妖精の郷⑬
デビルトレントの呪縛から解放され、本来の明るさを取り戻した妖精たちに囲まれながら、俺たちは長のエルダから正式な報酬を受け取ることになった。
「人の子らよ。改めて、心からの感謝を。そして、わたくしたちの過ちを許してくださった、その寛大なる心に敬意を表します」
エルダはそう言うと、その小さな手の中に、ふわりと二つのアイテムを出現させた。一つは、月の光を編み込んだかのように白く、そしてしなやかに輝く『妖精の糸』の束。もう一つは、大樹の生命力が凝縮されたかのような硬質で、それでいて温かみのある『守護樹の樹皮』だった。
「約束の品です。皆さんの分もあります。どうぞ、お受け取りください」
「おおっ! これが……!」
俺は慎重にそれらを受け取った。これが、俺の求める究極の防具の核となる素材。ずっしりとした重みと、そこから伝わる不思議な力に、俺は武者震いを覚えた。
「やったわね、ガイっち! これで最高の防具ができるじゃない!」
「うん! よかったね、ガイ君!」
テレサとサクラも、自分のことのように喜んでくれる。その笑顔が、何よりも嬉しかった。
しかし、エルダは穏やかに微笑むと、俺たちの喜びをさらに上回る言葉を口にした。
「お礼はこれだけではございません。あなた方が成し遂げたことは、この森の歴史の中でも、最大の偉業。わたくしたち妖精からの、最大限の感謝のしるしを受け取っていただきたいのです」
エルダが近くにいたピクシーに目配せをすると、ピクシーは「任せて!」とばかりに元気よく頷き、大樹の奥へと飛んでいった。
数分後。ピクシーは他の数人の妖精たちと共に、息を切らしながら、三つの輝く巻物を大切そうに運んできた。それはそれぞれが異なる色のオーラ――燃えるような赤、澄み切った青、そして大地のような緑の光を放っていた。
「これは……スキルスクロール、ですか?」
俺が尋ねると、エルダは静かに頷いた。
「ええ。ですが、ただのスキルスクロールではございません。これらは、わたくしたち妖精の郷に古くから伝わる秘宝『エクストラスキルスクロール』です」
その言葉が放たれた瞬間、それまで隣で「どんなスキルかなー」と呑気に構えていたテレサの表情が、凍り付いた。
「え……? い、今……なんて……?」
「ですから、『エクストラスキルスクロール』です」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
テレサが、これまで聞いたこともないような、甲高い絶叫を上げた。そのあまりの驚愕ぶりに、俺もサクラも、何事かと顔を見る。
「テ、テレサちゃん? どうしたの、そんなに驚いて……」
「ど、ど、どうしたのじゃないわよ! あんたたち、今、エルダっちがなんて言ったか分かってる!? エクストラ! スキル! スクロールよっ!」
テレサは興奮のあまり、俺たちの両肩を掴んでガクガクと揺さぶった。その目は、血走っているようにさえ見える。
「普通のスキルスクロールと、何か違うのか……?」
「違うのか、じゃない! 全然違う! 全くの別物! レベチ! 天と地ほどの差があるのよ!」
テレサは、信じられないといった表情の俺たちに向かって、熱に浮かされたように早口で説明を始めた。
「いい!? よく聞きなさい! 普通のスキルスクロールはね、言っちゃえばただの時短アイテムなの! プレイヤーが自力で閃く可能性があるスキルを、SPさえあればすぐに習得できるってだけ! だから、露店で売ったり、人にあげたりもできる!」
「うんうん」
「でも! この『エクストラスキルスクロール』は、そんな生易しいもんじゃないのよ! まず、これは絶対に他人への譲渡ができない『アカウント帰属』アイテム!
つまり、売ったり買ったりなんて絶対に不可能! クエストの超レア報酬とか、ワールドボスの討伐報酬とか、そういう自分自身の力で直接手に入れる以外に、絶対に入手方法がない、幻のアイテムなの!」
そこまで聞いて、俺もサクラもことの重大さに気づき始めた。市場に決して出回らない、超希少アイテム。それだけでも、とんでもない価値がある。
「でも、すごいのはそれだけじゃないのよ!」
テレサの興奮は、さらに加速する。
「一番の違いは、中身! 普通のスクロールはさっきも言った通り、あくまでプレイヤーが閃ける範囲のスキルしか入ってない! でもエクストラスキルスクロールは違う! これには、通常のプレイでは絶対に閃くことができない、そのスクロールでしか習得できない、唯一無二の『エクストラスキル』が封じられてるのよ!」
「……閃くことが、できないスキル?」
「そう! プレイスタイルとか、そういう概念をぶっ壊すような、とんでもない性能を持った特別なスキル! 例えば攻撃スキルしかないのに、超強力な回復魔法が使えたり、魔法使いなのに超強力な物理攻撃スキルが使えたり……! GoFのβテスト時代からその存在は噂されてたけど、あたし、実物を見るのは初めてなのよ!!」
テレサの説明を聞き終えた頃には、俺もサクラも、完全に言葉を失っていた。
「分かった? そういう存在なのが……E X S Sというアイテムなのよ!」
つまり、俺たちの目の前にあるこの三つの巻物は、金では決して買えない、自分だけの特別な力を与えてくれる、このゲームの世界における、伝説級の秘宝だということか……
デビルトレントという規格外の化け物を倒した報酬が、これまた規格外というとんでもない代物だったわけか。
「……すげぇ……」
俺の口から、思わず感嘆の声が漏れた。
このスキルを手に入れれば、俺のデバッファーとしての戦術は、さらに異次元の領域へと進化するかもしれない。
「私にも……使えるのかな……? そんな、すごいスキル……」
サクラも、信じられないといった様子で、目の前の巻物をじっと見つめている。
エルダは、俺たちの驚愕ぶりを見て、満足そうに微笑んだ。
「あなた方お一人お一人に、感謝の気持ちを込めて渡します。赤い巻物は、そ
の熱き魂を持つ者に。青い巻物は、その強き心を持つ者に。そして緑の巻物は、その揺るぎなき意志を持つ者に相応しいとされています。どうぞ、お受け取りください」
エルダに促され、俺たちはまるで神聖な儀式に臨むかのように、それぞれの巻物へと、ゆっくりと手を伸ばした。
この中に一体どんな力が眠っているのか。
俺たちはゴクリと唾を飲み込み、期待と、少しの畏怖を胸に、その巻物を見つめるのだった。




