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妖精の森

 エレノアに教えられた通りに南に向かい、俺たち三人はルンベルクの南門から広大な平原を抜け、深い森へと足を踏み入れた。そこは、これまで探索してきたどの森とも明らかに雰囲気が異なっていた。


「うわぁ……なんだか、空気がキラキラしてるみたい……」


 サクラが感嘆の声を上げる。

 森の中は木々の隙間から差し込む光が乱反射し、まるで無数の光の粒が舞っているかのように見えた。空気はひんやりと澄み渡り、どこからともなく心地よいせせらぎの音が聞こえてくる。ここが「妖精の森」と呼ばれる所以だろう。


「すごい場所だね。でも、エレノアっちが言ってた通り、なんだか不思議な感じ。道が合ってるのか分からなくなっちゃう」


 テレサが周囲を見回しながら言う。森は入り組んでおり、少し進んだだけで方向感覚が狂いそうになる。神秘的だが同時に人を惑わすような、不思議な雰囲気を醸し出していた。


「気を引き締めよう。エレノアの言う『トリッキーな妖精族のモンスター』がいつ出てきてもおかしくない」


 俺たちは警戒を怠らず、森の奥へと慎重に進んでいった。

 しばらく歩くと、前方の開けた場所で何かが動く気配を捉えた。


「来たか……!」


 俺たちは即座に戦闘態勢に入る。サクラは剣を抜き、テレサも短剣を構えた。

 茂みから姿を現したのは――


『ピョン、ピョン!』


 ……巨大な角を持つ、ウサギだった。

 その名は「ホーンラビット」。攻撃的なモンスターではあるが、妖精とは似ても似つかない。


「……え? ウサギ?」

「なーんだ……ただのホーンラビットか~。拍子抜けしちゃった」


 テレサが武器を下ろす。

 だが俺たちはすぐに気を取り直した。ここは森の入り口に過ぎない。奥へ進めば、目的のモンスターに会えるはずだ。


 しかし、俺たちのその期待は、ことごとく裏切られることになった。


 森を進めば進むほど俺たちが遭遇するのは、どこにでもいるようなモンスターばかりだった。

 鋭い牙を持つ「フォレストウルフ」、毒々しいキノコのモンスター「マタンゴ」、硬い甲羅を持つ巨大なカブトムシ「ギガントビートル」。

 どれも妖精とはかけ離れた、獣や虫、植物系のモンスターだ。


「おかしいな……妖精族のモンスターが一匹も出てこないぞ」

「うん……それに、『守護樹の樹皮』が採れそうな大きな木も全然見当たらないね。普通の木ばっかり」


 サクラとテレサも、首を傾げている。

 俺たちはエレノアに教えられた「妖精の糸」を落とすという妖精族のモンスター、そして「守護樹の樹皮」が剥ぎ取れるという特別な巨木を探していた。しかし、半日近く森を彷徨っても、その手がかりは一向に見つからなかった。


 陽が傾き始め、森がオレンジ色の光に染まる頃には、俺たちは完全に途方に暮れていた。


「どうなってるのよ、もう! ここ、本当に妖精の森なの!?」


 テレサが痺れを切らして叫ぶ。その気持ちは俺も同じだった。確かにこの場所のはずだ。森の雰囲気も、ただの森ではないことを示している。

 だが肝心の目的のものは何一つ見つからない。


「もしかして、何か特別な条件を満たさないと、妖精たちは姿を現さないのかな……」


 テレサが不安そうに呟く。

 エレノアの「力押しだけじゃ、絶対に素材は手に入らない」「彼らを納得させられるだけの『何か』が必要になる」という言葉が、俺の頭の中で重く響いた。


「『何か』、か……。でも、それが一体何なのか、見当もつかないな」


 俺は大きくため息をつき、近くの切り株に腰を下ろした。

 ただモンスターを倒し、素材を集める。そんな単純なクエストではないことだけは確かだ。この森には俺たちがまだ気づいていない、何か重大な秘密が隠されている。


「もう今日は諦めて、一度町に戻る?」

「……いや」


 テレサの提案に、俺は首を横に振った。


「もう少しだけ探してみよう。何か、見落としていることがあるはずだ」


 俺は立ち上がり、もう一度、周囲を注意深く観察し始めた。

 木々の配置、地面に残された痕跡、風の流れ、光の差し込み方。どんな些細なことでもいい。この状況を打開するヒントが、どこかに隠されているはずだ。


 サクラとテレサも、俺の意図を察してくれたのか、黙って探索を再開してくれた。

 しかし時間は無情にも過ぎていく。

 森は夜の闇に包まれ始め、俺たちの心にも、焦りと疲労の色が濃く浮かび上がっていた。


「やっぱり、ダメか……」


 ついに諦めかけた、その時だった。


「……ん? なんだろ、あれ……」


 サクラが森の奥の一点を指差して、小さな声を上げた。

 彼女が指差す先、木々の隙間からぼんやりとした、蛍のような淡い光がいくつも点滅しているのが見えた。それは、

 まるで俺たちを誘っているかのように、ゆっくりと揺らめいていた。


「光……?」

「行ってみよう!」


 俺たちは最後の望みを託し、その不思議な光が灯る方へと、吸い寄せられるように歩き始めた。

 この先に何が待っているのかは分からない。だが、このまま何もせずに引き返すよりは、ずっといい。

 俺たちはこの森が仕掛けた謎解きの、最初の扉をようやく見つけたのかもしれないと、淡い期待を胸に、暗い森の奥深くへと足を進めていくのだった。

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