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報酬の変化

 ルンベルクの町に俺たち三人はようやく帰還した。その足取りは不思議と軽かった。

 手に入れた素材、そして未知の力が眠るエクストラスキルスクロール。それらが、俺たちの心を高揚させていた。


 それからまっすぐにエレノアの工房へと向かった。扉を開けると、俺たちの帰りを待ちわびていたかのような、快活な声が飛んできた。


「おー! 噂をすれば! おかえり、みんな! 無事だったんだね!」


 工房の奥から、額のゴーグルを輝かせたエレノアが、満面の笑みで駆け寄ってきた。その手には、何やら複雑な設計図のようなものが握られている。


「ああ。ただいま。約束の品、取ってきたぞ」


 俺は道中で手に入れた『妖精の糸』と『守護樹の樹皮』を、エレノアに手渡した。彼女はそれを受け取ると、プロの目でじっくりと鑑定し、ほう、と感嘆の息を漏らした。


「うん。間違いなく求めてた素材だね。これなら、間違いなく君の望む、最高の防具が作れる!」


 エレノアが興奮気味に言う。だがその隣で、テレサがむすっとした表情で腕を組んでいた。


「ちょっと、エレノアっち!」

「ん? なんだいテレサっち、そんなに膨れちゃって」

「なんだい、じゃないわよ! あんた、あたしたちに黙ってたでしょ! 妖精の郷であんなにヤバいことが起きるなんて、一言も教えてくれなかったじゃないの!」


 テレサはぷりぷりと怒りながらエレノアの肩を揺さぶる。まあ気持ちも分からなくはない。

 しかしエレノアは悪びれる様子もなく、カラカラと笑い飛ばした。


「あはは! そりゃあ、言わないさ! ネタバレなんて、冒険の一番の楽しみを奪う、最低の行為だろう?」

「うぐっ……」

「それに、どうせあたしが何を言ったって、君たちは行っていたはずさ。困難なクエストほど、燃えるタイプだろう? 特に、そこのガイ君はね」


 エレノアに悪戯っぽくウインクされ、俺は思わず視線を逸らした。確かにその通りだった。


「……ま、まあ、そう言われれば、そうなんだけどさ……。おかげで、すっごいお宝もゲットできたし……」


 テレサはエレノアの言うことがもっともだったので、それ以上は何も言えなくなったようだった。


「もー!」

「ふふっ」


 エレノアの頬を人差し指でぷに、とつつくテレサ。

 その程度の、軽いじゃれ合いで怒りはすっかり収まってしまったようだった。


「まぁいいわ。エレノアっちのお陰で、エクストラスキルスクロールを手に入れちゃったんだから!」


 テレサは先ほどの不満などすっかり忘れ、得意満面で胸を張った。その自慢げな様子に、俺もサクラも苦笑する。

 だがその言葉を聞いたエレノアの表情が、一瞬で固まった。


「……は? ちょっと待ちな。今、なんて言った?」

「だから、エクストラスキルスクロールだって! すごいでしょー!」

「い、いやいやいや、おかしい! それは絶対におかしいよ!」


 エレノアは、テレサの自慢話を遮るように、真剣な顔で割って入ってきた。


「あのクエストの報酬は、素材と、普通のスキルスクロールのはずだ! あたしもあのクエストに挑戦したことがあるけど、手に入ったのは、ただのスキルスクロールだった! エクストラなんて、聞いたこともない!」

「ええっ!? でも、あたしたちがもらったのは、間違いなくエクストラだったわよ!?」


 テレサもエレノアも、互いに「そんなはずはない」と不思議そうに顔を見合わせている。

 その時だった。

 二人の会話を黙って聞いていたサクラが、おずおずと、しかし確信を持ったように、口を開いた。


「あの……もしかしたら、なんですけど……」

「ん? なんだいサクラちゃん?」

「デビルトレントと戦っている時、たくさんの妖精さんたちが邪魔をしてきましたよね? あの時……私たち、妖精さんたちを、一体も殺さなかったんです。ガイ君が、全部引きつけてくれて……。もしかして、そのせい、なのかな……って」


 サクラのあまりにも純粋な仮説。

 だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で、最後の違和感のピースが、カチリと音を立ててはまった。


「……そうか。そういうことか……!」


 再びクエストウィンドウを開き、報酬の項目を指差した。


「エレノア。あんたがクエストを受けた時、ここの表示はどうなっていた?」


 俺が指差したのは、報酬欄の三つ目。俺たちの画面では、受注前は「???」と表示されていた場所だ。


「え? あたしの時は……確か、最初から『???』って書いてあったはずだけど……」

「だろうな。俺たちの時もここは『???』だったんだ」


 俺の言葉にエレノアとテレサが息を呑む。


「つまりこういうことだ。あのクエストの三つ目の報酬は、固定じゃなかった。クエスト中の特定の行動によって、報酬の内容がランクアップする、隠し要素があったんだ」


 そして、その特定の行動とは――


「サクラの言う通りだ。『デビルトレントの討伐』というクリア条件を満たしつつ、『洗脳された妖精を一人も殺害しない』という、隠された条件を同時に達成する。その結果、報酬が『スキルスクロール』から、最上位の『エクストラスキルスクロール』に変化したんだと思う」


 俺の推理を聞き終えたエレノアは、しばらくの間、呆然と口を開けていたが、やがて、わなわなと全身を震わせ始めた。


「……うそでしょ……。そんな、そんな隠し条件があったなんて……!」


 そして信じられないといった様子で、俺たち一人一人の顔をじっくりと見つめた。


「妖精を殺さない……? あの絶望的な状況で……? 普通、パニックになって、邪魔な妖精から先に排除しようとするのが当たり前だろう!? それを、君たちは…………は、はは……。あはははははははは!」


 エレノアは、天を仰いで大笑いした。その笑い声は、悔しさか、感嘆か、あるいはその両方か。


「まさかそんな方法でクリアするなんて……信じられない! こんなの誰もやったことのないよ! 君たちは、ただの冒険者じゃない! 最高の素材を手に入れただけじゃない、最高の物語まで紡いできたんだね!」


 エレノアは、職人としての魂に、完全に火が付いたようだった。その瞳は、これまで以上に爛々と輝いている。


「決めた! 君たちの防具は、あたしが持てる全ての技術と、そして、君たちが紡いだこの最高の物語を込めて、打ち上げてやる! ただの防具じゃない、君たちの生き様を象徴するような、伝説級の逸品をね!」


 エレノアは俺から受け取った『妖精の糸』と『守護樹の樹皮』を、宝物のように高く掲げた。


「少し時間をちょうだい! 絶対に、後悔はさせないからさ!」


 その力強い宣言に、俺たちは顔を見合わせ、力強く頷いた。

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