妖精の郷⑭
伝説級の秘宝『エクストラスキルスクロール』を前に、俺たちはゴクリと唾を飲んだ。この中に未知の力が眠っている。
「なあ、エルダさん。使う前に、この巻物でどんなスキルが閃けるのか、確認することはできますか?」
俺が尋ねると、エルダは「もちろんです」と穏やかに頷いた。
「その巻物は、所有者が望めば、封じられた力の一端を知識として開示します。まずは、一つずつ、その目で確かめてみるとよいでしょう」
「よっしゃ! じゃあ、まずはあたしが選んだこの赤いやつから!」
テレサが、まるで自分の物であるかのように、赤いオーラを放つ巻物の詳細情報を開いた。俺とサクラも、その画面を覗き込む。
――――――――――――――――――――――
【パッシブスキル】幸運の祝福
モンスター討伐時、高確率でドロップアイテムを追加で獲得する。
――――――――――――――――――――――
「……ほう。追加ドロップか」
俺はその効果を見て、すぐにその価値を分析した。
「高確率ってのがどの程度かによるが、もし50%以上なら、実質的にドロップ率が1.5倍以上になる。常にラッキーダガーを装備しているような状態、と考えれば、かなり強力な金策スキルだな」
便利ではあるが、戦闘を直接的に有利にするスキルではない。正直、エクストラスキルとしては少し地味な印象を受けた。
だが、俺の隣にいたテレサは、そのスキル詳細を見た瞬間、わなわなと全身を震わせ始めた。
「こ……こ……こ……」
「テレサ?」
「これだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
テレサが、先ほどのデビルトレント討伐時以上の、魂の絶叫を上げた。
「あたし、絶対これがいい! このスキル、あたしにちょうだい! お願い!」
「お、おい、テレサ、落ち着け。まだ残りの二つも見てないだろ? もっとすごい戦闘スキルがあるかもしれないぞ」
俺はそのあまりの剣幕に困惑しつつ、なだめようとする。しかし、テレサは聞く耳を持たなかった。
「いらない! 他のなんていらない! あんたたちには分からないのよ! 生産職にとって、素材のドロップ率がどれだけ重要か! レア素材を求めて何百、何千とモンスターを狩る苦行が、これ一つで半分以下になるのよ!? これは、神が! いや、妖精があたしに与えてくれた、奇跡のスキルなのよ!」
もはや狂気すら感じるほどの熱弁だった。ここまで言われてしまっては、俺たちに止める権利はない。
「……分かったよ。そんなに言うなら、そのスクロールはテレサが持っていけ」
「うん。テレサちゃんが、そこまで言うなら……」
俺とサクラが折れると、テレサは「やったあああ!」と歓喜の声を上げ、赤い巻物に抱きついた。その姿は、長年の夢が叶ったかのようだった。
「ふぅ。じゃあ、気を取り直して、二つ目を見てみようか」
俺は緑のオーラを放つ巻物の詳細情報を表示させた。
――――――――――――――――――――――
【アクティブスキル】フォースドコンバート
対象一体の、現在のHPとMPの数値を入れ替える。
消費MP:50
クールタイム:30秒
――――――――――――――――――――――
「……ん?」
俺たちは、そのあまりにも特殊な効果に、一瞬、思考を停止させた。
「HPとMPを……入れ替える?」
「えっと……どういうこと?」
「例えば、HPが1000でMPが100のモンスターに使うと、HPが100でMPが1000になるってことかな?」
「たぶん、そういうことね。……ピーキーすぎるわね、これ」
テレサが腕を組んで唸る。
「MPが高い魔法使い系の敵や、一部の特殊なボスには、一撃で瀕死に追い込めるかもしれない。けど、ゴブリンみたいなMPがほとんどない脳筋モンスターには、全く効果がないどころか、逆にMPを回復させてあげるだけになる可能性もある。完全に、相手を選ぶスキルだね……」
強いのか、弱いのか。あまりにも極端すぎて、その場では誰もその真価を判断できなかった。
「……とりあえず、保留だな。最後の一つを見てみよう」
俺は、最後に残った青色の巻物に視線を移した。
巻物の詳細を開く。
――――――――――――――――――――――
【パッシブスキル】強者の威圧
自身よりレベルが低い相手に対して、与えるダメージが増加し、受けるダメージが減少する。
――――――――――――――――――――――
「お、これは分かりやすく強いな!」
俺は思わず声を上げた。
「自分よりレベルが低い相手にだけ……か。でも、デメリットが一切ないパッシブスキルってのは破格だ。格下の敵を大量に狩る時とか、安全にレベル上げしたい時には、とんでもない効果を発揮するぞ」
「すごーい……」
サクラが、期待に満ちた目でそのスキルを見つめている。
その瞬間、俺の中で、このスキルの持ち主は決まった。
「サクラ」
「え?」
「このスキルは、お前が持つべきだ」
「ええっ!? で、でも、そんな、私なんかが……ガイ君や、テレサちゃんの方が……」
サクラは慌てて首を横に振る。だが、俺の決意は固かった。
「俺はデバッファーだ。ダメージを与える機会は全くと言っていいほど無い。被ダメージ減少は魅力的だけど、このスキルのポテンシャルを最大限に引き出すことはできない。テレサは……もうさっきのスキルで頭がいっぱいみたいだしな」
俺がちらりとテレサを見ると、「あたしは幸運の祝福があれば他には何もいらないわ!」と、いまだに赤い巻物抱きしめていた。
「このスキルを一番活かせるのは、これからどんどん強くなって、たくさんの敵を倒していく、純粋なアタッカーのお前だ。これがあれば、もっと安全に、もっと効率的に成長できる。違うか?」
俺の言葉に、サクラは何も言い返せなくなった。その瞳が、感謝と、決意の色に潤んでいく。
「……うん。分かった。私、このスキルをもらう。そして、もっともっと強くなって、絶対にガイ君とテレサちゃんの役に立ってみせる!」
サクラは力強く頷き、青い巻物を、大切そうに受け取った。
こうして、三つのエクストラスキルスクロールの行き先は決まった。
テレサは、生産者として究極の幸運を手に入れる《幸運の祝福》。
サクラは、アタッカーとして盤石な成長を約束する《強者の威圧》。
そして、俺の手元には――《フォースドコンバート》。
最後に残った緑色の巻物、《フォースドコンバート》を手に取った。
一番トリッキーで、一番使い方が難しく、そして、一番デバッファーらしい、このピーキーなスキル。それが、巡り巡って俺の元に来たことに、俺は不思議な運命を感じずにはいられなかった。




