妖精の郷⑨
「よーっし! いっちょ、あのキモい木っ端を叩き折ってやろーじゃないの!」
テレサがいつもの元気な口調で叫んだ。その声は、この絶望的な状況を吹き飛ばすかのように、明るく、力強い。
左手に小ぶりなラウンドシールド、右手には鋭い短剣を握りしめていた。
「うん! 私も負けない!」
サクラも力強く頷き剣を構え直す。その黒い刀身が、デビルトレントの放つ禍々しい赤い光を吸い込んで、静かに闘志を燃やしているようだった。
「よし、行くわよ! まずはあたしが切り込む!」
テレサが盾を構え、デビルトレントに向かって駆け出そうとした、その瞬間だった。
ザシュッ! ザシュシュシュッ!
「きゃっ!?」
俺たちの目の前の地面から、何の前触れもなく、無数の鋭く尖った木の根が、槍のように突き出してきたのだ。その速さは尋常ではなく、もし一歩でも踏み出していたら、串刺しになっていただろう。
「な、なによ今の! 危ないじゃない!」
テレサが悪態をつく。突き出した木の根は、すぐにまた地面へと引っ込んでいったが、その場には生々しい穴がいくつも残されていた。
「どうやらあのデビルトレント本体は、自分では動けないらしい。その代わり、この空間全体に根を張り巡らせて、こうやって攻撃してくるってわけか」
俺は冷静に状況を分析する。
「ってことは、あの本体に近づかない限り、延々とこのモグラ叩きみたいな攻撃が続くってこと!? これじゃ、本体を叩けないじゃない!」
テレサが悔しそうに叫ぶ。
その通りだ。この無差別な根の攻撃を避けながら、あの巨体までたどり着くのは至難の業だ。
しかし、俺は先ほどの攻撃の瞬間、あることに気づいていた。
「……いや、完全に無差別じゃない」
「え?」
「よく見てろ。根が突き出す瞬間、地面にわずかな予兆があるはずだ」
デビルトレントが次の攻撃を仕掛けてくるのを、神経を研ぎ澄ませて待った。
すると、俺たちの少し右手の地面が、ほんの一瞬、もこり、と僅かに隆起したのが見えた。
「そこだ!」
俺が叫んだ1、2秒後。まさにその場所から、再び無数の木の根が突き出してきた。
「……なるほどね! 地面が動いた場所から、根っこが出てくるってわけね!」
テレサがニヤリと笑う。
「そういうことだ。突き出す1~3秒前には、必ず地面に動きがある。それを見極めれば、回避は可能だ!」
「分かった! ガイ君、指示をお願い! 私とテレサちゃんで、攻撃を避けながら本体に向かう!」
サクラが鋭い眼光でデビルトレントを睨みつける。
「よし、任せろ! サクラ、 テレサ! 行くぞ!」
「うん!」
「任せて!」
俺の合図で、三人の連携による決死の突撃が始まった。
「右、3歩先!」
「とおっ!」
俺の指示に、テレサが俊敏に反応し、突き出す根を軽やかなステップで回避する。
「サクラ、左! すぐに前へ!」
「はあっ!」
サクラもまた、地面の微かな動きを捉え、舞うようにして根の槍をかいくぐっていく。
俺は最後尾から二人の動きと、地面全体の動きを把握し、的確な指示を飛ばし続ける。
俺の「目」と、二人の「脚」が一体となり徐々に、しかし着実にデビルトレントとの距離を詰めていった。
「いいぞ! その調子だ!」
「へへーん! あたしにかかれば、こんなの朝飯前よ!」
「ガイ君の指示、すごく分かりやすい……!」
だがデビルトレントも、俺たちがただの餌ではないことに気づいたようだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
突如、空洞全体が激しく揺れる。
そして俺たちの行く手を阻むように、地面から巨大な木の根が、壁となってせり上がってきたのだ。それは、先ほどまでいたトンネルと同じ、おぞましい木の根が複雑に絡み合ってできた、分厚い壁だった。
「うわっ!? なによこれ!」
「行く手を塞がれちゃった……! これを壊さないと先に進めないよぉ……」
サクラが焦りの声を上げる。
しかも厄介なことに、足元からの根の攻撃は止んでいない。俺たちは、絶えず突き出してくる槍を避けながら、この巨大な壁を破壊しなければならなくなった。
「くっ、面倒なことしてくれるじゃないの!」
テレサが短剣で壁を切りつけるが、硬い音を立てるだけで、ほとんど傷一つ付かない。
「意外と堅い! もう! 面倒だわ!」
「いや、テレサは回避に専念してくれ! 壁は俺とサクラでなんとかする!」
俺は叫びながら、壁に向かってスキルを放った。
「《アーマーダウン》!」
壁にデバフがかかり、その表面がわずかに脆くなったのが分かった。
「サクラ、今だ! あの剣の力を見せてやれ!」
「うん! 《パワースラッシュ》!」
サクラがスキルを使い、力強く振り抜く。黒い刀身が壁に叩きつけられると、デバフで弱体化していた部分が大きく砕け散った。
「よし、効いてる!」
「すごい……! この剣と、ガイ君のデバフがあれば……!」
サクラの瞳に、確かな手応えと自信の光が宿る。
「もう一回行くぞ! テレサ、俺たちを守ってくれ!」
「任せなさい! 根っこ一本、通さないんだから!」
テレサが盾を構え、俺とサクラの前に立つ。彼女は地面の動きを完璧に読み切り、突き出してくる根を盾で弾き、あるいはステップで回避し、俺たちに攻撃が届かないよう、完璧な護衛を見せた。
その間に、俺は再び《アーマーダウン》を壁にかけ、サクラが渾身の《パワースラッシュ》を叩き込む。
ドゴォン!
数度の連携攻撃の末、俺たちの目の前にそびえ立っていた根の壁は、ついに大きな音を立てて崩れ落ちた。
「やった!」
「道ができたわよ!」
壁の向こう側には、忌々しいデビルトレントの巨体が、もう目と鼻の先に迫っていた。
『オオオオオオオオオオオオッ!』
行く手を阻む最後の壁を破られたことに怒ったのか、デビルトレントが、これまでで一番大きな咆哮を上げた。その声は、空洞全体をビリビリと震わせる。
「うるさいわね、このキモ木! その汚い顔、あたしたちが綺麗に掃除してやるんだから!」
テレサが啖呵を切り、短剣を構え直す。
サクラも崩れた壁の向こう側で待ち構える巨悪を、静かに、しかし強く睨みつけていた。
「さあ、第二ラウンドだ」
俺はいよいよ始まる本体との直接対決を前に、不敵な笑みを浮かべた。




