ!」
視界が激しく揺れ、体が少し吹き飛ばされる。しかし俺は倒れることなく、両足でしっかりと地面を踏みしめ、その場に仁王立ちしていた。
「……はっ。ははは……。はははははははは!」
俺の口から、こらえきれない笑いが、堰を切ったように溢れ出した。
自分のHPゲージを確認する。
ビッグホーンの攻撃。それは以前の食らったHPの半分以上を、下手をすれば
一撃で全てを持っていかれるほどの一撃だったはずだ。
だが今、俺のHPゲージは――
たったの、11しか減っていなかった。
「……マジかよ」
11ダメージ。
それは、スライムの体当たりで受けるダメージと、大差ない。
あの必殺の突進が、俺にとっては、ただの「かすり傷」に成り下がっていたのだ。
『守護樹の賢者ローブ』の圧倒的な基礎防御力。
武器を装備することで、さらに底上げされたDEFとMDEF。
そして、全てのダメージを半減する【ハーフ&ハーフ】
それら全てが複合的に作用し、ビッグホーンの攻撃力を、ほぼ無力化してしまっていた。
「すごい……。本当に、受け止めちゃった……」
遠くで見ていたサクラも、信じられないといった表情で、目を丸くしている。
俺は自分の体の内側から、これまで感じたことのない、絶対的な自信が湧き上がってくるのを感じていた。
これならばどんな強敵の攻撃であろうと、俺は立ち続けられる。
仲間を守るデバッファーとして。
『モ……?』
渾身の一撃を、涼しい顔で受け止められたことに、ビッグホーンの方が困惑しているようだった。その動きが、一瞬だけ止まる。
その隙を俺が見逃すはずがなかった。
「サクラ、今だ! やれぇっ!」
「うん!」
俺の合図に、サクラが弾かれたように駆け出した。
サクラの体は、まるで風になったかのように、一瞬でビッグホーンの側面に回り込む。
「やあっ!」
サクラの流星のような一閃。
『黒曜の星屑』が、ビッグホーンの硬い脇腹を、まるで豆腐でも切るかのように、深々と切り裂いた。
俺が事前にかけておいた《アーマーダウン》と、【弱点看破】のアビリティが乗ってダメージが加速したはずだ。
『モオオオオオオオオオオオオオオオ!』
致命傷を受けたビッグホーンが、苦悶の咆哮を上げる。
そしてサクラは、怯んだ相手に追撃の手を緩めない。反転し、もう一度同じ場所に、さらに鋭くさらに速い一撃を叩き込んだ。
その一撃が、クリティカルヒット。
黒い刀身が、閃光を放った。
『――ッ!?』
ビッグホーンの巨体が、ビクリと大きく痙攣する。
そして、次の瞬間。
サクラの剣がまるで分身したかのように、もう一撃、見えないほどの速さで、同じ傷口を抉ったのだ。
『モ……ォ……』
断末魔の声を上げる間もなく、ビッグホーンはその場にゆっくりと崩れ落ち、光の粒子となって、静かに消滅していった。
「…………え?」
その場には、静寂だけが残された。
剣を振り抜いた姿勢のまま、固まっているのは、攻撃を放ったサクラ自身だった。
「……た、倒し……ちゃった……?」
信じられないといった様子で、自分の手の中にある『黒曜の星屑』と、ビッグホーンが消えた空間を、交互に見つめている。
以前のサクラであれば、何度も、何度も剣を振るい、ようやく倒せるかどうか、という相手だったはずだ。
それが、たったの、二発。
「すごい……。テレサちゃんの作ってくれた武器と、エレノアさんの作ってくれた防具で……私が、こんなに……」
サクラの瞳から、ぽろり、と大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。自分の成長を、その手で、はっきりと実感できたことへの、歓喜の涙だろう。
「ああ。すごいのは、武器や防具だけじゃない。それを使いこなしている、サクラ自身が、一番すごいんだ」
まさかここまで強くなっていたとはな。
テレサにもエレノアにも感謝しないとな。




