妖精の郷⑤
長のエルダの言葉に一斉に彼女へと視線を向けた。核心に触れる時が、思ったよりも早く訪れたようだ。
「あなた方が、『妖精の糸』と『守護樹の樹皮』を求めている。そうですね?」
その問いに俺は代表して、静かに、しかしはっきりと頷いた。
「はい。俺たちの仲間が、特別な防具を作るために、その二つの素材を必要としています」
「存じております。その鍛冶師の情熱も、あなた方が仲間を想う心も、この森を通じてわたくしには伝わってきております」
エルダは穏やかに微笑むと、驚くべきことを口にした。
「あなた方が求める素材……『妖精の糸』も、『守護樹の樹皮』も、わたくしが持っております」
「えっ!?」
その言葉に俺たち三人は思わず声を上げた。てっきり、これから森のどこかにいる強力なモンスターを倒したり、困難な試練を乗り越えたりして手に入れるものだとばかり思っていたからだ。
「本当かい!? エルダっちが持ってるの!?」
テレサが身を乗り出して尋ねる。
「はい。どちらも、わたくしたち妖精族にとって、非常に大切で神聖なもの。わたくしが長として、厳重に管理しております」
つまり、この郷の長であるエルダの許可なくしては、決して手に入らないということか。
俺がさらに詳しい話を聞こうと口を開きかけた、まさにその時だった。
ピロンッ
突如として、俺の目の前に半透明のウィンドウ画面が音もなく表示された。
「うおっ!?」
「わっ、びっくりした!」
「な、なにこれ!?」
突然の出来事に、テレサとサクラも驚きの声を上げる。どうやら、二人にも同じウィンドウが表示されているらしい。
俺は訝しみながらも、その内容に視線を落とした。
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【特殊クエスト】森の守護者からの願い
■クリア条件
・「???」の討伐
■失敗条件
・「???」
・「???」
■報酬
・妖精の糸
・守護樹の樹皮
・???
――――――――――――――――――――――――――――
「……クエスト?」
そこに表示されていたのは、クエストの受注画面だった。しかし、その内容はあまりにも不可解だった。クリア条件である討伐対象の名前は「???」と伏せられており、失敗条件も「???」で全く分からない。ただ報酬の欄に、俺たちが探し求めていた『妖精の糸』と『守護樹の樹皮』の名前がはっきりと記されていた。
「これって……!」
隣で同じ画面を見ていたテレサが、何かを閃いたようにポンと手を叩いた。
「分かった! エルダっちが言ってた『おもてなし』の次って、これのことだよ!
きっと、あたしたちに何かを倒してきてほしいっていう、頼み事なんだよ!」
テレサはいかにもゲームの展開を理解しているといった様子で、得意げに語る。
「なるほどな……。素材を渡す代わりに、クエストをクリアしてこい、と。いかにもゲームらしい展開だ」
俺もテレサの推測に納得した。確かに、そう考えれば辻褄が合う。妖精の郷に何か問題が起きていて、その解決を俺たち外部の人間に依頼したいのだろう。
「うんうん! 私もなんとなく分かってきたよ! このクエストをクリアすれば、素材がもらえるんだね!」
サクラも、最近の様々な経験からか、ゲームの「お約束」をかなり把握しつつあるようだ。目を輝かせながら、クエストウィンドウを見つめている。
二人とも、完全にその気になっていた。
だが俺の心の中には、一つの小さな違和感が、棘のように引っかかっていた。
……何かが、おかしい。
このクエスト表示は、どこか不自然だ。
討伐対象や失敗条件が伏せられているのは、ストーリー上の演出としてよくあることだ。だが、それだけではない。何かがおかしい。しかし、その違和感の正体が何なのか、具体的に言葉にすることができない。まるで、脳に薄い霧がかかったかのように、思考がはっきりとしない。
なんだ……? この気持ち悪さは……
普段のクエストとは、何が……
俺が眉間にしわを寄せ、思考を巡らせようとした、その時だった。
「よーっし! 決まりだね! エルダっち、そのクエスト、あたしたちに任せなさい! どんなモンスターだってやっつけちゃうんだから!」
テレサの元気な声が、俺の思考を中断させた。すでにクエストを受ける気満々で、ウィンドウの「受注する」ボタンを押そうとしている。
「あ、待てテレサ!」
俺が制止する間もなく、テレサはボタンを押してしまった。サクラも、それに続くようにボタンを押す。俺の目の前のウィンドウにも、「クエストを受注しました」というメッセージが冷たく表示された。
こうなっては仕方ない。
違和感は結局、正体不明のまま心の奥底に沈んでしまった。
俺たちの様子を見て、長のエルダは穏やかに微笑んだ。
「話が早いようで、助かります。ですが、人の子らよ。焦る必要はございません」
「え?」
「そのお話は、あなた方がこの宴を心ゆくまで楽しんだ後で。まずは、お腹を満たし、旅の疲れを癒してください。それがわたくしたち妖精からの、心からのおもてなしですから」
エルダはそう言うと、それ以上は何も語らず、ただ静かに俺たちを見守る姿勢に入った。
どうやら、今すぐクエストの詳細を教えてくれる気はないらしい。
目の前に並べられた料理は、どれも見た目が美しいだけでなく、食欲をそそる素晴らしい香りを放っている。
「「「いただきます!」」」
俺たち三人は声を揃え、まずは手近にあったパンを手に取った。
一口かじった瞬間、俺は驚きで目を見開いた。
「うまい……!」
外はカリッと香ばしく、中は信じられないほどにもちもちとしている。噛むほどに、小麦の優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「こっちのスープも絶品だよ! いろんなキノコの味がして、すごく深い味!」
「このタルト、甘酸っぱくて美味しい……! 幸せ……!」
テレサもサクラも、目を輝かせながら料理を頬張っている。
テレサは気持ちを切り替え、再び料理に勢いよく食らいつき始めた。サクラも、少し戸惑いながらも、美味しそうなタルトに手を伸ばす。
俺も今は考えても仕方がないと頭を切り替えることにした。
目の前には、見たこともないほど豪華で、不思議な力に満ちた料理が並んでいる。まずは、この妖精たちからの心尽くしを、存分に味わうべきだろう。
俺は、先ほど感じた小さな違和感を心の隅に押しやり、目の前の温かいスープを一口すすった。
森の恵みが凝縮されたような、深く優しい味わいが、体中にじんわりと染み渡っていく。
今はただ、この不思議で、穏やかな時間を楽しもう。
クエストの謎も、俺の胸の違和感も、全てはその後に考えればいい。
仲間たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、妖精たちの郷での不思議な宴を、心ゆくままに堪能するのだった。




