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妖精の郷①

 サクラの指先に止まっていたピクシーは、しばらく彼女の瞳をじっと見つめていたが、やがて満足したようにふわりと飛び立つと、俺たちの周りをくるくると回り始めた。


「くすくす……。あなたたち、面白いね。他の人間とはちょっと違うみたい」

「え?」


 ピクシーの言葉に俺は少しドキリとした。俺たちの目的が見透かされている。


「あなたたちなら、あたしたちの『お家』に招待してあげてもいいかも」

「お家!?」


 テレサがぱっと顔を輝かせる。


「うん。ついてきて。でも、一つだけ約束して」


 ピクシーは人差し指を立て、悪戯っぽく笑った。


「泉を渡る間、ほんの少しだけ、目を瞑っていて。絶対に開けちゃダメだよ。これは、あたしたちの村に入るための『おまじない』だから」

「目を瞑る……?」


 はて。何かあるんだろうか。


「分かった!」

「うん、約束する!」


 少し怪訝に思う俺をよそに、テレサとサクラはと元気よく返事をした。ここまで

 来たら、この小さな案内人を信じるしかないだろう。


「よし。じゃあ行くよ!」


 ピクシーが先導し、俺たちは泉の方へと歩き始めた。泉のほとりに着くと、ピクシーは「せーの!」という掛け声と共に、俺たちに目を瞑るよう促す。

 俺は言われた通りにぎゅっと目を閉じ、サクラとテレサもそれに倣った。


 ひんやりとした、湿った空気が肌を撫でる。水のせせらぎの音が、すぐ近くで聞こえた。どうやら泉の上か、あるいは中を歩いているらしい。不思議なことに、足元が濡れる感覚は全くなかった。


「もういいよ。目を開けてごらん」


 ピクシーの声が響く。

 俺たちが恐る恐る目を開けた。


 その瞬間――


「「「…………え?」」」


 俺たち三人は、言葉を失った。


 目の前に広がっていたのは、先ほどまでいた森とは全く比較にならない、幻想的で、荘厳な光景だった。


 まず視界の真正面に、天を突き、雲を貫くほどの、信じられないくらい巨大な大樹がそびえ立っていた。その幹はあまりにも太く、何百人、いや何千人で手をつないでも、到底囲みきれないだろう。枝の一本一本が、ルンベルクの町にあるどんな建物よりも巨大だった。


 そしてその超巨大な大樹の至る所に、くり抜かれたような形で家が作られ、そこから溢れる暖かい光が、まるでクリスマスツリーのイルミネーションのように、大樹全体を彩っていた。

 空を見上げれば数え切れないほどの様々な種類の妖精たちが、光の軌跡を描きながら楽しげに飛び交っている。それはまるで、生命の光で織りなされた、壮大なタペストリーのようだった。


「うそ……なに、これ……」


 テレサが呆然と呟く。


「夢……みたい……」


 サクラはその光景に完全に心を奪われ、うっとりと天を仰いでいた。

 俺もまた圧倒的なスケールと、この世のものとは思えない美しさに、ただ立ち尽くすことしかできなかった。先ほどまでいた場所と同じ森の中だとは、到底信じられない。


 俺たちがその光景に圧倒されていると、肩の上にとまっていたピクシーが、誇らしげに胸を張って言った。


「どう? すごいでしょ。ここが、あたしたち妖精の郷、『ティル・ナ・ノーグ』だよ」

「ティル・ナ・ノーグ……」

「でもどうして……さっきまでいた場所と、こんなにも景色が違うんだ? 俺たちは、ただ泉を渡っただけのはずだ」


 俺の疑問に、ピクシーは「くすくす」と笑った。


「それはね、この場所全体が、強力な結界で守られているからだよ」

「結界……?」

「そう。このティル・ナ・ノーグは、あたしたち妖精が心を許した生き物しか、入ることも、見ることもできない特別な場所なの。さっきの『おまじない』は、あなたたちが結界を通り抜ける資格があるかどうか、試させてもらったの」


 ピクシーの言葉に、俺はハッとした。

 半日近く森を彷徨っても、妖精族のモンスターや守護樹が一向に見つからなかった理由。それは、そもそも俺たちがこの結界の内側に入れていなかったからだ。俺たちはずっと妖精の村の周りを、ただグルグルと歩き回っていたに過ぎなかったというわけか。


「じゃあ俺たちがいくら探しても、妖精にも、特別な木にも会えなかったのは……」

「そういうこと。あなたたちは、ずっと結界の外にいたんだから、見えるはずがないよね」


 謎が解けた瞬間だった。

 エレノアの言っていた「力押しだけじゃダメ」という意味。それは物理的な強さではなく、この結界に認められる資格――妖精たちに心を許してもらえるかどうかが、何よりも重要だということだったのか……


「じゃあ、あたしたち、認められたってこと!?」


 テレサが興奮気味に尋ねると、ピクシーはにっこりと笑って頷いた。


「うん。あなたたちからは、欲張りな人間の匂いがしなかったからね。特に、そこのお姉ちゃんからは、すごく綺麗な心の光が見えたんだ」

「えっ、私……?」


 サクラは驚いて自分を指差す。


「だから、特別に招待してあげることにしたの。歓迎するよ、人間さん。ようこそ、妖精の郷へ」


 ピクシーはそう言うと、大樹に向かって大きく手を振った。すると、大樹のあちこちから、たくさんの妖精たちが一斉にこちらへ飛んでくる。

 それは、まるで俺たちを祝福する、光のパレードのようだった。


 俺たちはこの森の本当の姿、そしてこの森に住む者たちの心に、ようやく触れることができたのだ。

 これから始まる妖精たちとの交流に胸を躍らせながら、目の前に広がる幻想的な世界を、改めて見つめるのだった。

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