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妖精の郷⑩

「よし! まずは一発、ご挨拶代わりよ!」


 根の壁を突破したテレサが、デビルトレントの巨体に向かって一番乗りで突っ込んだ。

 幹の表面に張り付くようにして駆け上がると、その禍々しい顔面に、鋭い短剣を突き立てた。


「どうよ、この味は!」


 しかし、デビルトレントの樹皮は想像以上に硬かったみたいで、短剣は浅く突き刺さっただけだった。


『……チイサイ……ムシケラガ……』


 デビルトレントが鬱陶しそうに呟くと、テレサが張り付いていた幹の部分から、無数の小さな根が鞭のようにしなって襲う。


「うわっと! しつこいんだから!」


 テレサはそれをバック転で華麗に回避し、地面に着地した。

 その隙をサクラが見逃さない。


「はあっ!」


 サクラはデビルトレントの足元に踏み込み、『黒曜の星屑オブシディアン・スターダスト』を横薙ぎに一閃させる。俺が事前にかけておいた《アーマーダウン》の効果もあり、黒い刀身は硬い樹皮を切り裂き、黒い木屑を舞わせた。


「いいぞ、二人とも! そのまま削っていけ!」


 俺は後方から指示を飛ばしつつ、常にデバフをかけ続ける。デビルトレント本体は動けないため、二人は足元からランダムに突き出してくる根の攻撃にさえ注意すれば、一方的に攻撃を続けることができた。テレサが盾と短剣で敵の注意

 を引きつけ、サクラがその隙に大ダメージを与える。理想的な連携だった。


「へへーん! あんた、ただのデクの棒じゃないの! このまま押し切っちゃうわよ!」

「うん! この剣があれば……!」


 二人の猛攻に、デビルトレントには着実に、しかしゆっくりと削られていく。このままいけば、時間はかかるが、倒せるかもしれない。

 そんな希望を抱き始めた、その時だった。


 ある程度ダメージを与えられたことに怒ったのか、デビルトレントがこれまでとは違う、低い唸り声を上げた。


『……ウルサイ……ハエドモメ……』


 その瞬間、デビルトレントの体全体が、一瞬だけ、強く、赤黒く発光した。

 そしてその巨体から、凄まじい衝撃波が全方位に向かって放たれたのだ。


「なっ!?」

「きゃあっ!」


 衝撃波そのものに威力はほとんどなかったらしい。だがその突風のような圧力は、あまりにも強烈だった。デビルトレントに張り付いていたテレサとサクラは、なすすべもなく木の葉のように吹き飛ばされ、俺のすぐ足元まで、ゴロゴロと転がされてしまった。


「いった……! なによ、今の!?」

「ダメージは、ほとんどない……? でも、吹き飛ばされちゃった……」


 テレサとサクラはすぐに起き上がったが、せっかく詰めた距離を、一瞬にしてゼロに戻されてしまったことに、悔しそうな表情を浮かべていた。

 そんな一連の攻防を見ていた俺は、この忌々しい化け物の行動パターンに、ある確信を抱いていた。


「……なるほどな。そういうことか」

「ガイ君?」

「こいつの戦い方は、おそらくこうだ。まず、本体に近づかれるまでは足元の根や、根の壁で徹底的に妨害する。それでも近づいてきた相手には、ある程度ダメージが蓄積した時点で、あの吹き飛ばし攻撃を使って、強制的に距離を取らせる。そして、また最初からやり直し……。おそらく、これの繰り返しなんだ」


 俺の推測に、テレサとサクラは顔を見合わせた。


「ってことは、あたしたち、またあの根っこ地獄を突破しなきゃいけないってこと!?」

「ああ。だが、今度はもっと早く、もっと確実に近づけるはずだ」


 俺がそう言うと、二人の瞳に再び闘志の火が灯った。


「そうね! 一度通った道だもん! 次はもっとうまくやれるわ!」

「うん! 地面の動きも、さっきよりよく見える気がする!」


 地面から襲ってくる根の攻撃も、一度経験したことで、二人にとってはもはや大きな脅威ではなくなっていたんだな。

 むしろ単調なリズムゲームのようにすら感じ始めているかもしれない。


「よし、もう一度行くわよ! 次は吹き飛ばされる前にもっと大きなダメージを与えてやるんだから!」


 テレサがそう叫び、再び駆け出そうとした、その時だった。


「くすくす……」

「あはは……」


 どこからともなく、あの忌まわしい、鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。

 はっと周囲を見渡すと、この巨大な空洞のあちこちの岩陰や、天井の根の隙間から、無数の妖精たちが姿を現したのだ。その数は数十いるかもしれない。

 そして、その全ての妖精の瞳が、ガラス玉のように冷たい光をたたえて、俺たちをじっと見つめていた。


「な……なんで、あいつらがここに……」


 テレサが絶句する。

 先頭に立つピクシーが、楽しそうに、しかし残酷に告げた。


「残念だったね、人間さん。あのお方を、これ以上いじめさせるわけにはいかないんだ」

「えいっ!」


 次の瞬間、妖精たちは一斉に、様々な色の魔法弾を俺たちに向かって放ってきた。


「うわっ!?」


 それは、一つ一つの威力は低いが、数が多すぎる。眠りを誘う光、動きを鈍らせる粘液、視界を奪う霧。様々なデバフ効果を持った魔法が、雨のように俺たちに降り注ぐ。


「くそっ! 今度はこいつらの妨害も加わるのか!」


 俺は舌打ちし、すぐにサクラとテレサに指示を飛ばす。


「二人とも妖精の魔法に当たるな! 動き回ってかく乱しろ!」

「言われなくても!」

「でもこれじゃあデビルトレントに近づけないよぉ!」


 サクラが悲鳴に近い声を上げる。

 その通りだった。足元からは絶えず根の槍が突き出し、前方からは無数のデバフ魔法が飛んでくる。そしてその先には、吹き飛ばし攻撃を今か今かと待ち構えているデビルトレント本体がいる。

 状況は先ほどよりもさらに悪化していた。まさに、八方塞がり。


「……面白い」


 だが、この絶望的な状況に、俺の口元からは、自然と笑みがこぼれていた。


「面白くなってきやがったじゃないか」


 デバフの専門家である俺に対して、デバフの雨を降らせてくるとは。

 妖精たちのやり方は、俺の闘争心に、これ以上ないほど完璧に火をつけた。


「サクラ、テレサ! よく聞け! ここからが本番だ!」


 俺は二人の前に立つと、降り注ぐ魔法弾の嵐を、その身に受ける覚悟で、大きく息を吸い込んだ。

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