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違和感の正体

 妖精の郷『ティル・ナ・ノーグ』を後にした俺たちは、再びルンベルクの町へと続く帰路についていた。先ほどまでの死闘が嘘のように、森は穏やかで、木々の間から差し込む夕日が、俺たちの影を長く、長く伸ばしていた。


「いやー、それにしても、マジでヤバかったけど、最高の結果になったわよね!」


 俺の少し前を歩くテレサが、手に入れたばかりの『幸運の祝福』のスキル効果を何度も確認しながら、興奮冷めやらぬといった様子で振り返った。その表情は、百点満点の笑顔だ。


「これであたしの生産ライフはバラ色よ! レア素材もザックザク! もう素材集めのための苦行なんて言わせないんだから! あー、早く何か狩りに行きたい!」

「ふふっ、テレサちゃん、本当に嬉しそうだね」


 サクラもそんなテレサを見て幸せそうに微笑んでいる。


「私も、ガイ君やテレサちゃんの足手まといにならないように、いっぱいレベル上げしなくっちゃ!」

「足手まといだなんて、もう誰も思ってないわよ! 今のサクっちは、超一流のアタッカーなんだから!」


 先ほどの激戦を共に乗り越えたことで、二人の間には、以前よりもずっと強い信頼と友情が芽生えているようだった。

 その楽しそうな会話を聞いていると、俺の心も自然と温かくなる。

 だがその一方で、俺の頭の片隅には、あのクエストに関する、小さな、しかし消えない棘のような違和感が残っていた。


 あのクエスト……結局、なんだったんだ……?


 なんとなく気になって、メニュー画面を開いた。そして、ログとして残っているクエスト表示画面に指で触れる。受注した【特殊クエスト】森の守護者からの願い。その詳細が、再び目の前に表示された。

 すると、俺はそこに信じられない文字が表示されているのを発見した。


「……!」


 以前は「???」と表示され、隠されていた部分。そこに、今は、はっきりとしたテキストが記載されていたのだ。

 そしてそれを見た瞬間、俺は受注した時からずっと感じていた違和感の正体に、ようやく気がついた。


「どうしたの、ガイ君? また急に黙り込んじゃって……。難しい顔してるよ?」


 俺の様子がおかしいことに気づいたサクラが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。その純粋な瞳に、俺はごくりと唾を飲む。


「……いや、大したことじゃないんだが……」

「大したことないって顔じゃないわよ。何か気づいたんなら、教えなさいよ。あたしたち、もうパーティなんだから隠し事はナシ!」


 テレサも、話の輪に加わってくる。

 観念して、二人にも見えるようにクエスト画面を共有した。


「見てみろ。あのクエストの『???』だった部分だ。討伐に成功したからか、表示が更新されてる」


 二人は、俺が指差した画面の項目に視線を落とした。



 ――――――――――――――――――――――――――――

【特殊クエスト】森の守護者からの願い【達成】


 ■クリア条件

 ・「デビルトレント」の討伐


 ■失敗条件

 ・「パーティメンバー全員が睡眠状態になる」

 ・「デビルトレントに敗北する」


 ■報酬

 ・妖精の糸

 ・守護樹の樹皮

 ・「エクストラスキルスクロール」

 ――――――――――――――――――――――――――――


「え……?」


 更新された内容を見て、サクラが小さく声を漏らす。

 俺はその失敗条件の項目を、指でなぞった。


「俺があの時感じていた違和感の正体は、これだ。……単純なことだったんだ。なんで失敗条件が二つもあったのか……ってことだよ」


 普通の討伐クエストなら、失敗条件は「対象の討伐失敗」だけで十分なはずだ。わざわざ二つも条件を設定し、しかもその両方を隠していた。その不自然さに、俺はずっと引っかかっていたのだ。


「『パーティメンバー全員が睡眠状態になる』……。これって……」


 テレサが、青ざめた顔で呟く。


「ああ。つまり、あの宴で、もし俺も眠らされていたら、その時点で、俺たちはクエスト失敗になっていた。……妖精たちの言っていた『生贄』が成功し、俺たちはデビルトレントの『養分』になって、ゲームオーバーだったってことだ」


 俺の言葉に、二人は息を呑んだ。

 俺たちが、いかに薄氷の上を歩いていたか。俺の異常なまでのRESの高さという、本当に偶然の要素一つで、俺たちの運命が真逆に分岐していたという事実。その恐ろしさに、二人は言葉を失っていた。


「あたしたち……ガイっちがいなかったら、本当に……ただの餌になって、終わってたんだ……」


 テレサが震える声で言う。いつも元気な彼女の顔から、完全に血の気が引いていた。


「……ありがとう、ガイ君」


 不意に、サクラが、俺の手を、そっと両手で握りしめた。その手は、少しだけ冷たく、そして、小刻みに震えていた。


「本当に……ありがとう……。ガイ君が、また、私を助けてくれたんだね……」


 その瞳は感謝と、安堵と、そして、俺への絶対的な信頼の色で、潤んでいた。それは、大樹の上で見た、告白染みた真剣な眼差しとはまた違う、もっと深く、もっと温かい感情が込められているように感じられた。


「……よせやい。結果的に、助かっただけだ。俺の死にステが、たまたま役に立ったってだけの話さ」


 握られた手の熱さと、サクラの真っ直ぐな視線から逃れるように、わざと顔を背けてぶっきらぼうに言った。心臓が、また、うるさく鳴り始めている。


「ううん、違うよ。ガイ君が、ずっとデバッファーっていう道を、諦めずに進んできたからだよ。そのおかげで、私たちはここにいる。ガイ君が私たちの運命を変えてくれたんだよ」


 サクラは、握った手に、さらに力を込めた。

 その温かさが、じんわりと、俺の心にまで染み渡っていくようだった。


「……ったく、しょうがないわねぇ」


 そんな俺たちの様子を見ていたテレサが、やれやれといった様子で、しかし、どこか優しい笑顔で言った。


「ま、そういうことなら、今回のMVPは、文句なしでガイっちってことにしてやりますか! 感謝しなさいよね!」

「……ああ。感謝しとくよ」


 俺は、照れ隠しにそう短く答えた。

 妖精たちの裏切り、絶望的な死闘、そして、明かされたクエストの残酷な真実。

 それは、悪夢のような出来事だったはずなのに、今、俺の心を満たしているのは、不思議なほどの達成感と、仲間との強い絆だった。


 遠くに、ルンベルクの町の灯りが見え始めていた。

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