ピクシー
サクラが見つけた淡い光は、まるで道しるべのように、森の奥へ奥へと俺たちを導いていった。それは一つではなくいくつもの光が集まって、一つの流れを作っているようだった。俺たちはその光の川をたどるように、黙々と歩き続ける。
「ねえ、この光なんだか暖かくない?」
テレサが不思議そうに呟いた。
確かに光に近づくにつれて、森の冷気が和らぎ、心地よい暖かさに包まれていくのを感じる。不安と焦りで冷え切っていた心が、少しずつ解きほぐされていくようだった。
どれくらい歩いただろうか。
光の川が、ひときわ大きく開けた場所に流れ込んでいるのが見えた。そこは、巨大な樹木が何本も天を突き、その枝々から苔がカーテンのように垂れ下がる、幻想的な空間だった。中央には、鏡のように澄み切った泉があり、水面が月明かりを反射して銀色に輝いている。
そしてその泉の周りを、あの淡い光――小さな妖精たちが、楽しげに飛び交っていたのだ。
「うわぁ……!」
その光景に、サクラもテレサも、そして俺でさえも思わず息を呑んだ。
妖精たちは半透明の羽を持ち、体全体がぼんやりと発光している。その姿は、まさにおとぎ話に出てくる妖精そのものだった。
俺たちが呆然と立ち尽くしていると、どこからともなく、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。
「くすくす……」
「……ん?」
声がした方へ視線を向ける。すると、俺たちのすぐ近く、大きなキノコの上に、一人の妖精がちょこんと座って、こちらを見て笑っているのに気づいた。
「くすくす……。人間だ。こんなところまで来るなんて、珍しいね」
その妖精は他の光だけの妖精とは違い、はっきりとした姿を持っていた。手のひらに乗るくらいの小さな体に、透き通るような緑色の髪。背中には蝶のような美しい羽が生えている。
くりくりとした大きな瞳が、好奇心に満ちた光をたたえて、俺たちをじっと見つめていた。
そのあまりの愛らしさに、テレサとサクラは完全に心を奪われてしまったようだった。
「か、か、か、可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「うわぁ……! お人形さんみたい……!」
二人は瞳をキラキラさせ頬を赤らめて、その場にへたり込んでしまいそうな勢いだ。
さっきまでの疲労困憊した様子はどこへやら、完全にメロメロになっている。
「ちょっと、二人とも……」
俺が呆れて声をかけるが、二人の耳には届いていないらしい。
「ねえねえ! あなた、お名前はなんていうの!? あたしはテレサ! こっちはサクっち!」
「こんにちは……! あの、もしよかったら、触ってもいいですか……?」
テレサは身を乗り出し、サクラは恐る恐る手を伸ばそうとしている。その姿は、まるで珍しい小動物を見つけた子供のようだ。
キノコの上に座っていた妖精は、そんな二人の様子を見て、また「くすくす」と楽しそうに笑った。
「あたしに名前なんかないよ。みんな、ただ『ピクシー』って呼ぶんだ」
「ピクシーちゃん! 可愛い名前! ねえ、その羽、どうなってるの!? すごく綺麗!」
「わ、わたあめみたいにふわふわしてそう……」
ピクシーと名乗った妖精は、二人の勢いに少し驚いたように羽を震わせたが、嫌がっている様子はない。むしろ、人間が自分に興味津々なのが面白い、といった表情だ。
俺はこの状況をどうしたものかと頭をかいた。
エレノアは「力押しだけじゃダメだ」と言っていた。このピクシーが俺たちが探している「妖精の糸」や「守護樹の樹皮」への手がかりを握っている可能性は高い。だとしたら、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
……いや、待てよ?
テレサとサクラの様子を見て、俺はふと思った。
エレノアの言っていた「彼らを納得させられるだけの『何か』」。それは、もしかしたら物理的な力や、アイテムのことではないのかもしれない。
妖精は気まぐれで、楽しいことが好きだと言われている。
だとしたら、警戒心を丸出しにして交渉を持ちかけるよりも、こうして純粋な好意や興味を示す方が、あるいは……
「くすくす……人間って面白いね。そんなにあたしのことが珍しいの?」
「当たり前じゃない! こんなに可愛い子、初めて見たもん!」
「うんうん! ずっと見ていられる……」
ピクシーは二人の言葉に気を良くしたのか、ふわりと宙に浮くと、テレサの頭の上に着地した。
「わっ!?」
「あー! ずるい、テレサちゃん! 私も!」
「えへへ、いいでしょー?」
テレサの頭の上で、ピクシーは楽しそうに小さな足をばたつかせている。その光景は、まるで髪飾りのようだ。
サクラが羨ましそうにそれを見つめていると、ピクシーは今度はサクラの差し出した指先に、ちょこんと止まった。
「わ……!」
サクラは息を止め、宝物に触れるかのように、そっとピクシーを見つめる。ピクシーも、サクラの純粋な眼差しをじっと見つめ返していた。
その和やかな光景を眺めながらある予感がした。
この出会いは決して偶然ではない。俺たちがこの森に受け入れられ始めている、何よりの証拠なのかもしれない。
俺は焦る気持ちを抑え、今はただ無邪気な交流を静かに見守ることにした。
素材集めの話は、それからでも遅くはない。まずは、この小さな案内人との信頼関係を築くこと。それがこの不思議な森を攻略する、唯一の方法なのかもしれない。
俺は警戒を解き、ゆっくりと彼女たちの輪に近づいていくのだった。




