表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/79

ピクシー

 サクラが見つけた淡い光は、まるで道しるべのように、森の奥へ奥へと俺たちを導いていった。それは一つではなくいくつもの光が集まって、一つの流れを作っているようだった。俺たちはその光の川をたどるように、黙々と歩き続ける。


「ねえ、この光なんだか暖かくない?」


 テレサが不思議そうに呟いた。

 確かに光に近づくにつれて、森の冷気が和らぎ、心地よい暖かさに包まれていくのを感じる。不安と焦りで冷え切っていた心が、少しずつ解きほぐされていくようだった。


 どれくらい歩いただろうか。

 光の川が、ひときわ大きく開けた場所に流れ込んでいるのが見えた。そこは、巨大な樹木が何本も天を突き、その枝々から苔がカーテンのように垂れ下がる、幻想的な空間だった。中央には、鏡のように澄み切った泉があり、水面が月明かりを反射して銀色に輝いている。


 そしてその泉の周りを、あの淡い光――小さな妖精たちが、楽しげに飛び交っていたのだ。


「うわぁ……!」


 その光景に、サクラもテレサも、そして俺でさえも思わず息を呑んだ。

 妖精たちは半透明の羽を持ち、体全体がぼんやりと発光している。その姿は、まさにおとぎ話に出てくる妖精そのものだった。


 俺たちが呆然と立ち尽くしていると、どこからともなく、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえてきた。


「くすくす……」

「……ん?」


 声がした方へ視線を向ける。すると、俺たちのすぐ近く、大きなキノコの上に、一人の妖精がちょこんと座って、こちらを見て笑っているのに気づいた。


「くすくす……。人間だ。こんなところまで来るなんて、珍しいね」


 その妖精は他の光だけの妖精とは違い、はっきりとした姿を持っていた。手のひらに乗るくらいの小さな体に、透き通るような緑色の髪。背中には蝶のような美しい羽が生えている。

 くりくりとした大きな瞳が、好奇心に満ちた光をたたえて、俺たちをじっと見つめていた。


 そのあまりの愛らしさに、テレサとサクラは完全に心を奪われてしまったようだった。


「か、か、か、可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「うわぁ……! お人形さんみたい……!」


 二人は瞳をキラキラさせ頬を赤らめて、その場にへたり込んでしまいそうな勢いだ。

 さっきまでの疲労困憊した様子はどこへやら、完全にメロメロになっている。


「ちょっと、二人とも……」


 俺が呆れて声をかけるが、二人の耳には届いていないらしい。


「ねえねえ! あなた、お名前はなんていうの!? あたしはテレサ! こっちはサクっち!」

「こんにちは……! あの、もしよかったら、触ってもいいですか……?」


 テレサは身を乗り出し、サクラは恐る恐る手を伸ばそうとしている。その姿は、まるで珍しい小動物を見つけた子供のようだ。


 キノコの上に座っていた妖精は、そんな二人の様子を見て、また「くすくす」と楽しそうに笑った。


「あたしに名前なんかないよ。みんな、ただ『ピクシー』って呼ぶんだ」

「ピクシーちゃん! 可愛い名前! ねえ、その羽、どうなってるの!? すごく綺麗!」

「わ、わたあめみたいにふわふわしてそう……」


 ピクシーと名乗った妖精は、二人の勢いに少し驚いたように羽を震わせたが、嫌がっている様子はない。むしろ、人間が自分に興味津々なのが面白い、といった表情だ。


 俺はこの状況をどうしたものかと頭をかいた。

 エレノアは「力押しだけじゃダメだ」と言っていた。このピクシーが俺たちが探している「妖精の糸」や「守護樹の樹皮」への手がかりを握っている可能性は高い。だとしたら、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。


 ……いや、待てよ?


 テレサとサクラの様子を見て、俺はふと思った。

 エレノアの言っていた「彼らを納得させられるだけの『何か』」。それは、もしかしたら物理的な力や、アイテムのことではないのかもしれない。


 妖精は気まぐれで、楽しいことが好きだと言われている。

 だとしたら、警戒心を丸出しにして交渉を持ちかけるよりも、こうして純粋な好意や興味を示す方が、あるいは……


「くすくす……人間って面白いね。そんなにあたしのことが珍しいの?」

「当たり前じゃない! こんなに可愛い子、初めて見たもん!」

「うんうん! ずっと見ていられる……」


 ピクシーは二人の言葉に気を良くしたのか、ふわりと宙に浮くと、テレサの頭の上に着地した。


「わっ!?」

「あー! ずるい、テレサちゃん! 私も!」

「えへへ、いいでしょー?」


 テレサの頭の上で、ピクシーは楽しそうに小さな足をばたつかせている。その光景は、まるで髪飾りのようだ。

 サクラが羨ましそうにそれを見つめていると、ピクシーは今度はサクラの差し出した指先に、ちょこんと止まった。


「わ……!」


 サクラは息を止め、宝物に触れるかのように、そっとピクシーを見つめる。ピクシーも、サクラの純粋な眼差しをじっと見つめ返していた。


 その和やかな光景を眺めながらある予感がした。

 この出会いは決して偶然ではない。俺たちがこの森に受け入れられ始めている、何よりの証拠なのかもしれない。


 俺は焦る気持ちを抑え、今はただ無邪気な交流を静かに見守ることにした。

 素材集めの話は、それからでも遅くはない。まずは、この小さな案内人との信頼関係を築くこと。それがこの不思議な森を攻略する、唯一の方法なのかもしれない。

 俺は警戒を解き、ゆっくりと彼女たちの輪に近づいていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ